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再会と始まり

もう一人の私と、私だけが知る真実

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 宿屋に戻った私はリジェンテからお叱りを受けた。それはそれは厳しく、ねちねちと、徹底的に。

 そして私の部屋には再び4人が集まってくれた。でも、一同に私に非難……というか、呆れかえった視線を向けられてしまった。

 まったく軽率な行動をして、という言葉はなくても、一同から受けるその無言の責めに耐え切れなくなった私は、とうとう『いやこれ、鼻血です』と苦し紛れの嘘を付いてしまった。

 ……お前、女子捨てたな?というクウエットの憐憫の視線がこれまた痛かった。

 さて、それから私はまたリジェンテ作のまっずい薬湯を飲むハメになってなってしまった。

 ちなみに前回飲んだ時より、甘さは半減、苦さ倍増、えぐさが大サービスで追加されて一口飲んだだけで咽てしまう一品だった。

 でも、飲んだ。鼻をつまんで一気飲みをした。今度は全員が称賛の目を向けてくれたけれど、あまり嬉しくはなかった。

 リジェンテの薬湯には睡眠薬が入っていることは、すでに知っている。だから私は、すぐに寝た。

 ───そして夢を見た。とっても懐かしくて、幸せな夢を。 








 イトスギみたいな背の高い常緑木が等間隔で並ぶ街道を私は歩いている。かつての仲間と一緒に。

 どうしてわかるかって?それは、皆が私に笑みを向けてくれているからだ。

『リエノーラ、転ぶなよ』

 どこまでも澄み切った青い空と、街路樹のコントラストがとっても綺麗。

 弾むように先頭切って歩く私に、クウエットが心配そうに声をかける。でも、笑っている。

 皮の鎧に、黒のマント。一見、厳つくて怖そうに見えるけれど、クウエットはとっても面倒見が良い。そんな彼に向かって、もちろん私も笑って大丈夫と答える。

『リエノーラさま、お疲れではないですか?回復魔法をおかけしますよ』

 この旅は野宿だってあるから、それぞれが荷物を分担して持ち運んでいる。
 
 最初の頃は、重い荷物とほぼ歩きの毎日にひいこらしていた私だったけれど、もう2ヶ月も経てば慣れっこだ。だけども、リジェンテはいつまで経っても、私を甘やかす。

 そんな優しく可愛い天使に、平気と言って笑う。

『リエノーラ、あんたそんな前を歩いていたら危ないわよ。ほら、私の後ろを歩いて』

 クウエットとほぼ同じ言葉を紡いだファレンセガは私に向かって手招きをする。

 前開きの長いコートの隙間から、踊り子の衣装に身を包んだファレンセガの長い脚が覗いて、ヴィーナス顔負けの太ももがチラリと見える。

 もはやエロスというより、芸術だな。なんて思いながら、私は逆にファレンセガに早く早くと手招きをする。

『リエノーラさま。お荷物をこちらに。私が持ちます』

 いつの間にか隣に並んだあなたは、アイスブルーの瞳を柔らかく細めて私に手を差し伸べた。

 さっきまで顔をくしゃくしゃにして笑っていた私は、途端にもじもじし始める。

『カーディル、あんたそんなこと言って、本当はリエノーラさま自体を持ち上げたいんじゃないの?』
『まぁ、破廉恥ですわっ。でも、わたくし見ないふりしますので。さ、さぁ、前を歩きましょう』
『お嬢ちゃん、ほら素直に甘えてだっこしてもらえ。ん?俺の方が良いのか。よっしゃー!おいで───っていててて、痛っ』

 最後のクウエットの言葉は、あなたの一睨みと、手加減した拳で遮られてしまった。

 それを見たリジェンテと、ファレンセガが声を上げて笑う。クウエットも、痛みに顔を顰めながらもやっぱり笑う。

 そして、あなたは蕩けてしまうような綺麗な微笑みを私に向けてくれる。

 雲一つない、澄んだ空。空と同じ色の鳥が群れをなして飛び去って行く。

 ああ……綺麗だな。楽しかったなぁ。───とっても、幸せだったなぁ。







 絵に描いたような幸福な光景はいつしか、真っ白な空間に変わっていた。

 そして今、私はもう一人の私と向き合っている。今日ももう一人の私は、黒髪黒目。そして制服を着ている。

【幸せだったんだね。大事されていたんだね】

 その言葉で、もう一人の私も、同じものを見ていたことに気付く。でも、その言葉には嫌味はない。なんていうか、ドラマを見た感想っていう感じ。まぁつまり、他人事のように呟いたのだ。

