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第二章 3120番の世界「IASB」
第34話 被害者
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朝起きて私服に着替えると、慎吾に連れられて部屋の外に出た。
エレベーターから出て、昭を迎えにチームの部屋に行く。
「昭、こっちは準備出来たぞ」
「僕の方もオッケーです」
書類を持って昭が答えた。零は初めて入る慎吾のチームの部屋を見渡してから、あることに気がついた。
「まだ秋は来てないんですか?」
「あー、昨日の夕方頃に突然明日休むって言われたよ。だから今日は来ないな」
慎吾が言う。そうなんだ、と特に気にすることなく終わった。
部屋を出て車に乗る。昭の運転で、後部座席に零と見張りの慎吾が乗った。
頬杖をつきながら、後ろに流れていく景色を見ていると、手枷が目に入る。全て思い出した上でも心地の良いものではなかった。
「鎖にくっついてたはずなのに、つけたまま遠出できるんですね」
「鎖はエネルギー供給用だからな。十分供給されていたから、さっき地下に迎えに行った時に外しておいた。今日一日は問題なく作動する」
「ああ、枷に触ってたのはそのためですか。……ていうか、取ってくれないんですか?」
「取るわけないだろ。クラリスが無いってのが本当かどうか分からない状態だしな」
「本当ですって。せっかく誕生日まで教えてあげたのに……」
実際には神力や妖力といったクラリスのようなものは使えるが、言う必要も無いだろう。
この手枷がクラリスの発動を抑制するだけのものなので、零の能力は普通に発動する。
それでもやはり、つけていたいとは思わなかった。
そんな会話を聞いていた昭が声を上げる。
「誕生日教えたって、記憶戻ったんですか!?」
「え、まだ他の人に言ってないんですか?」
「そう言えば戻ってすぐ別の仕事が入ったせいで、伝えるのを忘れてた。戻ったらしい。だが、教えられる情報は生年月日とクラリスの有無だけ。クラリスは無しだとよ」
すぐに仕事が入ったなら、秋にも伝わっていないのだろう。
「クラリス無しですか。そうなると今回の事件は零さんには起こせませんけど……」
「自己申告だからな、信憑性に欠ける」
「俺ってそんなに信用されてないんですね。しっかり見てくださいよ。俺がそんな残虐なことする人に見えます?」
「生憎、人を見た目で判断しない方がいいことを今までの経験で学んでるもんでな。見た目や態度じゃ確かに人殺しなんて縁がない奴だが、内面がどうかはまた別だ」
「俺は内面も真っ白ですよ?」
「どうだろうな」
くだらない会話を続けていると、いつの間にか目的の場所に到着していた。
決して豪華とは言えない、普通の一戸建ての家。昭が住所を確認して車を停めた。
「じゃあインターホン押してきます。零さんはまだ車内で待っててください」
昭がポストの横にあるインターホンを押してから数十秒後に、家のドアが開いて、目つきの悪い男が出てくる。自宅療養中と言う割には元気そうだ。
「あの人が岩田 幹人さんですか」
車の中から零は様子を見ながら言う。慎吾は短く肯定した。
幹人は昭となにやら会話をしたあと、家に入っていき、昭が零と慎吾を呼びに来た。
「話はついたので、家に入る許可が出ました……が」
「どうした?」
「岩田さんからの要望で、『娘に危害を加えられる可能性も考えて、拘束を増やして欲しい』と言われました」
どうやら零を腕輪だけでなく、しっかりと拘束して欲しいという要望のようだ。
「拘束を増やす? 能力は使えないようにしているのにか?」
「はい、素手で襲ってくることだって考えられるからだそうです。更に、拘束は岩田さんの指示でやるようにと言われました」
「俺はいいが……」
慎吾がこちらを見てくる。零の意見を待っているようだった。
「別にいいですよ、拘束くらい。それで相手が安心するなら、むしろそっちの方がいいと思いますし」
「……じゃあそれでいい」
「分かりました。玄関で待っているそうなので、そこで岩田さんの指示通りにしたらいいみたいです」
零と慎吾は車からおりる。体を伸ばしてからドアに向かった。
昭がノックしてからドアを開ける。玄関には幹人が立っていた。
