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4巻
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しおりを挟む第一章 聖獣のお仕事
ただの柴犬だった僕、アモンの犬生は、一人の優しい青年――夏目蓮との出会いで大きく変わった。
蓮は独りぼっちだった僕を連れ出して、家族になってくれた。僕は彼に命を救ってもらったんだ。
日本の島で暮らしていた僕たちに、ある日事件が起こった。
不慮の事故で蓮が海に落ち、命を落としたんだ。蓮を追って海に飛び込んだ僕は、世界の壁を越えた。そして異世界で生まれ変わった蓮――ライルと再会した。
なぜか僕は聖獣っていう神様の使いに選ばれて、蓮と一緒にいられることになったみたい。
異世界で蓮と再会してから八年くらい経つ。その間にいろんな人たちと出会った。
ライルの家族や、ナイトメアアポストルという魔物のノクス、ドラゴンのシオウとアサギ。他にも湖の精霊エレインや大樹の精霊ヴェルデ、銀狼の長であるシリウス……本当にたくさんの仲間ができた。
友達ができたり、魔法が使えるようになったり、おいしいお肉を食べられたり、独りぼっちだった時には想像できなかった、楽しい毎日を送っている。
それも全部、蓮……ライルのおかげなんだ。
そんなライルは、最近ちょっと忙しそう。
彼は十一歳。もうすぐ、王都にある王立学園の四年生になる。
現三年生の首席だから夏に開催される聖獣祭の実行委員になっちゃったらしくて、仕事が大変なんだって。
人に頼られて忙しいのは、蓮だった時から相変わらずだ。
だけどチマージルから帰ったあとは、なんだか雰囲気が変わった気がする。
なんていうか、積極的に人と交流している感じだ。
もともと優しくて、みんなに好かれていたライルだけど、自分から行動を起こすタイプじゃなかった。前世から一緒の僕はちょっとびっくりしてる。
さて、ライルが学園に通っている時間、僕は彼の実家があるトレックの村でお留守番だ。
前までは僕も王都にいたんだけど、最近は事情があってそうもいかないんだよね。
今日は、去年生まれたシルバーウルフの子どもたちの様子を見に来た。
トレックの裏手、聖獣の森にあるエレインの湖のそば。
ここなら強い魔物はほとんどいないし、万が一何かあっても、エレインが持つユニークスキル【湖の乙女】で移動できる。【湖の乙女】は、この湖と同じ水源の水がある場所に転移できるというもの。王都の屋敷には湖の水をアサギのユニークスキル【絶対零度】で凍らせたクリスタルがあるから、ライルが湖に駆けつけることだってできるんだ。
ここは、子どもたちにとって安全な遊び場なんだよ。
シルバーウルフの子どもたちには、僕よりも翼があって空を飛べるノクスの方が人気だ。
今も、みんなでノクスを追いかけている。
飛んでいるものを追いかけるのは、楽しいからね。
僕がノクスたちを眺めていると、知っている気配が近づいてきた。
「私たちもご一緒してよろしいですか?」
三体のぬいぐるみを抱っこしたフィオナと、その父親のディランだ。
数年前、フィオナは瘴気の病を治療するために祖国のチマージルを亡命し、マリアという偽名を使って今もトレックで暮らしている。ライルや、そのお母さんであるリナの治療によって、彼女の病気はすっかりよくなった。
「うん、もちろん!」
僕が答えたら、ぬいぐるみたちはフィオナの腕から飛び降りて、二本足でよちよち歩き出す。
ぬいぐるみは、一本角の生えた水色の熊さん、耳が長い紫色の豚さん、緑色の羽が生えた黄色い狸さん……のような見た目をしている。
その姿を見て、シルバーウルフの子どもたちと遊んでいたノクスが興奮した声を上げる。
「わぁ! もう歩けるようになったんだ。すごいねー」
「早くみなさんと遊びたくて、たくさん練習したんですよ」
フィオナの言葉に答えるみたいに、三体はぴょこぴょこ跳ねた。
このぬいぐるみには、フィオナの従魔であるデザートジャイアントたちが宿っている。
去年、僕たちはとある事情でチマージルにある不死鳥の島を訪れた。
デザートジャイアントは、その際に出会った骸骨の巨人だ。
大昔にチマージルの女王から命じられて、ずっとバーシーヌ王国とチマージルの国境にある砂漠の守護をしていた三巨人。
