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修羅の汀で

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 六兵衛はまた、うどんでも食わせてくれるのかと思いきや、入った店は着物屋だ。
「あの、六兵衛様?」
 彼の真意がくみ取れずにいる茅の前に、大きな藍色の生地が広がる。
「これなど、どうだ?」
「これは・・・・・・」
 上質な馬袴だった。
「今日のようにその着物であのような格好を取るのは見苦しいからな。明日からはこれを下に履くが良い」
「・・・・・・受け取れませぬ」
「代金ならば気にせずとも良いぞ。少なくとも今日は、殿の前で面目を潰さずに済んだのだ。その礼と考えても安いくらいだ」
「いえ、そうではありませぬ」
「では、なぜに?」
「袴を履く女子など、あまり見かけないでしょう?」
「確かにそうだが?」
「狙いを定めるまでに、私は物陰や茂みに隠れなければなりませぬ。また、撃った後は人混みに紛れて目立たぬようにしなければなりませぬ。恰好だけで目立っては、いざ働くときに何らかの失敗をしないとも限りませぬ」
「なるほど・・・・・・だがお主、単に砲術に長けているわけではなさそうだな。まるで忍びのようだが?」
「今は、話せませぬ」
「そうか」
「だから、お気持ちだけでも受け取っておきましょう」
 茅は六兵衛に軽く頭を下げて道を出た。
 たった数語のやり取りなのに、なぜか胸の高鳴りが大きいのはなぜだろう。
 六兵衛もまた、自分の忌み嫌う侍のはずで、敵愾心以外の感情が芽生えるはずのない人間のはずだった。
 原因のわからない胸の高まりがようやく落ち着きを取り戻そうとしたころ、茅の前に絡み合う男女の影があった。
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