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第二章 3120番の世界「IASB」
第62話 終焉の幕引き
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「なんでよ……」
俯いた秋がかすれた声で呟く。零が秋を見ると、秋はバッと顔をあげた。目は真っ赤に腫れて涙があふれていた。
「秋……」
「なんでよ! じゃあ私も連れてって、零の世界に! エンドとかアースとかみたいに仲間になれば、零の世界に行けるんでしょ?」
酷く取り乱した様子で、秋は大声をあげた。瑞希が慌てて駆け寄り秋をなだめようと手を伸ばす。その手を強く払い除けて、秋は瑞希に目も向けず、零をキッと見た。
「ごめん、それはできない」
「なんで? ルークはできてたじゃん! 何で私はできないの?」
重いからとエンドの頭から降ろされて、近くのガードレールで休憩していたルークは、大声で名前を呼ばれて驚いたのかバッと飛び起き、今度はアースの頭に乗った。
アースはムギュッとルークを持ち上げて地面に下ろすと、ルークの目線までかがんで自分の口に人差し指を当てる。「今は大事な話の最中なので、静かに見守りましょう」と小声でルークに語り掛けた。
ルークは少し不服そうに首を羽に埋めて、再び落ち着きを取り戻した。
そんなルークに零は目を向けると、また秋に目線を戻す。
「俺とルークたちの関係はあくまで主従関係だ。俺が秋に望んでるのはそんな関係じゃないから」
「なんでよ、連れてってよ! 嫌だよこんな世界! たいして強くもない力で、誰も守れない力でKIPになったって何の意味もない! 零の仲間になれば妖力とかいうものだって手に入って、零みたいに強くなれるんでしょ? なんでまた家族も何もないときに戻って、一人で過ごさなきゃいけないの? 親とか兄弟とかがいるみんなは、零一人いなくなったっていいかもしれないけど、私からしたら零しかいないのに!」
冷静に落ち着かせようとする零の言葉など、まったく届いていないようだった。口から溢れ出る言葉は全て、今まで秋がため込んでいたもの。それを理解している陸斗は、悲しげに顔をそむける。
「お父さんがいなくなって、お母さんだって死んじゃったのに、次は零を失うの? 何で私ばっかりこんな目に合わなきゃいけないの? どうして私ばっかり大事な人を失うの!?」
「秋、それは違う」
「……え?」
「確かに秋の母親は死んでしまったかもしれない。でも同じ世界に生きてるんだ」
突拍子もない零の話に、秋は口をぽかんと開けた。
「何……言ってるの? お母さんは死んじゃったって言ったじゃん」
「そうだね、もうこの場所にはいない」
「じゃあ何、同じ世界に生きてるって。私を落ち着かせるための嘘ってこと?」
「違うよ、嘘なんてつくわけない。秋はさ……死後の世界って信じる?」
「死後の世界? 神の世界とか妖怪の世界のこと?」
「いや、死後にその世界に転生するのは稀な事例だよ」
「それなら普通に天国とか地獄とかいうあれ?」
秋は怪訝そうに零の話を聞いていた。
「そうも言うね」
「……それで? その死後の世界が何なの?」
「天国とか地獄とかいうのは、俺の世界とか神の世界とかとはまた別なんだ。ただ死後の世界が存在するのは人間が主体の世界だけなんだけど。死後の世界って言うとわかりにくいから、そうだな……死後の空間って言おう。そこは人が主体の世界の中にある空間。世界の中には多元宇宙といわれるものもあるんだけど、ここはまあ今の秋には必要ない説明だし省くね」
「なんなの……」
今までの出来事すら、まだ頭の整理が追い付いていないのに、そこに追い打ちをかけるように新しい情報が加わり、秋は頭を抱える。
「死後の空間は、秋が生きているこの宇宙に依存する形でくっついてる。存在する宇宙一つ一つにそれぞれ死後の空間はくっついてるものだから、死んだことで別の宇宙の人に会えるってわけではないけれど、死んでしまった人たちは皆、その死後の空間に魂だけ移動するんだ」