女王の血を引くフィオナがその任を解いたことで、僕たちは砂漠を越えられたんだよ。
熊さんっぽい子がシフォン、豚さんのような子がブリュレ、狸さんみたいな子がタルト。
シフォンたちには【分霊】というスキルがあり、自分の体の一部を違う物体に移して、操ることができる。
チマージルでの冒険からしばらく経った頃、フィオナは、彼らとトレックで一緒に暮らすために、ぬいぐるみの中にその骨の一部を入れることにしたんだ。
【分霊】は宿った物を自由に動かせるようになったり、魔法なんかも使えるようになったりするそうなんだけど……前に会った時は立ち上がるのさえ上手くできていなかったのに、すごい上達ぶりだ。
以前とは違うところが、もう一つあった。
僕はフィオナに尋ねる。
「この間はまだ洋服は着ていなかったよね。これもフィオナが作ってあげたの?」
シフォンたちは、胸にピンクのリボンがついたチョコレート色の服を着ていた。
三体ともお揃いだ。
「はい。お外を歩いて体が汚れちゃうのが心配だったので、作ってみました。本当はもっと可愛くしたかったんですが……ディランお父様に『シフォンたちは男の子だから、リボンは控えめにしてあげた方がいい』って止められてしまって」
娘に睨まれ、ディランがそっと視線をそらした。
ぬいぐるみもフィオナが作ったものなんだけど、確かに色や形など独特なセンスだ。
でも、僕はなんだかハロウィンみたいで楽しいと思う。
タルトが振り返って、フィオナを手招きする。
それを見たフィオナが駆け寄ると、三体は彼女にすり寄った。
三体とも彼女が大好きなのだ。きっとどんなデザインでも、フィオナが自分たちのために作ってくれたものなら喜んでいたはず。
フィオナと三巨人も空飛ぶノクスを追いかけて遊び始めた。
まだ上手く走れないシフォンたちを風魔法で補助してあげながら、僕はみんなの様子をディランと一緒に眺めていた。
隣に座るディランに聞く。
「トレックには慣れた?」
チマージルの女王の娘であるフィオナの生い立ちは少し複雑だ。彼女には父親が二人いて、そのうちの一人がディラン。もう一人はフィオナを連れてバーシーヌに亡命してきたザック、本名はアリスだ。彼は、去年の冒険をきっかけに、不死鳥の島に残っている。
ザックはしばらくトレックで暮らしていたんだけど、ディランはまだ来たばかり。馴染めているのか心配だ。
「あぁ。本当にいい人ばかりで、助けられているよ。ここに来る途中も、すれ違ったご家族から挨拶されてね。今夜子どもの誕生日会があるからって、招待してもらったんだ」
「きっとミシカの誕生日会だね。さっきまで家族で聖獣の祠にいたのが、ここから見えたから」
ミシカの家族は、ライルが学園へ入学するために活動拠点を王都に移したのと入れ替わるように、トレックに引っ越してきた。
お姉ちゃんのミリアが瘴気の病に侵されてしまって、その治療のために来たんだ。
ミリアはすっかり元気になって、そのすぐあとにミシカが生まれた。
それからもう三年。僕がライルと再会した日のように、彼女も祠へ挨拶に来てくれたんだろう。
「人も自然も本当に優しくて……こんなに穏やかな生活をしてていいのかと考えてしまうよ」
ディランは湖を眺めながら、小さな声で言った。
「やっぱりリーナのことが気になる?」
「それもあるけどね……ただ、自分にできることがあるのか不安になるんだ」
僕の質問に、ディランは意外な答えを返した。
数年前、フィオナの亡命に際して、ディランはとある事件に巻き込まれて死にかけていたリーナという少女を愛娘の身代わりに利用した。
幸いにもリーナはヴァンパイアの祖、リグラスクの力で一命を取りとめ、今は彼の配下のヴァンパイアとして不死鳥の島で暮らしている。てっきりそっちの心配だと思ったんだけど……僕はディランが悩む理由がわからず、首を傾げた。
「狩りの仕事は嫌い?」
ディランは今、ライルのお父さんであるヒューゴと一緒に村の人たちの食料を狩ったり、診療所で使う薬草の採取を手伝ったりしている。
「いや、そうじゃないんだ。昨年の不死鳥の島での一件で、各地の瘴気の封印が解けようとしているのを知った。それなのに、俺だけやるべきことがわからずにいるのが不甲斐なくてね。アリスはリグラスク様のところで働いているだろうし、フィオナだって聖属性は使えなくてもリナさんの診療所を手伝っている。ヒューゴやリナさんは緊急時にすぐ動ける実力と立場があるだろう? 俺たちがトレックで生活できているのも、彼らのおかげだ」
