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第一部 邪神の神子と不遇な王子
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しおりを挟むルーエンス城二階、書斎に向かった。
ウィリアムが書類をまとめていたが、レグルスは気にせず、ロドルフの椅子を自分の机の前に持ってくると、ガイウスに座るように言った。
まるで面談でもするみたいだ。
有紗の椅子はレグルスの隣に置きっぱなしだ。おのおのが席につくと、有紗ははりきって切り出す。
「それじゃあ、レグルス。私から自己紹介するね」
「お願いします」
レグルスが頷いたので、有紗はフードを下ろし、ヴェールとウィンプルの布も外す。
「私は水口有紗。闇の神の神子として、異世界から召喚されたの」
真っ黒な髪が零れ落ちるのを、ガイウスはぽかんと眺める。
「え? 闇の神の神子……?」
「待て、悪魔呼ばわりするのではないぞ。私は森で狼に襲われてひん死だったが、アリサに命を救われたのだ。ミシェーラの病も完治した。アリサには他人を癒す力がある」
「姫様のご病気も?」
驚いて口を開けっ放しのガイウスに、有紗は太鼓判を押す。
「ガイウスさんの怪我くらいなら、すぐに治ると思う」
有紗とレグルスの説明を聞き、ガイウスはごくりと唾を飲み込む。目は期待に輝いたものの、冷や汗を袖でぬぐった。
「なんか俺、とんでもない秘密を聞かされた気がするんですが。これって、後で命であがなえと言われたりは……」
「心配は分かるが、そんなことはしない。私は信頼できる配下が欲しいんだ」
「それで、落ちぶれている元騎士ですか」
神妙な顔で、ガイウスは呟く。
「私はレグルスに助けてもらったの。帰るまではレグルスの傍にいたいから、レグルスには王様になって欲しいんだ。それで、できることで協力したい」
有紗はレグルスのほうを見る。意図を汲んだレグルスが、有紗の身に起きた不幸について説明する。ガイウスがぐっと眉をしかめた。
「はあ? 自分達で神子様を呼んでおいて、処刑ですか。しかもこんな女性を! そいつら本当に神官なんですか? そりゃあ悪い奴もいますけど、王都の連中だってそこまではないでしょう」
「きっと神罰がくだるだろう。神子を軽視すれば、闇の神がお怒りになる」
「まさに天啓ですね。レグルス様と神子様は互いに出会うことで、危機を回避された。俺でも運命を感じますよ。殿下だけでなく神子様まで守れるなんて、騎士にとってはこの上ない名誉です。是非、俺を配下にしてください!」
ガイウスは椅子を立ち、その場に片膝をついた。諦めてすさんだ空気が一変し、緑の目は強い光を宿す。
「私、ガイウス・ケインズは、レグルス殿下と闇の神の神子アリサ様に、生涯の忠誠と惜しみない助力をささげます。この誓い、六神にささげます。――たがえる時は、死をもってつぐないましょう」
有紗は喜ぶ半面、こんなことを言わせて大丈夫なのかと心配になった。
だが、レグルスは気にせず、長剣を抜いて、その剣をガイウスの肩にのせる。
「レグルス・ルチリア、ガイウス・ケインズの誓いを受け取る。この誓いに恥じぬよう、今後、職務に励むように」
「はっ」
ガイウスは威勢よく返事をした。
レグルスは剣を鞘へ戻し、有紗を振り返る。
「アリサ、怪我を治してあげてください」
「分かった」
聖堂でつまみ食いしてきたので、お腹はいっぱいだが、これくらいは入るだろう。有紗はガイウスの左足に巻き付いている黒いもやを引っ張る。するすると引き抜きながら、パンのようにちぎって口に放り込んだ。
(軽いのが良いなって思ったせいか、みかんゼリーみたいな食感と味だわ。おいしい)
デザートは別腹なので、あっという間に食べてしまった。
「ごちそうさまでした。はい、立ってみて」
いまだ膝をついたままのガイウスの左腕を支え、有紗は立つ手助けをしてあげる。
「ありがとうございます」
礼を言って立ち上がったガイウスは、目を白黒させている。
「痛みが無い」
その場で軽く飛び跳ねた。
「普通だ。怪我をする前の時みたいだ」
そして本当に怪我が治ったのを確信すると、ぶるぶると震え始める。かと思えば、その場に再びひざまずいた。
「神子様、ご慈悲に感謝します! 俺の人生の恩人ですっ!」
それから何度も礼を言うガイウスをなだめすかし、なんとか神子様呼びをやめさせると、レグルスは声をかけた。
「今日は休んで、明日から頼む。ロズワルドが宣言通り、部下も連れて出て行ったからな。残りの騎士を鍛えないといけない。いきなりは無理だろうから、徐々に動けるようにしてくれ」
「はい、鍛え直したら、あいつらを叩きのめしてみせます! 実力で団長にのし上がってみせますよ、あなたがたにふさわしいように」
ガイウスはやる気をみなぎらせ、はつらつとした態度で書斎を出て行った。
「頼もしいけど、暑苦しい感じ?」
「ロドルフが二人になったのは気のせいですかね」
有紗とレグルスが顔を見合わせる横で、ウィリアムが思い切り噴き出して笑っていた。
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