「魂だけ?」
「そう、肉体は死んでしまったからね。でも肉体が死んだって魂は生きている。その魂がまた新たな肉体を持って、再び同じ世界で、同じ宇宙で生き始める。そうやって循環してるんだ」
「……何かの宗教でありそうな設定」
「じゃあその教祖は全知全能の神かもね」
間髪入れずに笑顔でそう返した零に、秋は疑うことすら面倒になる。
「その点、神や妖怪の類は肉体を持たず、魂がその形を模したもの。年も取らないし、決まった見た目もない。だから彼らが死ぬということは魂そのものの消滅を指すことになる。……ただ、さっきのイグニスみたいに妖怪が妖力を失って人間になるっていうのは前例がないし、人間になった時点で肉体ができあがるのか、それとも魂だけの人間っていう存在になるのかはわからないけどね」
「零は?」
秋の問いに零は目を丸くし、「うーん」と考えるそぶりを見せた。
「わかんないや。そもそも神と妖怪の間に生まれた生き物なんて、分類もないんだし。でも神力と妖力が合わさって生まれたんだし、肉体はないんじゃないかな? ま、俺のことなんてどうでもいいよ。話を戻そう。秋のお母さんは、その死後の空間で生きてる。今も秋のことをその空間から見ているんだよ」
「……でも死んじゃったことに変わりはないじゃない」
「そうかもね、でも失ってないよ。秋は何も失ってない。ただ見えないだけで近くにいる。だって同じ世界に、同じ宇宙に生きてるんだもん。違う宇宙が幾つもあって、違う世界が何千、何万もあるこの夢幻世界の中で、同じ世界の同じ宇宙にいるなんて、これほど近いことはないよ」
「そんなの、近くにいるなんて言わないよ……」
「さっき秋が言ったことは、俺の世界に行きたいってことは、自らこの宇宙を、この世界を捨てて、別の世界に行きたいってこと。俺に従うしかない奴隷に成り下がって。そうしたら今よりも距離は開く。お母さんは秋のことを見ることはできなくなるし、また新たな肉体を持ってこの世界に戻ってきたときに会うことはできなくなる。今の自分の力が弱いと感じるからって、大切な人が見えないからって、それだけの理由で」
秋の視線が泳ぐ。何か言おうと開けた口は、結局何も出てこないまま閉じられた。それもそのはず、秋には確かめようのない零の説明に、反論などできるはずもないからだ。ただ目の前に、今までの常識では考えられない生き物がいて、不思議な力を見せられた。それだけでこの話の信憑性は高くなる。たとえこれが秋をこの場にとどめるための嘘だったとしても。
「……ズルいよ」
数分後にようやく口から出た言葉はその一言だった。それは認めてしまったことの表れで、どうしようもないほどに心の底から溢れてくる雑多な感情を抑えた結果だった。
俯いて肩を震わせる秋に寄り添うように、陸斗が横にしゃがんで背中に手を当てていた。
零は半分壊れている秋の家の前まで移動する。後ろからはアースとエンド、ルークがついてきた。かつて道路だったはずの秋の家の前のでこぼこした道のむこうに、泣いている秋をなだめる陸斗や瑞希、そして零が動かないように指示したことで、その場から様子をうかがうようにこちらを見つめる颯太と風、慎吾、雄介とその横にラークがいた。
「レイ……いいんですか?」
「何が?」
心配そうに言うアースに零は何事もなかったかのように聞いた。アースは零のその様子をみて、少しだけ悲しそうな表情を見せた。
「あんな嘘、言わなくても――」
「これで良かったんだよ」
食い気味に短く返すと、零は道路に向けていた体を再び家に戻す。すると今度はエンドが声をあげた。
「別にそれで世界の命運が変わるわけでもない、少しくらい、自分の本心に従ったらどうなんだ?」
エンドの言葉に同意するように、ルークも零の目の前で鳴いて見せた。
零は考えるように俯いた後、何も言わずに地面に手を付く。すると後ろからラークが慌てて近づいてきた。
