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第二章 3120番の世界「IASB」
第16話 冬休み
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その後、約三週間が経過しても零の家族は現れなかった。零を見つけたのは12月1日、今日は12月22日。終業式だ。明日から冬休みが始まる。
この三週間で、零とは完全とは言えないものの打ち解けていた。勉強を少し教えてみると、呑み込みが早く、高一の問題でも難なくこなせていたことから、もしかしたら記憶があったときは高一くらいだったのかもしれない。
いまだに零の記憶喪失前の情報は一切つかめていないが、本人はあまり気にすることなく生活できているようだ。
午前中で家に帰り、昼ご飯を食べ終わったころ、携帯に電話がかかってきた。画面には「桜井 陸斗」と表示されていた。慌てて通話ボタンを押す。相変らずの心地よい声が聞こえてきた。
『もしもし。秋ちゃん? もしかして帰ってきたばっかり?』
「いえ、大丈夫ですよ、どうしました?」
『零君のことでちょっと話が……。家族は引き取りに来てないんだよね。明日家に来られる?』
「分かりました、またいつもの時間に零と向かいます」
『よろしく、それじゃあね』
そう言って電話が切れた。迎えに来ていないこと報告するのをすっかり忘れていた秋は、慌てて明日の準備をする。
そして零に「明日また陸斗さんのところ行くことになったから、準備しておいてね」と言っておいた。
夜になり、秋は買い物ついでに街を散歩していた。
もうすぐクリスマスというだけあって、街はイルミネーションで輝いていた。大きなショッピングモールの噴水広場には、カップルで並んで座り会話をしている人なども見受けられる。
秋は(私もいつか……)なんて考えるが、正直自分が恋人と歩いている姿は想像できなかった。
そんなとき、ふと頭に零の顔が浮かぶ。記憶を失っていて、さらに家族も見つからないという最悪の状況なのに、どこか「見つからないで」と最低な感想を持ってしまう。
「今後もずっと見つからなければ、ずっと家にいてくれるのかな」という考えを吹き飛ばすように首を横に振る。一人で過ごす寂しさから解放されたこの三週間は、母親がいた時を思い出すほど懐かしい時間だった。
次の日、秋と零は陸斗の家にいた。
相変らず談話室に通され、お菓子などが並べられる。この短期間で二度も会うのは今回が初めてかもしれない。
「結局三週間待っても、探しに来なかったんだね。」
陸斗が話を切り出した。
「そうですね、これからどうしようかな……」
秋は、なるべく零に聞かれないように小声で話す。
こんなことする必要はないのかもしれないが、親が迎えに来ないということを、本人に面と向かっては言えなかった。
「そこでさ、ちょっと僕から提案なんだけど、零君ぱっと見た感じ高校生くらいに見えるから、16歳っていうことにして学校に通った方がいいと思うんだよね。前の時に通っていたのかはわからないけど、これくらいの年なら通っていないと不自然に見えちゃうし」
学校。確かに零の見た目で昼間に家の周りや街を歩いているのは、少し不自然だった。
「勉強とかついていけますかね、今教えている感じだと確かに人並みにはできるかもしれないですけど……。それに個人情報とかも書かないといけなさそうだし」
零は秋が勝手につけた名前で苗字が無く、誕生日などもわからない。そんな生徒を受け付けてくれるのだろうか。しかし陸斗は思っていたよりもあっさりとそんな疑問を打ち消した。
「そこらへんは全部僕が済ませるから、あまり気にしなくていいよ。秋ちゃんにやってもらいたいのは学校生活のサポートだけだから」
そんな簡単に入学手続きができるのか疑問だったが、秋より経験豊富な陸斗を信じることにした。
「分かりました。勉強は私が教えられる限り教えます」
「制服とか、学費とか、授業料とかは任せて。得意分野だから」
そう言って陸斗は笑った。秘密基地で作戦を立てる子供のような無邪気な笑顔に、秋は今まで持っていた陸斗に対してのイメージが崩れていくのを感じた。
「陸斗さん、あの……今後もよろしくお願いします」
秋の素直な今の感想だった。陸斗は一瞬驚いたような顔をしたものの、すぐに「こちらこそよろしく、いつでも頼って」と笑顔になった。
そのまましばらく陸斗の家にとどまり、入試の話や学校の話などをした。
明日のクリスマス・イブの話になると、陸斗が
「あ、明日ちゃんと休み取ったから、クリスマスパーティーには予定通り参加するよ」
と言う。瑞希に誕生日プレゼントを渡した日、クリスマスパーティーの計画を立てていた。もともとは秋、瑞希、零の三人の予定だったのだが、お世話になったということで陸斗も誘っていたのだ。
