夢幻世界

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第二章 3120番の世界「IASB」

第23話 復讐心

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「それで、俺に話って何ですか?」

 映画館のシアター前を探索しながら、零は慎吾に聞く。慎吾も座席部分を探しながら返答した。

「零って言ったか? お前、記憶喪失なんだろ」

 零の動きが一瞬止まる。慎吾に話した記憶がないからだ。秋も、むやみに人には話さないはずのため、慎吾が知っている理由が分からなかった。
 警戒されないように爆弾を探しながら、なるべく自然に答える。

「何のことですか?」
「別におとしいれようとしているんじゃない。お前が天宮に保護されたとき、警察に行っただろ。記憶喪失みたいだから、親の名前を教えてほしいってな。普通の警察から情報は入ってくるんだよ。特にお前は特徴的な見た目をしてるからな、あの警察も覚えていたようだ」
「そんな変ですか? 俺の見た目」
「じゃあ逆にお前は見たことあるのか? 真っ黒な髪に青色の目の人間を」
「……まあ、見かけないですね。目は基本黒、茶、赤基準が多い気がします。髪はいろんな色の人がいますけど……確かに黒は居ないか」
「黒髪の人種は、昔は居たらしいが今はほとんどいないんだよ。研究データでは、黒髪の奴はクラリスを保持しないために、クラリスを持った人間たちによって滅ぼされたという話もある。これはあまり出回っていない情報だがな」
「へえー……。それにしても、ずいぶんと詳しいですね。髪色の話は良いとしても、俺と秋が警察に行ったことまで知ってるとは。俺のこと調べてるんですか?」

 半笑いで零は言う。諦めたように笑う姿からは、もう隠すつもりがないことが見て取れた。

「さあね、それで? 記憶喪失ってのは結局本当なのか?」
「さあねって、また随分適当な隠し方ですね。本当ですよ、信じてもらえていないようですが。今日の午前に、少し記憶の手がかりはありましたけど、結局思い出すには至りませんでした。自分が何者なのか、どんな能力をっているのか、もしくは昔の黒髪の人類のように持っていないのか。俺には分かりません」
「なるほどね……っと、マズイな」

 座席をほとんど調べ終わり、1番後ろの席の裏側を調べていた慎吾が、会話を中断した。零が慎吾の方に向かい目線の先を見ると、爆弾と思われる塊が置いてある。『51:28』と表示する赤い数字は、点滅しながら秒数を刻んでいた。

「時限爆弾か、残り五十分。避難は問題ないが撤去と組織の壊滅が間に合うかどうか」
「KIPって優秀な人材が集まってるんでしょ? 五十分あれば間に合いません?」
「簡単に言うが、爆弾を全部見つけるところからだぞ。何個あるのかも分からないのに、全て撤去するのは骨が折れる」
「個数と位置ねえ……。犯人捕まえて教えてもらうのが手っ取り早い気がしますけど」
「まあ、そうなるわな。とりあえず今見つかっているのは、これを合わせて四個だ。既に二個は解体し終わったらしい。解体した奴が言うには、振動を検知する仕組みは入っていないから動かしても大丈夫らしいが、爆弾を抱えて移動するのは流石にな……」
「あ、じゃあ俺運びましょうか? 一か所に全部まとめた方が、解体班も楽だし」
「お前本気で言ってるのか? 他の部屋も探したいし、持ってくれる分にはありがたいが……」
「じゃあ運びましょ、少しの時間も無駄にできないんですから」

 話がまとまり、丁寧に扱うように注意する慎吾を無視して、零はまるで落としたものを拾うように爆弾を拾いあげ、そのまま映画館の別のシアターの確認に移った。
 零が抱えている爆弾が置いてあったシアターから、1番離れているシアターにもう一つ見つけ、見つけた爆弾は合計五個になる。慎吾と零はそれぞれ一つ持ち、一階のKIPの集合場所へと向かった。





 一階のインフォメーション前には大人が二人、神妙な顔つきで話していた。
 そこに、零と慎吾がやってくる。足音に二人がこちらを向いて、右の男が爆弾を受け取った。

「佐々木さん! 運んでいただきありがとうございます。他のメンバーは爆弾を探し終えて、一度本部に報告に戻りました。……そちらの方は?」
「映画館で見つけた。手伝ってくれるらしい」

 それを聞いて爆弾を受け取った人が零の方に向き直り、「ご協力ありがとうございます」とお辞儀をした。零も軽く頭を下げ、それに応じる。
 すると、慎吾が零に離れるように手で合図した。一瞬首を傾げたが、大事な話をするようだったので、零は大人しく距離を置く。何やら三人で話し合い、途中で驚きの声があがったりする様子を零が遠巻きに見ていると、誘導を終えた秋たちが戻ってきた。





