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本編
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しおりを挟むあの青年エルフはウェード・マッカイスという名らしく、啓介達はマッカイス家にお邪魔して、空いている部屋がないからとウェードの部屋を借りることになった。ウェードは医者だが診療所は持っていないらしく、自宅訪問で診察するのが常らしい。
ウェードは見た目は二十歳程度だが、実年齢は三十歳らしい。ウェードの両親がどう見ても二十歳前後だったので、驚いて思わず年齢を訊いてしまった。両親は五十代だというから更に驚きだ。エルフってすごい。
「魔力欠乏症? ですか?」
「ああ、そうだ」
「ええーと、それってどういう?」
ベッドで寝ている修太から視線をずらし、額に濡らした布をかけてやっているウェードに問う。
「カラーズにたまに見られる体質的欠陥の病名だ」
ウェードの言葉に、行儀良くベッドの下に座っていた猫姿のフランジェスカが首を傾げた。どうやら知らないらしい。
「カラーズは鮮明な色を持って生まれて、その為に魔法を使えるし、魔力も多く持っている。それは魔力に左右される存在であるという意味でもある。魔法を使える状態なのに、魔力が何らかの理由で減りやすい、または減る傾向にあって足りなくなるカラーズのことを、魔力欠乏症というんだ」
「魔力が無くなったらどうなるんです?」
「普通はそこで気絶して休息モードに入るが、酷い場合は死に至ることもある。魔力というのは、カラーズにとっては生命力に近いものだからな。……常識だぞ」
さりげなく付け足された言葉にうっと詰まりつつ、更に質問を重ねる。
「治るんですか?」
ウェードはきっぱりと首を振る。
「いや、治らない。だが防止することは出来る。たいていは酷い状態になる前に、魔力のこめられた石や宝石から魔力を補給する。もしくは魔力混合水の服用だな」
「………。よく分からないけど、治療してやって下さい」
「勿論そうする。ちょうど、昨日、ノコギリ山脈からの湧水をくんできたばかりだ。魔力混合水ならあるから、それでいいな」
湧水と魔力コンなんちゃらがどういう関係があるのかよく分からなかったが、啓介はそれで治るのならと頭を下げた。
「はい、お願いします」
*
翌朝。
見知らぬ部屋で目を覚ました修太は、啓介から事情を聞いて瞠目した。
「魔力欠乏症……。ここに来て、病弱キャラになるとは」
「まあ、大層な病気じゃなくて良かったじゃないか。ねえ、フランさん」
「そうだな。私達にうつる心配もない」
「………」
うん、別にこいつからの気遣いの言葉なんか期待していない。
啓介の説明によると、水にはたいてい微量の魔力が含まれているらしく、その魔力の量が多いのが魔力混合水なのだという。多量に魔力を含む天然の魔力混合水は湧水に多い為、修太にはノコギリ山脈の湧水が治療薬代わりに使われたのだそうだ。
「〈黒〉はモンスターに対する鎮静作用のある魔力を持つからな、自然に魔力を垂れ流してるから、魔力欠乏症になりやすい。そう悲観するな」
部屋の木製の扉が開いて、ウェードが顔を出した。
初めて見るエルフに感心しつつも、昨日のことを思い出すと苦笑いが出てくる。けれど助けてくれたのがこの青年なので、礼を言って頭を下げた。
「子ども相手だから特例だ。いつも人間を助けるわけではないから、勘違いするなよ」
ウェードは釘を刺し、手にした緑色のどろっとした液体入りのグラスを修太の方へ突き出した。
「さ、飲め。薬草ジュースだ。魔力吸収を助ける薬草入りだ。水も魔力混合水だ」
「……ありがとう。の、飲むよ」
頬を引きつらせ気味に半身を起こし、ジュースとは名ばかりの青汁を受け取る。そして、グラスをじっと見つめてから、覚悟を決めて一気に飲み干す。
「ううっぷ。くぅぅ」
なんともいえない苦みと青臭さ。あまりの不味さに吐きそうになるのを口を手で覆って防ぐ。冗談ではなく涙目になっている自信がある。
雑草を適当に煮込んだような、とにかく色々と最悪な味だ。
「一気飲みなんて、すごいな。皆、嫌そうな顔してチビチビ飲むんだが」
感心した様子で顎を撫でているウェードを、そうだろうと思いつつ見やる。何も反論出来ないのは、口を開いたら吐きそうになるからだ。
「よし。薬を飲んだなら、しばらく休んでれば良くなるだろう。今日も泊めてやるが、明日は出ていけよ」
ウェードはそれだけ言うと、グラスを回収して部屋を出て行った。
「良かったな、シュウ。良い人に出くわして」
修太はうろん気な目で啓介を見る。口元を手で押さえたまま、言葉をひねり出す。
「……良い人か?」
啓介は大きく頷いた。
「ああ。困ってるところを助けてくれた。十分、良い人だ。それに、ここの村の人は筋金入りの余所者嫌いみたいだ。皆に怖い目で睨まれた。それを考えると、良い人だろ」
「そうだな」
そう聞くと、確かに良い人に思える。
「今日一晩はいてもいいって言うんだ、それで十分じゃないか。だろ?」
「ああ」
修太は頷いて、寝台に横たわる。毛布を引き上げて被ると、啓介が言う。
「この辺に塔はないかって、村長さんに訊いてみたら、塔はないけどちょうどノコギリ山脈の中腹に遺跡みたいなものがあるって教えてくれた。治ったら、とりあえずそこを目指さないか?」
流石、啓介。行動が早い。
