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変調の兆し
二
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(恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい……!)
一目散に自室に駆け込むとぴっちりと几帳を立てて寝台へと潜り込む。そのまま布団を頭から被りすばるは羞恥に悶えた。
「あぁ~何てことを……!皓月はただ僕の傷を治してくれようとしただけなのに僕は……!」
舐められていた包帯と素肌は既に熱を失って冷たく冷えている。だがそれが余計に、傷を皓月に舐められたのだと言う事実を突きつけた。
幼い頃はただくすぐったいだけだったこの行為が、日を追う毎に背にぞくぞくとしたものを連れてくるようになった。それが何なのかこの歳になれば分かろうものだ。
子供のころから皓月に抱いていた恋心は消えるどころか成長と共に大きく膨らんで、今は抑えるのも辛い程にすばるの身に溢れんばかりに詰まっている。伝える気もないのに焦がれて焦がれて、触れられるだけで胸が痛い。
「皓月は神様だもの、僕がこんなに浅ましい想いを抱いているなんて思ってもいないでしょうね……」
きつく抱き寄せる彼の目に欲の籠った熱が宿っているように見えたのは、恋焦がれる己が見せる都合のいい幻覚だろう。彼は神なのだから、他の人の子を見るのと同じように親としての無償の愛で接している筈だ。劣情や欲望を含んだ目で見ているのは自分だけ。
止めろと、困ると口では言いながら心の底では触れられることに喜んでいる。己の浅ましさに泣きたくなる。
「困らせたくない。嫌われたくない。皓月にだけは……」
きらきら輝く月を失いたくない。
皓月を困らせてしまうくらいなら己の思慕など閉じ込めて忘れてしまおう。その決意は今も変わっていない。しかしここ最近傷を負い、それを舐められる頻度が増えていてすばるの辛抱は限界に近かった。それが今回の醜態に繋がった訳だ。
すばるはのろのろと起き上がって濡れた包帯をゆっくりと外す。そこにある傷は自分で包帯を巻いた時よりも格段に回復が進んでいた。皓月が舐めた効果だろう。
そのことが感謝と共になんとも居た堪れない気持ちにさせる。
「もうこれ以上は耐えられない。何とか止めてもらわないと」
この行為さえなければきっと隠し続けることができる筈なのに。すばるは困り果て天を仰ぐ。
傷を舐められるのが嫌ならば傷を負わねば良いだけのこと。そうするのは簡単だった。だがその簡単なことがすばるにはできないのだ。すばるは贄の神子なのだから。
ここのところ、人の世が少し騒がしい。
ここ数カ月ですばるの元に届く文の数が跳ね上がっている。原因不明の病を負ったと縋ってくる文が毎日山のように届いていて毎日目を通すだけでも苦労する程だった。
流行病でも流行っているのかと暢気に構えていられたのは始めだけ。ここ数日は毎日誰かの不治の病を贖い、傷を負う日々だった。この間など緋の国の皇妃がその美しい姿をできものだらけにして神殿へとやってきたのだ。その時彼女は「我が娘章子は私の病を予兆し、贄の神子に頼まねば命を落とすと言った。そしてこのようなことはこの先も続くだろうと」と涙ながらに語った。つまり彼女の病は自然なものではない可能性がある、ということだ。
流行り病ならば大抵が衣食住に困窮した者や平民から流行り始め、徐々に貴族へと広がっていく。平民と貴族では衛生環境や食生活、体調を崩した際に医者にかかれるかどうかに圧倒的な差があるからだ。それゆえに貴族と平民の別なく病にかかるというのは珍しい事態である。
おかしい、不自然だと思いながらすばるは己の身を削る。皓月は安請け合いを止めろと言う以外に異変の答えも助言もくれなかった。
「皓月は何か知っているはず。神様がこんな不自然な事象を把握してないわけがありません。だからって訊いても何も教えてくれなかったし……どうしたものか」
何か、すばるに知られては困ることがその裏にあるのだろう。だから皓月は何も言わない。彼はすばるに過剰な負担をかけることを好まない。
「そうだ、六花様にお尋ねしてみましょう」
体の熱も引いてきた。すばるは皓月への思慕に蓋を締め、ふうと大きく息を吐いて寝台から出ると六花に文を認めた。すばるは今でも六花と定期的な文のやり取りを続けている。文を出したとしても皓月に何かを勘繰られることはないだろう。
「これでよし。後で文を出してもらいましょう」
いつもは皓月が諸々の報告書を送るついでに一緒に文を出してもらっている。すばるは書き上げた文に封をすると一旦文箱の中に片付けた。
一仕事終えたすばるはきょろりと部屋を見回し、徐に立ち上がると格子を全て閉じた。真っ暗な中でも棚の上できらきらと小さな光を瞬かせるのは幼い頃皓月に貰った星の硝子瓶。それを棚から取り出して蓋を外すと、部屋中に緩やかに夜空が広がっていく。
ここにだけ夜がやってくる。
「今日は秋の星空かな」
皓月がくれた瓶に詰めた星は不思議なことに季節によって異なる姿を見せた。今日の夜空は秋も深まった頃に見せる星々の姿だ。
「皓月……」
皓月を恋しいと想う心。わかってほしい、曝け出してしまいたいと思う気持ちと、それで全てが変わってしまうかもしれない恐ろしさにじくじくと胸が痛む。そのうえ人の世はおかしなことが起こっているかもしれないのに皓月はすばるに何も教えてくれない。どうして話してくれないのか。すばるは皓月への恋心以外、隠し事なんて何もないのに。
「ああ、いけない。こんな馬鹿なこと考えるなんて」
