夢幻世界

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第二章 3120番の世界「IASB」

第30話 解けた封印

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 時刻は午後六時。真衣と共に数名の被害者家族に話を聞いて回った秋は、結局なんの手がかりも掴めずにいた。
 ここからは聞き込みではなく報告と手伝いの募集だ。この時間なら、全員家にいるだろう。
 秋は携帯を取り出し、瑞希と颯太と風に電話をかける。大切な話があるから、家に来てくれと伝えると、秋の口調からただならぬ雰囲気を感じたのか、全員すぐに来てくれることになった。

 真衣を家に上げて、呼び出した人を待っていると、瑞希が一番に到着した。遅れて颯太と風が一緒に来る。あっという間に揃った。

「大切な話って?」

 颯太が尋ねてきた。秋は零の現状について、三人に詳しく話す。三人は、困惑したように顔を見合わせていた。

「だから今日学校休んだのか」
「それに、これから一ヶ月間、学校来ないってことだよな? 春杉、俺達で零が帰ってきた時に渡すノート作っとこうな」

 二人で話している中、瑞希が真衣に冷たい目を向けた。

「確証もないのに、よくそんなこと出来ますね。それに零が犯人じゃないことなんて、私達が証人ですよ。記憶もないのにどうやってクラリス使って知りもしない人を殺したりするんですか。それに、前に助けてもらった恩を忘れたんですか? 命の恩人を殺人犯に仕立てあげて地下監禁なんてよく出来ますね」

 その通りだが、あまりの冷淡な口調に、思わず秋が止めに入る。仲良くなると良い親友なのだが、あまり仲良くない人には冷酷過ぎるのだ。
 しかし、真衣は瑞希のその言葉に対して、何も言わずにただ座っていた。

「まず、今話したことは絶対誰にも話さないこと。皆のことは信用してるから話したけど、これ以上他の人に話したら捜査が台無しになって、零の苦労が無駄になるから、これだけは絶対守ってね」

 絶対に真犯人に今の零の状況がバレては行けない。初めは話すことすら真衣に止められていたのだが、頼み込んで許可を貰った。

「それで、皆に被害者の名簿を渡すから、捜査に協力して欲しい。些細な情報でいいから集めて欲しいんだ。あと、出来れば零の情報も」
「俺は零の無実を証明するためなら、喜んで手伝うよ!」
「ああ、俺も」
「……私も手伝うよ」

 全員が協力してくれるようだ。秋が真衣の方を見ると、「本当は一般人を巻き込んだらダメなんだけど……」と言いつつ、渋々許可を出した。

 すぐに秋は被害者リストをみんなに見せる。すると、颯太がいきなり声を上げた。

「え、桐島 康介って……」
「知ってるの? 私まだその人のところには行ってないんだけど」
「知ってるも何も、俺達の一個上の電気攻撃系クラリスの人だよ。同じ学校の」
「同じ学校? 知らなかった……。他に何か知ってることは?」

 秋が聞くと、颯太は言いづらそうに口を閉じてしまった。代わりに風が、桐島と零が会ったあの日のことを説明した。

 知らなかった事実に、秋は驚きを隠せないでいた。

「あの日って確か、陸斗さんの所に泊まってた日だ。じゃあわざと私には教えなかったってこと?」
「多分、秋が試験前日だったから、心配かけさせないために本当のこと言わなかったんじゃない? 私も零と同じ立場だったらそうすると思うし」

 瑞希の答えに納得するものの、気を使わせて、さらにその事に気づけなかった自分に、絶望する。
 なんとか持ち直して、話し合いに戻ったが、それ以上の情報は手に入らないまま、解散した。





 テレビを見るくらいしかやることがなく、零は暇を持て余していた。今がゴールデンタイムな為か、そこそこ面白い番組が沢山やっている。
 何もしないよりはマシだと思い、一日中テレビを見ていたせいで、目が疲れてきていた。

