聖獣の神子と糸の巫女

草野瀬津璃

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1巻

1-2

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 しばらくして、太郎は渋々切り出した。

「契約を切る方法は二つ。だが、一つは不可能だ。この国が他国に侵略行為をした時だからな」
「今は国が上手くやってるってことね? 残った一つが、ここに見えている縁の糸を切るという方法? でも……」
「私からは詳細な説明ができん」
「……約束したから?」

 目をすがめる理緒から、太郎は気まずげに顔をそむける。理緒は首を横に振った。

「あんた、美女の誘惑に弱すぎると思う」
「うるさいっ」

 太郎は言い返し、がっくりと頭を下げる。

「本来は百年だけの約束だったのだ。しかし愛着がわいて、おまけでもう千年もここにいたのだが、そろそろ故郷に戻りたくなってな。そこで契約を切ろうとしたんだが」
「ようやくできないことに気付いたわけね。あーあ、お馬鹿すぎて呆れちゃうわ」
「とにかく!」

 理緒の言葉を、太郎は大声でさえぎった。急にきりりとした顔をして、不遜ふそんに笑う。

「お前には期待しているぞ、糸の巫女。神子を元の世界に帰したいなら、お前の力で、私とアカリを繋ぐ縁を切るのだ」
「だから、どうやって!」

 理緒の言葉を無視して、太郎は続ける。

「先程の糸はな、私のような聖獣以外では、糸の巫女、お前にしか見えないものだ。糸をあやつる能力を使い、上手いことやってみるがいい」

 そこで太郎は声をひそめた。

「それから、アカリの事故の記憶は封じてある。お前が倒れたのを見た上、土砂によって車に閉じ込められる恐怖は、幼子おさなごにはきついからな。思い出させたくなかったら、会話には気を付けよ」
「記憶を? そんなこともできるの?」
「お前達の肉体を作り直すより楽だ」

 太郎はふわわっとあくびをした。クッションを脚で踏み、寝床を整えて眠る体勢になる。

「ここでのことを詳しく知りたければ、そこの扉を出て、神殿のおさくがよい。アカリも連れていけ、人の身にはいろいろと必要なのだろう?」
「ちょ、ちょっと! 他人に問題を押し付けて寝るなっ。――きゃっ」

 あんまりにも自分勝手だ。いきどおった理緒は、太郎を起こそうと右手を伸ばしたが、見えない力に指先が払いのけられる。

「え、何。触れない!?」

 再び手を伸ばしてみるが、やはり見えない力に弾かれた。
 憎たらしいことに、太郎はすでに夢の世界へと旅立っている。

「もうっ、馬鹿にしてーっ」

 床をバシバシと叩いて荒れていると、明理が駆け寄ってきた。

「理緒ちゃん、どうしたの?」

 不思議そうにこちらを覗き込み、眠る太郎に頬をゆるませる。

「太郎、寝ちゃったんだ。可愛い」

 そして、摘んだばかりの白い花を太郎の頭に載せた。どうやら明理は、見えない力ではばまれないようだ。神子の契約が関係しているのか、明らかな特別扱いに、理緒は腹が立った。

(でも、怒っていても時間の無駄だわ。とりあえず情報を集めなきゃっ)

 太郎の言うことを聞くのはしゃくだが、それ以外の方法が分からない。太郎と明理の契約を切れれば、明理は日本に戻れる。希望は残っていた。
 ひとまず神殿のおさとやらに会うことにしようと、頭を振って怒りを追い払っていると、明理が理緒のワンピースを引っ張り、もじもじと主張した。

「ねえ、理緒ちゃん。あのね、明理……おトイレに行きたい」
「分かった。お手洗いを借りに行こうか。はい、手を繋いでね」
「うん」

 理緒が差し出した左手に、明理は右手で掴まった。しっかりと手を繋ぎ、祭壇の反対側にある扉へ向かう。聖獣らしい動物と女性、草花が繊細に彫り込まれた、大きな木の扉だ。
 違う世界だというし、この向こうに何があるか想像が付かない。理緒は明理に言い聞かせる。

「何があるか分からないから、私の傍から離れないで。いいわね?」
「うん、分かった」

 素直な明理はこくんと頷く。この可愛いめいっこを守る為なら理緒はとことん戦うつもりだ。
 ――さて、鬼が出るかじゃが出るか。
 理緒は勇気を出して扉を開けた。


 扉の向こうには、ドーム状の屋根をしたホールがあった。
 天井の丸い採光窓から、明るい日射しが降り注いでいる。
 広々としたその場所に、両手をついて頭を伏せたたくさんの人が並んでいた。白い肌の者と褐色の肌の者が入り交じり、どの人も白い衣服に身を包んでいる。服は裾の長いワンピースかローブのようなもので、ノースリーブがほとんどだ。