「バル!」
「ん?」
地面から手を放し、零はラークの方を見た。ラークは真剣な面持ちで零を見ている。そして覚悟を決めたように息を吸った。
「おいらを人間にしてくれ」
「……へ?」
予想だにしない言葉に、零の口から思わず情けない声が漏れる。何の冗談だという言葉は、これまでにないくらい真剣なラークの表情を見たことで引っ込んだ。
「本気?」
「おいらの主を人間にできたんだ、おいらでもできるだろ?」
「できなくはないけど、なんで?」
「……おいらはこの世界に残ってこの世界の住民になる。本物の堂本 司になる」
「そんなの、わざわざ人間にならなくたって、今までみたいに姿を変えればいいじゃん」
「そうだけど……。おいら、今持ってる妖怪の力、もういらないんだ。もともとおいら自身の力じゃないし。主のいない今、妖怪の世界に戻りたいとも思わない。バルと違って妖怪の世界でおいらを待ってる奴もいないし。そもそもおいらから主を奪ったのはお前なんだから、その責任を取っておいらの願いの一つや二つ、叶えてくれたっていいだろ!?」
言葉も出ないままラークの話を聞いていた零は、ラークの言い分を理解したうえで再度確認をした。
「……本気?」
「うん」
「妖力使えなくなるよ?」
「知ってる」
「後悔しない?」
「しない……とは言い切れないけど、おいらが自分で決めたことだから大丈夫」
「……わかった、ラークが自分で俺らの側についたんだから、主を奪ったって言うのは認めないけど秋たちを助けてくれた礼はあるし、本当にいいならやるよ」
「いい、もう決めたんだ」
意見を変える気はないらしい。ラークの頼みを零は了承した。
そこからは早かった。イグニスの時と同じように、しかしイグニスの時より丁寧に、零はラークに神力を注ぎ、ラークの中の妖力を打ち消した。
一瞬で先ほどまでの悪魔のような羽や尻尾はなくなり、堂本 司と同じ見た目になる。
「気分は?」
「……なんか、不思議な感じだ」
「だろうね。ていうか堂本 司にそっくりじゃん。意図してた?」
「いや全然」
「あ、そういえばこの世界、クラリス持ってないと成瀬みたいに虐められることがあるらしいから、これは俺からのプレゼントね」
そう言うと零は司の額に手をかざす。一瞬黄色く光ると、すぐに消えてしまった。
「これでよし」
「なにくれたんだ?」
「物を浮かせる力。使用人やるなら、あると便利そうじゃん? クラリスの仕組みはわからないけど、たぶん妖力使うときと同じ感覚でできると思うから、ここでの生活頑張って」
「おお、いいのか!? サンキューだ! よし、時間が戻ったらすぐに高橋さんのところに行って雇ってもらうぞー! 使用人を増やすことは、時間が戻ってもきっと変わらないだろうしなー、まあ変わっても頼み込んで雇ってもらうけどな!」
司は嬉しそうに飛び跳ねると、そう意気込んで雄介の元に戻っていった。
驚きながらも雄介や陸斗は戻ってきた司を迎え入れ、時間が戻ってもまた、必ず使用人を雇うと約束していた。
既に空の大部分が赤く染まっている。ゆっくりしすぎたなと呟くと、零はもう一度地面に手をつき、その手に力をこめると地面に青い波動が広がった。
初めは数秒おきに、まるで心臓が血液を送り出すときのように規則正しく送り出されていた波は、次第にその間隔を狭めていき、青白い光となって世界全体を包みだした。
あっという間に視界が真っ白になる。不思議と嫌な気はしなかった。
このままじゃだめだ。そう思い、秋は咄嗟に立ち上がる。もう遅かったのか、どれだけ叫んでも声は出なかった。エンド、アース、ルークがこちらを見ている。その様子だけかろうじて見えていたのに、たった数秒でそれすら見えなくなってしまった。
もう終わってしまうんだ。そう思い、近くにいる友人たちと目線を交わすと、全員同じような感情であることが見て取れた。
ふいに颯太が手を差し伸べる。意味を理解した秋は不安を抑えるように笑顔でその手を取った。それに倣って次々に手を重ねていった。そして間もなく、頭が真っ白になる。意識が遠くなるのを感じるとともに、人の手の温もりが残った。