ディランの言葉に、僕は頷いた。
チマージルから帰ったあと、バーシーヌ王家との間で今後について話し合いが行われた。
その時に、王太子のマテウスから「チマージルを出たとはいえ、女王の血を引くフィオナは王家で保護した方がいいのではないか」と提案があったんだ。
だけどヒューゴは「彼女は俺が責任を持ってトレックで預かる」と宣言し、リナもそれに賛成した。
もちろん、フィオナの気持ちをちゃんと確認したうえでだ。
その結果、彼女は引き続きトレックで生活することになった。チマージルのお姫様だったことは、村のみんなに内緒にしているんだけどね。
突然現れたディランについては、説明が大変だからザックの弟ってことで通している。
「祖国を離れ、何者でもなくなった俺の役目はなんだろう……って、聖獣様と不死鳥様の前で嘆いているわけにもいかないな」
ディランは苦笑いして頭を掻いた。
「僕は、聖獣とか関係なくお話ししてくれた方が嬉しいよ」
僕の言葉に賛同するように、僕の足輪に宿る不死鳥様……インフェルノスライムのフェルが少し炎を出した。
「あぁ、わかっている。それはそれとして、俺の力が必要な時はいつでも言ってくれ。この森で生きる者として、聖獣様を助けるよ。鍛錬は怠っていないからさ」
ディランはそう言って立ち上がると、少し離れたところで遊んでいるフィオナたちの方へ歩いていった。
夕方になって、フィオナたちとは祠のそばで別れた。
僕はライルが帰ってくるのを待つ。
ここにはかつてヴェルデが生まれた大樹があった。
今はその切り株から【接木】されたスイの樹が生えている。
遊び疲れたノクスは、そこに寄りかかってウトウトしているみたい。
僕もいつもなら一緒に寝て待つんだけど、今日はなんだかモヤモヤして眠れない。
祠からは、微かにハルカゼソウのお香の香りがする。
香りに誘われて中に入ると、小さな紙が置いてあった。
『聖獣様のおかげで元気になりました。妹ももう三歳です。ありがとうございます』
ミリアが書いた手紙だとすぐにわかった。
違うんだよ。僕はなんにもしてない。
ミリアを助けたのは、リナだ。
『俺だけやるべきことがわからずにいるのが不甲斐なくてね』
さっき聞いたディランの話が、頭から離れない。
僕はライルたちのように瘴気の病を治せない。困っている人がいても、助けてあげられない。
聖獣として、僕は何をすべきなんだろう……僕にできることって一体……
そう悩んでいた時、真っ白な光に包まれた。
気が付くと、僕は真っ白な空間にいた。
「よぉ、アモン。元気にしていたか?」
そう声をかけてきたのは白と黒の縞々の虎のおじさん――獣神ガルだ。
突然のことに驚いて返事ができずにいると、ガルは僕の頭をガシガシと撫でてきた。
「久しぶりだってのにつれないなー。もっと喜んでくれてもいいだろ?」
「あ、ごめん。びっくりしちゃって……もう会えないかもしれないと思ってたから」
「まあな。俺の権限で聖獣に会えるのは二回。聖獣に任命する時と、その任を解く時だけなんだ。お前の場合は任命の時に力を使わずに済んだから、一回分余ってたんだよ」
そっか。僕はこの世界に来る時、輪廻の神カムラの領域に入ったところを彼に見つけてもらっている。ガルとはそこで出会ったから、わざわざ力を使う必要がなかったんだ。
「その力を使ったってことは何かあったの?」
「いや、特にトラブルはない。ただ、俺は聖獣の森を担当している神だが、お前はいつも森にいるわけじゃないだろ。今を逃したら、次に接触できるチャンスはいつになるかわからないからさ。それに『元気にしていたか』なんて聞いといてなんだが、お前が浮かない顔してたのが気になったんだよ」
心配して呼んでくれたんだ。
僕は今日あったことと、今感じているモヤモヤした気持ちをそのまま話した。
ガルが腕を組んで呟く。
「……お前は面白いな。まるで人間のような考え方をする」
「どういう意味? 目の前で困っている人がいたら助けてあげたいと思うのは普通じゃない?」
「ほとんどの魔物はそんな考え方しないさ。弱肉強食の世界で、自分たちの種を守ることで精いっぱいなんだ。それは聖獣であっても変わらない。少なくとも俺はそうだった」
「まさかガルも聖獣だったの!?」