修太は頷く。
「ああ、それでいいよ」
「魔力混合水が必要ならさ、ついでにノコギリ山脈の湧水を水筒に汲んでいけばいい。指輪に入れておけば重くないだろうし」
「お前……ほんと頭の回転良いよな」
感心しきりに頷いていると、啓介は首を傾げる。
「必要だからそうしてるだけだ。どっちにしろ、俺らは一蓮托生だろ?」
「ああ、そうだな……」
修太は肯定しながら、目を閉じる。眠くなってきた。
「気にしないで休んでろ。俺はウェードさんの手伝いしてる」
「………わかった」
声になったか分からないが、修太は小さく返事する。そして、ふっと眠りに落ちた。
*
次の日。
目が覚めると部屋には誰もおらず、修太は寝台の足元に引っかかっていた黒のポンチョを着てフードを被る。昨日の服装のままだから、外套だけ脱がせたというところだろう。
どうやらこの土地は家に土足で入るようだ。寝台脇に靴が揃えて置いてあったので、それを履いて部屋を出る。
「啓介……? フラン……?」
部屋は二階にあり、階段を下りて一階まで行くが、誰もいない。
啓介やフラン、ウェードを探して外に出ると、左手に倉庫が見えて、そこの引き戸が半開きになっていた。
あそこだろうか。
「おはようございます」
声をかけながら、戸を開いて中に入る。
「あれ? ここにもいない……」
修太はきょとんと室内を見回す。
倉庫の隅に木材と不思議な光沢の白い粘土などが積み重ねられていて、倉庫の真ん中には配線などが見えるバイクらしき機体が置いてあった。
「バイクか……? 変わった形だな」
興味を惹かれた。高校在学中は手が届かないけれど、卒業したら大型バイクの免許を取得して、好きなバイクを金を貯めて買うのを目標にしていたのだ。こんな所に来ては、それも叶わないが……。
「あれ、タイヤがないな」
機体に近寄って観察してみて、タイヤがはまっていないのに気付く。周りを見ても、それらしいものは見当たらない。
(どうやって動くんだ? 燃料も何だろう、オイルのにおいはしないし……)
あの独特のにおいが無いことが不思議だ。
首を傾げてみたものの、エルフなんてものがいるのだから、知らない燃料くらい存在してるんだろうと納得する。
「それに興味があるのかい」
後ろから質問が飛んできて、修太は悪いことをしていたわけではないのにびくっとし、反射で振り返る。
戸口に、小麦色の髪と鈍い黄色の目をした偉丈夫が立っていた。ウェードと同じく尖った耳をしていて、芸術そのものの綺麗な顔立ちを驚きに染め、わずかに首を傾げている。修太の目には二十歳前後に見えた。
「勝手に入ってすみません。連れを探してて……。家にも誰もいないし、どこに行ったかご存知ないですか?」
倉庫に許可なく入ったことを叱られる前にと、急いで謝る。
「ああ、ハルミヤ君とフランジェスカ君なら、エトナと水汲みに出たよ。エトナっていうのは私の妻で、ウェードの母親だ」
修太は、男の発音が片言だったので、一瞬、ハルミヤが誰のことを指すのか分からず、目をパチクリさせる。
(……ああ、春宮、ね。啓介の苗字か。誰のことかと思った)
遅れて気付く。
それから、男を見上げて首を傾げる。
「それじゃあ、お兄さん? は、あの医者の先生のお父さんっていうことですか?」
「ああ」
「……本当に? あんな歳の子供がいるように見えませんが」
二十代の息子がいるということは、この男は四十代近いか四十代ということになる。とてもそうは見えない。啓介はこの男が五十代であるとウェードから聞いているが修太は聞いていないので、妙な冗談を耳にしているような気分になった。
「エルフは二十歳になると外見年齢が止まるからな。人間はたいていそんな風に驚く」
「そうですか」
修太は適当に相槌を打ちながら、女性が聞いたら羨ましがるか敵視してきそうだと思った。
「ところで、私はセス・マッカイスというのだが、君の名を聞いても?」
「塚原修太です」
「ツカ……?」
「塚原修太。修太でいいです」
「シューター君か」
修太は首を振る。
「いえ、修太です。修太。タで止めて下さい」
「シューター」
「しゅうた」
「……シューター」
「……もういいです、それで」
訂正するのに疲れ、好きなように呼んでくれとハングアップする。フランジェスカに引き続き、またこの遣り取りをするはめになるとは。ここの人間にはそんなに難しい発音なのか。
セスは気を取り直したように咳払いをしてから、問う。
「シューター君、魔動機に興味があるのか?」
「オートマ?」
「それだよ」
怪訝な顔をする修太に、セスは顎で修太の背後を示す。どうやら、バイクのような形をした機体のことらしい。
「バイクっぽいけど、タイヤが無いから違うのかな」
先程から気になっていたことを呟く。しかし、聞いていなかったセスは、自慢げに魔動機について語りだした。
曰く、魔動機は、非力なエルフ達が知恵を磨いて作りだした、生活を楽にする為の機械だということ。
曰く、カラーズの属性ごとの魔力で動く為、最初に設定した属性の人間にしか使えないこと。
曰く、この魔動機はバ=イクという名前の乗り物であること。
バ=イクなんて、発音が違うだけで名前はほぼ同じだ。変な所で似通ってるのだなあと妙に感心しながら、セスが始めた魔動機とエルフ自慢に、修太は大人しく耳を傾けた。
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