「神殿へようこそ、神子様」

 一番前にいる若い男の声に続き、人々が声をそろえた。

「ようこそいらっしゃいませ」

 異様な空気に、理緒達は固まった。明理が理緒へ身を寄せる。
 二人が何も言わないせいか、一番前の男が顔を上げた。三十代くらいだろうか、ガラスを思わせる玲瓏れいろうとした雰囲気の美男子だ。透き通るような色白の頬に、銀の髪がかかっている。銀製のサークレットをつけたひたいにアメジストが揺れていた。切れ長の目は青く、冷たそうな印象を受ける。

(服が一番立派だから、この人が神殿のおさ?)

 理緒はまじまじと男を観察した。
 床まで届く白い長衣ちょうい、その肩には紫の布がかかっている。腰の帯も紫色で、銀製の飾りがついていた。加えて丸い鏡のような首飾りが印象的だ。左の二の腕には紫色の輪をつけている。
 男は丁寧にあいさつした。

「お初にお目にかかります、神子様。私はアルフォンス・ベル・リオンテーヌと申します。この国の第三王子であり、こちらの神殿のおさでもあります」

 落ち着いて淡々とした話し方が、やっぱり冷たそうだと理緒は思った。アルフォンスはあいさつを終えると、意外そうな顔で理緒と明理を順に見る。

「聖獣の間から二人現れたのは、前例がございません。その手の契約印から判断しますに、神子様はそちらの幼い方のようですが……」
「私? 明理だよ。雪下明理。七歳。こんにちは!」

 アルフォンスがじっと見つめているのに気付き、明理は元気良くあいさつする。すると彼の表情が若干やわらいだ。

「ええ、こんにちは。アカリ様とお呼びしてよろしいですか?」
「うん!」

 明理はにっこりと頷いた。

「ではアカリ様、お隣の方はいったい?」
「理緒ちゃんは、私のお母さんの妹なんだよ」
「叔母の橘理緒です。明理の世話係と、糸の巫女とかいうものの為に呼ばれたらしくて……私もよく分かっていないんです」

 何者か見極めようとするアルフォンスの視線に身をすくめ、理緒は恐る恐る言う。
 こんなに整った顔の外国人を前にするのは初めてだ。言葉が通じると分かっていても、おくれしてしまう。美形が無表情でにらんでくると相当怖いなんて、初めて知った。

(どうしよう。なんかものすごく偉そうな雰囲気)

 しかし弱いところを見せたら負けだと、背筋はピンと伸ばして様子をうかがう。その時、明理が理緒のスカートを引っ張った。

「理緒ちゃん」

 小声で理緒を呼ぶ。もじもじしているので、限界のようだ。明理は小さくても女の子だ、大勢の前でトイレの話なんて嫌だろうと思い、理緒は意を決してアルフォンスに近付き、こそっと問う。

「あの、アルフォンス・ベル・リオ……さん? ええとすみません、お手洗いってどちらですか?」
「えっ、お手洗い?」

 予想外の質問だったのだろう。彼が大きな声で問い返したせいで、明理が顔を真っ赤にしてうつむいた。理緒は溜息をつく。

「せっかく気遣って小さい声でいたのに。レディに恥をかかせるなんて最低ですよ?」
「理緒ぢゃぁん」

 明理が理緒の後ろに引っついて、泣きそうな声を上げる。女性が一人、前に進み出てきた。

「失礼します。どうぞ、こちらへ。ご案内いたします」
「ありがとうございます。明理ちゃん、行こう」
「うん……」

 明理と女性の後についていく時にちらりと見ると、アルフォンスは見事に固まっていた。


 二人が手洗いから戻ってきても、ぬかずいている人々はそのままだった。

「ねえ、理緒ちゃん。どうして皆、丸くなってるの?」

 明理にはそんなふうに見えているらしい。その無邪気な問いかけに答えたのはアルフォンスだった。

「神子様の歓迎の儀の最中ですので、アカリ様からお許しいただけないと顔を起こせないのです」
「へえ、変な遊びだね」

 明理は理緒の後ろに隠れて、アルフォンスを警戒しながら言った。どうやら先程の件で彼は嫌われたようだ。それはともかく、この状況はなんとも心臓に悪い。理緒は明理にうながす。