俯いた秋がかすれた声で呟く。零が秋を見ると、秋はバッと顔をあげた。目は真っ赤に腫れて涙があふれていた。
「秋……」
「なんでよ! じゃあ私も連れてって、零の世界に! エンドとかアースとかみたいに仲間になれば、零の世界に行けるんでしょ?」
酷く取り乱した様子で、秋は大声をあげた。瑞希が慌てて駆け寄り秋をなだめようと手を伸ばす。その手を強く払い除けて、秋は瑞希に目も向けず、零をキッと見た。
「ごめん、それはできない」
「なんで? ルークはできてたじゃん! 何で私はできないの?」
重いからとエンドの頭から降ろされて、近くのガードレールで休憩していたルークは、大声で名前を呼ばれて驚いたのかバッと飛び起き、今度はアースの頭に乗った。
アースはムギュッとルークを持ち上げて地面に下ろすと、ルークの目線までかがんで自分の口に人差し指を当てる。「今は大事な話の最中なので、静かに見守りましょう」と小声でルークに語り掛けた。
ルークは少し不服そうに首を羽に埋めて、再び落ち着きを取り戻した。
そんなルークに零は目を向けると、また秋に目線を戻す。
「俺とルークたちの関係はあくまで主従関係だ。俺が秋に望んでるのはそんな関係じゃないから」
「なんでよ、連れてってよ! 嫌だよこんな世界! たいして強くもない力で、誰も守れない力でKIPになったって何の意味もない! 零の仲間になれば妖力とかいうものだって手に入って、零みたいに強くなれるんでしょ? なんでまた家族も何もないときに戻って、一人で過ごさなきゃいけないの? 親とか兄弟とかがいるみんなは、零一人いなくなったっていいかもしれないけど、私からしたら零しかいないのに!」
冷静に落ち着かせようとする零の言葉など、まったく届いていないようだった。口から溢れ出る言葉は全て、今まで秋がため込んでいたもの。それを理解している陸斗は、悲しげに顔をそむける。
「お父さんがいなくなって、お母さんだって死んじゃったのに、次は零を失うの? 何で私ばっかりこんな目に合わなきゃいけないの? どうして私ばっかり大事な人を失うの!?」
「秋、それは違う」
「……え?」
「確かに秋の母親は死んでしまったかもしれない。でも同じ世界に生きてるんだ」
突拍子もない零の話に、秋は口をぽかんと開けた。
「何……言ってるの? お母さんは死んじゃったって言ったじゃん」
「そうだね、もうこの場所にはいない」
「じゃあ何、同じ世界に生きてるって。私を落ち着かせるための嘘ってこと?」
「違うよ、嘘なんてつくわけない。秋はさ……死後の世界って信じる?」
「死後の世界? 神の世界とか妖怪の世界のこと?」
「いや、死後にその世界に転生するのは稀な事例だよ」
「それなら普通に天国とか地獄とかいうあれ?」
秋は怪訝そうに零の話を聞いていた。
「そうも言うね」
「……それで? その死後の世界が何なの?」
「天国とか地獄とかいうのは、俺の世界とか神の世界とかとはまた別なんだ。ただ死後の世界が存在するのは人間が主体の世界だけなんだけど。死後の世界って言うとわかりにくいから、そうだな……死後の空間って言おう。そこは人が主体の世界の中にある空間。世界の中には多元宇宙といわれるものもあるんだけど、ここはまあ今の秋には必要ない説明だし省くね」
「なんなの……」
今までの出来事すら、まだ頭の整理が追い付いていないのに、そこに追い打ちをかけるように新しい情報が加わり、秋は頭を抱える。
「死後の空間は、秋が生きているこの宇宙に依存する形でくっついてる。存在する宇宙一つ一つにそれぞれ死後の空間はくっついてるものだから、死んだことで別の宇宙の人に会えるってわけではないけれど、死んでしまった人たちは皆、その死後の空間に魂だけ移動するんだ」
「魂だけ?」
「そう、肉体は死んでしまったからね。でも肉体が死んだって魂は生きている。その魂がまた新たな肉体を持って、再び同じ世界で、同じ宇宙で生き始める。そうやって循環してるんだ」
