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五章 離宮にて
21 クリス王子の取り巻き
しおりを挟む「では、お風呂に入って、お召し替えいたしましょう」
「この服は頂いたものなので」
「変わったドレスでございますね。とてもお似合いでございますけれど。こちらで綺麗に洗濯しておきますね」
「ありがとう」
「あの……」
「はい、何でございましょう」
「こちらの人って新しい服とか着たら、一応褒めてくれるわよね」
「はあ、本当にお似合いでございましたが」
「いや、そうじゃなくて。私こういう服って動きやすくて楽で好きだし、似合うんじゃないかと思ったんだけど、その、クリスティアン殿下は見るのもイヤな感じで、何か気に障るような事でもあるのかと思って」
梨奈はクリス殿下がこの侍女ミランダを付けてくれたのだから、信用できる人だと思った。テキパキとしてとても有能そうに見える。一応何か訳があるのなら聞いておいた方がいい。
侍女のミランダは少し驚いた顔をした後「どちらから頂かれたのかお伺いしても?」と聞く。
魔王様の名前は出さない方がいいだろうか。
「昨日泊った国の方から頂きましたが」
「私が言うのもおこがましいですが、贈られた方に妬いてらっしゃるのでは?」
「嫉妬? 殿下が?」
「クリスティアン殿下を何だと思ってらっしゃるのですか。嫉妬ぐらいなさいますよ。そりゃあどこもかしこも、お出来が良くていらっしゃいますが」
ぱっかんと開いた口がしばらく塞がらなかった。
何で嫉妬するんだ。あんだけ好きにしといて。
そう思う梨奈は少しポンコツかもしれない。
グルグル考える梨奈をミランダは手際よく裸に剥いて浴室に放り込む。
その後、三人掛かりで綺麗に洗われ、流れ作業のようにドレスを着て、髪を緩めのハーフアップに結い、髪飾りを付けて、軽くお化粧して出来上がった。
部屋に戻るとクリス殿下が待っていた。
襟元にぐるぐる巻いたタイにレースやフリルの付いたシャツにベスト、上着姿だ。これが普通の格好なのだろうか。
「綺麗だ、リナ」
クリス王子は上機嫌で梨奈をエスコートする。戸惑い顔でミランダを見るとにっこり笑った。
「リナ、ミランダは私の乳兄弟の姉なんだ」
「乳兄弟?」
「ああ、彼は流行り病で亡くなった。ミランダは姉の侍女になる予定だったが、同じ病に罹ってノイジードル王国に留まったのだ」
ああ、クリス殿下のお姉様は他国に嫁いで亡くなられたんだ。ミランダはお姉さんポジションなのかな。そう思ってミランダを見ると深々と頭を下げた。
部屋の外に出ると、執事と護衛のジョサイアが待っていた。
白いテーブルクロスで覆われた長いどっしりしたテーブルのある広いダイニングルームで、お昼には少し遅い時間だが昼餐を頂く。
その後、明るく広いサロンでお茶をしながら話し合った。
「マリア嬢の攫われた屋敷は、ブルグンド帝国と交易を頻繁にしている商人の別邸でした。今は王国騎士団に引き継いで、密かに見張っております」
まず、ジョサイアが報告して、
「僕は父上と一緒に王宮に伺ったら、国王陛下がクリスティアン殿下は西の森離宮で謹慎すると教えて下さったんだ」と、フォルカーが言い、
「俺も親父と王宮に上がったら、フォルカー卿に会って」とスチュアートが続ける。
「それで、昨日はどこに行ってたんだ? 見慣れない服を着ていたが」
フォルカーが聞いた。
「魔領に行った。リナが攫われてな」
クリス王子がさらっと言う。
「何と、よくご無事でしたね」
皆が驚く。魔族がぞろぞろ出てきた時は、生きた心地もしなかった。
「ホント、よく無事に帰れたわねえ。すぐ殺されると思ったわ」
梨奈は改めてそう思った。
「魔族とはいえ、最近は友好的だと聞く。襲われれば戦うしかないが、彼らは人が住んでいる土地の魔素が薄いのを嫌ってあまり出て来ない。棲み分けは出来ているのだ」
「だって、殿下弱いでしょ。魔王様にぼこぼこにされてたじゃない」
「魔王に勝てる奴などいない」
「あら、魔王を倒したことはないの?」
「昔、人と魔族が争っていた時代があって、弱い魔王の代の時に大勢の人数で行って、たまたま倒したという事はあったらしい。まあ滅多にない事だ」
「じゃ、何で戦うのよ。無鉄砲ね」
「お前に言われたくない」
クリス王子と梨奈の言い合いを皆が黙って聞いている。
ジョサイアが恐る恐るといった風に横から聞く。
「魔王と戦われたのですか?」
「お相手をして下さっただけだ」
「いや、剣を持って対峙しただけで、皆、剣を落として平伏すると……。当代の魔王様は、もの凄くお強いと噂で──」
「あら、戦っただけでも凄いのね」
魔王はゲームだと何人がかりで戦ってやっと勝つっていう設定だった。昨日はタイマンで、おまけに梨奈の祝福まで解いてしまったのだ。何という事だ。
無謀にも程がある。無謀王子だろうか、無鉄砲王子だろうか。
「あの、それで服など頂いて?」
「そこの西の森まで送って下さった、と」
シーン……。と、座が白けてしまった。
「それで、隣国ブルグンド帝国の様子はどうなんだ」
殿下はあっさり話題を変えた。
「まだ諦めていないんじゃないか。国王陛下は泳がすお積りらしい」
フォルカーが腕組みをしながら言う。
「そうか、面白い。殿下、こうなったらどこまでもついて行きますよ。俺は面白い方がいい」
スチュアートがにやりと笑う。
みんながうんうんと頷いている。
類は友を呼ぶというが、多分、みんな無鉄砲なんだね。
フォルカーが「君は見つけたんだな」と、殿下を眩しそうに見た。
「国に降臨した女神を失うなど、王族として、あってはならない」
殿下は当然といった風に答える。
「女神……、この国が信仰する『愛と豊穣の女神』ですか」
え、ファスナーを開けてドレスが落ちて、素っ裸で目の前に現れただけだよね。
何かそういう絵があったな。貝の上に乗っている。
(アレはビーナスだったけ、アフロディテだったっけ。殿下は何て言ったっけか、愛とエロスと豊穣か? ちょっとっ! エロスが余計じゃないの!)
梨奈はクリス殿下を睨んだが、知らん振りを決め込まれた。
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