「ねえ、明理ちゃん。皆にもういいよって言ってあげて。あの姿勢でいるのは大変そうじゃない?」
「そうだね、分かった。もういいよーっ」

 隠れ鬼でもしているみたいに、明理は言った。すると皆が静かに顔を上げ、その場に立ち上がる。背の高い人が多く、全員が立つと威圧感があった。理緒は無意識に明理を抱き寄せる。

「繁栄を呼ぶ聖獣の神子様、リオンテーヌ王国へようこそいらっしゃいました。我ら神官一同、しんめいして神子様におつかえいたします。どうぞよろしくお願いします」

 アルフォンスが頭を下げると、他の人々も続く。

「よろしくお願いします」
「神子様がすこやかでいらっしゃるのが我らの望み。なんなりとお申し付けください」
「お申し付けください」

 ろうろうと響く声に、理緒はたじろいだ。明理もびっくりして目を丸くしている。

「リーファ、カイン、前へ」

 アルフォンスに名を呼ばれ、女性と青年がすっと前に出てきた。女性は金髪へきがんで白い肌をした、目鼻立ちのはっきりした美人だ。青年のほうはどこか眠たげで、青目と褐色の肌を持ち、黒い髪を後ろで結んでいる。細身なわりに鍛えられた体躯たいくだ。ワンピースかシャツとズボンかの違いだけで、二人とも腰には赤帯、左腕には赤い腕輪をしていた。

「二人は上級神官です。神子様の身の回りの世話はリーファが、護衛はカインがいたしますので、覚えておいていただけますと幸いです」

 リーファと呼ばれた女性は、先程、明理をお手洗いに連れていってくれた人だ。

「私のめいに何をさせるつもり?」

 警戒心を隠さない理緒に、アルフォンスは説明する。

「一番重要なことは、すでにしていただきました。聖獣様との契約です。あとはこちらで聖獣様とすこやかにお過ごしいただければ、それで構いません」
「すこやかってなあに?」

 明理が首を傾げるので、理緒は膝を折って明理と目を合わせ、丁寧に教える。

「元気って意味よ」
「セイジュウは?」
「うーん、さっきのポメラニアンじゃないかな。あいつもそんなことを言ってたし、悪いけど私も分かんないわ。ここって違う世界らしいから」

 理緒の返事に、ホール内の人々がざわめいた。アルフォンスが制する。

「静かに。違う世界ですか……。ふむ、詳しくおきしたいですね。あなたの処遇も決めないといけませんし」

 思惑おもわくありげに理緒をちらりと見るアルフォンスに気付いて、明理が理緒の腰に抱き着いた。

「ショグウって何? 明理、理緒ちゃんと一緒がいい!」
おささん、さっきので嫌われたみたいね」

 理緒は苦笑して、しがみつく明理の頭を撫でる。明理は素直で良い子の為、ほとんどの人とすぐに仲良くなるのだが、あれは頂けなかったらしい。
 しかし、大人が子どもを言いくるめるのなんて簡単だ。明理と引き離されたら、二度と会えなくなる可能性もある。それが一番怖いので、理緒はしっかり明理に注意した。

「いい、明理ちゃん。知らない人に勝手についていっちゃ駄目よ? 何か食べる時も、私にいてね。明理ちゃん、アレルギーがあるから心配だわ」
「そういえば、鞄はどこに行っちゃったんだろう。アレルギー表、持ってきてたのに」

 ようやくおかしなことに気付いたみたいで、明理は周りをきょろきょろする。

「あれ? 理緒ちゃんが来て、これからお出かけするはずだったよね?」

 太郎が言っていた、明理の記憶を封じているというのは本当のようだ。

(家を出るところまでしか覚えてないのね)

 理緒が返事に迷っていると、突然、アルフォンスが首をひねる明理の前に、片膝をついた。

「先程は大変ご無礼いたしました、アカリ様。どうかお許しください」
「え? え?」

 明理が困惑しているのを見て、理緒は眉を寄せる。

「もうっ、驚かせないでくださいよ」

 しっかり苦情を言ってから、理緒は明理に話す。

「大丈夫よ、明理ちゃん。この人はさっきのことを謝りたいんだって。ねえ、ごめんなさいって言われたらどうするってお姉ちゃんから教わってるかな?」
こぶしの友情のこと?」

 明理がきょとんとしてそんなことを問うので、理緒は心の中で姉に舌打ちをした。

(お姉ちゃんってば何を教えてるのよ! まったくもう、あの元不良は~っ)

