夢幻世界

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第一章 0番の世界

第8話 元凶

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「どうやら医者が黒だったみたい。エンドが今から連れてくるらしいよ。にしても、こんなに簡単に見つかるなんてね。容疑者も一人しかいなかったし」

 その時扉が開き、エンドとエンドに妖力の鎖で巻かれて、脇に抱えられた元医者が入ってきた。
 元医者の姿にあの老人の面影はなく、角が生えた悪魔のような姿の妖怪になっている。

 エンドが入ってきたと同時に、アルバートが元医者に飛び掛かろうとした。

「貴様が! 貴様がセリーナを!!」

 怒りとともに拳を振り下ろそうとするアルバートをアースが止める。

「そいつを殺すのは後にしましょう。情報を手に入れるのが先です」

 アルバートは、一瞬アースの方を抗議の目で見たものの、見た目以上の力で抑えられた手を動かすことができず、そのまま力を抜いた。

「あの短い間にずいぶんとセリーナと仲良くなったんだな。それとも実は元から仲良くしたかったとか?」

 半笑いで聞いてくるバルに、アルバートは「そんなんじゃないです……」と顔を背けながら言う。

「ほんとか? 実はセリーナのことが好きだったとか――」
「バル、あまり調子に乗り過ぎないほうがいいですよ、早くこの問題を片づけてください」

 遮って入ってきた声の主の方をバルが見ると、アースが笑顔で怒りのオーラを放っていた。

「おー、こっわ。冗談だって」

 手をひらひらと上にあげ、降参のポーズをとるバルにアースは大きくため息をついた。

 しばらくその状況を黙ってみていた小さな妖怪が、我慢できなくなったのか浮いた足をバタバタさせながら声を出した。

「そんなくだらない話をするなら、今すぐおいらを離せ!」
「そう言われて素直に離すわけがないでしょ。君、名前は? どっからどうやってきたの?」
「誰がお前なんかに教えるか!」
「言わないなら今すぐ殺すだけだよ、それでもいいのかなー」

 そんなありきたりな脅し文句を聞き、戦闘態勢に切り替えるアースとアルバート、腕に力を加えてつぶそうとしてくるエンドの顔を順々に見て、その妖怪は「ヒッ…」と顔を青ざめさせる。
 この様子からして、まだ子供だということがよく分かる。

「分かった、教える! 教えるから! おいらはラーク、まだ駆け出しの妖怪だ。ここには、とあるお方の命令で来た。名前はさすがに言えない。言ったりしたら殺されちまうからな。そのお方がこの世界への入り口を開けてくださったんだ。その時に『この世界にいるやつを、誰でもいいからお前の力で暴れさせて来い。そしたらお前を強くしてやろう』って言われた。おいら、自由に姿を変えることと生き物に自分の妖力を流し込むことしかできなくて、他の妖怪に笑われていたから、強くなりたくて従ったんだ」

 その上のやつの名前を知りたいとも思ったが、話を聞く限り、それはさすがにラークがかわいそうだと思ってしまった。

「その妖力を流し込む力とやらで、セリーナの妖力を急激に増やして、制御できなくさせて暴れさせたというわけか。割と想像通りだったな」
「本当は誰を暴れさせるかなんて決めてなかったんだけど、たまたまおいらの妖力に反応する奴がいて、いい機会だと思って器を介して妖力を流し込んでやったんだ」
「妖力に反応? セリーナの頭痛はそのせいか」

 稀に、力と力が反発することがある。それは人間で言うところの「馬が合わない」というのと同じようなものだ。
 一方的に影響を受けることもあれば、両者に影響が出る場合もある。なんともなさそうなラークの様子を見る限り、今回は一方的にセリーナがラークの妖力の影響を受けていたのだろう。そんな相性の悪い妖力同士が体内で混ざれば、暴走するのも想像がつく。