 全員の避難誘導が終わったため、一階に降り、秋たちは零とKIPと合流する。

「あ、お疲れ様。全員誘導できた?」
「うん、映画館は完璧! 他のところも一通り見てきたけど、もういなさそうだったよ」
「流石だね。俺も無事爆弾二つ見つけたよ」

 零の言葉に笑いながら、秋がKIPの三人の方を見ると、見覚えのある顔があった。

「あれ? 須藤さんですか?」

 先程零と話していた男が秋の方を見る。そして、慎吾と女性との会話を区切り、驚いたように近づいてきた。

「秋さん、お久しぶりです! 覚えててくれたんですね。試験合格おめでとうございます」
「ありがとうございます、実技試験ではお世話になりました」
「こちらこそ。あの試験を見て、絶対受かると思ってました。実技試験は優秀な成績でしたので。あ、あっちにいるのは佐々木 慎吾さんと羽嶋はじま 真衣まいさんです。今後一緒に動くこともあるかもしれないんで、挨拶しておくといいですよ!」

 昭に言われて、秋は初めて会う真衣に挨拶をする。長い金色の髪は、後ろで綺麗に結ばれ、カッコいい大人な女性という印象だった。真衣も手短な挨拶を返してくる。少しだけ会話したあと、秋はその場を離れた。
 秋が離れた後に、またKIPが三人で話し合いを再開する。数十秒で何やら話がまとまった後、真衣が爆弾の解除を始めようと、爆弾に手を伸ばしたその時。モール内が一気に真っ白になった。あまりの白さに辺りが全く見えなくなる。慎吾の「これは霧だ。吸っても問題ないが、全員ここから離れるな!」という声と、颯太の「みんなどこ!?」と言う声が聞こえてきた。

 二十秒ほど経ったところで、だんだんと霧が晴れてきて、周りが見えるようになってくる。全員何の問題もなしに立っていたが、霧が出る前に比べて大きく変わったことが一つあった。

「全員手を上にあげて、その場に膝をつけ! くれぐれも不審な真似はするなよ、こいつらを助けたかったらなあ!」

 秋たちの周りを囲うように、様々な武器を持った武装集団が立っている。その集団のリーダーと思われる男が、銃を少女に突き付けていた。少女の横では、その子の友達と思われる男の子と女の子が手を縛られて泣きそうになりながら座っている。
 それを見た零と風が同時に声を上げた。

「あいつら……」
「輝!!」

 二人の反応から、知り合いということがわかる。

「二人ともあの子と知り合いなの?」
「……ああ、今銃を突きつけられてるのは、俺の妹の春杉 輝だ。なんで避難してないんだよ……!」
「妹!? 絶対助けないと!」
「俺は高校に入る前にあの子と話したことがある。妹ね、だから春杉と初めて会った時、苗字に聞き覚えがあったんだ。なんなら、その横にいる二人とも知り合いだよ。C地区平和守り隊とかいうのに勧誘された。右の男の子が樋口 悠希で、左の女の子が井上 美咲っていう子だ。おそらくたまたま居合わせて、わざとここに残ったんだろうね。C地区平和守り隊として」

 話していると、慎吾から相手の指示に従うように言われ、全員その場に膝をつく。人質を取られては、迂闊うかつに動くことはできなかった。

「……なんだ、知り合いか。流石はKIP、もう二個も解除したんだな。さらに残りの三個はここにある。こうも簡単に解除されちゃ、つまらないじゃねえか! ……まあいい、もう爆弾はいらねえわ。好きに解体すればいい、できればの話だがな」
「……お前らは何が目的だ?」

 言い方からして、嘘でなければ設置した爆弾は五個らしい。それに気づいたのか気づいていないのか、慎吾がその男に目的を聞く。すると男は笑いながら答えた。

「おいおい、もう忘れたのか? お前らKIPが捕まえた人間達を! ここにいる全員、お前に計画を邪魔されたんだ佐々木 慎吾!」

 慎吾はその場にいる敵全員の顔を見渡す。それから一つため息をついて言った。

「悪いが、いちいち捕まえた奴の顔を覚えてなんかいないもんでね」
「……ああ、そうだろうな。お前からしてみればただの犯罪者だ。あと少しで、あの時お前が来てなければあいつを殺せたんだ。俺の妹を自殺に追い込んだあのクソ野郎を!」

