夢幻世界

レウォル

文字の大きさ
上 下
32 / 66
第二章 3120番の世界「IASB」

第31話 再会

しおりを挟む
 ジャージに着替え直し、懐中時計とブレスレットを外して洗面所から出る。机の上に置いてから椅子に座った。アースとエンドが後ろから付いてきたが、カメラに映らない姿で出てくるように言ったため、問題は無い。
 机の上で本を開いた。二人は机の上に乗って、覗き込む。

「ほら、このページ。君らのこと載ってるよ」
「本当ですね。しかも結構正しい情報で記載されてます」
「大狼って別名フェンリルって言うらしいね。黒竜はシャドードラゴンだって言ってた」
「どちらの呼び方でも間違ってはいない」
「じゃあ俺の竜化は白い竜だからシャイニングドラゴンなのか!」
「いや、白は普通にホワイトドラゴンだ」
「……え、じゃあエンドだってブラックドラゴンじゃん」

 キッパリと否定してくるエンドに、零は不貞腐れたように言った。

「俺に文句を言うな。人間が勝手にそう名付けたんだ。シャイニングは黄色っぽい色のヤツがそう呼ばれていた。その区別だろうな。シャドウもブラックも同じ色を指すから、それもどっちでも間違っていない」
「へえー。あ、そういえば、ここで英語を少し学んだんだけど、アースもエンドも英語らしいね。アースは地球でエンドが終わりって意味らしい。小屋の書物にその言葉があったから二人に付けたんだけど、まさかそんな意味とは」
「学んだ? 勉強嫌いで有名なあなたが?」

 確かに勉強は嫌っていたが、学んだという言葉を信じてもらえない程だとは思っていなかった。

「……本当だって。そうか、二人は見えてなかったんだよね、外の状況」
「そうですね。扉は閉まってて、取手に鎖まで巻き付いてましたので。外を見るどころか、その扉を開けることすら出来ませんでした。でも、少しづつ鎖が緩んでいった気がします。そして先程、鎖がほとんど取れて、扉が半開きになったので、呼びかけてみたら完全に開きました。あなたが男性に心配されているところからは、しっかりと見えていましたよ」

 扉に巻き付けられた鎖。恐らくそれが、あの時通路で会った奴の封印だろう。少しづつ緩んだのは、この世界で記憶に触れ、違和感や懐かしさを思い出した時に、封印が弱くなっていたからだろう。

「扉が閉じてからの記憶は勝手に見ていいよ。とはいっても、魔力も記憶も封印されてたから、普通の生活しか送ってないけど」

 零が許可を出すと、エンドとアースは目を閉じて、十数秒後に目を開けた。

「なるほど、移動用通路に侵入されてたんですね。仕掛けられた罠にはまって魔力を封印されたせいで、魔力酔いを起こして倒れたと」

 今の十数秒で全ての記憶を見終えたらしい。

「となると、俺達の扉の鎖は、バル本人じゃなく外部から無理矢理閉じられ、開かないようにされた時にかかるのか。バルが解除条件を満たすまで、俺達は外に出られないし、様子を見れない」
「通路にいたあの男が、世界に穴を開けた張本人。明らかにバルよりも長く生きていますね」

 二人が記憶を見たついでに、零も忘れていた今までの事を振り返る。
 すると、一つの大切なことを思い出した。

「あ、マジか……」
「どうしました?」
「陸斗さんの家に泊まった時の使用人、二人いるでしょ?」
「高橋さんと堂本さんという方ですかね」
「そうそう。俺、その時堂本さんに初めて会ったんだけど、何となく見覚えがあったんだ。顔じゃなくて、雰囲気に」

 零が颯太と桐島の関係に巻き込まれた時、陸斗の家に泊まった。その時に会った使用人、堂本 司に初めて会った気がしなかったのだ。
 司本人に直接聞いたが、その時は否定されて終わっていた。

「記憶が戻るとよく分かる。あの雰囲気は、セリーナに薬を飲ませた年寄りの医者と同じだ」
「てことは、堂本という使用人は、あの医者の時のように微弱な妖力が漏れていて、あなたはそれを本能的に感じ取ったということですか」
「そうなると多分、堂本 司とかいう奴がラークってことになるぞ」
「陸斗さんと高橋さんを襲うのは、アイツらにとってメリットもないだろうし、多分ないとは思うけど……」
「警戒は必要ですね」
「でも今のこの状況じゃ、様子を見ることも出来ないよね」

 そう言って部屋を見渡す。当たり前だが使えそうなものは何一つなかった。

「佐々木さんという方に、捜査の方法を変えてもらえばよかったのでは?」
「それもそうなんだけど、この部屋での監視を止めれば、多分俺の普通の生活を見張り出す。そうなると、迂闊に君らと会話することも出来ないんだよ。ここは見られてるだけで音声は取られていないから、こうやって話していられるけど」
「テレパシーがあるだろ」
「……で、でも変な行動出来ないんだよ?」
「しなければいいじゃないですか」
「……」
「あー、なるほど」

