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番外編 あの世トラブルツアー 

四話

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 俺たちが見ていると権田さんはついと立ち上がった。手にバケツを持っている。
 そのまま建物の外に出て、公団のように建ち並ぶ建物の裏手へと向かった。
 そこには小高い丘のような山があって、権田さんはその山道を、バケツを持って危ない足取りで登って行く。
 山を登って少し降りたところに、流れの速い沢があった。権田さんはそこに降りて水を汲んでいる。
「原始的だね」
 沢まで下りるのにかなりの時間が掛かるのだ。俺が聞くと側に要るアロウが説明する。

「あの沢の水でないと、綺麗に磨けないのだ」
「あたし達は決してそれを教えないのよ。自分で気が付くまで放っておくの」
 アロウの短い説明をロクが補足してくれる。
 そうなのか。鬼だし親切じゃないよな。でも、この赤い鬼はすっごく親切なんだけど、何か矛盾しているな。

 沢の水にはなかなか手が届かないで、権田さんは木につかまり必死になって手を伸ばしている。渡邊さんはそれをハラハラと見ていた。
 権田さんがギョッと目を見開いた。川の水に渡邊さんが映っている。真っ赤な鬼に捕まっている。権田さんにはそう見えた。振り向こうとしてズルッと足を滑らせた。
「わああっ!!」
 権田さんはザブンと川に落ちたんだ。沢の流れは速かった。一番近くに居た俺が川に真っ先に飛び込んで、暴れる権田さんを抱え上げて、岸につかまらせたけど、俺は速い流れに飲み込まれてしまった。


 * * *

 水の中というのは、どうしても苦手なんだ。それに冥界の川は深くて暗い。沢は浅そうだったのに、速い流れに流されて、あっという間に深みに嵌ってしまった。
 どこをどう泳いだのか、むやみやたらと手足を動かして、やっと岸辺に辿り着いた。

 河原には綺麗な小石があって、岸辺には白い小さな花が一面に咲いている。冥界の岸辺の景色は皆一緒だ。
 違うのは船着場が無いことか。白い小花は向こうに見える丘の上まで、ずっと咲いている。
 丘の向こうに柱の黒い建物が見えた。黒い立派な柱が無数に立っていて、じっと見るとどうも宮殿のように見える。それもどこかで見たような…。

 思い出した。天国にある天帝の宮殿と非常によく似ている。柱の色が白と黒という違いだけで。
 ということは、ここは……。
 やばいんじゃないかな。俺はそこから飛び上がって逃げようとした。でも間の悪いことに、そこの住人が帰って来たんだ。
 逃げる間もなく銀の鬼が二人、俺の目の前に飛び降りた。
「ほう、このようなところに来るとは、見たところ死神のようだが」
 目の前に下りた銀の鬼が、俺を見て首を傾げた。随分と威厳のある感じ。天帝と同じ位の年頃とみた。
 じゃあ、この鬼が──。

「兄者。この者は知っている」
 後ろにいる鬼が言った。じゃあコイツがヤヴンだろうか。
「お、俺は、川に落ちてここに流れ着いたんだ」
 これ以上、ややこしいことになったら困る。早くアロウの所に戻りたい。
「川に落ちれば皆、此岸の桟橋に流れ着くようになっている。ここまで来られるとは、ヤヴン、どういう知り合いか」
 威厳のある鬼が、後ろを振り返って聞いた。


 やっぱりヤヴンなのか。じゃあ目の前に居るこの鬼が、アロウの親父……。
「私が目をかけていた死神だ。私を追ってここまで来たか」
 ヤヴンは俺を引き寄せて、芝居っけたっぷりに言った。
「兄者、こやつは私が連れて帰る」

 冗談じゃない。ヤヴンに連れて帰られるのは困る。けど──。
 威厳のある鬼が、上から下までジロジロと俺を見る。コイツも天帝と同じなのか、俺の身体はあまり自由がきかない。
 金縛りにあったような状態でアロウを呼ぼうかと考えたが、もしコイツが冥王でアロウの親父なら、ここにアロウが来たらどうなるんだろう。きっと親子喧嘩になってしまうよな。

 そう思ったら、とてもじゃないがアロウを呼べなかった。だって、こいつはアロウに跡を継いで欲しいと思っているだろう。だけどアロウは跡を継がないと言っていて、俺がその邪魔をしている張本人だものな。
 ヤヴンはそのまま俺を連れて行こうとした。アロウの父親に俺のことがばれるのはまずいが、このままヤヴンに引き摺られて行くのもヤバイ。ジタバタしようとしたが身体が動かせない。
 泣きそうな思いで威厳のある鬼を縋りつくように見たら、冥王らしき鬼は、ふと引き止めた。
「待て。どうも違う」


「何が違う。コイツはただの死神だ」
 ヤヴンは是が非でも、俺を引きずって行こうとしている。
「そういえば、天帝のところから、子供を一人攫った鬼がいたそうだが――」
 ヤヴンがぎくりと立ち止まる。
 冥王が指を鳴らすと、宮殿からカラスが飛んできた。カラスは羽を広げ、バサと羽音を響かせると、長い黒髪の男になった。威厳のある長い髭、長い黒髪をすっきりと後ろに流した、三国志にでも出てきそうな偉丈夫である。

 九朗やウキンとは、全然雰囲気が違う。偉丈夫は冥王らしき鬼の前に跪いた。
「何か」
「ヴァルファを呼んで来い」
「承知」
 偉丈夫なカラスが飛んで行く。
 アロウが来たらどうなるんだろう。俺はアロウと別れたくないけど、親の考えはまた別物だろうな。

 冥王は宮殿に向かって歩き出した。俺の足も、勝手にその後を追いかけて行く。ヤヴンがその後から追いかけながら言った。
「兄者。アレにはこの天の血を引く死神は荷が重い。私に寄越せば、八方丸く収まるではないか」
 確かに俺が身を引けば、八方丸く納まるだろうけれど、じゃあ俺の気持ちはどうなるんだ。大きな、大事な事の前には個人の感情なんて殺した方がいいのか。気持ちには何の力もないのかな。

 一番大事なことって、何だろう。
 俺が引き下がって、八方丸く収まって、でも、じゃあ、収まらなかった俺やアロウの感情は、どうなるのかな。
 だって俺は、アロウが側にいなくて、こんなに不安で、別れると思っただけで、こんなに胸が痛い。
 何度も別れを覚悟したけれど、もう覚悟なんて出来ないよ。
 どうしても、堪えようとしても心がアロウを呼んでしまう。

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