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序章: The god for someone is present
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チハルに母親はない。
生まれてから、父親とずっと二人暮らしだ。
この世界のことだから、産後の肥立ちの悪さは何となく感じ取っていたが、どうやらそういう話ではないらしい。
「お前の母親もまた、近衛兵として王都へ行ったんだよ」
「でも、その法律が出来たのって、今の皇太子の代からでしょ?」
話によると、現在皇太子は十八歳。
その母親が作った悪法となると、まだ十五年ほどしか経過していないはずだ。
「あの法律が出来て、最初に集められたのが母さんの年代だったんだ。皇太子に気に入られれば、それまでの身分にかかわらず妾にしてもらえるかもしれない。最初にこの法律が出来た時は、降って湧いたチャンスに国中が盛り上がった。母さんも、大きな夢を抱いて王都へ向かったのだろう。でも現実は、そうじゃなかった」
「何が、あったの?」
「貴族でもない平民が、王都に足を踏み入れるのを忌み嫌う奴、自分より外見が美しいのを妬む奴、派閥を作って一人を虐める奴。それに王都特有の権力抗争が絡んで、雰囲気はひどいなんてもんじゃなかったという。特に、平民出身で一際美しかった母さんは格好の標的にされた。八年もの間、陰湿な嫌がらせを受け、心労が重なった挙句、再び戻って来た頃には頭がおかしくなっていたよ。それで、お前を産んだ後――ここから先の話は、もうよそう」
「そんなことが」
「だから、あんな場所にお前は行くべきじゃないんだ。どうせ、皇太子の周囲は既に競争を勝ち抜いた古株共が固めている。新参者で何のコネもないお前は、爪弾きにされてしまうだろう」
「違うよ。私別に、皇太子の妾になんかなりたくない。ただ、稼いだお金で父さんとお店を続けて、皆に満足してもらえる武器屋を続けられたら、それでいいの」
目的は出稼ぎなのだから、皇太子に媚を売る必要もなく危険は回避できるはずだ。
玉の輿狙いの連中とは、上手くすみ分けできるような気がする。
「だがそれにしても危険じゃないわけじゃない」
「大丈夫よ、私。強いから」
少なくとも、武器の扱いで他者の後塵を拝する心配はない。
ましてや、重い物とは無縁の貴族階級に負けるとも思っていなかった。
少なくとも、モーニングスターを振り回すなんて化け物はいないだろう。
「だから私、八年後にはきっと元気になって帰ってくる。だから父さんも、私がいない間この店を守って」
「チハル・・・・・・お前は、どうしてそんなに綺麗で、勇敢で、俺に似なかったんだ」
父親は涙をぬぐいながら、もう夜遅いというのに仕事に戻った。
生まれてから、父親とずっと二人暮らしだ。
この世界のことだから、産後の肥立ちの悪さは何となく感じ取っていたが、どうやらそういう話ではないらしい。
「お前の母親もまた、近衛兵として王都へ行ったんだよ」
「でも、その法律が出来たのって、今の皇太子の代からでしょ?」
話によると、現在皇太子は十八歳。
その母親が作った悪法となると、まだ十五年ほどしか経過していないはずだ。
「あの法律が出来て、最初に集められたのが母さんの年代だったんだ。皇太子に気に入られれば、それまでの身分にかかわらず妾にしてもらえるかもしれない。最初にこの法律が出来た時は、降って湧いたチャンスに国中が盛り上がった。母さんも、大きな夢を抱いて王都へ向かったのだろう。でも現実は、そうじゃなかった」
「何が、あったの?」
「貴族でもない平民が、王都に足を踏み入れるのを忌み嫌う奴、自分より外見が美しいのを妬む奴、派閥を作って一人を虐める奴。それに王都特有の権力抗争が絡んで、雰囲気はひどいなんてもんじゃなかったという。特に、平民出身で一際美しかった母さんは格好の標的にされた。八年もの間、陰湿な嫌がらせを受け、心労が重なった挙句、再び戻って来た頃には頭がおかしくなっていたよ。それで、お前を産んだ後――ここから先の話は、もうよそう」
「そんなことが」
「だから、あんな場所にお前は行くべきじゃないんだ。どうせ、皇太子の周囲は既に競争を勝ち抜いた古株共が固めている。新参者で何のコネもないお前は、爪弾きにされてしまうだろう」
「違うよ。私別に、皇太子の妾になんかなりたくない。ただ、稼いだお金で父さんとお店を続けて、皆に満足してもらえる武器屋を続けられたら、それでいいの」
目的は出稼ぎなのだから、皇太子に媚を売る必要もなく危険は回避できるはずだ。
玉の輿狙いの連中とは、上手くすみ分けできるような気がする。
「だがそれにしても危険じゃないわけじゃない」
「大丈夫よ、私。強いから」
少なくとも、武器の扱いで他者の後塵を拝する心配はない。
ましてや、重い物とは無縁の貴族階級に負けるとも思っていなかった。
少なくとも、モーニングスターを振り回すなんて化け物はいないだろう。
「だから私、八年後にはきっと元気になって帰ってくる。だから父さんも、私がいない間この店を守って」
「チハル・・・・・・お前は、どうしてそんなに綺麗で、勇敢で、俺に似なかったんだ」
父親は涙をぬぐいながら、もう夜遅いというのに仕事に戻った。
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