邪神の神子 ――召喚されてすぐに処刑されたので、助けた王子を王にして、安泰ライフを手に入れます――

草野瀬津璃

文字の大きさ
17 / 125
第一部 邪神の神子と不遇な王子

 6

しおりを挟む


 聖堂から歩いてすぐのところに、目当ての酒場はあった。
 民家よりも造りが横に広く、扉の上には木製の看板が下がっている。ワインボトルとグラスの絵が彫り込んであるので分かりやすい。

「アリサ、絶対に僕から離れないように。よっぱらいはたちが悪いので、気を付けないといけませんから」
「分かったわ」

 慎重に注意するレグルスに、有紗は素直に頷いた。
 中に入ると、いくつかの丸テーブルには、ぽつぽつと人影があった。
 まだ日が明るいうちに酒を飲んでいるのは、有紗にとっては驚きの光景だ。荒くれ者がそろっているという雰囲気もない和やかさなので、ここではこれが普通なんだろう。
 周りを見回し、レグルスが奥の席を指差した。
 くすんだ金髪の男が、入口を見るような席についていて、軽食をつまみにしてワインをゆっくり飲んでいる。
 有紗がこくりと頷くのを確認してから、レグルスはそちらに歩いていく。

「やあ、ガイウス」
「ん? あっ、これはレグルス様っ。こんな所にいったいなんのご用で?」

 ガイウスはレグルスに気付くや、慌てて椅子を立って敬礼した。
 くすんだ金髪は後ろで一つに束ね、鋭い目は緑色をしている。無精ひげがあるので野暮ったい雰囲気だが、大柄で身長が高く、いかにも武芸者という感じがする。

「座っても?」
「どうぞ!」

 ガイウスの返事に、レグルスは椅子を引いて有紗を座らせてから、その隣に座った。

「ありがとう、レグルス」
「どういたしまして」

 有紗とレグルスを、ガイウスはなんとも言えない顔で見比べる。興味はあるようだが、すぐに目をそらした。

「あのぅ、もしかして……俺も解雇されるので?」

 どこか諦めた空気を混ぜながら、ガイウスは率直に質問した。レグルスは首を振る。

「いや、お前は真面目に働いていただろう?」
「では、なんのご用で……?」

 レグルスはそれを手で押しとどめ、先に飲み物を注文した。ワインとレモン水だ。店主はすぐに飲み物を運んできた。

「えっと、レグルス。私、飲めないんだけど……」
「しかし同席しているのに、あなたの前だけ何もないのは変でしょう? 気にしないでください」
「ありがとう」

 ささいな気遣いがうれしい。有紗は会釈とともに礼を言った。
 レグルスがグラスを差し出すと、ガイウスは恐る恐る乾杯した。少し飲んでから、レグルスは切り出す。

「ガイウス、君は元々近衛騎士をしていたそうだね」
「ぐっ、な、なんでそれをっ」

 少しせきこんだガイウスは、まずいものを飲み込んだような顔をした。

「聖堂で聞いたんだ。ちょうど君みたいな元騎士を探していてね」
「はぁ、どういう意味です?」
「怪我や病気がもとで引退して、落ちぶれている騎士だ」
「……ひどい言い草だ。その通りですがね、俺みたいな奴だって傷つくんですよ?」

 少し冗談交じりに返したが、ガイウスの目には、手負いのおおかみみたいにすさんだ光が浮かんだ。

「どうして怪我を? 戦闘で?」
「……いえ、御前ごぜんでの槍試合です。俺はまだ若くて調子に乗ってた。まさか落馬して、足の靭帯を痛めるとは思いもしなかったんですよ。大人しくしてりゃあ、それなりに治るはずだったのに、無茶をして回復が遅れちまって……。それでこの通り、戦にも出られません。門番みたいな立ち仕事なら耐えられるんですがね」

 ガイウスは深い溜息をついた。

「槍試合ってあれ? 槍を持ったまま馬に乗って……」
「ええ、そうです、アリサ。互いに槍ごとぶつかりあって、弾き飛ばしたほうが勝ちですね。危険な試合なので死者が出ることもありますが、人気があります」

