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修羅の汀で

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 先程から常人離れした技を散々見せつけられたこの期に及んで、それよりさらに優れた技能と聞けば、観客達の期待がひとしお高まるのは当然である。
「ほう、まだ年頃にも達していない娘が?」
「左様でございます」
 六兵衛が無責任にも太鼓判を押す一方で、茅は背負っていた嚢から愛用の火縄銃を取り出した。
「ほう、女子で砲術遣いか」
「ですが、この距離で的を撃ち抜くこと位、我が足軽にも容易いことにございます」
 確かに、この中庭の隅から隅を使っても、最大距離は二十軒(約40m)だ。
 茅の有効射程距離としては役不足だ。
「そのような腕で平賀家を討てるなら苦労はせぬ」
 侍達はそう言って哄笑した。その笑い声に驚いたのか、鈴をつけた猫が縁側から飛び出した。
 どうやら屋敷の飼い猫らしい。
「その方、何をしているのだ?」
「娘は猫と戯れております」
 猫の前で屈みこむ茅を見て、侍達に加え六兵衛の集めた刺客達も笑い始めた。
「あの、お殿様」
「無礼であるぞ! 殿に話し掛けるとは!」
「よい。何ぞや、娘」
「この猫の首の鈴を、お借りできませぬでしょうか?」
「よいが?そんなものをどうする?」
「この鈴を、あの櫓に吊るしてほしいのでございます」
 茅の指さす先に、屋敷を出て半里程(50m)離れた櫓の屋根が見えた。
「なぜに、そのようなことを?」
「この場から、その鈴を撃ち抜いて御覧に入れます」
 一同が急に静まり返った。
「馬鹿な! そんなことができるはずなかろう!」
 まず侍達が言下に否定した。
 それもそのはず。鈴の大きさは銅銭よりも一回り小さく、それを半里先の、しかも相応の高さがある櫓の上に吊るすのだ。
 射程距離は中庭の的より遥かに遠く、その的自体も遥かに小さい。
「小娘! 嘘は許されぬぞ!」
 刺客の側からも、特に小柄な手裏剣遣いが反発した。
 同じ飛び道具遣いゆえに、それがいかに難しいかをよく心得ているのだろう。
「よいではありませぬか。言われた通りに吊るしましょう」
 六兵衛だけが落ち着いた口調で猫の鈴を外した。
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