そんな楽しい三人の会話が夕方まで続き、またいろいろなお土産を貰って家に帰った。
今年のクリスマス・イブは雪が降り、地面が真っ白になった。
朝9時には秋、零、瑞希、陸斗の四人が集まり、パーティーが始まった。各々が食べ物や道具を持ち寄り、机の上はごちゃごちゃになる。
毎年来ていたはずのクリスマスが、今までの何倍も楽しかった。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、夜ご飯が終わった後、それぞれプレゼントを渡す時間になった。
まず瑞希が、四人全員お揃いのキーホルダーを渡す。キーホルダーはウミガメの形をしていた。
次に秋が、四つのブレスレットを取り出した。それぞれ、赤、青、緑、紫の羽飾りがついている。零が青、瑞希が緑、陸斗が紫、秋が赤を選んだ。
零はというと、何を用意していいか分からず、困り果てた後に小さな丸い犬のぬいぐるみを四つ買っていた。手のひらサイズの、中にビーズが入った手触りの良いそれは、零本人が気に入ったから買ったものだったが、案外全員に好評だった。
最後に陸斗がプレゼントを取り出す。学校に持っていけそうなものを、陸斗が選んだらしい。全員に別々の物を渡した。
秋へのプレゼントには10月の誕生石、オパールが埋め込まれている腕時計。瑞希にはタンザナイトの埋め込まれたネックレス。零には蓋にアメジストが一つ埋め込まれた銀の懐中時計をプレゼントしていた。すべての物に、それぞれの名前が英語の筆記体で彫られている。
どれも学校に持っていくのは躊躇するくらいの見た目で、高級なものだということが一目で分かる物だったため、秋と瑞希は初めは受け取りを拒否した。しかし陸斗の「男がつけるものではないし、もう買っちゃったから貰っといてよ」と言って渡すのを諦めない様子に、二人ともお礼を言ってから受け取った。
零は、見た目の綺麗さに惹かれたのか、ずっと貰った懐中時計を開け閉めしたり、いろんな角度から眺めたりしていた。
それが終わり、瑞希と陸斗は帰っていく。二人がいなくなった後、秋と零は、遊び疲れてすぐに眠りについた。
一月になるとまた四人で集まり、瑞希と秋の合格祈願と初詣に行った。秋はおみくじで見事に大吉を引き当てた。瑞希は吉を引き、少し落ち込んでいた。陸斗は中吉、零は小吉を引いていた。それが終わった後は、陸斗の家で豪華なおせちを食べ、解散した。
今年の冬休みはそのような感じで過ぎていき、瞬く間に始業式の前日になった。零の入校手続きはすでに済んでおり、明日は1年B組に入学する日だ。
この三週間で、零とは完全とは言えないものの打ち解けていた。勉強を少し教えてみると、呑み込みが早く、高一の問題でも難なくこなせていたことから、もしかしたら記憶があったときは高一くらいだったのかもしれない。
いまだに零の記憶喪失前の情報は一切つかめていないが、本人はあまり気にすることなく生活できているようだ。
午前中で家に帰り、昼ご飯を食べ終わったころ、携帯に電話がかかってきた。画面には「桜井 陸斗」と表示されていた。慌てて通話ボタンを押す。相変らずの心地よい声が聞こえてきた。
『もしもし。秋ちゃん? もしかして帰ってきたばっかり?』
「いえ、大丈夫ですよ、どうしました?」
『零君のことでちょっと話が……。家族は引き取りに来てないんだよね。明日家に来られる?』
「分かりました、またいつもの時間に零と向かいます」
『よろしく、それじゃあね』
そう言って電話が切れた。迎えに来ていないこと報告するのをすっかり忘れていた秋は、慌てて明日の準備をする。
そして零に「明日また陸斗さんのところ行くことになったから、準備しておいてね」と言っておいた。
夜になり、秋は買い物ついでに街を散歩していた。
もうすぐクリスマスというだけあって、街はイルミネーションで輝いていた。大きなショッピングモールの噴水広場には、カップルで並んで座り会話をしている人なども見受けられる。
秋は(私もいつか……)なんて考えるが、正直自分が恋人と歩いている姿は想像できなかった。
そんなとき、ふと頭に零の顔が浮かぶ。記憶を失っていて、さらに家族も見つからないという最悪の状況なのに、どこか「見つからないで」と最低な感想を持ってしまう。
「今後もずっと見つからなければ、ずっと家にいてくれるのかな」という考えを吹き飛ばすように首を横に振る。一人で過ごす寂しさから解放されたこの三週間は、母親がいた時を思い出すほど懐かしい時間だった。
次の日、秋と零は陸斗の家にいた。
相変らず談話室に通され、お菓子などが並べられる。この短期間で二度も会うのは今回が初めてかもしれない。
「結局三週間待っても、探しに来なかったんだね。」
陸斗が話を切り出した。
「そうですね、これからどうしようかな……」