先程も顔を合わせた昭は手短に挨拶をしてから端の方に避ける。その動きを目で追っていた幹人が、昭が止まったのを確認してから、零に鋭い視線を向けた。
「病院以来ですね、岩田さん。佐々木 慎吾です」
「……どうも。その人が容疑者ですか」
「今のところですが」
「それでは、須藤さんから聞いているとは思いますが、子供がいるんで殺人の容疑者をフリーな状態はやめてもらいたいです」
「先程聞きました。どのような対処をお望みですか?」
「痛いのはやめてくださいね」
零がボソリと呟く。幹人がギロリと睨みつけた。異常なまでの殺気に、零は思わず体に力を入れる。隙を見せればすぐにでも殺されそうだった。
「手全体を覆うようなものでの拘束を。指先だけでも、獣化していれば殺せそうですので」
慎吾の付けたこの腕輪すら、信用していないようだった。
「零、手を出せ」
幹人に言われて、作り出したばかりの筒型の黒い塊を手に持った慎吾が零に言った。
身に覚えのない罪で、知らない人から、こんな態度や扱いを受けることは、当たり前だが気分の良いことでは無い。
零が手を出し渋っていると、慎吾から目線が飛んでくる。大人しく従ってくれと言わんばかりのその目線に、零はため息をついてから、腕を前に出した。
左手につけた所で、幹人が口を開いた。
「背中で固定してください」
「……前はダメなんですか?」
「はい。前だと、手を直接使えなくても、その鉄の塊で殴ることも出来てしまうので」
言っていることは間違ってはいないのだが、そこまでする気の無かった慎吾が、拘束を躊躇する。
「車でもいった通り俺は良いですよ、佐々木さん。それでこの人が満足するなら」
「……分かった。少しの間だけ我慢してくれ」
零の許可に、慎吾が後ろで手を拘束する。
ここまでしてから、やっと事件の聞き取りが始まった。
リビングに通されて、昭が椅子に座る。零と慎吾は立ってその様子を見ていた。
「まず、岩田さんが見た相手はこの人ですか?」
昭が零の方を見る。
「……目の色は完全に一致してます。髪色は、病院でも言いましたが少し見えただけで、黒っぽいということだけしか分からなかったので、なんとも言えません。恐らくあっているかと。身長もこれくらいだったと思います」
「なるほど、それでは見た目はほぼ同じってことですか」
「はい」
「病院で話したこと以外で、今まででなにか思い出したり、気づいたことはありますか?」
「思い出したり気づいたこと……」
幹人がしばらく考えてから、「そう言えば」と声を上げた。
「自分で気づいたことでは無いですし、あまり関係ないかもしれないですが、医者に傷の治りが遅いと言われました」
「というと?」
「ナイフで刺された部分の傷は既に傷は閉じて治りかかっているんですが、獣化した手の爪で刺された部分が、全く傷が閉じていないと。ナイフと同じ処置をしているのに、爪の方だけ異様に治りが遅いそうです」
「原因は分かっているんですかね?」
「いえ、分からないみたいです」
「そうですか」
昭の後ろで聞いていた零は、その言葉を聞いて幹人を見つめる。
「あの、差し支えなければ傷見せてくれません?」
「……なんでだ」
零の頼みに、幹人は不愉快そうな声を上げる。
「なんでって……普通と違うなら、そこに何かヒントがあるかもしれないので。ね? 須藤さん」
「そうですね、岩田さんが良いのであれば、見せて欲しいです。確かに何か手がかりが残っているかもしれないので」
「……分かりました。丁度、皆さんが帰ったらガーゼを取り替えようと思っていたところでしたんで、ついでなら良いですよ」
そう言うと、幹人は棚から新品の包帯とガーゼを取ってきて、交換し始めた。
古いガーゼを剥がすと、痛々しい傷口が顔を出す。腹部の傷は、縫われているがほとんど閉じていた。
それに比べて胸部の傷は、爪痕が三本、まるで昨日ついた大きな切り傷のように、全くと言っていいほど治っている様子がない。
「二週間でこれは……確かに治りが遅いですね。検査などはしたんですか?」
「はい、いろいろ調べてもらいましたけど、どれも特に異常はないそうです」
「犯人の能力に関係があるかどうかも、これじゃあ分かりませんね」
「……その容疑者はなんて言ってるんですか?」
「零さんは容疑を否認しています。クラリスも持っていないそうです」
「でも俺が言った見た目にこんなに当てはまってる人物なんて、姿を変えるクラリス以外ありえないと思うんですが」
