夢幻世界

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第二章 3120番の世界「IASB」

第22話 記憶の欠片

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 秋が無事に試験に合格し、平和な日々が続いていた。
 二月になると、瑞希は第一志望の医学系大学への進学も決まった。
 零はあの事件以降、颯太と風と学校以外でも良く会うようになった。三人で一緒に遊びに出かけることもある。また、二人には記憶のことや陸斗との関係を正直に話し、より一層打ち解けていた。
 ちなみに康介は、あの日以降学校に来なくなり、それに従って颯太がいじめられることも無くなった。





 季節は春。秋たち三年生の卒業式が終わり、春休み五日目の3月12日になった。
 この日は秋、零、瑞希、颯太、風の五人で大型のショッピングモールに来ていた。
 秋と瑞希の卒業旅行に零が誘われ、男一人だと気まずいということで、零の友達を誘うことになった。その結果、颯太と風を含めた五人になり、その五人での県外への旅行を計画していたのだ。

 どこに行くかを決める資料として、本屋に入り、旅行用冊子を見に来ていた。

 秋と瑞希に行きたいところは任せて、零たちは本屋の中を見て回る。

「零って記憶無くしてから本屋来るの初めて?」
「そうだね、そういえば来たことなかった」
「じゃあ俺がおススメの教えてやるよ!」

 颯太が零を連れまわす。風は面倒そうにしているものの、毎回後ろから付いてきていた。なんだかんだ、仲が良いメンバーだ。

 いろんな本を颯太に紹介されていた零が、通り道にあった一冊の本を手に取る。

「ん? なんだそれ」

 颯太は知らないようだったが、意外にも風が声を上げる。

「それ『幻獣伝説』じゃん。読んだことがある」
「げんじゅうでんせつ? そのまんまなタイトルだな」
「確か、幻獣っていう空想上の生き物をいろいろ集めて紹介するって内容だ」
「空想上の生き物って、ドラゴンとかユニコーンとかいうあれのこと?」
「そう。実在しないからこそ読んでいて面白かった」

 そんな会話を風と颯太がしている間、零は何かに取り付かれたように、無言でパラパラとページをめくる。様々な幻獣がイラストと共に説明されていた。
 不思議そうに見つめる二人を無視して、零はページをめくり続ける。そして、あるページで手を止めた。

「なんか気になる奴いた? あ、それドラゴンじゃん、黒くてかっこいいな!」
「零ってこういうの興味あるんだ、意外だな」
「俺からしたら春杉の方が意外だけど……」

 零は再びページを進める。数ページ後にまた手を止めた。

「それは大狼だな」
「大狼って……『お』多くね?」
「……まあ確かに。成瀬って変なところ気にするよな。大狼は名前の通り大きい狼で、よく小説ではフェンリルなんて呼ばれてるから、大狼の呼び方はあまり馴染みがないな」
「へえー、詳しいね」

 その二人の会話が零には全く聞こえていなかった。黒竜と大狼が載っているページを何度も見返す。視界が狭くなり、ただその二つのイラストだけに全神経が向けられていた。

「……知ってる」

 零が絞り出すように声を発した。風と颯太が「え?」と零の方を見る。

「俺は、こいつらを……知ってる……?」
「そんなこと聞かれても……」
「成瀬、多分お前に聞いてるんじゃない」
「というと?」
「自分自身に聞いているんだよ。……零の記憶に引っかかってるんだ」
「幻獣が? でも存在しないんでしょ?」
「記憶をなくす前にこの本を読んでいたとしたら、知っていてもおかしくないだろ」
「ああ、そっか」

 知っている、この二匹だけじゃない。他の幻獣も、なぜかほとんど知っている。知識としてあるだけじゃない。しっかりと、自分の目で、実際に見たことがある。
 まただ、また何かを忘れている。忘れてはいけない、大切な何かを。

「……足りない、かな」
「なんだ、何か思い出したのか⁉」

 成瀬が声を大きく上げた。周りの目線がこちらに向く。しかし、零は首を横に振った。

「……いや、なにも。多分思い出せない。でもこれが大切な情報だってことはよく分かる」
「思い出せないって?」
「今回はなんとなくわかるんだ。この幻獣や、この前の桐島の電気だけじゃまだ足りない、思い出すのに必要な情報が。相当深く、俺の記憶は眠ってるらしい。決定的な何かを思い出さないと、きっと目を覚まさない」
「えー、惜しかったのになあ……」
「断片的にでも思い出せないのか?」

 風のその質問にも、零は大きくかぶりを振った。

「でも、すごく懐かしい気持ちがする。この幻獣達が俺に何か関わりがあることは分かった。これでも十分な収穫だよ」

 そう言った零の表情は笑っているにもかかわらず、風と颯太のどちらも、零からは悲しみの感情を読み取った。





 それから数分後、大阪の旅行冊子を持って秋と瑞希が零たちと合流した。

 全員、他に買いたい物は見つからず、その冊子だけ買って本屋を出る。まだ午前のため、いろいろなところを見て回ることになった。
 行きたい場所を聞いてもどこでもいいと言う、基本静かな瑞希と風が後ろについてくるなか、秋と颯太が行きたい場所に零を連れていった。

