夢幻世界

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第二章 3120番の世界「IASB」

第50話 合流

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 エンドから秋と颯太の無事を確認したアースは、喜んでいる慎吾たちを確認してから零に近づく。エンドも後ろからついてきた。
 途中でKIPの隊員たちが「危ないぞ!」と声をかけていくが構わず進んでいくと、零と目が合った。
 アースは零の目を見ながらさらに距離を詰め、鳴きながら口を開けて威嚇している零の顔と数センチの所まで近づいた。

 それでも威嚇し続ける零にアースはゆっくりと手を伸ばす。そして頬の辺りに触れた。

「大丈夫、今いる場所はあの場所ではありません。周りにいるのも敵ではありません」

 語りかけるように静かに、そして優しく声をかける。零はその間もアースに唸り続けていた。

「イグニスの使用した物は偽物です。貴方を縛るものではない。もう貴方を拘束する枷や牢は存在しません。だって貴方は自分で作ったじゃないですか、誰にも縛られない、自分だけの世界を」

 落ち着いてきたのか、アースの言葉と共に、零は牙をむき出しにしていた口をゆっくりと閉じ始め、唸り声は次第に小さくなっていった。

「その調子です。ゆっくり、落ち着いて、思い出してください。自分が何者で、何をしていたのか」

 どんどん表情が柔らかくなっていく。そのまま零がぐったりと首をおろし、目を閉じようとしたとき、「バンッ!」と爆発のような大きな音が鳴り、同時に閃光弾のような眩しい、真っ白な光が当たりを包んだ。
 落ち着いてきていた時に突然鳴ったその音と光に驚いた零は、鳴きながら大きく体を動かした。

 再び興奮しだした零が、アースを後ろに強く吹き飛ばす。後ろで控えていたエンドが、アースを受け止めた。

「大丈夫か?」
「はい、助かりました」

 また振り出しに戻ってしまった現状を見て、アースは小さく舌打ちをした。

「……あともう少しだったのに」
「あのタイミングでわざわざ邪魔してくるってことは、アイツだろうな」

 エンドがそう言ってから後ろを振り返ると、慎吾たちの背後にある瓦礫の山にイグニスが座っていた。

「もう正気に戻られちゃつまんねえだろ? コイツにはついでにこの世界も壊してもらうことにしたからなあ。ショーはまだまだこれからだぜ」

 相変わらず不敵な笑みとともに挑発するような言葉を話していた。慎吾や昭、真衣を含めたKIPの隊員達は、イグニスに向かって一斉に武器を構える。
 しかし、またもイグニスは一瞬で姿を消し、ただ瓦礫の山だけが残った。





 混乱と興奮で再び暴れ出した零は、空中で今度は白銀の大狼に姿を変え、まだギリギリ壊れていない一戸建ての屋根に立った。

 目の前で別の生き物へと変化する様を見て口を開けている人達を見下すかのように一瞥したあと、零は大きく遠吠えをする。
 すると地響きと共に地面からアスファルトを壊しながら岩の柱が乱立した。

 既に先程までの攻防で一区間の建物類が壊れ、家の残骸や倒れた木々がそこかしこに散らばっていた。そこから今度は地面が壊され始めている。
 雨で濡れて滑ることも含めると、もう普通に歩くことすら難しい状況だ。

 そんな中、零は零の進む先々に現れる柱の上を移動していた。そしてイグニスが座っていた瓦礫の山の付近で止まる。

「あいつ、なにするつもりなんだ?」

 慎吾が零を見ながら呟いた。

 明らかに正気ではない様子で立っている零の周りに、地面に転がっていた大きい石やコンクリート片が無数に浮かびだす。
 それらはフワフワと浮かんでいたかと思うと、突然ピタリと動かなくなった。そして一斉にイグニスのいた瓦礫の山に向かって飛んで行く。銃弾のように次々と打ち出されていくことで、その山は一瞬にして砂利のように粉々になった。