 そして、その時は突然に訪れた。

 疲れた目を休めるためにテレビを消す。昭から受け取った本をパラパラと見た後、椅子から立ち上がって、特に何も考えずに部屋を見渡した。

 本当になにか理由があった訳では無い。ただ暇になり、この狭い部屋の壁や床、天井を見渡しただけだ。それなのに――

「ッ……!!」

 枷の時とは比べ物にならない不快感。それは一瞬で痛みへと昇華しょうかされ、今までに感じたことの無いほどの頭痛と息苦しさに襲われた。

 狭い部屋、地下、拘束具、罪……。なんだ? 初めてじゃない。今と同じような状況を知っている。

 平衡感覚を失い、地面に倒れ込む。体を丸めて必死にこの苦痛を和らげる方法を考えた。
 歯を食いしばって、どこかに発散することすら出来ない痛みに何とか耐えていると、たまたま視界に今朝も見た枷が視界に映った。

 ――瞬間、そのから電気が流れた。

 もちろん、慎吾の着けたこの枷にそんな機能はない。全て幻だった。
 その枷が見覚えのあるリングに見えたのも、体に電気が流れたのも、――電気で苦しんで地面に倒れる零を見て笑う、その声も。

 幻覚、幻聴だとわかっているのに、体に流れる電気は収まらない。

 凄まじい頭痛に、身体中を走る強力な電気が加わり、思わず悲鳴に似た声をあげた。
 その瞬間、何もつけられていないはずの喉元に電流が流れる。今にも意識が飛びそうだった。

 しかし、うるさいくらいに聞こえてくる幻聴が、意識を手放すことを許さなかった。
 その幻聴はだんだん笑い声から変わっていく。

『少しでも……た……しっかり……与えると』

 途切れ途切れに聞こえる声が、ただでさえ痛い頭の中で、容赦なく響いた。

『くれ……も……だな』

「……よ、せ」

『この……穢れて……!』

「やめ、ろ」

『次、……の暮ら……したら、この程度……ます』

「や、めて、くれ……」

『化け……だ!』

「頼、むか……ら」

 誰に対しての言葉なのかは分からない。誰でもいいから、聞こえてくる声を止めて欲しかった。
 しかし、そんな願いは全く聞き入れてもらえずに、声は頭の中で鳴り続けた。

『……はお前が……たり……を防ぐ……たものだ』

 ――ああ、そうか。そんなことを言っても助からない

『……は声帯の震えを……流れる。その……特定の……スイッチで……』

 ――だってここは、俺を忌み嫌う人達が俺で遊ぶための

『……独房に入れ……さい。二年間……そこで過ご……います』

 ――独房だから

 頭が割れるくらい痛い。
 全身が痺れて、でも意識が飛ぶほどではなくて、ただ苦しいだけの時間。

 この時間を短くするために、あの時はどうしていた?

「ご、めんな……さい」

 謝っていた。ずっと、止めて貰えるまで、地面に這いつくばって、悶えながら。
 死にそうになりながら止めてくださいと懇願した。

 なんでまた、この独房に戻ってきているんだ? もう二年は経ったはず。

 また、侵入したのか? 侵入? どこに?

 ――神の国

 神の国? じゃあ神なのか?

 ――違う

 それなら、誰なんだ?

 ――俺は

『アレはな、大神様の子供だ』

 ――大神様

『問題は父親の方だ』
『神の世界とは真逆の世界』
『大妖怪だ』

 ――大妖怪

『名前は何になっていますか?』

 ――名前は

(……! ……ル!!)

 ――なんだ? 声が……

(聞こ……なら返事……さい! ……ル! バル!!)