 楽器屋に連れていくと、零は不思議そうにピアノの鍵盤を押す。ピアノは零にとって初めて見るものだった。
 秋は小さい頃に習っていたことがあったため、楽器の説明も兼ねて引いて見せる。
 珍しくはないため、零以外の四人は普通に聞いていたが、零は目を輝かせてその不思議な音の鳴る箱を見つめていた。

 ゲームセンターでは、颯太と風がクレーンゲームで力を発揮した。様々なタイプの景品を、次々に取っていく。
 最終的には、颯太は両手に全員分の景品を入れた大きな袋を何袋か持って、ゲームセンターを後にした。





 昼食を食べ終わり、フードコートから出た。時間は1時半の少し前を指していた。春休みで人の数が多く、席をとるのに苦戦していたら、昼食が遅れてしまった。

「ご飯も食べたし、まだ時間あるけどどこか行きたいところある?」
「あのさ、時間あるなら映画でも見ない?」

 秋の質問に答えたのは、意外にも瑞希だった。

「お、映画かー! 零も見たことないだろうし、いいんじゃね? な、春杉!」
「なんで俺に聞くんだよ。……でも最近映画行ってなかったから、俺は賛成」
「私も賛成! 瑞希なんか見たいのあるの?」
「今何が上映されてるか知らないから、皆で今から決めよ」

 全員が賛成して、ショッピングモール内の映画館に向かった。

 映画館特有の雰囲気に、テンションが上がる。上映予定を見ながら、面白そうなのを選んでいると、秋の視界に見たことのある人影が入った。

「あれ? あの人、佐々木さんじゃない?」
「佐々木さんって前にコンビニ前で話した人? あー確かに似てる」
「え、前に俺たちの高校に来たKIPの人じゃん」
「全校生徒が集められて開かれた講演会か、俺も見たな」
「全員知ってるの? 俺は知らないから、俺が入学してくる前の話?」
「そうそう、冬休み前の12月前半だった気がする。俺たちの高校に来て、クラリスのこととか話してくれた、KIPの佐々木 慎吾さん」
「何してるんだろ、ちょっと挨拶してくる!」

 前のように、秋がそちらの方向に歩いて行く。他四人もそれに付いていった。それに気づいた慎吾が、驚いたようにこちらを見つめる。

「天宮さんと暁さんか、後ろの三人は初めまして。どうしてここに?」
「私たちは今月末の卒業旅行の計画でここの本屋に来たついでに、いろいろ見て回っていたところです。佐々木さんこそ、私服ってことはプライベートですか? それにしては服装以外プライベート感がありませんが……」
「卒業旅行……。あ、そういえばKIP合格おめでとう。四月からは俺の部下だな。なら、さん付けも丁寧な喋りも止めだ」

 慎吾が優しそうな近所のお兄さん的雰囲気から、仕事の雰囲気に変わる。プライベートで来てるわけではないことが明らかだった。

「天宮はあと数週間でKIPのメンバーだから、話すのはいいかもしれないが、他の後ろの奴らはな……。誰なんだ?」
「瑞希のことはいいと思いますが、男三人は左から、成瀬 颯太、春杉 風、あと……零です。同じ高校の後輩です」

 秋は苗字に桜井をつけるべきか迷い、結局付けずに言う。すると、慎吾は零のことをじっと見つめて「ってことは……」と一人で何やら呟いた。その後「まあ、友達ならいいか」と言って、秋たちにのみ聞こえるくらいの声量で、ここにいる理由を話し始めた。

「このショッピングモールに爆弾が仕掛けられた」

 予想外過ぎる慎吾の告白に、場の空気が凍り付く。慎吾は説明をつづけた。

「今さっき到着したKIPが、一般客を避難させようとしていたところだ。もうすぐアナウンスも入る。数分前にKIPに爆破予告が届けられた。爆弾は今KIPが避難と同時に探し回ってる。俺は映画館の客を避難誘導すると同時に、映画館に仕掛けられていないか探す役だ。犯人の目途めどは立っていて、十人くらいの組織だということが今のところ予想されている」
「そんな……! 何か私たちに手伝えることはありませんか?」
「それなら、避難誘導をやってくれ。俺はその間に映画館内を調べる。アナウンスがかかったら、客が騒ぎ出すだろうから、そういう人達を全員出入り口まで誘導するんだ。そこまで行けば、KIPの奴らがあとはやってくれる」
「わかりました! みんなはどうする?」

 秋が聞くと、瑞希と風は「手伝うよ」と首を縦に振るが、颯太は困惑したように「え、でも……」と声を漏らした。避難誘導をするということは、それだけ自分たちが逃げるのが遅れるということだ。颯太の反応の方が、当たり前だった。
 しかし、颯太は大きく深呼吸をしてから「俺もやる!」と言って無理矢理笑って見せた。

「ありがとう、零は?」

 その問いに零が答えようとすると、慎吾が先に声を出した。

「悪いがお前は俺と一緒に爆弾探しだ。話がある」
「……え、秋じゃなくて俺にですか? まあ別にいいですけど、どっちにしろ手伝うつもりだったし」
「それじゃあよろしく頼んだ」

 そう言って、慎吾は零の腕を引いて足早に映画館の受付の人のところへと去って行った。
 それと同時に、アナウンスが鳴り響く。爆弾があることを教えるアナウンスに、客が一斉に出口へと走り出した。映画を見ていた人も、遅れて走ってやってくる。秋たちは誘導を始めた。
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