「そこなんですよ、僕らも困っているのは」
会話が止まる。少しの沈黙の中、零が「あ、そうか」と声を上げた。新品のガーゼを傷口に貼ろうとしている幹人を止めてから、近づいて傷口を眺める。そして、元の位置に戻って考え込んだ。
慎吾が「どうした」と声をかける。幹人と昭も零を見つめた。
「……つまり、自分の見た目を自由に変えられて、獣化もできて、攻撃相手の傷の治りを遅くできる能力があればいいということですよね」
「まあそうだが、そんな奴がいないから俺たちが必死に捜査を進めてるんだろ」
「佐々木さん、心当たりがあります。ただ、俺を殺人犯に仕立て上げた理由はわかりませんけど」
その場にいる全員の表情が驚きに変わる。
「どういうことだ」
「本部の方で話します。そこで少し考える時間をください。話すことを自分の中で整理したいので」
「……戻ったらすべて話してくれるんだろうな」
「すべては無理かもしれないですけど、重要な部分はお話しします。それと、この手枷外してもらえませんか?」
零が慎吾に聞く。当然、幹人が反対した。
「佐々木さん、外さないでくださいよ! 心当たりがあるとしても、こいつの容疑は晴れていな――」
「俺なら治せますよ、その傷」
「……は?」
「治った方がいいでしょ? 動き回るのだって痛いはずです。それに子供がいるなら、貴方は動き回って世話をしたりしないといけない。そんな体だと、ろくに世話もできないじゃないですか」
「それはそうだが……」
「それ、多分自然治癒とか治癒系クラリスで治るようなものでは無いです。俺が治すか犯人に治させるまで、一生傷は塞がりません」
確信したような口振りで言う零に、幹人は困惑する。零の言っていることが事実なら、今ここで治してもらうのが一番良い。
しかし、本当に零が犯人だった場合、傷を治すと言いつつ実際は悪化させたり、この前殺し損ねた分、今殺しにくるかもしれない。
零が犯人なのかどうか分からない幹人には、判断に困る内容だった。
「おい零、お前は何を知っているんだ?」
慎吾が尋ねる。
「帰ったら話すと言ったでしょう。今は佐々木さんが俺を信用して治療させるかどうかです。もちろん、俺が殺人犯なら、ここにいる全員を殺す可能性も視野に入れて判断してくださいよ」
「……生憎、嘘を見抜ける能力の奴は、現在海外で仕事していて日本に居ない。だから、これは俺の勘だ」
零の拘束を解き始めた。「佐々木さん!」と幹人が叫ぶが、慎吾は手を止めなかった。
「岩田さん、もし何が起こったら責任は全て俺が負います。それに、岩田さんに怪我をさせるようなことは俺が防ぐので大丈夫です」
拘束具が外れて、慎吾の手の上で消滅した。
零は楽になった腕を回して、ストレッチをする。背中や肩の骨が鳴った。
慎吾はそんな零に銃を向ける。
「外したが、少しでも怪しげな行動をした時点で、すぐに撃つからな」
「それ、着弾点に電気が流れるやつですか? それとも実弾? どっちでもいいけど、誤射はやめてくださいね」
「分かってるから、治すなら早くやれ」
零は幹人に近づく。幹人は少しずつ後ろに下がった。
「……動かないでくださいよ。殺すならもうやってるって」
幹人は恐る恐る後ろに下がる足を止める。それを見て、零は傷口に手をかざした。
零の体の周りに、黄色い光の粒が浮かび上がり、それは腕を伝って爪の傷に覆い被さる。黒い靄がその傷から抜けていくのが見えてから、傷が消えた。
その後、腹部のナイフの傷も光が包み、こちらは何事もなく傷が無くなった。
光が消える頃には、傷を縫っていた糸も消え去り、傷跡一つ残っていなかった。
わずか数秒で完璧に治った体を、幹人は目を丸くして動かす。今までの痛みは全く無く、あの大怪我も夢だったのかもしれないと錯覚する程だった。
「お前は……何者なんだ」
「岩田さんには関係の無いことで、知る必要も無いです。ただ、もう今回の事件絡みで岩田さんが狙われることはありません。そんな殺気立った生活しないで大丈夫ですよ」
「殺気立った?」
「あれ、気づいてませんでした? 今にも俺を殺しそうな目で見てましたよ。子供がいるなら、犯人を殺そうなんて考えてないで、子供との時間を大切にした方がいいと思いますけどね、俺は」
「……」
幹人は何も言わずに下を向いていた。
その様子を後ろで静かに見ていた慎吾と昭に、零が一言声をかけて幹人の家を後にする。