「……先程いたイグニスの幻影が見えているかのようですね。もしかしたら見えているのはイグニスではないのかも知れませんが」

 アースとエンドが慎吾達と再び合流する。
 そして同じタイミングで、秋と颯太がやって来た。

「あ、秋さん!」

 真っ先に気がついた昭が声をかける。慎吾と真衣もそちらを見て、驚いたような表情を見せた。
 秋は、地面の影響で歩きの遅い颯太を置いて、濡れた地面を利用しクラリスで氷の足場を作って駆け寄った。

「須藤さん! 佐々木さんと羽嶋さんも!」
「天宮! 無事だったか」
「心配しました。天宮さんたちが無事でよかったです」
「ご心配おかけしました。皆さんも無事で何よりです」

 再会を喜んでいる秋達から離れるようにラークがアースとエンドの方にやって来た。

「生きてたんですか、てっきりエンドにやられたものだと思ってました」
「……うるさいやい」
「やられたことに違いはないな。コイツは寝返った」

 エンドからのカミングアウトにアースは目を丸くした。

「意外ですね、もっと主に誠実だと思ってたんですが」
「おいらにも事情ってもんがあるんだよ」
「まあ二人は助けられたし、結果オーライだろ」
「ですね。ちなみにルークは?」
「あいつには離れるように言ってある。今の零にルークが近づくのは危険だからな」

 そんな会話をしていると、話の済んだ様子の慎吾たちがやって来た。

「天宮達にも俺のわかる範囲の現状は伝えておいた。てことで、そろそろ今何が起きているのか教えてくれてもいいだろ」

 キョロキョロ辺りを見渡し、移動しながら何も無いところを攻撃し続けている零を、全員が見る。
 もう隠す必要もないだろうとエンドがアースに言った。アースも小さく頷いて、零の過去を話し始めた。





 大まかな過去を話し終えたときには、秋を始めとした全員の表情が曇っていた。

「……それって要は、零が普通とは違うからってだけの理由でそんな扱いを受けたってことだよね」
「なんだよそれ、その時零は二歳だろ!? 何も言わないで勝手に、何も知らない零を追いやったくせに、入ってきたら罰って……理不尽すぎるだろ」

 まったく知らなかった零の過去に、秋は胸が締め付けられるような思いだった。さっきエンドの言っていたトラウマというのはこのことだったのだろう。
 それは颯太も同じだったようで、声を荒げて怒りをあらわにしていた。

「まあ、人間の時間と神や妖怪の時間は同じではないので、その時のレイは生まれてから二年というだけで、すでに人間でいう十六歳くらいまでは成長していましたからね。今もほぼ同じ見た目なので、彼はそれくらいが一番生活しやすいんでしょう。理不尽だという点については、私も同感です」
「は、八倍で年取るの!?」
「いえ、生まれてすぐにに急成長するだけです。初めの二週間がピークなので、そうですね……一番早いときで人間の一日が神にとっての一年くらいでしょう」
「じゃあ二週間で十四歳? やば……」
「その後はほとんど人間と同じ時間で成長していくと考えてもらって大丈夫です」
「それでも、零が神の国に捕えられたときは私たちと変わらないくらいだったってことでしょ? そんなのって……」

 どれだけアースと颯太のやり取りを聞いても、秋は心に残る共感性の痛みを消すことはできなかった。

「明らかに、あの大神の罰はやりすぎでした。それ以来、彼は首輪なしでも神の世界の住人全てに逆らえなくなったんです。そんなレイに首輪をつければ……」

 その先は言わなくてもわかる。首輪一つが零を従属させるための道具になるのだ。

「道理で首輪をつけられた後から様子が変わったわけだ。従うことを強制させられたようなものか」
「そうですね。そして首輪からの電撃で過去が再現されたことで遂に正気を失い、ほぼ暴走状態になっているということです」

