Re:攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。【第一部新生版】

水無月いい人(minazuki)

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第四章 《第一部》ヒーラー 模索篇

第46話「砂漠を越えて」

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しばらく歩いた末、見えてきたものは砂漠の海だった。
 視界の先に広がる無限の砂の波。その光景に俺たちはしばし言葉を失った。

「ここから更に一週間かかります」

 ルクスが淡々と言葉を紡ぐが、俺たちにはそれがとても重い現実に聞こえた。

「「えぇーーーーーーーーーー」」

 俺とエルザは声を揃えて叫んだ。これまでの旅路で溜まった疲れが一気に押し寄せてくる。

「……心配しないで下さい。少し行けば乗合ラクダがあります」

 ルクスの一言が救いの光のように思えたが、その「少し」がどれだけなのか、俺たちには見当もつかない。

 砂漠の風は乾いていて、熱が体力を奪っていく。遠くに見える陽炎が、どれだけ進んでも近づいてこないのが妙に腹立たしい。

 俺たちは汗をぬぐいながら、足を進め続けるしかなかった。

 ……
 …………
 ………………

「……う~む……なにも無いな……ルクス、水をくれないか」

 振り返る俺の声は、自分でも情けないと思うくらい弱々しかった。

「エルザがほとんど飲んでしまったので、もうありませんよ」

 淡々としたルクスの声に、俺はがくりと肩を落とした。

「………俺も流石に疲れた……」

 砂漠は広い。本当に広すぎる。延々と続く砂の海を前に、俺たちの気力も限界に近づいていた。

「ダメだぁ~私はもう……」

 エルザはその場にへたり込み、完全に白旗を上げた様子だった。女王の威厳もなにもない。

「仕方ありません、飲水としてはあまり良くありませんが」

 ルクスが魔力を込めた水魔法を使おうとしているのを見て、俺は不安になった。

「『ウォーターボール』」

 その直後、大きな水の玉がエルザの顔面を直撃する。

「――あびゃっ!?」

 水に濡れたエルザは、驚いた表情を浮かべながらその水を飲み始めた。

「魔力が込められた水ですので、少しだけにして下さいね。耐性がない者が飲むと魔力暴走を起こし……ってもう遅いですか……」

 ルクスがため息をつきながら呟く。エルザはそんなことを気にする様子もなく、ゴクゴクと水を飲み干していた。

「ルクスっ!! もう一杯!! 頼む!!」

 土下座して頼み込むエルザを見て、俺はなんとも言えない気分になった。

「……ルクス、最後に一回だけやってやれよ……こんな綺麗に土下座する女王なんて見てられないんだが」

 エルザの熱意に押されたルクスは、再び魔法を使った。

「『ウォーターボール』」

 再びエルザの顔にぶつけられる水。彼女は一滴残らず飲み干し、満足げな表情を浮かべていた。

「ぷはぁ~!」

 その様子に、俺は思わず笑ってしまった。少し前まで砂漠の厳しさに押しつぶされそうだった俺たちが、こうして笑っている。それだけで、少し気力が戻った気がした。

「ルクス、心配しなくてもエルザなら魔力暴走を起こすことは無いと思うぞ。こいつの生命力は獣以上だからな」

「……はぁ……そうですね」