 反論できない零の様子から、アースが何かに気づいたようだった。
 小さい狼の姿のまま、零をじっと見てから言う。

「ここでの生活なら学校行かなくていいからですね。勉強したくないんでしょう」

 零の目が泳ぐ。図星のようだ。

「つまんないから……」

 これには流石のエンドもため息をついた。

「お前、よくそんな理由でこんな狭い部屋選んだな」
「だって答え全部知ってるんだよ? 何でか分かんないけど数学の計算式は頭に勝手に浮かんでくるし、英語に関しては自分が話す言語に勝手に置き換わるんだよ! 英文なんて、ただつまらない本読んでるだけだし、化学とかだって、ふと頭に浮かんだこと書いたら正解なんだよ! 楽しいと思う!?」
「それは、あなたが神の世界で産まれたので仕方のない事じゃないですか。本能ですよ、人間世界のことわりを理解しているのは」

 神は世界を作る存在。物質量だとか気候だとかは全て生まれつき理解が備わっているのだ。
 その点、魔力などは世界が出来てから、その世界の住民に勝手に付く力のため、生まれつきの理解はない。
 魔力の仕組みを理解すれば、意図的に魔力を持った生き物を生み出すことも出来るが、そんなことをする神は稀だった。

「アースに教えられることはさっぱりだからつまんないし、学校の教師から学ぶことは全部わかるからつまんない」
「贅沢な悩みだな」
「……まあ、分かるものを学んだところでってこともありますし、いいですけど」
「あ、それならなんで前にアースが言ったIASBの正式名称は理解できなかったの? 英語だったなら俺が聞き取れる言語に変換されるはずなのに」
「あなたに理解する気がなかったからですね」

 見事に墓穴を掘った。あの時アースの話を真面目に聞いていなかったことがバレる。食い気味に答えたアースの目からは負の感情ばかりが読み取れた。

「あっ……すみませんでした」





 時刻は三時を過ぎている。零は布団に入るものの、魔力の無かった時とは違って眠気が来ないので、真面目に今後どうするべきかを考えていた。

「エンドとかアースを偵察に出すのもいいんだけど、万が一ラークや封印してきた奴にバレたら俺が行く前に戦闘始まりそうだよね」
「そうですね、私達が出るのは危険が大きいかと。相手は相当な力の持ち主だと思われるので」
「となると、野生に普通にいて、相手に気づかれない距離から偵察ができる仲間が欲しいところだけど……。スピードと持久力、あと遠くからなら視力も必要だね」
「そんな都合のいい生き物って、竜以外に居ますかね」

 エンドも含め、ドラゴンはこれに攻撃力なども足されているが、万が一、街に居る人に見つかりでもしたら、驚かれて注目されるのは間違いない。
 それなら、街にいてもそれほど注目されない動物で、ドラゴン並の移動能力を持っている者がいるのだろうか。

「いるぞ」
「え、エンドそういうの詳しいの?」
「まあ多少な」
「なんて言う動物?」
「イヌワシだ」

 イヌワシ、スピードは最速時でだいたい時速三百キロメートル。血液や脂肪を蓄えているおかげで、持久力も高い。
 当たり前だが、空中から獲物を狙う性質上、視力も人間の何倍も高い。
 条件にはあてはまっていた。

「……確かに速いし持久力あるし、視力もいいけど、街にいたら流石におかしくない?」
「チーターとかがいるよりは良いだろ。それに空飛んでたら、まず誰も気づかない。基本空中で見張らせて、休む時はなるべく人目のつかないところにいればいい。もし見つかったとしても、かっこいい程度で終わるだろ」
「でも、それならハヤブサもありだと思うんだけど」
「ハヤブサの最速は急降下の時の速さだ。俺が今まで見てきた感覚では、普通に飛ぶ分には、イヌワシの方が速い。あとは……ただの俺の好みだ。大きい方が親近感が湧く」

 意外な理由に思わず零とアースは笑いそうになる。当の本人は真面目に言っているようなので、二人は必死に笑いを堪えた。
 と言っても、二人とも条件を満たしていれば何でも良かったので、「まあ、エンドがそうしたいなら、それでもいいか」と、エンドの意思を尊重することにした。

「でも、そんな都合良く現れてくれるかなあ。ただでさえ俺が外に出れる時間は限られてるし、見張りも付いてる。それに野生動物と契約って出来るものなの?」
「契約自体は可能ですよ。どこでも呼び出せるペットのような感じになりますけど。あなたなら意思疎通も出来ると思います」
「お前が外に出た時に俺が呼び込む。そこからは自分で良い感じに話をつけてくれ。イヌワシの方が好みだからと言ったが、確かに大きいことに変わりない。……呼ぶのは身体が一回り小さいオスにしておく」

 エンドの小さい配慮に、また二人は笑いそうになる。エンドの意外な一面が見えた気がした。

 こうして、しばらく三人で色々と話をした。久々の再会に、話が弾む。
 零はアースとエンドと過ごす感覚に、懐かしさを覚えた。たった五ヶ月だが、それでもとても長く感じた。

 それと同時に、今日の出来事に対する、嫌な気持ちも残っていた。それが何かは、もう既に分かっている。

「……全ての記憶を取り戻すために必要だった記憶の欠片は、あの本で見つけた大狼と黒竜じゃなくて、この場所と酷似してた独房の方。結局、皆と過ごした十三年よりも、あの場所で過ごした二年の方が、まだ俺にとって印象が強いの……か」

 目を閉じて、零は独り言のように呟き、そのまま眠りに落ちる。起きた時に言ったことを覚えているかすら怪しいくらいの、寝る間際の呟きだった。
 その、ひたすらに悲しい言葉に、エンドとアースはお互いに顔を見合せただけで、何も言えなかった。
しおりを挟む

処理中です...