勇者の末裔である私は、恋する心を捨てました。

茂栖 もす

文字の大きさ
19 / 37
再会と始まり

触れられるだけで②

しおりを挟む
 更に傷口を踏んづけようとするマリモを抱え上げて、再び立ち上がろうとした私をカーディルが厳しく制した。

「動かないでください。あぁ……傷口が開いてしまいましたね」
「……ですね」

 ディグドレードもそうだけれど、どうしてそう、わざわざ口にするのだろう。敢えて気付かないフリをしているというのに。

 でも、反射的にわき腹に手を当てれば、イイ感じにぬるぬるしている。でも、そこには目を向けない。絶対に見ない。

 痛みに顔を顰めながら視線を泳がせた私の代わりに、カーディルが眉間に皺を刻みながら覗き込んだ。

 そして、みるみるうちに、奇麗なあなたの顔が歪む。でもどんな表情になってもあなたは美しい。

「…………っ、失礼します。少し痛むかもしれません」

 傷口を押さえていた手をそっと剥がされる。

 そして迷いを振り切るようにきゅっと唇を結んだあなたは、私の傷口に手をかざす。

 あなたの手のひらから、金色の柔らかい光が溢れ、脇腹にほわんとした温もりが伝わってきた。

「……っん……あれ?、痛くない」
「私でも簡単な回復魔法くらいなら使えます。……あなたは私にそれを許してはくれませんでしたが」
「………そうなんですか」
「そうなんですよ」

 カーディルは自嘲気味に笑った。
 そして溜息混じりに、こうも言った。

「でも、こういうことは、これっきりにして下さい。そう何度も回復魔法を使いたくありませんから」
「……どうして?」
「記憶が戻った時、あなたに恨まれたくはありませんからね」
「……」

 紡がれる言葉から、もう一人の私がどれだけあなたにキツイ態度と言葉を向けていたのかが、ひしひしと伝わってくる。

 なんかごめん。本当にごめん、カーディル。でも私が謝ったところでなんの意味もない。

「あいにく靴を召喚できる魔法はありませんので、失礼します」
「ふぇっ?───……うわぁっ」

 そう言うか早いか、私の膝裏に手を入れて立ち上がった。つまり、私はお姫様だっこをされてしまった。

 なんの躊躇もなく持ち上げるあなただけれど、私としてはものすごく恥ずかしくてドギマギしてしまう。

 それにあんな話を聞いてしまった後だ。性懲りもなくときめきを覚えてしまう自分に、罪悪感を覚えてしまう。

 ここはやっぱり辞退すべきだろう。

「お、降ろしてください。歩けます」
「裸足で姫さまを歩かせるなど、私の矜持が許しません。何が不都合でも?」

 咄嗟にあなたの首に巻き付けようとした腕を、静かにしまってそう言えば、あなたは、ちょっと眉を上げて私を困らすような言葉を紡ぐ。

 そんなあなたに私は言いたいことがある。とってもある。……でも、言えない。

「……恥ずかしいからです」

 ポロリと本音を零せば、あなたは信じられないといった感じで大きく目を見開いた。

 でもそれは一瞬のこと。あなたはすぐに、小さく咳払いをして表情を切り替える。

「なら、これからは靴をきちんと履き替えてから外出してください」
「……」

 至極真っ当なことを言われ、反論する言葉がみつからない。 

 そんな私にカーディルは一瞬だけ視線を移すけれど、すぐに前を向く。そしてしっかりした足取りで歩き出す。

 ざっ、ざっ、と規則正しい足音。太陽の光と朝露の混ざった草木の青っぽい香り。逞しい腕に広い胸。そして服越しに伝わる温もり。

 嬉しいことに罪悪感を覚え、罪悪感があるのに、嬉しくて。そんな矛盾する感情が胸の中でせめぎ合う。

 きっともう一人の私だったら、あなたをもっと強く拒んでいたはずだ。

 そしてもう一人の私の人生を引き継いだ私は、あの頃のあなたに、今のあなたを重ねてはいけない。

 でも、許して。……ほんの少しだけ。

 私はもう一人の私に謝罪の言葉を紡いで、振動で微かに揺れるあなた身体に合わせて、そっと頬を寄せた。




 ───……私を抱く、カーディルの腕がほんの少し強まった気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

勇者様がお望みなのはどうやら王女様ではないようです

ララ
恋愛
大好きな幼馴染で恋人のアレン。 彼は5年ほど前に神託によって勇者に選ばれた。 先日、ようやく魔王討伐を終えて帰ってきた。 帰還を祝うパーティーで見た彼は以前よりもさらにかっこよく、魅力的になっていた。 ずっと待ってた。 帰ってくるって言った言葉を信じて。 あの日のプロポーズを信じて。 でも帰ってきた彼からはなんの連絡もない。 それどころか街中勇者と王女の密やかな恋の話で大盛り上がり。 なんで‥‥どうして?

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

「帰ったら、結婚しよう」と言った幼馴染みの勇者は、私ではなく王女と結婚するようです

しーしび
恋愛
「結婚しよう」 アリーチェにそう約束したアリーチェの幼馴染みで勇者のルッツ。 しかし、彼は旅の途中、激しい戦闘の中でアリーチェの記憶を失ってしまう。 それでも、アリーチェはルッツに会いたくて魔王討伐を果たした彼の帰還を祝う席に忍び込むも、そこでは彼と王女の婚約が発表されていた・・・

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

隣人の幼馴染にご飯を作るのは今日で終わり

鳥花風星
恋愛
高校二年生のひよりは、隣の家に住む幼馴染の高校三年生の蒼に片思いをしていた。蒼の両親が海外出張でいないため、ひよりは蒼のために毎日ご飯を作りに来ている。 でも、蒼とひよりにはもう一人、みさ姉という大学生の幼馴染がいた。蒼が好きなのはみさ姉だと思い、身を引くためにひよりはもうご飯を作りにこないと伝えるが……。

背徳の恋のあとで

ひかり芽衣
恋愛
『愛人を作ることは、家族を維持するために必要なことなのかもしれない』 恋愛小説が好きで純愛を夢見ていた男爵家の一人娘アリーナは、いつの間にかそう考えるようになっていた。 自分が子供を産むまでは…… 物心ついた時から愛人に現を抜かす父にかわり、父の仕事までこなす母。母のことを尊敬し真っ直ぐに育ったアリーナは、完璧な母にも唯一弱音を吐ける人物がいることを知る。 母の恋に衝撃を受ける中、予期せぬ相手とのアリーナの初恋。 そして、ずっとアリーナのよき相談相手である図書館管理者との距離も次第に近づいていき…… 不倫が身近な存在の今、結婚を、夫婦を、子どもの存在を……あなたはどう考えていますか? ※アリーナの幸せを一緒に見届けて下さると嬉しいです。

婚約破棄の上に家を追放された直後に聖女としての力に目覚めました。

三葉 空
恋愛
 ユリナはバラノン伯爵家の長女であり、公爵子息のブリックス・オメルダと婚約していた。しかし、ブリックスは身勝手な理由で彼女に婚約破棄を言い渡す。さらに、元から妹ばかり可愛がっていた両親にも愛想を尽かされ、家から追放されてしまう。ユリナは全てを失いショックを受けるが、直後に聖女としての力に目覚める。そして、神殿の神職たちだけでなく、王家からも丁重に扱われる。さらに、お祈りをするだけでたんまりと給料をもらえるチート職業、それが聖女。さらに、イケメン王子のレオルドに見初められて求愛を受ける。どん底から一転、一気に幸せを掴み取った。その事実を知った元婚約者と元家族は……

処理中です...