上 下
45 / 45
番外編 あの世トラブルツアー 

最終話

しおりを挟む

「叔父上、それはなりませんな」
 冷たい声が後ろから響いた。手が伸びて、俺の腕を掴んで背中に庇った。
 アロウ……。
 その声を聞いたとたん身体が自由になって、俺はアロウの背中にしがみ付いていた。
「ヴァルファ、我が儘もいい加減にせよ」
 ヤヴンが振り向いて吐き捨てた。アロウはそれには答えず冥王に向かって頭を下げた。
「お父上。申し訳ありませぬ」
 冥王はゆっくりと振り返った。その後ろに、先程の偉丈夫なカラスが控えている。
「その子がお前の?」
「はい」

 冥王は、しばらく俺とアロウを見ていたが、やがてにこりと笑った。
「仕方がないのう。まあよい。急ぐこともあるまい」
 俺は狐につままれたような気分になった。

 周りがやいのやいのと騒いでいるだけで、御本尊は至極呑気に構えている。なるようになると。
 そりゃあそうだよな。アロウもアロウのお兄さんもまだ若い。第一、この冥王さんからして、まだまだ若そうに見える。
 決めた事だって、いつ何時、何が起こって引っ繰り返るか分からないのに、焦って決めることなんかないよな。
「お父上、今日は仕事で来ているので、これで失礼いたします」
「そうか」
 父親は別に引き止める様子もない。扱くあっさりしたものだ。アロウは優雅にお辞儀して、俺の手を取りそこを飛び立った。


 アロウに連れられて、先程落ちた沢の近くに舞い戻る。
「まあ、七斗。心配したのよー」
 ロクがすっ飛んできた。
「川に落ちたら、ちゃんと流れ着く所があるのに、そこに居ないから。全然浮かび上がってこないしー。冥王様のお使いがいらっしゃらなかったら、どうしようかと思ったわ」
 そうだったのか。俺、無我夢中でバタバタして、とんでもない所に行っちゃったんだな。
「宮殿は一部の上層部の方とか、血筋の方でないと上がれないのよー」
 そうなのか?
「お前は一応、血筋だからな」
「え?」
「冥界も、天界も、そう大差ないということだ」
 い、いいのか、それで……?
 ロクの後ろから、渡邊さんが顔を覗かせた。
「ご無事でよかったです」と心配顔を綻ばせる。
「お陰さまで会うことが出来て、少しお話もいたしました」
「え?」
 権田さんには見えないんじゃなかったか?
「あの沢の水は、魂の映る鏡を作るのにも使われる」
「ああ、それで映ったのか」
「はい。天国で待っていると伝えました。本当に、ありがとうございました」
 渡邊さんはそう言って涙ぐんだ。


 俺たちは来た道を飛んで帰った。井戸の底の広場には、エレベーターのような部屋があって、それに入ると瞬時に地上に着いた。
「じゃあねー、七斗。また来てね」
 赤い髪の美形になったロクが投げキッスをよこして、渡邊さんと一緒に天界目指して飛んで行く。
 二人に手を振って見送ると、アロウが行くかと俺を促した。
 俺は家に帰る道すがら、少し気になっていたことを聞いた。
「ねえ、アロウ」
「何だ」
「渡邊さんと権田さんは、それぞれ違う人と結婚したんだろ」
「そのようだな」
「天国で一緒になれるの?」
「人間界のしがらみは全てキャンセルされて、ただの一つの魂になるからな。どうなるかは本人次第だ」
「そっか……」
 今回俺が見たのは冥界の上っ面だけだったけど、俺の想像とはかなり違っていた。死神としては一応知っておいてよかったかな。


 * * *

「暇だね、アロウ」
 渡邊さんのツアーから一週間くらい経ったけど、全然申し込みが来ない。いや、一件あったんだけど、それは火星に行きたいというもので、魂に負担がかかり過ぎるからと許可が下りなかったんだ。

 いつものリビングで、小花模様のクッションを手に遊んでいると「退屈か」とアロウが背中から抱き寄せてきた。顔だけアロウに向けてキスを味わっていたら、そこにゴホンと咳払い。
「誰だよ、いい所で邪魔すんのは」
 アロウの背後でバサッと羽音がしたかと思ったら、黒い影がすーっと伸びた。
 九朗はとうとう切れたのか、それとも冥王様のところからいい事でも聞いたのか、睨んだ唇の端をニンヤリと上げて言った。
「お前ら、仕事を全部俺に押し付けていちゃつくな。いい加減、管理局に戻らないと、天帝を呼ぶぞ」
 あのオジサンは苦手だ。
 アロウも「それは困るな」と渋い顔をする。
「何で?」
「あいつは私よりも力がある。本気になれば勝てないだろう」
「へえ」
 俺は母親に似たのか、全然そういう能力がないんだけど、こういう場合はちょっと欲しいかなと思ってしまった。俺たちは九朗にせっつかれてしぶしぶ管理局に帰ったんだ。







 読んで下さってありがとうございました。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...