 ルクスは呆れたようにため息をつきながらも、エルザの逞しさに妙な安心感を覚えたようだった。

 四時間ほど歩いた後、小さな木造の建物が見えてきた。

「お、人がいるぞ」

 俺は遠くに見えた建物を指差し、少しだけ足を速める。

「行ってみましょう」

 ルクスも同意し、俺たちはその建物へ向かった。

 エルザはというと、少し離れたところで足を止め、妙な表情をしていた。

「アスフィ……ルクス……お腹が……私は少しお花を摘みにいってくる……」

 俺たちは無言で頷き、彼女をその場に残して先を急いだ。

 俺とルクスは、トイレに行ったお嬢様を後にして建物へと足を進めた。
 そこにはラクダが二頭、そして麦わら帽子を被った中年の男が一人いた。

「ん? お客さんとは久しぶりだな。どうした? 道にでも迷ったか?」

 男が陽気に声をかけてくる。その目は砂漠の風に晒されてきたせいか細められ、日焼けした肌には無数の皺が刻まれていた。

「ここは乗合ラクダで合ってるか?」

「合ってるが……どこまでだい?」

「『水の都フィルマリア』までだ」

 俺の言葉に、男は少しだけ目を見開いた。

「ほう、また随分と懐かしいな。砂漠を抜けるまででいいか? 流石に水の都まではラクダじゃいけねぇからな」

「十分だ。いけるか?」

「ああ、任せとけ。金はあるか?」

「はい、ここに」

 俺が財布を確認するよりも早く、ルクスが金を取り出して渡していた。こういうところ、本当に頼りになるやつだ。

「毎度あり、じゃ乗ってくれ。今から出発するぞ」

「待ってくれ。今トイ……花を摘みに行ってるお嬢様がいる」

「……花? こんな砂漠でか?」

 男の言葉に苦笑しながら、俺たちはエルザを待つことにした。

 しばらくしてエルザが戻ってきた。

「いやぁすまない! いい花が見つからなくてな!」

 そんな花なんてあるはずないだろうと心の中で突っ込みつつ、俺は少し意地悪な気分になった。

「……なぁエルザ? いい花見つかったか? あんなに時間かけたんだ、さぞいい花が見つかったんだろ? どれ、俺にも見せてくれよ」

「アスフィ……」

 エルザの顔は真っ赤になり、頬を膨らませて睨みつけてきた。日頃の鬱憤を晴らせた気分で、俺は少しだけ気が楽になった。

「――んじゃ、出発するぞ」

 麦わら帽子の男が声をかけ、二頭のラクダが引くキャビンに乗り込む。砂漠を抜けるまでの短い旅が始まった。

 キャビンの揺れに身を任せながら、俺はルクスに話しかけた。

「なぁ、ルクス。『水の都フィルマリア』ってどんなところなんだ?」

「水が豊富な街らしいですよ。私のかつての仲間はそう言っていました」

 水が豊富な街。砂漠を抜けた先に広がるというその場所が、俺の想像の中でどんどん美しいものに膨らんでいく。

「その仲間っていうのは信用出来るやつらなのか?」

「はい。一年ほど一緒に旅をしていた仲間です。……もしかしたらアスフィとは少し相性が悪いかもしれません」

「俺と相性が悪い?」

 どういう意味だろうか。俺の考え込む顔を見て、ルクスは少しだけ笑った。

「最後に彼らと別れた時、『水の都フィルマリア』にいるから何かあれば会いに来いと言われました」

 なるほど。だが、今もその場所にいるとは限らない。

「なぜルクスはついていかなかったんだ?」

「……私は彼らに相応しくないと思ったんです。沢山迷惑をかけましたし……なにより、彼らはD級やE級の者たちでした。私はS級です……当然パーティの中でも浮いていましたから」