すばるは腹の底にとぐろを巻く不快感に頭を振った。
独りぼんやりと星を眺めることで一切の思考を振り払う。そうしなければ蟠る様々な想いに掴まってしまいそうだった。
一目散に自室に駆け込むとぴっちりと几帳を立てて寝台へと潜り込む。そのまま布団を頭から被りすばるは羞恥に悶えた。
「あぁ~何てことを……!皓月はただ僕の傷を治してくれようとしただけなのに僕は……!」
舐められていた包帯と素肌は既に熱を失って冷たく冷えている。だがそれが余計に、傷を皓月に舐められたのだと言う事実を突きつけた。
幼い頃はただくすぐったいだけだったこの行為が、日を追う毎に背にぞくぞくとしたものを連れてくるようになった。それが何なのかこの歳になれば分かろうものだ。
子供のころから皓月に抱いていた恋心は消えるどころか成長と共に大きく膨らんで、今は抑えるのも辛い程にすばるの身に溢れんばかりに詰まっている。伝える気もないのに焦がれて焦がれて、触れられるだけで胸が痛い。
「皓月は神様だもの、僕がこんなに浅ましい想いを抱いているなんて思ってもいないでしょうね……」
きつく抱き寄せる彼の目に欲の籠った熱が宿っているように見えたのは、恋焦がれる己が見せる都合のいい幻覚だろう。彼は神なのだから、他の人の子を見るのと同じように親としての無償の愛で接している筈だ。劣情や欲望を含んだ目で見ているのは自分だけ。
止めろと、困ると口では言いながら心の底では触れられることに喜んでいる。己の浅ましさに泣きたくなる。
「困らせたくない。嫌われたくない。皓月にだけは……」
きらきら輝く月を失いたくない。
皓月を困らせてしまうくらいなら己の思慕など閉じ込めて忘れてしまおう。その決意は今も変わっていない。しかしここ最近傷を負い、それを舐められる頻度が増えていてすばるの辛抱は限界に近かった。それが今回の醜態に繋がった訳だ。
すばるはのろのろと起き上がって濡れた包帯をゆっくりと外す。そこにある傷は自分で包帯を巻いた時よりも格段に回復が進んでいた。皓月が舐めた効果だろう。
そのことが感謝と共になんとも居た堪れない気持ちにさせる。
「もうこれ以上は耐えられない。何とか止めてもらわないと」
この行為さえなければきっと隠し続けることができる筈なのに。すばるは困り果て天を仰ぐ。
傷を舐められるのが嫌ならば傷を負わねば良いだけのこと。そうするのは簡単だった。だがその簡単なことがすばるにはできないのだ。すばるは贄の神子なのだから。
ここのところ、人の世が少し騒がしい。
ここ数カ月ですばるの元に届く文の数が跳ね上がっている。原因不明の病を負ったと縋ってくる文が毎日山のように届いていて毎日目を通すだけでも苦労する程だった。
流行病でも流行っているのかと暢気に構えていられたのは始めだけ。ここ数日は毎日誰かの不治の病を贖い、傷を負う日々だった。この間など緋の国の皇妃がその美しい姿をできものだらけにして神殿へとやってきたのだ。その時彼女は「我が娘章子は私の病を予兆し、贄の神子に頼まねば命を落とすと言った。そしてこのようなことはこの先も続くだろうと」と涙ながらに語った。つまり彼女の病は自然なものではない可能性がある、ということだ。
流行り病ならば大抵が衣食住に困窮した者や平民から流行り始め、徐々に貴族へと広がっていく。平民と貴族では衛生環境や食生活、体調を崩した際に医者にかかれるかどうかに圧倒的な差があるからだ。それゆえに貴族と平民の別なく病にかかるというのは珍しい事態である。
おかしい、不自然だと思いながらすばるは己の身を削る。皓月は安請け合いを止めろと言う以外に異変の答えも助言もくれなかった。
「皓月は何か知っているはず。神様がこんな不自然な事象を把握してないわけがありません。だからって訊いても何も教えてくれなかったし……どうしたものか」
何か、すばるに知られては困ることがその裏にあるのだろう。だから皓月は何も言わない。彼はすばるに過剰な負担をかけることを好まない。
「そうだ、六花様にお尋ねしてみましょう」
体の熱も引いてきた。すばるは皓月への思慕に蓋を締め、ふうと大きく息を吐いて寝台から出ると六花に文を認めた。すばるは今でも六花と定期的な文のやり取りを続けている。文を出したとしても皓月に何かを勘繰られることはないだろう。
「これでよし。後で文を出してもらいましょう」
いつもは皓月が諸々の報告書を送るついでに一緒に文を出してもらっている。すばるは書き上げた文に封をすると一旦文箱の中に片付けた。
一仕事終えたすばるはきょろりと部屋を見回し、徐に立ち上がると格子を全て閉じた。真っ暗な中でも棚の上できらきらと小さな光を瞬かせるのは幼い頃皓月に貰った星の硝子瓶。それを棚から取り出して蓋を外すと、部屋中に緩やかに夜空が広がっていく。
ここにだけ夜がやってくる。
「今日は秋の星空かな」
皓月がくれた瓶に詰めた星は不思議なことに季節によって異なる姿を見せた。今日の夜空は秋も深まった頃に見せる星々の姿だ。
「皓月……」
皓月を恋しいと想う心。わかってほしい、曝け出してしまいたいと思う気持ちと、それで全てが変わってしまうかもしれない恐ろしさにじくじくと胸が痛む。そのうえ人の世はおかしなことが起こっているかもしれないのに皓月はすばるに何も教えてくれない。どうして話してくれないのか。すばるは皓月への恋心以外、隠し事なんて何もないのに。
「ああ、いけない。こんな馬鹿なこと考えるなんて」
すばるは腹の底にとぐろを巻く不快感に頭を振った。
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