 慎吾は零が突然イグニスに味方しだした理由が分かり納得するとともに、零が記憶を取り戻した理由も一緒に理解していた。

「監視中に記憶が戻ったのも、監視部屋とその場所が似ていたからか……。零には悪いことをしたな」
「そのおかげで記憶が戻ったんですから、レイも責めてはいませんよ。それに我々のせいで起きた事件の捜査だったので、むしろ責められるは私たちのほうです」
「ちなみに今言っていた『ほぼ』暴走状態っていうのは?」

 気に病んでいる様子の慎吾とそれを擁護するアースの会話の後、真衣が零のことへと話を戻した。

「レイはさっきまでも、なるべく人を傷つけないようにしていた。まだ少しだけ自分をコントロールできているってことだ。アースが声をかけたとき、一度は落ち着きかけたし声も聞こえている」
「なるほど、それならさっきと同じことをもう一度やれば零さんを元に戻せそうじゃないですか?」
「はい、ただイグニスが先程のように邪魔してくるので、私とエンドはそれを阻止する役に回ります」

 解決の糸口を提示する昭に、アースは自分達が零に接触することは無理だと伝える。いくらクラリスを所持しているといっても、イグニスは人間が対応できるような相手ではないことは明らかだった。

「零のことをよく知っている二人が敵の相手をするなら、誰が零に声をかけて落ち着かせる?」

 慎吾の問いかけに、みんなが顔を見合せた。そして、ほぼ同時に秋を見る。

「……え、私?」

 確かに一緒にいた時間は秋が一番多い。しかし、零の事を詳しく知ったのはついさっきだったため、秋には自信がなかった。

「今のレイに近づくのはとても危険です。流石にやめておいた方がいいでしょう」

 そう言ってアースが別の手を考え始めた。

 秋は、俯いて零との日々を思い返す。突然の出会いから今までの過去を振り返りハッとした。

(私、零に何もできてない。ショッピングモールも、この拉致も、零と出会ってからずっと助けられてばっかりだ)

 未だに岩を飛び回って誰もいないところに攻撃し続けている零を秋はもう一度見た。

(やっと助けることができるチャンスなんだ。今まで支えてくれた恩を返さなきゃ)

 一人で暮らしていた所に突然やってきて、家族がいた時のような日々を思い出させてくれた零が助けを求めている。
 強く拳を握り、秋は声を上げた。

「……やります!」
「え?」

 次の作戦を考えていたアースが、秋を見つめる。

「零を元に戻す役、私がやります」
「本当に? 最悪の場合、レイに……殺されるかもしれないんですよ」
「それでもやります。零に助けられてばかりではいられません」

 アースは秋の目をじっと見つめる。ちょっとのことでは揺るがない意思が伝わったのか、アースは少しの戸惑いの後、首を縦に振った。

「わかりました。では天宮さんにお願いします。とりあえず、まずは近寄らないといけません。レイを一箇所から動かないようにしたいんですが……」

 岩の上を飛び回って移動し続けているレイを追いかけるのは、足場的にも不可能に近い。このことについても秋が声を上げた。

「私に案があります! なんていったって私のクラリスは水を操るんです。それに今は雨が降っているので、それを使って零を誘導できると思います」
「それなら、ここからレイのことは全て秋さんにお任せします。私たちが守るので秋さんはレイのことだけに集中してください」

 アースの言葉に秋は頷いた。そして零の方に足を進めようとした時、ふと後ろから声がかかる。

「待って!」

 振り返ると颯太が秋を見て立っていた。

「……俺も行く」
「え?」
「俺も零には助けられてばっかだった。零がいなかったら、今もまだ桐島にいじめられていたかもしれない。無能のままだったかもしれない。零が苦しんでるなら俺も助けたい」

 そう言っている颯太の声は震えていた。それでも体に力を入れて、しっかりと立っている。そんな颯太に秋は笑顔で頷いた。

「それなら一緒に行こ!」
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