「大昔だけどな。言ってなかったか?」
「初耳だよ。ガルはどんな聖獣だった?」
僕がわくわくして質問すると、ガルはほんの少しだけ悲しそうな顔をした。
「俺は人間嫌いの聖獣だった」
「え?」
ガルがそんなこと言うなんて全然思ってなくて、びっくりしてしまう。
彼が事情を話し始める。
「俺が聖獣をやっていたのは、人が森を荒らすようになった時代なんだ。あの頃の俺にとって、人間は敵だった」
ガルによると、彼が聖獣になるよりさらに前は、森の民以外の人間も一緒に聖獣の森を守っていたそうだ。
だけど戦争が始まったせいで、遠い未来に起きるかもしれない世界の破滅よりも、目の前の戦争に勝つことの方が大切になってしまったんだって。
「以前、人間がこの森を開拓しないのは聖獣への信仰があるからだと言ったが、信仰心じゃ腹は膨れないからな。世界が荒れれば、信仰も揺らぐ。俺が聖獣だったのはそういう時代だったんだ」
そう話す横顔はなんだか寂しそうだ。
僕が尻尾を下げたのを見て、ガルが慌てて付け加える。
「もちろん今は人間のことは嫌いじゃないぞ。俺は聖獣の座を降りてから、獣神になるまでの短い間で、世界を旅したんだ。人間にもいろいろいて、一生懸命生きている者もたくさんいることを知った。それにあの大戦自体……いや、話が脱線しすぎるな」
ガルは何かを言いかけたけど、急に言葉を濁した。
咳ばらいをして話を切り替える。
「それで、だ。お前は瘴気の病を治せず悔しがっているみたいだが、そんなことできる聖獣は過去にもいないんだぞ」
「え? 普通の聖獣はみんな聖魔法を使えるんじゃ……」
だってガルは以前、「聖獣にはその名の通り、聖属性が求められる」って言っていた。
僕は聖魔法を使えないけど、体が聖属性の魔力で構成されているから聖獣として認められている。
僕の体がそうなっている理由は、ガルにもわからないらしいんだけどね。
「いやいや、数十年前までは、聖魔法による瘴気の病の治療なんて知られていなかったんだ。聖魔法が使えた聖獣でも、治療をしようとするやつはいなかったよ」
そっか、僕だけができなかったわけじゃないのか。
「お前の力は聖女に似ているからな。歯がゆさを感じるんだろう」
聖女の称号を持つ者は【聖浄化】というスキルの力で、周囲の瘴気を自分の体に取り込んで浄化する。
僕は放出されている瘴気を取り込んで浄化できるんだけど、人や魔物の体内にある瘴気を取り込むことはできない。
以前、ヴェルデからそう聞いていた。
ガルに質問する。
「ねぇ、僕がこの世界に来るのは想定外だったんだよね?」
「そりゃそうだ。お前がライルを追って世界の壁を越えるなんて、想定しようがないだろ?」
「僕がこの世界に来なかったら、聖獣はシリウスになるはずだったんでしょ。僕が聖獣でよかったの?」
「お前がいなかったらなんて、意味のない想像はやめろ。俺はお前を選んだんだ。そしてその選択は間違ってなかったと思っている」
「どうしてそう思うの?」
「それはお前自身が答えを見つけなくちゃ意味ないかもな」
わかんないから悩んでいるのに……
むくれた僕を見て、ガルが苦笑する。
「そんな顔するなよ。わざわざ呼んだんだから、ヒントをやるよ」
ガルは一度言葉を区切り、しゃがみ込んで僕に視線を合わせた。
「今よりずっと昔、聖獣には群れを作らない魔物が選ばれていた。理由はいろいろあったが、一番は群れる魔物は帰属意識が高い傾向にあるからだ。個の意志より群れの総意を優先しちまうからな」
「でも、シリウスたちシルバーウルフは違うよ」
「そう。あいつらは群れで暮らす魔物だ。俺が獣神になってからは方針を変えて、群れを作る魔物を聖獣に選ぶことにしたんだ。人間の協力が望めなくなった以上、広大な森を守るために数が必要だったからな」
それから千年以上、群れる魔物を聖獣に選んできたんだって。
「ヒントはここまでだ」
「それだけ? それじゃあ全然わかんないよ」
「今すぐ答えを出す必要はないし、一人で考え込まなくていい。お前にとってはライルが一番大切なんだろうが、他にも仲間や友達がいるんだ。いろんな角度から、自分の目でこの世界を見ろ」
自分の目でってどういうことだろう。
「時間だな。大丈夫だ、お前なら答えを見つけられる」
ガルの言葉と共に僕は白い光に包まれて、次の瞬間には祠の中に戻っていた。
