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修羅の汀で

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 遣わせた小者に櫓を昇らせ、その柱に手筈通り鈴を括らせる。
「あんな小さい的を本当に狙えるのか? 見えさえもしないのだぞ?」
「ご心配に及ばず」
 驚異的な視力の茅には、鈴が微風を受けて揺れるさまを捉えていた。
 後は持ち前の射撃能力で撃つだけだ。
 筒に弾を込め、火縄に火を灯して立射姿勢で的を狙う。
 緊張した間合いがしばらく続いた。
「どうした? まだ撃たぬのか?」
 だがここで一つ、問題が生じた。火縄銃の重さが、華奢な茅の腕にのしかかって狙いが思うように定まらない。
 火縄銃の源流は南蛮伝来のマッチロック式マスケット銃であることは既に述べたが、この銃の短所はその重量だ。
 日本で火縄銃に改良されて幾分軽減されたものの、今度は銃身が約二十センチほど長くなっている。
 銃身が長ければモーメントの力学法則により射手の膂力に負担がかかり、精密射撃にとっては致命的になる。
「あの、お侍様」
 一旦銃を下ろした茅が振り返る。
「何だ? まさか今更、出来ぬというわけではあるまいな?」
「いえ、その御刀を貸してはもらえぬでしょうか?」
「次から次へと身の程知らずな小娘が!」
「よい! 俺の刀でよければ貸そう!」
 六兵衛が先に進み出て、刀を差しだした。
「六兵衛、血迷ったか! 女子に刀を握らせるとは、それでも武士か?」
「握らせるのではない。要は、こうしたいのであろう!」
 六兵衛は刀を抜き、それを中庭の白砂の上に突き刺した。
 その鍔を使って、銃身の重さを軽減するための銃架が、茅には必要だった。
 奇しくも当時の日本刀はおよそ鍔までの長さが八十センチほどのものがあり、当時の小柄な日本人の姿勢によく調和したのだ。
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