 悪態をつきたくなるのをこらえ、気を取り直して再び質問する。

「そうじゃなくて……お父さんならどう言うかな?」

 警察官である明理の父親は優しくて礼儀正しい人だから、教育面でも信用できる。

「お父さんはね、許してあげてねって言うよ」
「そうよ、それ!」
(さすがです、お義兄にいさん)

 理緒は心の中で手を合わせ、義兄あにを褒めた。明理は渋々という様子で、アルフォンスに言う。

「分かった。許すよ。でも明理、悪くないから謝らないよっ。お母さんが悪くないことは謝るなって言ってたもん。おじさんみたいな人のこと、デリカシーが無いって言うんだよ」
「あはははっ。……こほん、失礼」

 思わず笑ってしまい、理緒はアルフォンスに恐ろしい目でにらまれた。理緒はすぐに口を閉じ、アルフォンスは立ち上がってえりを正す。

「ええ、構いませんよ。お許しいただき、ありがとうございます、アカリ様。ではこちらへどうぞ、お茶とお菓子をご用意しましょう」
「お菓子? やったね、理緒ちゃんっ」
「そうね、良かったわね」

 明理はうきうきと理緒の手を引っ張って歩き出す。理緒もアルフォンスについていくことにした。どちらにせよ、ここでのことを知る必要がある。情報はなんでもいいから欲しいところだ。


「こちらがアカリ様のお部屋になります」

 最初に案内されたのはホールのすぐ隣の部屋で、明理のものだという。広々としていて、磨き上げられた大理石の床は輝いていた。入ってすぐの居間らしき場所には、天井に色ガラスのはまった採光窓があり、テーブルと四脚の椅子に色とりどりの光が落ちている。壁には絵がかけられ、ソファーや揺り椅子もあった。豪華で居心地の良さそうな部屋だ。驚くことに、他にも扉がいくつかある。

「綺麗なお部屋」
「とっても広いね! 理緒ちゃん、こっちのお部屋もすごいよ。お姫様みたいなベッドだ」

 いつの間にか奥の扉の前にいた明理が、はしゃいだ声を上げた。そして理緒が移動する前に、彼女はすでに違う扉に向かっている。

「こっちはお風呂で、こっちはトイレ。ここは何かな? 本がいっぱい!」

 扉を開けては報告する明理に、理緒は笑うしかない。元気が良くて何よりだ。

「衣類やシーツ、カーテンなどは取り替えましたが、家具は前代の神子様のものをそのまま置いております。ご要望があれば、そのように変えますので」

 微笑ましそうにアルフォンスが言う。

「神子って至れり尽くせりなのねえ」
「聖獣と神子の結びつきが、国を繁栄させるので、当然です」

 けれど、理緒に返事をする時のアルフォンスは、無愛想に戻った。

(こいつも明らかに差別をっ)

 憎きポメラニアンを思い浮かべ、理緒は内心で青筋を立てた。もっとも、OLとしてつちかったそとづらりょくで、表面はにっこりしている。

「そうそう、その聖獣について、詳しくおきしたいわぁ」

 わざと語尾を間延びさせて、アルフォンスに聖獣のことを教えろと強調した。

「では、どうぞそちらへお掛けください」

 たぬきぶりではアルフォンスもなかなかだ。澄まし顔でテーブルを示す。そこへリーファが茶菓子を運んできた。

「ええ。明理ちゃん、こっちにおいで。お菓子があるよ」
「お菓子! はーい」

 甘いものが大好きな明理は目を輝かせて戻ってくる。一方、理緒は、用意されたお菓子がクッキーだったので警戒した。

「先に一口もらうわね」

 素早くクッキーをまむと、アルフォンスが眉をひそめる。

「神子様より先に召し上がるなんて、無礼……」
「これ、ナッツ系を使ってます?」

 理緒はアルフォンスの言葉をさえぎって、リーファに問いかける。するとリーファは頷いた。

「ええ、木の実を入れて焼いています」
「では駄目ね。明理ちゃんはナッツアレルギーなので、食べると嘔吐おうと、悪い時は呼吸困難になるの。他のものにしてください。もちろん、ナッツの調理に使った道具で作ったものも駄目ですよ」
「それは大変。すぐに代わりのものをお持ちしますわ」

