ピンクの髪のオバサン異世界に行く

拓海のり

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23 王都魔獣博物館

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 情けなくてベンチにぐたりと座り込んでしまった。そのままぼんやりとしていると、誰かがこの小道を歩いてくる。私が来た方と反対の方からだ。
「やあ、君は」
 どこかで聞いた声に顔を上げると、縦襟の紺の軍服姿の背の高い男がいた。白いカラーをクラバットで巻き、太幅のベルトに剣を佩き、襟と袖口には金糸銀糸の刺繍が施されて、肩に濃いグレーのローブをかけている。舞踏会でダンスを踊ったあの人だ。

「また会ったね──」
「この前はありがとうございました──」
 お礼を言わなければという気持ちが、彼の言葉と被った。襟足までの淡い金の髪に切れ長の濃い青い瞳がじっと私を見る。

「どうしたんだ、元気がなさそうだな」
「いえ、ちょっとこの世界に嫌われているのかなって」
 泣きそうな所を見られたかしら。みっともない顔を見られたかしら。
「よかったら、これから街に行かないか?」と彼は思いもかけない事を言う。
「私、この街を知らないです。だからご案内できませんわ」

 思えばずっと、この国に来てからも軟禁状態だった。学校に通っていたし、王宮にも行ったけれど自由というものはなくて、でも自由になってもどこに行っていいか分からないし、何がしたいということもない。自分で何かしようとしたかしら。
 私はこの世界に来てから、立ち竦んだまま流されっぱなしだ。

「大丈夫。私は時々来るんだ、君を案内しよう。ひとりだとつまらないだろう?」
「そうですわね」
 いいわよね、警報も鳴らないし。
「じゃ、早速行こう」

 結構強引な彼に手を引かれて、ベンチの側からそのまま手を繋いで歩く。木立の間を縫って行くと小さな門がある。守衛がいるが彼は顔パスでそのまま通ると外に馬車が待っていた。

「ここは?」
「裏門だ。王族専用なんだ」
「いいのですか?」
「アレひとりが使うのも、勿体ないだろう」
 アレって誰だろう。っていうか、この方の名前も知らないし。聞いてもいいのだろうか、この方は殿下と呼ばれる方なのだけど。
「その、私あなたのお名前も存じ上げません」
 彼は少し驚いた顔をしたけれど、嬉しそうに笑って名前を告げる。

「私はヴィルヘルム──。ヴィリと呼んでくれないか」
 名前を全部言わないのね。そういや令嬢方も殿下ってだけで名前で呼んでいなかったし、愛称呼びできる分私の方が上?
 こんな他愛もない事で、落ち込んでいた気分が少し浮上する。
「それで、君は?」
「あ、失礼を。私はハルデンベルク侯爵が娘エマでございます」
「そうかエマ嬢、ここは人がいないから密会に丁度いいと思わないか」

 密会。そういえばアンドレアス殿下とゾフィーア様もここで密会していたんだな。ここを密会の小道とでも名付けようか。チラリと裏門を振り返る。門の向こうは木が立て込んでとても道があるように見えない。図書館から見た時も道があるように思えなかったし、擬装の魔道具が設置してあるのだろうか。


 私たちは外で待っていた馬車に乗り込んで、彼は王都をあちこち案内してくれた。王都の中央広場と市場と市庁舎。王立劇場と音楽堂に教会。巨大な像が入り口に鎮座している王都博物館と図書館。どの建物も立派で市民が行き来している。平和で戦争の気配はかけらも感じない。

「あれは?」
 黒っぽいどっしりとした建物にガラスのショーウィンドウがあって何かの像が置かれている。それは街路や広場にある銅像とは違うようだ。
「ああ、降りて見てみるかい」

 私が像に興味を持ったのをみて、ヴィリ様は博物館に馬車を寄せる。
 馬車を降りる時、真新しいローブを渡してくれたので首を傾げると「制服姿だと目立つだろう」とローブを着せかけてくれる。学校をサボっているのが丸分かりだった。チロリと舌を出すとヴィリ様が苦笑する。

 立派で重厚な王都博物館には古代の彫像や出土品などに混じって魔物や魔獣の剥製が飾ってある。そして一番目を引くのが吹き抜けの玄関ロビーにでんと構えている魔獣だった。
「あの玄関にいるのは何という魔獣ですか?」
「あれはクロウニュクスという魔獣だ」

 大きな翼が天に羽ばたき、翼にある鉤爪が襲い掛かるように開かれている。口は大きく開かれギザギザの牙が幾つも生えて、どっしりとした足には鱗があり鋭い爪が生えて、長い尻尾は鱗に覆われグルンと巻いて、羽根のある恐竜みたいだ。

「あの鉤爪で襲い掛かり牙で人を食らう。身体は頑丈で普通の剣では傷をつけることもできない」
「どうやって捕らえたのですか」
「動物園で雛の時から飼っていた。成獣になる前に弱って死んだので、こうやって剥製にして飾ってある。人懐こい個体だったようだ」
 羽を入れれば十メートルぐらいありそうな巨体だ。これで幼獣なのか。全体に鷲のような焦げ茶の羽で覆われていて、顔を見るととても獰猛そう。こんなの動物園で飼うの?

「そうなんですか。とても強そうなので、ものすごい死闘でやっつけたのかと」
「そうだな、人間同士の死闘とは違うだろうな」
 少し苦い顔で言う。

「大陸の東の果ては魔王の所為で、亀裂がとても深くて魔素も吹き荒れ、長らく人が住めなかったという。しかし、東の方に流れて住み始める人々が現れて、二百年ほど前から調査隊の派遣を始めて、幾つかの国が出来ていると確認された。向こうは魔素が濃い所為で強い魔物もいるようで物好きな貴族が卵を持ち帰ったのだ。こちらは魔素が薄いから大きな魔物が来ることはない」

 そうなのか、魔王は大陸の東側で滅んだのね。向こうは魔素が濃いのなら強い魔物が一杯いるんだろうな。キリルの鳥は小さいから魔素が少なくても生きていけるのかな。私の頭の上で囀っていた小鳥を思い出す。

 ぼんやりとそんな事を考えているとヴィリ様が言った。
「この前、戦場でキリルが閃光弾を使ったんだ」
「はい?」
 いきなりキリルの話が出て首を傾げる。大体戦場って? この前って?
 私がキリルと話したのはこの国に来る途中で、そんなに昔じゃない。
「君が教えてくれたと言った」
「キリル様とお知合いですか?」ヴィリ様に聞くと「友人だ」という。私が話したのはゲームの話で銃の知識なんかない。ヴィリ様は私を見ながら続けた。

「我々の隊は訓練の行き届いてない新兵やら敗残兵やら他国の兵士を宛がわれて人数も少なかった。対して敵は大所帯で将校も多く練度も高かった。弱い隊から敵に潰されていって、追い詰められた。それで、閃光弾をお見舞いした」

 閃光弾。ヴィリ様はローブのポケットからサングラスを出してかけた。丸くて黒いレンズのそれはヴィリ様にとても似合う。似合うけれど──。

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