『うん大事にされていた。とっても幸せだったよ。………でもね』

 私も、素直に答える。ただ、最後の言葉は、声が震えてしまった。

 それからぎゅっと両手を胸に当てて、息を整える。私だって、ちゃんと言わなければならない。

『あのね、私だけが助かっちゃったんだ』
【……っ】
『皆、私を守る為に死んじゃったのっ』
【……っ】
『だから、私、ここに来たの』
【そう】

 私の言葉に最初は息を呑んでいたもう一人の私だったけれど、最後は拍子抜けするほど、あっさりとした返事だった。

 だから私は、カミングアウトをした勢いで、一番聞いてはいけないことを口にしてしまった。

『あなたは、私と入れ替わりたい?』
【ううん。いいや。もう、良いや】

 これもあっさりと首を横に振った。

 でもすぐに、もう一人の私はこうも言った。どこか吹っ切れた口調で。

【私ね、あんな辛い思いをするなら、出会わなければ良かったって思っちゃったんだ】

 もう一人の私は、そう言って唇を噛んだ。けれど、すぐにこう言った。

【どうやったら辛い思いをしないで済むかそればかり考えて、ずっとこの現実と向き合うことから逃げていたの。逃げて……逃げて……で、自分から終わらせちゃったんだ】
『……』
【ただね、失いたくなかったの。人も、世界も、みんなも。でも、私と関われば、絶対に不幸になると思ってた。私は、英雄になりたかったわけじゃないし、みんなからちやほやされたいわけでもなかったんだ】

 もう一人の私はとっくに気付いていたのだ。失うことの怖さを。

 だからこれ以上犠牲を増やさないように、敢えて、伸ばされた手を退けたのだ。無くなっちゃえば、取り戻すことができない。なら、最初から得なければ良いと。

 その考えは、狡いと思う。卑怯だと思う。臆病だと思う。

 そしてそれは、これ以上、自分が傷つきたくないということでもあり……。

 だからもう一人の私を責められない。私はその気持ちが今なら痛いほどわかるから。

【この傷、なんでできたか知ってる?】
『……ううん。知らない』

 心の痛みを共有していたら、リアルな傷のことを聞かれてしまった。

 リベリオの話をしようとしたけれど、そういうことじゃないと気付いた私は、少し間を置いて首を横に振る。

 そうすれば、もう一人の私は、私の脇腹を指差しながら説明を始めた。ちなみに、夢の中では傷は痛まない。

【食材を調達しようとしたんだけど、そこで寄った村がね、魔物に襲われていたの。そこで、オラウータンみたいな魔物に子供が襲われていてね】
『うん』
【子供が殺されそうになっちゃったから庇った時にできた傷なんだ】
『マジ!?すごいね』
【でしょ?ぶっちゃけ、私もそんなことができるなんて、びっくりした。………でもさぁ、なんか子供助けて、傷を負ったら、これまで頑張ってきた色んなヤツが、ぽきって折れちゃったんだぁ。もう良いやって】
『そうなんだ』
【そうなんだよ】

 もう一人の私は、笑った。

 真冬の体育の授業で、マラソンを完走した時のように。テストで赤点を取ってしまい、嫌々補習を受け終えた時のように。

 それは、ようやっと苦痛から解放された笑みだった。

【でもね、やっぱり、友達の誘いを断らなかったことは、後悔していない。っていうか、できない】
『なんで?』
【だって、ラパン・ドールの限定プリンだったんだもん】
『マジで!?』

 どうしよう。断った私の方が後悔している。

 金色のウサギの看板が目印のラパン・ドールは、人気の洋菓子店。しかもそこの限定プリンは開店15分で売り切れになるという、まさに幻といわれているプリンなのだ。

 ちなみに私はそのプリンを一度も食べたことがない。食べたいと思う熱意だけは誰よりも強かったけれど。

 そんなまさかの事実に、あわあわとする私に、もう一人の私はふっと笑って口を開く。

【うん、マジ。しかも、美也ちゃんと、優ちゃんさぁプレミア紅茶味を予約してくれていたんだもん。断れないよね】
『え?あれ、予約不可じゃなかったの!?』
【本当はね。でも、美也ちゃんと、優ちゃんが、直談判してくれたんだ】
『マジかぁ……ね、ねぇ……美味しかった?』
【ううん。結局食べれなかった】
『………うっわぁー……マジかぁ』

 もう一人の私は、間違いなく同じ味覚の持ち主。だから、その味を知りたかったんだけど……。

 この室もが場違いなのはわかるけど、女の子の好奇心として、どうか許して欲しい。

 そしてあと一歩で届かなかった幻のプリンに想いを馳せていた私に、もう一人の私はゆっくりと首を横に振った。

【だから、良いの。後悔することは沢山あったけれど、結果として、もう良いの。あなたが引き継いでくれたから】
『……』

 もう一人の私は穏やかに笑う。でも、私は同じ顔をすることができない。

 それは、引き継いだことが嫌だからではない。さまざまな感情が邪魔して、一体どんな顔をすれば良いのかわからないのだ。

【ねぇ、リエノーラ】
『…………っ』

 もう一人の私が、私の名を呼ぶ。ずっと拒んでいた、元の姿の私の名前を。

 まるで、別の人間の名を呼ぶように。他人と向かい合うように。そして、もう一人の私は、くしゃりと顔を歪めてこう言った。

【お願い、皆を守ってね】と。




 ───そして、もう一人の私は、私が言葉を掛ける間もなく消えてしまった。
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