 男の銃を持つ手が震えていた。怒りか悲しみか、それともその両方か。慎吾の体がピクリと動いたのが見えた。

「……それで? 俺が目的なら俺一人だけ狙えよ。KIP全体に恨みがあったとしても、少なくともその子らは関係ないだろうが」
「何か勘違いしてねえか? 俺たちはお前を殺したいんじゃなくてお前の周りにいる奴らを殺したいんだよ。仲間、知り合い、C地区の市民。お前が守りたいと思ってる人間をな! ここにいる俺の仲間は全員復讐をお前に止められた奴らだ。俺たちと同じ思いをお前に味わわせてやる」

 いつの間にか、男の感情は憎しみに変わっていた。周りにいる男の仲間たちも、声は出さないものの、恨みの感情が体から溢れ出ていた。
 輝に突き付けられた拳銃を、男が軽く握りなおす。少しでも刺激したら、迷わず引き金を引いてしまいそうだった。早く助けないと!と思うものの、どう動けば良いのか、まだ経験の浅い秋には分からない。ただ見ているしかなかった。
 秋の横にいる風も同じような心境らしい。今すぐにでも飛び出したいが、飛び出せば輝が撃たれるかもしれないという状況に、ただ唇を噛んで見守るしかないのだ。

「なんだよ、それ」

 突然、輝の隣にいた男の子、悠希が声を出す。男が「あ?」と不愉快そうに悠希の方を見た。

「そんなのおかしいじゃん。自分の復讐を止められたからって人を殺すのか? それじゃあお前はお前の妹を自殺に追い込んだ奴と同じになるんだぞ。それを望むなんておかしいよ」

 今にも泣きそうになりながら、悠希は独り言のように呟く。男の表情がだんだんと曇っていくのが見えた。

「ガキの癖にずいぶんと偉そうだな。お前みたいな小さいおつむじゃ理解できないんだよ、自分が犯罪者になってでも復讐を願うほどのこの気持ちは!」

 そう言って男が悠希の方に銃口を向け、引き金を引く指に力を入れた。慎吾が立ち上がろうとするのが見える。しかし、慎吾が立ち上がるより早く、声を上げたものがいた。

「はいストップ。駄目だよ、子供に銃なんて向けたら。可哀想じゃん」

 言いながら零は立ち上がる。手を上着のポケットに突っ込み立っている零に、敵全員の銃口が向けられた。悠希に向けられていた銃も今は零を狙っている。

「……誰が立っていいって言った? 手を挙げて膝をつけ」
「分かったからその危ないもの俺に向けないでよ」

 零は手を上にあげるが、座る気配がない。

「調子に乗ってるのか? 誰だか知らねえが、邪魔するなら殺すぞ」
「殺す殺すって、そんな物騒な言葉しか言えないの? まあいいけど、とりあえずその子たち放してくれないかな、君だって子供殺すのは抵抗あるでしょ? 人質なら俺がなってあげるから」

 予想外過ぎる零の言動に、KIPですら驚きを隠せないでいた。

「なんだお前、抵抗されやすい奴よりもこういうガキの方が人質には向いてんだろ」
「普通だったらそうかもしれないけど、今はちょっと違うかな」
「……どういうことだ」
「その子たち、三人とも能力持ってるから危険だよ? 特にその男の子は筋力強化で、殴りとかめっちゃ強いの。子供って言っても能力持ってたら強いんだから、人質に向いてるっていうのは間違ってる。逆に俺は、能力なしの無能さんだから、抵抗する力のない、人質向きの人材ってわけよ」
「それを信じろと?」
「ほんとだって、ここにいる俺の知り合いは全員知ってる。あ、その子供たちは知らないけど。いわゆる記憶喪失ってやつでさ、気が付いたらそこにいる秋って人に拾われてたの。さらに言えば、もし持ってたとしても記憶がないからクラリスが何かも知らないし、使い方もわからない。つまり使えないってわけ。ね? 能力なしでしょ?」

 この世界では、クラリスの不保持で捨てられることはよくある話だ。この零の「秋に拾われた」という言葉で、捨てられたことを察した男は、本当に零が能力を持っていないと判断したようだった。

「……まあ、お前の言い分も一理あるか。いいだろう、このガキ三人は解放してやる。代わりにお前が人質だ」
「おぉ、理解が早くて助かるよ」

 周りにいる男の仲間が一人、縄を手に零の方に行く。手の縛り方に文句をつけながら、相手が縛りやすいように自ら手を後ろに持っていったり、縛り方のアドバイスをする零を横目に、男は子供たち三人を解放して、KIPの方に突き飛ばした。
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