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よくある昔話2
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ルキーノは出会った時から酷く不機嫌そうな顔をしていた。上品でスマートな仕草とは裏腹に眉間には常に深い皺が寄せられて、ぴくりとも表情が変わらない。その鋭い眼光に晒されるとまるで蛇に睨まれた蛙の気分だ。
彼は娼館がお気に召さないのかもしれない。接待の場所間違えたんじゃない?と思ったけどそれを口にすることはできない。俺はただ子爵の望み通りルキーノをもてなすだけだ。
「お好きな銘柄はありますか?ご用意できるものがありましたらお持ちしますよ」
「これでいい。特にこだわりはない」
「そうですか?わかりました」
隣合わせで酒を注ぎながらルキーノに問いかける。好きな銘柄は好みのタイプだ。暗に俺以外の男娼や娼婦をお望みなら連れてくるよ、と言ったけどルキーノは首を振った。俺がいいと言うよりどうでもいいって感じの返事。全然興味なさそう。
「子爵、先日の件だが」
「万事上手くいっておりますよ。育成も順調、収穫量は去年の倍は見込めるでしょう。既に複数の買い手が付いております」
「ほう」
「これも全てベネディクティス様が森の害獣駆除を支援してくださったおかげです。感謝しておりますよ」
食事を摂り酒を飲みながらルキーノは子爵と仕事の話をしている。これは特に珍しいことじゃない。仕事の延長で会食に来て、秘密の話をしていく貴族は結構いるのだ。
「中には鼻が効くものもいるだろう。気を緩めるにはまだ早いぞ」
「心得ておりますとも。我が領の少ない税収から予算を絞り出したのですからしくじりなど以ての外。必ず成功させますよ」
「ならば良い」
こういう話をしている時は置物になるに限る。出しゃ張らず、静かに。求められた時だけ求められるものを返す。それがここで生き残る術だ。お貴族様に無礼を働いたら首が飛ぶかもしれないからね!
彼は元々口数が少ないのだろう、仕事の話がひと段落ついた後は子爵ばかりが話をしていたように思う。聞いているのかいないのか供された食事と酒を淡々と口に運ぶルキーノ。その間彼は隣に座る俺に指一本触れることはなかった。何なら視線も合わなかった気がする。逆に子爵は隣に座る別の娼婦の腰を抱いてほろ酔い気分なので温度差が凄い。本当に接待の場所ここでよかった?
「子爵、あまり酒をお召しになりますと伯爵がお困りになりますよ。今日はこのままお帰りになるのでしょう?」
「うん?どうしようかなぁ。ネロちゃんはいて欲しいかい?泊まってほしい?」
「私のことは良いのです。もう酔っておられるのですか?ねぇ、子爵に水を持ってきてくれる?」
「畏まりました」
慣れた場所での接待で酒が過ぎた子爵に呆れてしまう。ホストがゲストより先に酔ってどうするんだよ。
俺は傍に控えた見習いに水を持ってくるように伝えて、子爵に付いている子に酒を取り上げさせた。これも不敬かもしれないが致し方ない。ベロベロに酔って上位貴族の不興を買えば困るのは子爵だ。俺だって金払いのいい太客が減るのは避けたい。
内心困っていると無言でその様子を見ていたルキーノが手にしたグラスを置いた。そして大きなため息をひとつ。
「今宵話すべきことは話した。それの酒が過ぎているなら置いていく。好きなようにすればいい」
「ではもうお帰りに?」
「そうだな。もういいだろう」
これ以上は付き合っていられないということだろうか。ここまで俺たちに興味なさそうな人を変に引き留めてもいいことは無いだろう。俺は素直に頷いた。
「承知致しました。本日は子爵の馬車でお越しでしたよね。貸し馬車を回しましょう。少々お待ちください」
花街のレンタル馬車屋に上位貴族が乗っても遜色ない馬車を回すように手配を頼み、ルキーノの帰り支度を手伝う。と言っても今日は食事だけだったので預かったコートの袖を通して鞄をエントランスまで持つだけだ。
てきぱきと帰りの準備をする俺をルキーノは珍しいものでも見るように観察していた。それに俺は首を傾げる。
「何かございますか?」
「引き留めるものと思ったが」
ルキーノの言葉にきょとりと目を丸める。ああ、彼は俺たちが素直に帰らせてくれないと考えていたのか。俺は緩く首を横に振った。
「そのようなことは致しません。お客様が十分と思ったならそこがお帰りの時間。安全にご帰宅されるようお見送りするだけです」
「ほう、それだけか。随分とあっさりしたものだな」
「勿論、又のお越しは期待しますけどね。ベネディクティス辺境伯様はまたお越しくださいますか?」
上位貴族を顧客にすれば俺の店でのランクが上がる。でも彼は全然俺たちに興味なんかなさそう。次なんかないだろうな、と思いながら冗談めかして問いかけると、ルキーノは意外にも思案するように沈黙した。
そして今日初めて真っ直ぐに俺を見て言ったのだ。
「考えておこう」
「えっ」
いけない。びっくりして声が出ちゃった。恥ずかしげに口元を指で隠す俺にルキーノはその大きな手を伸ばした。