「……何かの宗教でありそうな設定」
「じゃあその教祖は全知全能の神かもね」
間髪入れずに笑顔でそう返した零に、秋は疑うことすら面倒になる。
「その点、神や妖怪の類は肉体を持たず、魂がその形を模したもの。年も取らないし、決まった見た目もない。だから彼らが死ぬということは魂そのものの消滅を指すことになる。……ただ、さっきのイグニスみたいに妖怪が妖力を失って人間になるっていうのは前例がないし、人間になった時点で肉体ができあがるのか、それとも魂だけの人間っていう存在になるのかはわからないけどね」
「零は?」
秋の問いに零は目を丸くし、「うーん」と考えるそぶりを見せた。
「わかんないや。そもそも神と妖怪の間に生まれた生き物なんて、分類もないんだし。でも神力と妖力が合わさって生まれたんだし、肉体はないんじゃないかな? ま、俺のことなんてどうでもいいよ。話を戻そう。秋のお母さんは、その死後の空間で生きてる。今も秋のことをその空間から見ているんだよ」
「……でも死んじゃったことに変わりはないじゃない」
「そうかもね、でも失ってないよ。秋は何も失ってない。ただ見えないだけで近くにいる。だって同じ世界に、同じ宇宙に生きてるんだもん。違う宇宙が幾つもあって、違う世界が何千、何万もあるこの夢幻世界の中で、同じ世界の同じ宇宙にいるなんて、これほど近いことはないよ」
「そんなの、近くにいるなんて言わないよ……」
「さっき秋が言ったことは、俺の世界に行きたいってことは、自らこの宇宙を、この世界を捨てて、別の世界に行きたいってこと。俺に従うしかない奴隷に成り下がって。そうしたら今よりも距離は開く。お母さんは秋のことを見ることはできなくなるし、また新たな肉体を持ってこの世界に戻ってきたときに会うことはできなくなる。今の自分の力が弱いと感じるからって、大切な人が見えないからって、それだけの理由で」
秋の視線が泳ぐ。何か言おうと開けた口は、結局何も出てこないまま閉じられた。それもそのはず、秋には確かめようのない零の説明に、反論などできるはずもないからだ。ただ目の前に、今までの常識では考えられない生き物がいて、不思議な力を見せられた。それだけでこの話の信憑性は高くなる。たとえこれが秋をこの場にとどめるための嘘だったとしても。
「……ズルいよ」
数分後にようやく口から出た言葉はその一言だった。それは認めてしまったことの表れで、どうしようもないほどに心の底から溢れてくる雑多な感情を抑えた結果だった。
俯いて肩を震わせる秋に寄り添うように、陸斗が横にしゃがんで背中に手を当てていた。
零は半分壊れている秋の家の前まで移動する。後ろからはアースとエンド、ルークがついてきた。かつて道路だったはずの秋の家の前のでこぼこした道のむこうに、泣いている秋をなだめる陸斗や瑞希、そして零が動かないように指示したことで、その場から様子をうかがうようにこちらを見つめる颯太と風、慎吾、雄介とその横にラークがいた。
「レイ……いいんですか?」
「何が?」
心配そうに言うアースに零は何事もなかったかのように聞いた。アースは零のその様子をみて、少しだけ悲しそうな表情を見せた。
「あんな嘘、言わなくても――」
「これで良かったんだよ」
食い気味に短く返すと、零は道路に向けていた体を再び家に戻す。すると今度はエンドが声をあげた。
「別にそれで世界の命運が変わるわけでもない、少しくらい、自分の本心に従ったらどうなんだ?」
エンドの言葉に同意するように、ルークも零の目の前で鳴いて見せた。
零は考えるように俯いた後、何も言わずに地面に手を付く。すると後ろからラークが慌てて近づいてきた。
「バル!」
「ん?」
地面から手を放し、零はラークの方を見た。ラークは真剣な面持ちで零を見ている。そして覚悟を決めたように息を吸った。
「おいらを人間にしてくれ」
「……へ?」