 有紗はフードの下で、思い切り顔をしかめた。なんでそんな危ない試合をしたがるのか、さっぱり分からない。

「実家には帰らないんですか?」

 レグルスが問うと、ガイウスはやけになったみたいに頬杖を突いて、つまらなさそうに返す。

「どうせ聖堂の連中に聞いたんでしょう? 情けなくて帰れませんでした」
「盗賊になったことは?」
「ありませんよっ」

 今度こそ腹が立ったのか、ガイウスは怒鳴るように返した。

「俺はプライドばっかり高いんです。正義に反することはできませんっ。そのせいで怪我の完治も待たずに動いちまって、仕事も続かなくて、あちこちの領地を転々としてきました。最後に流れ着いたのがここですよ。大きな事件もないので、おかげさまで足の調子も良いです」

 皮肉をたっぷり込めて言い放ち、ワインをあおる。

「で、そんなしょうもない奴を探して、どうするんです?」

 レグルスは静かに微笑んだ。ガイウスの態度などまったく気にしていない。

「その前に。君は私をどう思っているのか、正直に聞かせてくれ」
「……クビにしません?」
「しない。光神に誓う」
「それなら」

 ガイウスは勇気が出たのか、口火を切る。

「最初は団長の――ロズワルドの野郎の言う通り、ボンクラかと思いました。だってあんなボンクラ騎士を野放しにしてるんですよ? 統率もしないんじゃあ、主人としての程度が知れるってもんです」

 有紗はムッと口を引き結ぶ。しかしレグルスが手を出して、有紗を止めるので何も言わない。

「それで?」

 レグルスが続きを促すと、ガイウスはにやりと笑う。

「それが一夜で見る目が変わりました。まさかいっせいに大掃除とはね! やはり女がいると変わるんですかねえ。殿下もいっぱしに男なんですね。俺の父を見ているみたいで、親近感が湧きましたよ。母にベタ惚れで、良いところを見せようとそりゃあはりきって……」

 ガイウスは自分の口を叩いた。

「おっと、すみません、軽口が出ちまった。こりゃあ眠れる獅子ししを起こしたってやつじゃないかと、これからどうなるか楽しみですよ」
「そうか。それなら、私が王位を得るために、貴公の力を貸してくれないか」
「……え?」

 レグルスの問いに、ガイウスはきょとりと瞬きをする。

「いや、だから、俺は足を怪我していて……」
「それが治せるとしたら? 私に忠誠を誓えるか?」
「そ、そりゃあ……」

 ガイウスは迷ったように視線をさまよわせたものの、そこで急に真顔になった。背筋を正して答える。

「しかし悪魔の手を借りるってんじゃあ、俺は頷けません。罪のない者を傷つけるような真似はしたくありません。それでは信仰に反しますのでね」

 有紗は感心した。プライドが高いと自負するだけあって、こんなところまで誇り高い人のようだ。ガイウスの答えは及第点だったようだ。レグルスの口端が笑みをえがく。

「アリサ、どうですか」
「良いと思う。あの怒鳴っていた人と違って、ずっと誠実で良い人だわ」

 有紗は期待に胸をふくらませる。こんな人がレグルスを守る騎士になったら最高だ。

「では、続きは城で話しましょう。非番のところすまないが、話に付き合ってくれ」
「はっ、畏まりました」

 すかさず立ち上がって、ガイウスは敬礼をする。そして懐から財布を取り出すのを、レグルスは止めた。

「いや、休みに邪魔をしたわびに、ここは私が出そう」
「ありがとうございます。あの……最後まで飲んでいっても?」
「そうだな。せっかく出してくれた主人と酒にも失礼だ」

 結局、二人ともワインを一杯飲み干した。有紗がレモン水を飲まないのを見て、ガイウスはレグルスに許可をとってから、そちらもあっという間に飲み干してしまった。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

図書館でうたた寝してたらいつの間にか王子と結婚することになりました

鳥花風星
恋愛
限られた人間しか入ることのできない王立図書館中枢部で司書として働く公爵令嬢ベル・シュパルツがお気に入りの場所で昼寝をしていると、目の前に見知らぬ男性がいた。 素性のわからないその男性は、たびたびベルの元を訪れてベルとたわいもない話をしていく。本を貸したりお茶を飲んだり、ありきたりな日々を何度か共に過ごしていたとある日、その男性から期間限定の婚約者になってほしいと懇願される。 とりあえず婚約を受けてはみたものの、その相手は実はこの国の第二王子、アーロンだった。 「俺は欲しいと思ったら何としてでも絶対に手に入れる人間なんだ」

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...