「そうなると、俺が医者の姿のお前に感じた違和感も、隠しきれていなかった微弱な妖力ってことか」
「私が気付けなかったので、本当に微量だと思います。それでも頭痛を起こしたということは、セリーナは相当敏感だったんでしょう」
「治せないもんなの?」
「そもそもの力の性質に依存することですからね。難しいと思います」
「なるほどねえ……」

 再び話がズレだすと、ラークが思い出したように「そういえば」と言った。

「おいらに指示した、そのとあるお方にバルって人にあったら伝えてくれ、っていう伝言を渡されたんだった。お前がバルなんだよな、さっき名前呼ばれてたし」
「そう、俺。わざわざ俺宛に用意してくれたなら、一応聞くよ」
「『お前の世界を壊されたくなければ、世界番号3120に来い。この伝言は私が送り込んだ奴から聞いているだろうからもう分かると思うが、お前の世界に私の仲間を送り込むのは簡単だ。この伝言を聞いてから一週間が期限だ。それまでに来なかった場合、侵略を開始する』って。伝言も伝えたし、もうここに用はない。早くこの鎖を解いてくれよ!  帰って報告しに行く!」

 そう言うとラークがじたばたと暴れ始めた。

「俺の世界を壊す? 宣戦布告ってことか。話を聞いた感じ殺すのは可哀想だから、俺はこのまま返してもいいと思うんだけど……。アルバートの怒りが収まっていないだろうからね。アルバートが決めてよ、ラークをどうするか」

 この会話の間ずっと浮かない顔をしていたアルバートは「私は……」と言葉を詰まらせる。

「私は返すことには賛成です。殺す気はありません。しかし、セリーナにしっかりと謝罪をしてほしい。こいつのせいでセリーナは自分の仲間まで傷つけてしまった。彼女は絶対に自分を責めるだろう。彼女のせいではないことを、しっかりと伝えてきて欲しいです」

 アルバートの言葉には、セリーナへの心からの心配が現れていた。

「ということらしい。アースとエンドは? これでいい?」
「私からは特に何も。主が決めたことに従うまでです」
「俺も同じだ」
「だってさ。みんなお前を殺す気はないらしい。しっかりと謝罪できるならな」
「……わかったよ」

 話がまとまったところへ、アルバートの側近が良い報告をしに来た。

「セリーナ様が目を覚ましました」





「ほら言うことがあるだろ」

 一同はセリーナのいる医務室まできて、ラークに謝罪を迫る。セリーナに説明をし終わったところだった。
 はじめは自分をこれでもかというくらいに攻めていたが、アルバートが何とか説得してセリーナは悪くないというように伝えた。

「……悪かったよ」

 ラークは一言、不貞腐れたように言った。

「周りに馬鹿にされたくなくて、思わずやってしまったらしい。幸い死人は出ていないし、怪我人は俺が治すから許してやってくれ」

 なぜバルがラークの肩を持っているのかは簡単な話で、ラークがいれば何かしらの情報がまたはいってくるかもしれないからだ。
 事実、この世界に入ってくる力を持つやつがいて壊そうとしているという情報は手に入っている。このまま泳がすのも手だと考えていた。

「アルバート、満足か?」
「はい」
「よし、帰っていいぞラーク、もう二度と来るなよー」

 バルがそういうと、ラークは背中にある小さな羽で空へ飛んでいき、突如空いた穴の中へ消えていった。





 澱んだ空気。いかにも妖怪の世界らしい雰囲気だ。その世界の一国のとある部屋。そこに黒い穴が開き子供の妖怪が出てきた。

「ラークです、戻りました」
「良い働きだった。それにしてもよく殺されなかったな。まだ経験が少ないせいか、アイツは考えが甘すぎる」

 ラークの前で大きな椅子に座っている人型の妖怪が口元を緩ませながら言う。今までのことはすべて見ていたようだ。

「アイツが3120に行くのは間違いないだろう。……少し遊んでみようか」

 そう言って、邪悪な笑い声を部屋中に響き渡らせた。
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