去り際に、昭が幹人に挨拶をした。幹人は微笑を浮かべて見送る。来た時とは雰囲気が大きく変わっていた。
エレベーターから出て、昭を迎えにチームの部屋に行く。
「昭、こっちは準備出来たぞ」
「僕の方もオッケーです」
書類を持って昭が答えた。零は初めて入る慎吾のチームの部屋を見渡してから、あることに気がついた。
「まだ秋は来てないんですか?」
「あー、昨日の夕方頃に突然明日休むって言われたよ。だから今日は来ないな」
慎吾が言う。そうなんだ、と特に気にすることなく終わった。
部屋を出て車に乗る。昭の運転で、後部座席に零と見張りの慎吾が乗った。
頬杖をつきながら、後ろに流れていく景色を見ていると、手枷が目に入る。全て思い出した上でも心地の良いものではなかった。
「鎖にくっついてたはずなのに、つけたまま遠出できるんですね」
「鎖はエネルギー供給用だからな。十分供給されていたから、さっき地下に迎えに行った時に外しておいた。今日一日は問題なく作動する」
「ああ、枷に触ってたのはそのためですか。……ていうか、取ってくれないんですか?」
「取るわけないだろ。クラリスが無いってのが本当かどうか分からない状態だしな」
「本当ですって。せっかく誕生日まで教えてあげたのに……」
実際には神力や妖力といったクラリスのようなものは使えるが、言う必要も無いだろう。
この手枷がクラリスの発動を抑制するだけのものなので、零の能力は普通に発動する。
それでもやはり、つけていたいとは思わなかった。
そんな会話を聞いていた昭が声を上げる。
「誕生日教えたって、記憶戻ったんですか!?」
「え、まだ他の人に言ってないんですか?」
「そう言えば戻ってすぐ別の仕事が入ったせいで、伝えるのを忘れてた。戻ったらしい。だが、教えられる情報は生年月日とクラリスの有無だけ。クラリスは無しだとよ」
すぐに仕事が入ったなら、秋にも伝わっていないのだろう。
「クラリス無しですか。そうなると今回の事件は零さんには起こせませんけど……」
「自己申告だからな、信憑性に欠ける」
「俺ってそんなに信用されてないんですね。しっかり見てくださいよ。俺がそんな残虐なことする人に見えます?」
「生憎、人を見た目で判断しない方がいいことを今までの経験で学んでるもんでな。見た目や態度じゃ確かに人殺しなんて縁がない奴だが、内面がどうかはまた別だ」
「俺は内面も真っ白ですよ?」
「どうだろうな」
くだらない会話を続けていると、いつの間にか目的の場所に到着していた。
決して豪華とは言えない、普通の一戸建ての家。昭が住所を確認して車を停めた。
「じゃあインターホン押してきます。零さんはまだ車内で待っててください」
昭がポストの横にあるインターホンを押してから数十秒後に、家のドアが開いて、目つきの悪い男が出てくる。自宅療養中と言う割には元気そうだ。
「あの人が岩田 幹人さんですか」
車の中から零は様子を見ながら言う。慎吾は短く肯定した。
幹人は昭となにやら会話をしたあと、家に入っていき、昭が零と慎吾を呼びに来た。
「話はついたので、家に入る許可が出ました……が」
「どうした?」
「岩田さんからの要望で、『娘に危害を加えられる可能性も考えて、拘束を増やして欲しい』と言われました」
どうやら零を腕輪だけでなく、しっかりと拘束して欲しいという要望のようだ。
「拘束を増やす? 能力は使えないようにしているのにか?」
「はい、素手で襲ってくることだって考えられるからだそうです。更に、拘束は岩田さんの指示でやるようにと言われました」
「俺はいいが……」
慎吾がこちらを見てくる。零の意見を待っているようだった。
「別にいいですよ、拘束くらい。それで相手が安心するなら、むしろそっちの方がいいと思いますし」
「……じゃあそれでいい」
「分かりました。玄関で待っているそうなので、そこで岩田さんの指示通りにしたらいいみたいです」
零と慎吾は車からおりる。体を伸ばしてからドアに向かった。
昭がノックしてからドアを開ける。玄関には幹人が立っていた。
先程も顔を合わせた昭は手短に挨拶をしてから端の方に避ける。その動きを目で追っていた幹人が、昭が止まったのを確認してから、零に鋭い視線を向けた。
「病院以来ですね、岩田さん。佐々木 慎吾です」
「……どうも。その人が容疑者ですか」
「今のところですが」