 ルクスの言葉には、苦い思い出が滲んでいるようだった。

 ……S級。それはこの世界で選ばれたわずかな者しか到達できない頂点だ。そんなルクスが普通の冒険者たちの中で浮いてしまうのも仕方ないのかもしれない。

「ルクスはこんなチビなのに大変だったんだな」

「アスフィもチビ……だったでは無いですか……」

「ハッハッハ! アスフィはもうチビでは無いからな! チビなのはルクスだけになってしまったな!」

 エルザの笑い声に、ルクスが両手で彼女をポコポコと叩き始める。そのやり取りを見ていると、不思議と気持ちが和らいだ。

 ……俺はいつまでこの姿のままなんだろうか。

「………俺は……何者なんだ」

「……うむ、焦ることは無い。何れ分かるさ」

「そうですよ、アスフィ。落ち込むことはありません。それに……その……今のアスフィもカッコイイです……よ?」

 ルクスの言葉に、俺は少しだけ胸が温かくなった。

「ルクス、エルザ。ありがとう」

 ――そして、しばらくラクダのキャビンに揺られながら進んだ末、六時間ほど経った頃だった。

「着いたぞ」

 麦わら帽子の男の声で、俺たちは顔を上げる。砂漠を抜け、目の前に広がったのは緑の風景だった。

「やっと緑が見えたぞー!! いくぞアスフィ、ルクス!」

 エルザはキャビンを飛び出すなり、目の前に広がる草むらに駆けていった。その姿はまるで子供そのものだった。

「まてバカお嬢様!」

 俺は呆れつつも、思わず笑ってしまう。

「すみません、ここまで運んで頂きありがとうございました」

「いいってことだ。俺もちょうど帰るとこだったしな」

 男がラクダを降り、俺たちを見送る準備を始めた。

 エルザは草むらの上で大はしゃぎしている。

「ハッハッハッ! 草だ! 緑だ! 久しぶりだー!!」

 その姿を見た麦わら帽子の男が俺に小声で問いかけてくる。

「あの子、大丈夫か?」

「いつもの事だ」

「はい、いつもの事です。ご心配なく」

 俺とルクスの返事に男は肩をすくめて苦笑した。

 俺たちは男の誘いを受けて、彼の家に泊めてもらうことになった。小さな木造の家だったが、どこか懐かしさを感じさせる場所だった。

「……なんだか、俺の村を思い出すな」

 俺はつぶやきながら、遠い記憶の中にいる家族の顔を思い浮かべた。父さん、母さん……元気でいるだろうか。

 ……
 …………
 ………………

 家の中でくつろぎながら、俺たちは自己紹介を交わした。

「遅くなったな。俺の名は、ハイディだ。よろしくな」

「ルクスです」

「アスフィだ」

「エルザ・スタイリッシュだ!!」

 エルザだけ妙に気合いの入った名乗り方だった。俺とルクスが顔を見合わせて呆れる。

「なに!? あんたがエルザ・スタイリッシュなのか!?」

 ハイディは驚いたように声を上げた。その反応を見る限り、エルザの名前はやはり広く知られているようだ。

「知ってるのか?」

「当たり前だ! ミスタリスの現女王じゃないか! ……にしてもなんでここにいるんだ……?」

 俺たちはミスタリスの現状と、『水の都フィルマリア』に向かう理由を簡潔に説明した。

「……そうか。大変だったんだなアンタらも。……そしてエルザ様、お父上には大変お世話になりました」

 そう言ってハイディはエルザに深々と頭を下げた。

「……そうか。パパの知り合いか。こちらこそありがとう、これからもパパを覚えていてやってくれ」

「……もちろんです」

 ハイディが話すには、かつてエルザの父、エルフォード・スタイリッシュに命を救われたことがあるらしい。若い頃、魔獣に襲われた彼をエルフォードが救い、それ以来「助け合い」を信条として生きてきたのだという。

「……そういえばハイディ、村と言ったがこの村にはいくつも家がある……にも関わらず人の気配がしない。まさかあんた一人でこの村に住んでるのか?」

「……ああ。皆出ていったよ。今アンタらが行こうとしている水の都にな。俺の家族も皆だ」

 そんなに良い街なのか? 『水の都フィルマリア』という場所は。俺は期待と不安が入り混じった気持ちで聞き返した。

「そんなにいい所じゃないさ……あんたらも行けばわかる。あの街の醜い部分をな……」

 そう呟いて、ハイディは酒を一口あおった。

 俺たちはこの夜、ハイディの家で世話になることにした。心のどこかで、明日からの旅路に備えたいと思いながら、俺はエルザとルクスに目をやる。

「……『水の都フィルマリア』か。なにか手がかりが見つかればいいが……」
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