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第一部 邪神の神子と不遇な王子
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しおりを挟む聖堂から歩いてすぐのところに、目当ての酒場はあった。
民家よりも造りが横に広く、扉の上には木製の看板が下がっている。ワインボトルとグラスの絵が彫り込んであるので分かりやすい。
「アリサ、絶対に僕から離れないように。よっぱらいはたちが悪いので、気を付けないといけませんから」
「分かったわ」
慎重に注意するレグルスに、有紗は素直に頷いた。
中に入ると、いくつかの丸テーブルには、ぽつぽつと人影があった。
まだ日が明るいうちに酒を飲んでいるのは、有紗にとっては驚きの光景だ。荒くれ者がそろっているという雰囲気もない和やかさなので、ここではこれが普通なんだろう。
周りを見回し、レグルスが奥の席を指差した。
くすんだ金髪の男が、入口を見るような席についていて、軽食をつまみにしてワインをゆっくり飲んでいる。
有紗がこくりと頷くのを確認してから、レグルスはそちらに歩いていく。
「やあ、ガイウス」
「ん? あっ、これはレグルス様っ。こんな所にいったいなんのご用で?」
ガイウスはレグルスに気付くや、慌てて椅子を立って敬礼した。
くすんだ金髪は後ろで一つに束ね、鋭い目は緑色をしている。無精ひげがあるので野暮ったい雰囲気だが、大柄で身長が高く、いかにも武芸者という感じがする。
「座っても?」
「どうぞ!」
ガイウスの返事に、レグルスは椅子を引いて有紗を座らせてから、その隣に座った。
「ありがとう、レグルス」
「どういたしまして」
有紗とレグルスを、ガイウスはなんとも言えない顔で見比べる。興味はあるようだが、すぐに目をそらした。
「あのぅ、もしかして……俺も解雇されるので?」
どこか諦めた空気を混ぜながら、ガイウスは率直に質問した。レグルスは首を振る。
「いや、お前は真面目に働いていただろう?」
「では、なんのご用で……?」
レグルスはそれを手で押しとどめ、先に飲み物を注文した。ワインとレモン水だ。店主はすぐに飲み物を運んできた。
「えっと、レグルス。私、飲めないんだけど……」
「しかし同席しているのに、あなたの前だけ何もないのは変でしょう? 気にしないでください」
「ありがとう」
ささいな気遣いがうれしい。有紗は会釈とともに礼を言った。
レグルスがグラスを差し出すと、ガイウスは恐る恐る乾杯した。少し飲んでから、レグルスは切り出す。
「ガイウス、君は元々近衛騎士をしていたそうだね」
「ぐっ、な、なんでそれをっ」
少しせきこんだガイウスは、まずいものを飲み込んだような顔をした。
「聖堂で聞いたんだ。ちょうど君みたいな元騎士を探していてね」
「はぁ、どういう意味です?」
「怪我や病気がもとで引退して、落ちぶれている騎士だ」
「……ひどい言い草だ。その通りですがね、俺みたいな奴だって傷つくんですよ?」
少し冗談交じりに返したが、ガイウスの目には、手負いの狼みたいにすさんだ光が浮かんだ。
「どうして怪我を? 戦闘で?」
「……いえ、御前での槍試合です。俺はまだ若くて調子に乗ってた。まさか落馬して、足の靭帯を痛めるとは思いもしなかったんですよ。大人しくしてりゃあ、それなりに治るはずだったのに、無茶をして回復が遅れちまって……。それでこの通り、戦にも出られません。門番みたいな立ち仕事なら耐えられるんですがね」
ガイウスは深い溜息をついた。
「槍試合ってあれ? 槍を持ったまま馬に乗って……」
「ええ、そうです、アリサ。互いに槍ごとぶつかりあって、弾き飛ばしたほうが勝ちですね。危険な試合なので死者が出ることもありますが、人気があります」
有紗はフードの下で、思い切り顔をしかめた。なんでそんな危ない試合をしたがるのか、さっぱり分からない。
「実家には帰らないんですか?」
レグルスが問うと、ガイウスはやけになったみたいに頬杖を突いて、つまらなさそうに返す。
「どうせ聖堂の連中に聞いたんでしょう? 情けなくて帰れませんでした」
「盗賊になったことは?」
「ありませんよっ」
今度こそ腹が立ったのか、ガイウスは怒鳴るように返した。
「俺はプライドばっかり高いんです。正義に反することはできませんっ。そのせいで怪我の完治も待たずに動いちまって、仕事も続かなくて、あちこちの領地を転々としてきました。最後に流れ着いたのがここですよ。大きな事件もないので、おかげさまで足の調子も良いです」
皮肉をたっぷり込めて言い放ち、ワインをあおる。
「で、そんなしょうもない奴を探して、どうするんです?」
レグルスは静かに微笑んだ。ガイウスの態度などまったく気にしていない。
「その前に。君は私をどう思っているのか、正直に聞かせてくれ」
「……クビにしません?」
「しない。光神に誓う」
「それなら」
ガイウスは勇気が出たのか、口火を切る。
「最初は団長の――ロズワルドの野郎の言う通り、ボンクラかと思いました。だってあんなボンクラ騎士を野放しにしてるんですよ? 統率もしないんじゃあ、主人としての程度が知れるってもんです」
有紗はムッと口を引き結ぶ。しかしレグルスが手を出して、有紗を止めるので何も言わない。
「それで?」
レグルスが続きを促すと、ガイウスはにやりと笑う。
「それが一夜で見る目が変わりました。まさかいっせいに大掃除とはね! やはり女がいると変わるんですかねえ。殿下もいっぱしに男なんですね。俺の父を見ているみたいで、親近感が湧きましたよ。母にベタ惚れで、良いところを見せようとそりゃあはりきって……」
ガイウスは自分の口を叩いた。
「おっと、すみません、軽口が出ちまった。こりゃあ眠れる獅子を起こしたってやつじゃないかと、これからどうなるか楽しみですよ」
「そうか。それなら、私が王位を得るために、貴公の力を貸してくれないか」
「……え?」
レグルスの問いに、ガイウスはきょとりと瞬きをする。
「いや、だから、俺は足を怪我していて……」
「それが治せるとしたら? 私に忠誠を誓えるか?」
「そ、そりゃあ……」
ガイウスは迷ったように視線をさまよわせたものの、そこで急に真顔になった。背筋を正して答える。
「しかし悪魔の手を借りるってんじゃあ、俺は頷けません。罪のない者を傷つけるような真似はしたくありません。それでは信仰に反しますのでね」
有紗は感心した。プライドが高いと自負するだけあって、こんなところまで誇り高い人のようだ。ガイウスの答えは及第点だったようだ。レグルスの口端が笑みをえがく。
「アリサ、どうですか」
「良いと思う。あの怒鳴っていた人と違って、ずっと誠実で良い人だわ」
有紗は期待に胸をふくらませる。こんな人がレグルスを守る騎士になったら最高だ。
「では、続きは城で話しましょう。非番のところすまないが、話に付き合ってくれ」
「はっ、畏まりました」
すかさず立ち上がって、ガイウスは敬礼をする。そして懐から財布を取り出すのを、レグルスは止めた。
「いや、休みに邪魔をしたわびに、ここは私が出そう」
「ありがとうございます。あの……最後まで飲んでいっても?」
「そうだな。せっかく出してくれた主人と酒にも失礼だ」
結局、二人ともワインを一杯飲み干した。有紗がレモン水を飲まないのを見て、ガイウスはレグルスに許可をとってから、そちらもあっという間に飲み干してしまった。
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