「それでは、須藤さんから聞いているとは思いますが、子供がいるんで殺人の容疑者をフリーな状態はやめてもらいたいです」
「先程聞きました。どのような対処をお望みですか?」
「痛いのはやめてくださいね」
零がボソリと呟く。幹人がギロリと睨みつけた。異常なまでの殺気に、零は思わず体に力を入れる。隙を見せればすぐにでも殺されそうだった。
「手全体を覆うようなものでの拘束を。指先だけでも、獣化していれば殺せそうですので」
慎吾の付けたこの腕輪すら、信用していないようだった。
「零、手を出せ」
幹人に言われて、作り出したばかりの筒型の黒い塊を手に持った慎吾が零に言った。
身に覚えのない罪で、知らない人から、こんな態度や扱いを受けることは、当たり前だが気分の良いことでは無い。
零が手を出し渋っていると、慎吾から目線が飛んでくる。大人しく従ってくれと言わんばかりのその目線に、零はため息をついてから、腕を前に出した。
左手につけた所で、幹人が口を開いた。
「背中で固定してください」
「……前はダメなんですか?」
「はい。前だと、手を直接使えなくても、その鉄の塊で殴ることも出来てしまうので」
言っていることは間違ってはいないのだが、そこまでする気の無かった慎吾が、拘束を躊躇する。
「車でもいった通り俺は良いですよ、佐々木さん。それでこの人が満足するなら」
「……分かった。少しの間だけ我慢してくれ」
零の許可に、慎吾が後ろで手を拘束する。
ここまでしてから、やっと事件の聞き取りが始まった。
リビングに通されて、昭が椅子に座る。零と慎吾は立ってその様子を見ていた。
「まず、岩田さんが見た相手はこの人ですか?」
昭が零の方を見る。
「……目の色は完全に一致してます。髪色は、病院でも言いましたが少し見えただけで、黒っぽいということだけしか分からなかったので、なんとも言えません。恐らくあっているかと。身長もこれくらいだったと思います」
「なるほど、それでは見た目はほぼ同じってことですか」
「はい」
「病院で話したこと以外で、今まででなにか思い出したり、気づいたことはありますか?」
「思い出したり気づいたこと……」
幹人がしばらく考えてから、「そう言えば」と声を上げた。
「自分で気づいたことでは無いですし、あまり関係ないかもしれないですが、医者に傷の治りが遅いと言われました」
「というと?」
「ナイフで刺された部分の傷は既に傷は閉じて治りかかっているんですが、獣化した手の爪で刺された部分が、全く傷が閉じていないと。ナイフと同じ処置をしているのに、爪の方だけ異様に治りが遅いそうです」
「原因は分かっているんですかね?」
「いえ、分からないみたいです」
「そうですか」
昭の後ろで聞いていた零は、その言葉を聞いて幹人を見つめる。
「あの、差し支えなければ傷見せてくれません?」
「……なんでだ」
零の頼みに、幹人は不愉快そうな声を上げる。
「なんでって……普通と違うなら、そこに何かヒントがあるかもしれないので。ね? 須藤さん」
「そうですね、岩田さんが良いのであれば、見せて欲しいです。確かに何か手がかりが残っているかもしれないので」
「……分かりました。丁度、皆さんが帰ったらガーゼを取り替えようと思っていたところでしたんで、ついでなら良いですよ」
そう言うと、幹人は棚から新品の包帯とガーゼを取ってきて、交換し始めた。
古いガーゼを剥がすと、痛々しい傷口が顔を出す。腹部の傷は、縫われているがほとんど閉じていた。
それに比べて胸部の傷は、爪痕が三本、まるで昨日ついた大きな切り傷のように、全くと言っていいほど治っている様子がない。
「二週間でこれは……確かに治りが遅いですね。検査などはしたんですか?」
「はい、いろいろ調べてもらいましたけど、どれも特に異常はないそうです」
「犯人の能力に関係があるかどうかも、これじゃあ分かりませんね」
「……その容疑者はなんて言ってるんですか?」
「零さんは容疑を否認しています。クラリスも持っていないそうです」
「でも俺が言った見た目にこんなに当てはまってる人物なんて、姿を変えるクラリス以外ありえないと思うんですが」
「そこなんですよ、僕らも困っているのは」
会話が止まる。少しの沈黙の中、零が「あ、そうか」と声を上げた。新品のガーゼを傷口に貼ろうとしている幹人を止めてから、近づいて傷口を眺める。そして、元の位置に戻って考え込んだ。