予想だにしない言葉に、零の口から思わず情けない声が漏れる。何の冗談だという言葉は、これまでにないくらい真剣なラークの表情を見たことで引っ込んだ。
「本気?」
「おいらの主を人間にできたんだ、おいらでもできるだろ?」
「できなくはないけど、なんで?」
「……おいらはこの世界に残ってこの世界の住民になる。本物の堂本 司になる」
「そんなの、わざわざ人間にならなくたって、今までみたいに姿を変えればいいじゃん」
「そうだけど……。おいら、今持ってる妖怪の力、もういらないんだ。もともとおいら自身の力じゃないし。主のいない今、妖怪の世界に戻りたいとも思わない。バルと違って妖怪の世界でおいらを待ってる奴もいないし。そもそもおいらから主を奪ったのはお前なんだから、その責任を取っておいらの願いの一つや二つ、叶えてくれたっていいだろ!?」
言葉も出ないままラークの話を聞いていた零は、ラークの言い分を理解したうえで再度確認をした。
「……本気?」
「うん」
「妖力使えなくなるよ?」
「知ってる」
「後悔しない?」
「しない……とは言い切れないけど、おいらが自分で決めたことだから大丈夫」
「……わかった、ラークが自分で俺らの側についたんだから、主を奪ったって言うのは認めないけど秋たちを助けてくれた礼はあるし、本当にいいならやるよ」
「いい、もう決めたんだ」
意見を変える気はないらしい。ラークの頼みを零は了承した。
そこからは早かった。イグニスの時と同じように、しかしイグニスの時より丁寧に、零はラークに神力を注ぎ、ラークの中の妖力を打ち消した。
一瞬で先ほどまでの悪魔のような羽や尻尾はなくなり、堂本 司と同じ見た目になる。
「気分は?」
「……なんか、不思議な感じだ」
「だろうね。ていうか堂本 司にそっくりじゃん。意図してた?」
「いや全然」
「あ、そういえばこの世界、クラリス持ってないと成瀬みたいに虐められることがあるらしいから、これは俺からのプレゼントね」
そう言うと零は司の額に手をかざす。一瞬黄色く光ると、すぐに消えてしまった。
「これでよし」
「なにくれたんだ?」
「物を浮かせる力。使用人やるなら、あると便利そうじゃん? クラリスの仕組みはわからないけど、たぶん妖力使うときと同じ感覚でできると思うから、ここでの生活頑張って」
「おお、いいのか!? サンキューだ! よし、時間が戻ったらすぐに高橋さんのところに行って雇ってもらうぞー! 使用人を増やすことは、時間が戻ってもきっと変わらないだろうしなー、まあ変わっても頼み込んで雇ってもらうけどな!」
司は嬉しそうに飛び跳ねると、そう意気込んで雄介の元に戻っていった。
驚きながらも雄介や陸斗は戻ってきた司を迎え入れ、時間が戻ってもまた、必ず使用人を雇うと約束していた。
既に空の大部分が赤く染まっている。ゆっくりしすぎたなと呟くと、零はもう一度地面に手をつき、その手に力をこめると地面に青い波動が広がった。
初めは数秒おきに、まるで心臓が血液を送り出すときのように規則正しく送り出されていた波は、次第にその間隔を狭めていき、青白い光となって世界全体を包みだした。
あっという間に視界が真っ白になる。不思議と嫌な気はしなかった。
このままじゃだめだ。そう思い、秋は咄嗟に立ち上がる。もう遅かったのか、どれだけ叫んでも声は出なかった。エンド、アース、ルークがこちらを見ている。その様子だけかろうじて見えていたのに、たった数秒でそれすら見えなくなってしまった。
もう終わってしまうんだ。そう思い、近くにいる友人たちと目線を交わすと、全員同じような感情であることが見て取れた。
ふいに颯太が手を差し伸べる。意味を理解した秋は不安を抑えるように笑顔でその手を取った。それに倣って次々に手を重ねていった。そして間もなく、頭が真っ白になる。意識が遠くなるのを感じるとともに、人の手の温もりが残った。
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