秋は、なるべく零に聞かれないように小声で話す。
こんなことする必要はないのかもしれないが、親が迎えに来ないということを、本人に面と向かっては言えなかった。
「そこでさ、ちょっと僕から提案なんだけど、零君ぱっと見た感じ高校生くらいに見えるから、16歳っていうことにして学校に通った方がいいと思うんだよね。前の時に通っていたのかはわからないけど、これくらいの年なら通っていないと不自然に見えちゃうし」
学校。確かに零の見た目で昼間に家の周りや街を歩いているのは、少し不自然だった。
「勉強とかついていけますかね、今教えている感じだと確かに人並みにはできるかもしれないですけど……。それに個人情報とかも書かないといけなさそうだし」
零は秋が勝手につけた名前で苗字が無く、誕生日などもわからない。そんな生徒を受け付けてくれるのだろうか。しかし陸斗は思っていたよりもあっさりとそんな疑問を打ち消した。
「そこらへんは全部僕が済ませるから、あまり気にしなくていいよ。秋ちゃんにやってもらいたいのは学校生活のサポートだけだから」
そんな簡単に入学手続きができるのか疑問だったが、秋より経験豊富な陸斗を信じることにした。
「分かりました。勉強は私が教えられる限り教えます」
「制服とか、学費とか、授業料とかは任せて。得意分野だから」
そう言って陸斗は笑った。秘密基地で作戦を立てる子供のような無邪気な笑顔に、秋は今まで持っていた陸斗に対してのイメージが崩れていくのを感じた。
「陸斗さん、あの……今後もよろしくお願いします」
秋の素直な今の感想だった。陸斗は一瞬驚いたような顔をしたものの、すぐに「こちらこそよろしく、いつでも頼って」と笑顔になった。
そのまましばらく陸斗の家にとどまり、入試の話や学校の話などをした。
明日のクリスマス・イブの話になると、陸斗が
「あ、明日ちゃんと休み取ったから、クリスマスパーティーには予定通り参加するよ」
と言う。瑞希に誕生日プレゼントを渡した日、クリスマスパーティーの計画を立てていた。もともとは秋、瑞希、零の三人の予定だったのだが、お世話になったということで陸斗も誘っていたのだ。
そんな楽しい三人の会話が夕方まで続き、またいろいろなお土産を貰って家に帰った。
今年のクリスマス・イブは雪が降り、地面が真っ白になった。
朝9時には秋、零、瑞希、陸斗の四人が集まり、パーティーが始まった。各々が食べ物や道具を持ち寄り、机の上はごちゃごちゃになる。
毎年来ていたはずのクリスマスが、今までの何倍も楽しかった。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、夜ご飯が終わった後、それぞれプレゼントを渡す時間になった。
まず瑞希が、四人全員お揃いのキーホルダーを渡す。キーホルダーはウミガメの形をしていた。
次に秋が、四つのブレスレットを取り出した。それぞれ、赤、青、緑、紫の羽飾りがついている。零が青、瑞希が緑、陸斗が紫、秋が赤を選んだ。
零はというと、何を用意していいか分からず、困り果てた後に小さな丸い犬のぬいぐるみを四つ買っていた。手のひらサイズの、中にビーズが入った手触りの良いそれは、零本人が気に入ったから買ったものだったが、案外全員に好評だった。
最後に陸斗がプレゼントを取り出す。学校に持っていけそうなものを、陸斗が選んだらしい。全員に別々の物を渡した。
秋へのプレゼントには10月の誕生石、オパールが埋め込まれている腕時計。瑞希にはタンザナイトの埋め込まれたネックレス。零には蓋にアメジストが一つ埋め込まれた銀の懐中時計をプレゼントしていた。すべての物に、それぞれの名前が英語の筆記体で彫られている。
どれも学校に持っていくのは躊躇するくらいの見た目で、高級なものだということが一目で分かる物だったため、秋と瑞希は初めは受け取りを拒否した。しかし陸斗の「男がつけるものではないし、もう買っちゃったから貰っといてよ」と言って渡すのを諦めない様子に、二人ともお礼を言ってから受け取った。
零は、見た目の綺麗さに惹かれたのか、ずっと貰った懐中時計を開け閉めしたり、いろんな角度から眺めたりしていた。
それが終わり、瑞希と陸斗は帰っていく。二人がいなくなった後、秋と零は、遊び疲れてすぐに眠りについた。
一月になるとまた四人で集まり、瑞希と秋の合格祈願と初詣に行った。秋はおみくじで見事に大吉を引き当てた。瑞希は吉を引き、少し落ち込んでいた。陸斗は中吉、零は小吉を引いていた。それが終わった後は、陸斗の家で豪華なおせちを食べ、解散した。
今年の冬休みはそのような感じで過ぎていき、瞬く間に始業式の前日になった。零の入校手続きはすでに済んでおり、明日は1年B組に入学する日だ。
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