慎吾が「どうした」と声をかける。幹人と昭も零を見つめた。
「……つまり、自分の見た目を自由に変えられて、獣化もできて、攻撃相手の傷の治りを遅くできる能力があればいいということですよね」
「まあそうだが、そんな奴がいないから俺たちが必死に捜査を進めてるんだろ」
「佐々木さん、心当たりがあります。ただ、俺を殺人犯に仕立て上げた理由はわかりませんけど」
その場にいる全員の表情が驚きに変わる。
「どういうことだ」
「本部の方で話します。そこで少し考える時間をください。話すことを自分の中で整理したいので」
「……戻ったらすべて話してくれるんだろうな」
「すべては無理かもしれないですけど、重要な部分はお話しします。それと、この手枷外してもらえませんか?」
零が慎吾に聞く。当然、幹人が反対した。
「佐々木さん、外さないでくださいよ! 心当たりがあるとしても、こいつの容疑は晴れていな――」
「俺なら治せますよ、その傷」
「……は?」
「治った方がいいでしょ? 動き回るのだって痛いはずです。それに子供がいるなら、貴方は動き回って世話をしたりしないといけない。そんな体だと、ろくに世話もできないじゃないですか」
「それはそうだが……」
「それ、多分自然治癒とか治癒系クラリスで治るようなものでは無いです。俺が治すか犯人に治させるまで、一生傷は塞がりません」
確信したような口振りで言う零に、幹人は困惑する。零の言っていることが事実なら、今ここで治してもらうのが一番良い。
しかし、本当に零が犯人だった場合、傷を治すと言いつつ実際は悪化させたり、この前殺し損ねた分、今殺しにくるかもしれない。
零が犯人なのかどうか分からない幹人には、判断に困る内容だった。
「おい零、お前は何を知っているんだ?」
慎吾が尋ねる。
「帰ったら話すと言ったでしょう。今は佐々木さんが俺を信用して治療させるかどうかです。もちろん、俺が殺人犯なら、ここにいる全員を殺す可能性も視野に入れて判断してくださいよ」
「……生憎、嘘を見抜ける能力の奴は、現在海外で仕事していて日本に居ない。だから、これは俺の勘だ」
零の拘束を解き始めた。「佐々木さん!」と幹人が叫ぶが、慎吾は手を止めなかった。
「岩田さん、もし何が起こったら責任は全て俺が負います。それに、岩田さんに怪我をさせるようなことは俺が防ぐので大丈夫です」
拘束具が外れて、慎吾の手の上で消滅した。
零は楽になった腕を回して、ストレッチをする。背中や肩の骨が鳴った。
慎吾はそんな零に銃を向ける。
「外したが、少しでも怪しげな行動をした時点で、すぐに撃つからな」
「それ、着弾点に電気が流れるやつですか? それとも実弾? どっちでもいいけど、誤射はやめてくださいね」
「分かってるから、治すなら早くやれ」
零は幹人に近づく。幹人は少しずつ後ろに下がった。
「……動かないでくださいよ。殺すならもうやってるって」
幹人は恐る恐る後ろに下がる足を止める。それを見て、零は傷口に手をかざした。
零の体の周りに、黄色い光の粒が浮かび上がり、それは腕を伝って爪の傷に覆い被さる。黒い靄がその傷から抜けていくのが見えてから、傷が消えた。
その後、腹部のナイフの傷も光が包み、こちらは何事もなく傷が無くなった。
光が消える頃には、傷を縫っていた糸も消え去り、傷跡一つ残っていなかった。
わずか数秒で完璧に治った体を、幹人は目を丸くして動かす。今までの痛みは全く無く、あの大怪我も夢だったのかもしれないと錯覚する程だった。
「お前は……何者なんだ」
「岩田さんには関係の無いことで、知る必要も無いです。ただ、もう今回の事件絡みで岩田さんが狙われることはありません。そんな殺気立った生活しないで大丈夫ですよ」
「殺気立った?」
「あれ、気づいてませんでした? 今にも俺を殺しそうな目で見てましたよ。子供がいるなら、犯人を殺そうなんて考えてないで、子供との時間を大切にした方がいいと思いますけどね、俺は」
「……」
幹人は何も言わずに下を向いていた。
その様子を後ろで静かに見ていた慎吾と昭に、零が一言声をかけて幹人の家を後にする。
去り際に、昭が幹人に挨拶をした。幹人は微笑を浮かべて見送る。来た時とは雰囲気が大きく変わっていた。
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