 その名を聞いた瞬間、頭の中で何かが割れる音がした。





「……さん! 大丈夫ですか!? 零さん!」
「すど、う……さ、ん?」

 昭の声にかろうじて反応する。もう意識を保てそうになかった。

「良かった。とりあえずKIP治療班を連れてきているので、医務室に行きます。じっとしていてください」

 体がフワッと浮き、台のようなものに乗せられる。そのまま部屋を出たあたりで、零の意識は途切れた。





 全員と解散して、秋と真衣が本部に戻ろうとした時、真衣の携帯が鳴った。

「はい、羽嶋です。……分かりました。すぐ向かいます」

 通話を切って、秋の方をちらりと見る。

「どうしました?」
「……零さんが倒れたそうです。向かいましょう」

 唖然とした様子で秋はその場に立ち尽くす。真衣の呼ぶ声で我に返り、慌てて車に乗った。不安が頭の中を埋めつくした。





 ここはどこだろう。とても明るい。芝生の上のようだ。目の前には草原が広がっている。
 奥から人が歩いてきていた。よく目をこらすと、それは自分によく似た獣人だった。

「おはよう。やっと起きたね」
「……君は?」
「思い出したんだろ? 自分で考えないと」
「ああ、そっか。……おはよう、バル」
「零は随分と丸い性格なんだね。良い人達に囲まれてたみたいだ」
「戦闘っぽいのが絡むと、本性が出てたけどね。桐島や白霧との会話は、完全に君由来だよ」
「おー、それはいい事だ」
「いい事じゃない」

 二人は笑い合う。軽い雑談をした後、この空間の終わりの時間がやってきた。

「……それじゃあ後はよろしく、バル。秋や他の皆のこと、頼んだよ」
「分かった。できるだけのことはするよ」

 そう言うとバルが零に近づいてくる。そのまま溶けるように消えた。





 ゆっくりと目を開ける。白い天井が見えた。横を見ると秋が、零の寝ていたベッドに伏せるようにして眠っている。

「目、覚めたか」

 足元から声が聞こえ、体を起こすと慎吾が立っていた。

「あーえっと、なんかすみません」
「歩けるか?」
「はい、問題なく」
「そうか、なら天宮を起こさないように外で話そう」

 なるべく静かにベッドから降り、医務室の外に出る。外の椅子には昭が座っていた。
 昭がこちらを見て安堵の表情を浮かべた。

「零さん、無事でしたか」
「はい、心配お掛けしてすみません」
「昭から聞く話によると、いきなり倒れて苦しんでいたようだが、何があったんだ?」
「それが……自分でもさっぱりで。目眩の後に頭痛が来たんです。結構痛くてびっくりしました」
「突然か? 治療班によると、脳に強い刺激があったらしい。何が原因かは分からないそうだ」
「……そうですか。もしかしたら、何時間もずっと座ってテレビを見てたのに、急に立ち上がったせいかもしれないです。立ち眩みのようなものだったので」
「確かに、今日はほぼ一日中座ってましたね。それに、朝から体調が良くないみたいだったので、零さんが言っていたように環境の急な変化で体が疲れていたのかもしれませんね」
「そうか、すまないな。体的にキツそうだった、捜査協力は別の形に変えるか?」
「あー、別にいいですよ。多分もう大丈夫なので。出来れば一日に一回は外に出る時間を作って欲しいですけど」
「分かった、それなら外に出たい時に黄色の方のボタンを押してくれ。監視がついてていいのなら、外出時間を作ろう」

 話が一段落付いたところで、零は時計を見る。深夜の二時を過ぎていた。

「うわ、結構長く寝てたのか。すみません、今日の監視って須藤さんってことですよね?」
「そうですよ」
「俺はもう部屋戻るんで、佐々木さん、秋のことお願いします」
「話さなくていいのか?」
「はい、無駄に心配かけてしまったみたいなんで。俺は元気とだけ伝えといてください」
「……ああ」

 そのまま慎吾と別れ、零は昭と地下に戻った。





 部屋に入った零は、カメラの届かない洗面台とトイレのある部屋に入った。
 そこで、懐かしいあの名前を呼ぶ。

「……エンド、アース、カメラに映らない姿でなるべく小さめに頼む」

 そう言うと、久しぶりに見る黒竜と大狼が肩乗りサイズで零の影から現れた。

「久しぶり、二人とも」
「……久しぶりじゃないですよ! どれだけ心配したと思ってるんですか!?」
「相手は世界に穴を開けられる程の力の持ち主だって警戒していたんじゃないのか? ……でもまあ」

 黒竜と大狼は、可愛らしいペットのような大きさのまま、空中で頭を下げた。

「「ご無事で何よりです。我らが主よ」」
「うん、無事だよ。さっきはマジで死ぬかと思ったけど」
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