モヤモヤした気持ちは結局解決してないけど、ガルが僕を見守って、応援してくれていることはちゃんと伝わった。
外に戻って、ライルの帰りを待とう。
祠から出ようとした時、ガルにお別れの挨拶をしていないことに気付いた。
「心配してくれてありがとう。僕、頑張ってみるよ。次会えるのはいつなのかわからないけど、またね!」
僕は祠の中に向かってそう言って、ノクスのところに戻った。
◆
次の日。
ノクスは聖獣祭に向けて王都のメインストリートを改良している土の精霊、アーデに手伝いを頼まれて、彼のもとに行った。
だから、今日の森の見回りはシリウスと一緒だ。
彼と二人きりになるのは珍しい。
この機会に、先代聖獣のことを聞いてみよう。
僕は隣を歩くシリウスに話しかけた。
「ねぇ、シリウスのお父さんってどんな聖獣だったの?」
「どうしたんだ、急に?」
シリウスが怪訝な顔をした。
確かにいきなりだったかも。
昨日の出来事を話して、「聖獣に選ばれた理由を考えている」って言えばきっと彼は協力してくれる。
でもここは澄ましておこう。なんだか恥ずかしいからね。
「あんまり話を聞いたことがなかったから」
「そうだな……立派な長だったぞ」
「どんなお仕事をしていたの?」
「どんなって……別に変わったことはしていない。銀狼の生活は朝起きて、森を移動しながら狩りをして、日が落ちたら安全な場所で寝るだけの繰り返しだ。オヤジは【運行者】の力で群れの状況を把握して、誰かに危険が迫れば近くのやつを援軍に送っていたよ」
「それは銀狼の長としてのお仕事だよね。聖獣として、何をしていたかわかる?」
「うーん……改めて聞かれると難しいな……」
僕の質問に困ったようで、シリウスは少し考え込んでいたけど、やがて思い出したように口を開いた。
「それならあそこに行ってみるか」
シリウスの先導で、聖獣の森を進んでいく。
僕が連れてこられたのは、森の中にある洞窟。そこには一匹の狼がいた。
一見するとシルバーウルフと似ているけど、なんだか風格が違う不思議な狼だ。
「オヤジと仲がよかったシルバニアウルフのじいさんだ。もう年だから、ここで隠居している」
シルバニアウルフは、シルバーウルフの上位種の魔物なんだって。
先々代の聖獣――つまりシリウスのおじいちゃんの頃から仕えていた長老さんで、群れの長がシリウスになった時に引退したらしい。
「ここに一匹で暮らしているの、寂しくない?」
僕が尋ねると、おじいさんは少し笑う。
「時々シルバーウルフたちが気にして訪ねてくれますから、十分です。そこのぼんくらは一回しか来ませんでしたけどね」
「悪かったな」
「別にいい。お前は森の外に出て、ライル様のために働いている方が性に合うんだろう。わかりきっていたことだ」
シルバニアウルフのおじいさんは、シリウスにはちょっと厳しいみたい。
僕には優しい口調で話してくれるんだけどな。
「アモン様、このような場所にわざわざ来られたのは理由があるのでは?」
おじいさんに問いかけられて、僕は先代聖獣の話を聞きに来たのだと伝える。
「シリウスの言う通り、先々代も先代も森中を駆け回っておりました。目的は森の生態系の維持と、聖獣様の気を森中に充満させることでした」
「そっか……それなら聖獣は僕じゃなくても――」
「シリウス、アモン様と二人で話をしたい。お前は席を外してくれ」
僕の言葉を遮るように、おじいさんがシリウスに言った。
「俺だけ仲間外れかよ……まぁいいか。わかったよ」
シリウスはちょっとだけ文句を言ったけど、すぐに洞窟から出ていった。
それを確認すると、おじいさんは改めて僕を見た。
「アモン様は、ご自分が聖獣様にふさわしいか悩んでいらっしゃるのですか?」
「うん。だって今の話なら、シリウスの方が聖獣に向いていたと思うんだ」
「どうでしょう。あいつは聖属性の適性がありません。進化時に属性が変わることもあるので、可能性がゼロだとは言い切れませんが」
「シリウスが聖獣になるって思ってなかったの?」
「昔はそう思っておりましたよ。かつては、銀狼こそが聖獣にふさわしいのだと信じておりました」
おじいさんが群れのみんなに誇りを持っていることが、その言葉だけでよくわかった。
懐かしそうに目を細め、彼が話を続ける。
応援ありがとうございます!
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