えっ?何その手どう言う意味?もしかして顔に出てないだけで俺のこと気に入ってたりなんか……
「鞄を」
あっ、ハイ。そうですよねそりゃ。
彼は娼館がお気に召さないのかもしれない。接待の場所間違えたんじゃない?と思ったけどそれを口にすることはできない。俺はただ子爵の望み通りルキーノをもてなすだけだ。
「お好きな銘柄はありますか?ご用意できるものがありましたらお持ちしますよ」
「これでいい。特にこだわりはない」
「そうですか?わかりました」
隣合わせで酒を注ぎながらルキーノに問いかける。好きな銘柄は好みのタイプだ。暗に俺以外の男娼や娼婦をお望みなら連れてくるよ、と言ったけどルキーノは首を振った。俺がいいと言うよりどうでもいいって感じの返事。全然興味なさそう。
「子爵、先日の件だが」
「万事上手くいっておりますよ。育成も順調、収穫量は去年の倍は見込めるでしょう。既に複数の買い手が付いております」
「ほう」
「これも全てベネディクティス様が森の害獣駆除を支援してくださったおかげです。感謝しておりますよ」
食事を摂り酒を飲みながらルキーノは子爵と仕事の話をしている。これは特に珍しいことじゃない。仕事の延長で会食に来て、秘密の話をしていく貴族は結構いるのだ。
「中には鼻が効くものもいるだろう。気を緩めるにはまだ早いぞ」
「心得ておりますとも。我が領の少ない税収から予算を絞り出したのですからしくじりなど以ての外。必ず成功させますよ」
「ならば良い」
こういう話をしている時は置物になるに限る。出しゃ張らず、静かに。求められた時だけ求められるものを返す。それがここで生き残る術だ。お貴族様に無礼を働いたら首が飛ぶかもしれないからね!
彼は元々口数が少ないのだろう、仕事の話がひと段落ついた後は子爵ばかりが話をしていたように思う。聞いているのかいないのか供された食事と酒を淡々と口に運ぶルキーノ。その間彼は隣に座る俺に指一本触れることはなかった。何なら視線も合わなかった気がする。逆に子爵は隣に座る別の娼婦の腰を抱いてほろ酔い気分なので温度差が凄い。本当に接待の場所ここでよかった?
「子爵、あまり酒をお召しになりますと伯爵がお困りになりますよ。今日はこのままお帰りになるのでしょう?」
「うん?どうしようかなぁ。ネロちゃんはいて欲しいかい?泊まってほしい?」
「私のことは良いのです。もう酔っておられるのですか?ねぇ、子爵に水を持ってきてくれる?」
「畏まりました」
慣れた場所での接待で酒が過ぎた子爵に呆れてしまう。ホストがゲストより先に酔ってどうするんだよ。
俺は傍に控えた見習いに水を持ってくるように伝えて、子爵に付いている子に酒を取り上げさせた。これも不敬かもしれないが致し方ない。ベロベロに酔って上位貴族の不興を買えば困るのは子爵だ。俺だって金払いのいい太客が減るのは避けたい。
内心困っていると無言でその様子を見ていたルキーノが手にしたグラスを置いた。そして大きなため息をひとつ。
「今宵話すべきことは話した。それの酒が過ぎているなら置いていく。好きなようにすればいい」
「ではもうお帰りに?」
「そうだな。もういいだろう」
これ以上は付き合っていられないということだろうか。ここまで俺たちに興味なさそうな人を変に引き留めてもいいことは無いだろう。俺は素直に頷いた。
「承知致しました。本日は子爵の馬車でお越しでしたよね。貸し馬車を回しましょう。少々お待ちください」
花街のレンタル馬車屋に上位貴族が乗っても遜色ない馬車を回すように手配を頼み、ルキーノの帰り支度を手伝う。と言っても今日は食事だけだったので預かったコートの袖を通して鞄をエントランスまで持つだけだ。
てきぱきと帰りの準備をする俺をルキーノは珍しいものでも見るように観察していた。それに俺は首を傾げる。
「何かございますか?」
「引き留めるものと思ったが」
ルキーノの言葉にきょとりと目を丸める。ああ、彼は俺たちが素直に帰らせてくれないと考えていたのか。俺は緩く首を横に振った。
「そのようなことは致しません。お客様が十分と思ったならそこがお帰りの時間。安全にご帰宅されるようお見送りするだけです」
「ほう、それだけか。随分とあっさりしたものだな」
「勿論、又のお越しは期待しますけどね。ベネディクティス辺境伯様はまたお越しくださいますか?」
上位貴族を顧客にすれば俺の店でのランクが上がる。でも彼は全然俺たちに興味なんかなさそう。次なんかないだろうな、と思いながら冗談めかして問いかけると、ルキーノは意外にも思案するように沈黙した。
そして今日初めて真っ直ぐに俺を見て言ったのだ。
「考えておこう」
「えっ」
いけない。びっくりして声が出ちゃった。恥ずかしげに口元を指で隠す俺にルキーノはその大きな手を伸ばした。
えっ?何その手どう言う意味?もしかして顔に出てないだけで俺のこと気に入ってたりなんか……
「鞄を」
あっ、ハイ。そうですよねそりゃ。
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