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三章 地区管理局でお仕事

二話

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 ピンクのフリルが付いた可愛らしいベッドの上、アロウの手が俺の股間を弄る。
「あんんっ……」
 耳に息を吹きかけて耳朶を甘噛みされる。優しい愛撫。蕩けた瞳で見上げると見下ろす瞳はアメジスト。長い銀の髪を指で弄ぶと、身体の中に入っているモノがグイッと暴れて仰け反った。

「ああん……、アロウ……」
 綺麗な顔で、まるで人形のように無表情に、ものすごく優しく丁寧な愛撫を俺の身体に施す。

 この家で、アロウは滅多に鬼にならない。
 殆んど手付きだと言ったよな……。

 この綺麗な顔でオフィスの他の連中とも寝たんだろうか。この優しい愛撫を他の連中にも施したんだろうか。
「何を考えている」
 目を開けると間近にある紫の瞳の中に俺の顔が映っている。俺はどんな顔をしている? そう思っていたら、アロウの形の良い唇が降って来た。牙は口の中に納まって殆んど分からない。角なんか影も形もない。

 深く舌の絡むようなキスを仕掛けられて、アロウの首に縋りつく。アロウの唇は頬から顎、首筋へと落ちてゆく。
「痛っ……!」
 紫の瞳がチラッと俺を見上げた。アロウが舌でチロッと舐めた俺の鎖骨の辺りに、赤い痕が付いていた。一箇所では足りないのか、首筋から下りて行った唇が胸から腰から、そこかしこに痕を付けてゆく。一旦出て行ったアロウのモノがもう一度俺の中に納まったときには、俺の身体は赤い花びらのような痕で一杯になっていた。

 アロウの律動が始まって俺はアロウの身体にしがみ付いた。ゆらゆらと揺さぶられて甘い夢に堕ちてゆく。熱い。身体が熱い……。
 でも、なんだか少し物足りないと思うのは何故だろう──。


 * * *

 出張の前に一旦本部に出勤した。準備をしているとアロウに来客があって、お茶を出す為に給湯室に向かった。ワイワイと話し声が聞こえてそっと覗くと、またお手付き連中が喧々囂々とやっていた。

「今回のご出張には、あの新米がご一緒ですって!」
「全く、馴れ馴れしい上にずうずうしいといったら!」
「私達のヴァルファ様の足を引っ張ったら、ただではおけません!」
「何処の馬の骨とも知れない死人のくせに……」

 俺はコホンと咳払いをしてそこに入っていった。そこにいた連中は一斉に黙ったけれど、また皆の視線が突き刺さる。背中や後頭部に視線の矢を突き刺されたまま、俺はお茶を入れた。
 俺、アロウに飽きられても、こいつらの仲間になるのだけは嫌だな。


 来客は銀の髪を後ろに流した渋い年配の男で、何処となくアロウに似ていた。死神は皆同じような格好をしているから、身なりでは身分が分からない。客は俺がお茶を出すとジーッと俺の顔を穴の開くほど見つめた。アロウがコホンと咳払いをして、男の視線が離れ、俺はやっとのことでそこから逃げ出せた。
 何者だろう。アロウの親戚かな。


 お客が帰った後で、俺たちはロシア支局に向けて出発した。
 俺たち死神は空を飛んでオフィスに出勤しているわけで、家に帰るときも、出かけるときも屋上からということになる。他の連中が見送る中を俺とアロウは屋上から飛び立った。

「俺、死神の仕事をしなくていいのかな?」
 アロウの後からよたよたと飛びながら、気になっていたことを聞いた。
「本部には管理職だけで一般の仕事をする者はいない」
 アロウは俺に合わせてゆるく飛びながら答えた。
「じゃあ、俺は?」
「お前は私の秘書だ。私は支局では仕事を手伝う事もよくあるから、お前にも私の仕事を手伝わせてやろう」
「本当?」

 俺は今はこうしてアロウに可愛がられているけれど、アロウに飽きられて捨てられたら一般の仕事をしたい。あのオフィスであいつらの仲間になるのは嫌だ。俺はどういう訳でか死神になろうと決めたんだから、仕事を手伝って覚えておかなくては。


 * * *


 アロウは自在に、そして速く空を飛ぶ事が出来る。でも俺はまだ慣れていなくて、アロウの後を必死になって追いかけた。アロウの長い銀の髪が流れて光がキラキラと零れ落ちる。

 前にもこんな風に必死になって追いかけたことがあったような気がする。そこはとっても怖い所で、銀の髪が靡いて逃げて、でも俺は……。

「どうしたんだ?」
 いつの間にかアロウは俺の側に戻っていた。紫の瞳が覗き込む。銀の髪がファサと優しく俺を抱き締めた。俺はアロウにしがみ付いた。よく分からない。分からないけれど胸が締め付けられる。俺は何で忘れてしまったんだろう。忘れたものを取り戻すにはどうすればいいんだろう。

 アロウは俺を抱き締めて、それから小脇に抱えた。スピードを上げ、一路サンクトペテルブルグへ向かって飛んだ。


 しかし、サンクトペテルブルグに到着したときには、アロウは二本の角と赤い瞳の鬼になっていた。俺はホテルのベッドに引き摺り込まれて、鬼と化したアロウに散々に甚振られた。紫の瞳の人形のときは物足りないと思ったけれど、鬼になったアロウに甚振られても、そりゃあ俺の体は燃えるけれど、燃え上がってカスカスになるけれど、なんだか心が満たされない。何でだろう。
 お陰で到着したその日は何処にも行けなかった。


 翌日やっとアロウに解放されて、ヨロヨロと行ったロシア支局で俺はジェーニャに再会した。

 ジェーニャは太った陽気なおばさんで歌が上手い。俺と同期の紅一点の死神で、学校の寮部屋も一緒だった。六人部屋の皆は一緒に卒業して離れ離れになったが、元気でやってるだろうか。

「私はこの支局にいるから、今日はジェーニャの仕事を手伝って来い。何かあったら呼べ」
 俺はアロウのお許しを得てジェーニャと街に飛び出した。街を走る運河。立派な宮殿。大きな美術館。そして劇場。

「どう七斗、調子は」
「うん、何とかやっているよジェーニャ」
「思い出した?」
「いや、まだ……」

 俺は卒業する前に一番大事なことを忘れてしまったんだ。それは死神になりたい動機で、同時にアロウのことも忘れてしまった。アロウはそのまま俺を側に置いてくれるけれど、俺は時々不安になる。心の中に穴が空いているようで。

「そう、あの方に七斗は夢中だったのよ」
「記憶をなくしても夢中みたいだよ」
「まあ、ご馳走さま」
 ジェーニャはそう言ってコロコロと笑った。

「私はここで歌姫をしていたの」
 ジェーニャはオペラ歌手だったと言う。声に不思議な魅力があって売れたけれど、外国に遠征に行く途中の事故で死んでしまった。

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