 リーファはお菓子を回収して、すぐに部屋を出ていった。明理ががっかりした顔になる。

「食べちゃ駄目なのだったの?」
「そうよ。苦しくなるの、嫌でしょう?」
「うん。それにお父さんとお母さんが心配するのが嫌」
「明理ちゃんは優しいね」

 よしよしとめいの頭を撫でてやりながら、理緒はちらりとアルフォンスを見る。

「で、何か言いました?」
「……いや、浅慮で物を言って申し訳ない」

 意外にも、彼は素直に謝った。どことなく態度が大きいので、すでに苦手だと感じていたが、彼は理緒が思う程悪い人ではないのかもしれない。
 少しして、リーファがゼリーを運んできた。オレンジ色の果実が透明なゼリーの中に入っている。

「メランカの果汁入りゼリーですわ。どうでしょうか?」

 理緒はすぐに味見をした。明理が期待たっぷりに見つめてくる。

「味はオレンジみたいね、大丈夫だわ。はい、明理ちゃん、食べていいわよ」
「やった。あ、おいしいっ、オレンジゼリーだ」

 やっと許しが出て、明理は嬉しそうにゼリーを頬張る。

「リーファ、食べ物だけでなく茶や肌に使う品まで、ナッツ類は全て排除するように連絡を。道具は必要なら買い替えるように」
かしこまりました」

 アルフォンスの命を受け、リーファはきびきびと出ていった。

「一息つきましたところで、この国の成り立ちなどから説明いたします。国あるところに聖獣あり、切っても切れない間柄なのです」

 お茶を一口飲んでから、アルフォンスは話し始めた。


 リオンテーヌ王国は、海に面した小さな国だという。一年を通して温暖で、冬でも薄い長袖を着る程度。良質の油がとれるラヌの実を名産品とし、海運を生かした、小さいながらも豊かな国だそうだ。

「他にも海産物が豊かです。今でこそこのように立派なのですが、遥か千年も昔は、他国の脅威にさらされていました。その頃この国には、聖獣の守護が無かったのです」

 アルフォンスは巻物を広げた。地図のようだが、理緒が見慣れているもの程の精度は無く、おおよそといった感じのものだ。

「こちらがリオンテーヌ王国。そして、この島が聖獣が生まれる地、聖域です」

 海の中にぽつりとある小さな島をさしての説明に、理緒は目を丸くする。

「ええと……? この島はすごく遠くて、豆粒みたいですけど」
「だいたいこの辺りというだけで、実際はどこにあるか分かりません。ただ、海をひたすら南下していくと、選ばれた者の前にだけ、姿を見せるのだそうです」

 アルフォンスの説明を聞いて、明理が目をキラキラさせた。

「わあ、シフォン・テイル国への入り口みたいだね! 選ばれた人が本を開いた時に、入り口が開くんだよ」
「シフォン・テイル国ですか?」

 首を傾げるアルフォンス。明理が言っているのは、アニメ、変身プリンセスシリーズに出てくる舞台のことだ。
 ――童話作家シフォンが作った、物語の国。シフォンは実は魔女で、その力で架空の世界に国を作ったという設定である。選ばれた少女が本を開く時、シフォン・テイル国への扉が開かれる。
 大人が見ていてもわくわくする展開だ。最初は明理と共通の話題で盛り上がる為に、わざわざ録画して見ていた理緒も、いつの間にかファンになっていた。

「ええーと、物語の世界の話……です」
「そうだよ!」

 明理がにこりと笑って頷いたが、理緒の微妙な言い方で、アルフォンスはなんとなく創作のたぐいだと察したらしい。だが明理の話を否定せず、関心を見せた。

「アカリ様、ぜひ今度、ゆっくりお聞かせください」
「うん!」

 明理はご機嫌で頷いた。何から話そうかなあとつぶやいているので、その隙に理緒は話を戻す。

「ええと、それでその聖域がどうしたんですか?」
「はい。選ばれた者が聖域に入り、聖獣様からの試練を乗り越えると、彼らの守護を得られるのです。そして、守護を得た者の国もまた、聖獣様が守ってくださいます。農作物や海産物は豊かになり、いくさになればその力で守られる」

 アルフォンスが真面目に話しているのは分かっているが、理緒は質問せずにはいられない。

「言い伝えではなく……本当?」
「ええ、お会いになったでしょう? あの方が我が国を守る聖獣様です。遥か千年も昔のこと、創建の女王と契約を結びました。女王以降は、聖獣に選ばれた次の契約者を神子として一緒に神殿が守り、そうして我が国は繁栄してきたのです」
「やっぱりあのポメラニアンは千歳なんですか?」
「ポメ? 今回はそのようなお名前を付けられたのですか、アカリ様」
「ううん、太郎だよ。ポメラニアンは犬の種類」
「犬……?」

 明理の言葉でも、さすがに聞き捨てならなかったのか、アルフォンスの顔が引きつった。

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