上 下
16 / 45
二章 死神養成学校

七話

しおりを挟む

 俺はルームメイトと話が出来るようになったが、半魚人とだけは話が出来ないまま初級コースは終わって、皆で中級コースに進んだ。アロウにはあれから会っていない。

「こんないい加減でいいのか?」
「人手不足だし、なり手が少ないし、いいんじゃないのー」
 そう言ってにっこり笑ったロクの横には、中国のお化けだったユーシェン、俺の隣にはおばさんのジェーニャが座っている。

 人手不足って、もしかしてアロウは人員募集の為に俺を……、とか何とか余計な考えが浮かんでくる。
 天使のオセはあれから俺を睨みつけるが何も言って来ない。アロウは来ないし様子を見ているのかな。

「語学は中級でも引き続き教えますから、心配要りません」
 ニコニコ笑ってそう答えたのはエイファ教官で、今日は中級のオリエンテーションをしているんだ。

「中級になると午後から一限増えて四限になります。語学の他に生物学、科学。歴史に地理は今まで通り。それから音楽にダンス。それから、それから……。ああ、水中歩行術がはじまります」

水中歩行術って何だ……?


 半魚人がいるって事は、つまり海の中に住んでいる人間がいるってことだよな。だから、彼らを迎えに行く奴もいるということで……。
 死神は人手が足りなかったら、山の上だろうが海の中だろうが、手伝いに行かなければならない。だから、海の中へも行けなければいけないということか。
 しかし、俺は泳ぎはあまりというか全然得意じゃないんだが……。

 不安な俺の気持ちを置いてけぼりにして時は過ぎてゆき、中級コースが始まった。

 ダンスの時間には俺はタンバリンを持って踊った。シャラランとタンバリンを振ると何故か踊りだしたくなるんだ。生前の俺ってダンスなんか得意じゃなかったんだけど、今は身体が軽くて跳躍すると何処までも高く飛べそうなんだ。

 中国人のユーシェンの踊りはカンフーぽくってかっこいい。シュッシュッシュと長い手で空を切り裂き、ダンッと地を蹴って高く高く跳躍する。細かい動きはまだ少しギクシャクしているけれど、力強いダイナミックな動きのときは目を見張るものがある。

 ユーシェンに見惚れた天使のオセが、ハッと気が付いてフンと拗ねたように顔を背けた。
 おばさんのジェーニャは太った身体でストレッチ体操をする。ジェーニャがジャンプするたびに床がドワン、ドワンとへこむように思うのは気のせいだろうか。

 鬼のロクは剣の舞を踊ってみせた。この時ばかりはロクが本当の鬼に見えた。いや、時々俺はロクが着ぐるみを着ているみたいに思えるんだ。半魚人はフラダンスを踊り、天使のオセは優雅に天人の舞いを披露した。


 水中歩行術は海に行く訳ではなく、学校のすぐ近くにある大きな湖で勉強するようだ。時間になると俺たちはそこに行って、プールの時間よろしく湖の前で準備体操をして飛び込むのだった。

 生前の俺は泳ぎがあんまり得意ではなかった。水の中はやっぱり勝手が違う。纏わり付き絡みつく水が気持ち悪くて上手く潜れず、すぐ浮かび上がってしまう。他の皆も勝手が違うようで、半魚人一人だけが楽しそうに潜っているのを眺めていた。

 しかし、出来なければ死神になれない訳で、何度か勉強するうち、次第に皆は慣れて段々深く潜っていくようになった。俺ひとりがいつまでたっても深場に行けなくて、湖面でバチャバチャやっていた。


 そんなある日だった。湖面で一人泳いでいる俺の足を誰かがグイッと引っ張った。深みへと引き摺りこまれて慌てた。
 誰だと思って足元を見ると、俺の足を掴んでいる半漁人を見つけた。

「やめ……ゴボッ……」
 水がガバと口の中に入ってくるような気がした。
 息が出来ない。いや、息をしているのか? とにかく苦しい。恐怖心が際限なく増してゆく。藻掻いている俺の足を、半魚人は際限なく深みへ深みへと引っ張ってゆく。ゴボゴボゴボと身体中に水が入ってくるようだ。
 意識が飛んでいきそうになって「アロウ──!!」と叫んだ。


 目の前を鈍い銀の光が過ったような気がした。突然身体を抱きかかえられ、水面に向かって力強い腕が掻いた。銀の髪が見えて、俺はその腕にしがみ付いた。
 湖面に抱え上げられてアロウを見上げる。すぐあとから半魚人が浮かび上がって、俺を指差し何か文句を言った。アロウは俺を抱いたまま、物も言わずに半魚人の頬を平手でバシッと張り倒した。半魚人はごぼごぼと水の中に落ちて行った。

 アロウは水から出ると俺を抱えて飛び上がった。湖面に仲間達が浮かび上がって、驚いたように見ている。


 そのままアロウは俺を抱いてこの前の小さな家に行った。ベッドに下ろされて、アロウと言いかけたけれど、声が出ずにゴホゴホと咽た。アロウが俺の背中をさすってくれる。

 怖くて、でも助けてくれたのが嬉しくてアロウの首に抱きついた。アロウが優しく額に頬に鼻にそして唇に、キスを落としてくれる。
 会いたかったんだ、アロウ。すごく会いたかったんだ。でも、あんたは本当は誰なんだ?

 キスをしていると身体の方が燃えてきた。アロウは俺の服を脱がしてベッドに横たえ、覆い被さってきた。
 銀の帳が下りてくる──。
 あんたが誰で、どんな奴で、どんな名前でもいい。俺はあんたの側にいたいんだ……。

 アロウのモノが少し性急に俺の身体をこじ開けて入ってくる。久しぶりのその質量を俺は身体を開いて受け入れた。
 あんたが俺を助けてくれた事も、あんたが俺をこんな風に貫くことも、こうやって一緒に燃え上がってゆけることも、俺にはすごく嬉しい事なんだ。

 アロウは俺を抱き締めて激しく突き上げてくる。
 ああ……、アロウ……。あんたが好きだよ……。


「アロウ……、助けに来てくれたんだね」
 アロウの腕枕、俺は銀の髪を弄びながら呟いた。天井を見ていた紫の瞳が俺の上に降りてくる。

「七斗、もう止めないか」
 真剣な瞳が言う。
 どういう意味なんだ……。

「アロウ! 何でだよ。俺はあんたと一緒にいるために、こうして頑張っているのに」
 紫の瞳は何も答えない。人形のような顔には表情らしきものは何も見えない。いや、俺が見ようとしないだけか。少し困惑したような顔、顰めた眉。
 先程までの熱いひと時が嘘のようだ。


しおりを挟む

処理中です...