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7. 私は臍を噛みました
しおりを挟む邸に帰って休む時間になっても、今日の出来事が頭を離れずグルグルと考えてしまいます。
ドロシー嬢は元娼婦であり、身請をして養子としたプライヤー伯爵の情婦でもあるのです。
元々私のような人間に勝てるはずもない女としての武器をお持ちなのです。
ドロシー嬢はジョシュア様を誘惑してどうなさるおつもりなのかしら?
プライヤー伯爵と愛人関係であるならば、たとえジョシュア様と思いが通じたとしてもそれを伯爵が許すはずありませんわ。
それならば、私とジョシュア様が婚姻を結んだのちに愛妾にでもなるつもりなのかしら?
「分からないわね。あのドロシー嬢が愛妾などという立場に納得するかしら。」
考えてみても頭の痛む中では何も思い浮かびません。
「あのようなお方の頭の中を考えても無駄ね。私はただ、ジョシュア様をお慕いするふりをするだけ。お兄様やお父様お母様に余計な心配をかけないよう努めるだけよ。」
知らず知らずのうちに疲れが溜まっていたのでしょう。
薄暗い部屋の中、寝台の上で考え込んでいた私はスウッと眠りに落ちていったのです。
悲しくはないはずなのに、やはり心のどこかではこの日々を辛く思う気持ちがあったのでしょう。
目尻に流れた涙と、それをソッと拭う感触を感じてパッと目を開いたのです。
「誰?」
月明かりと僅かな灯りしかない自室、目の前に血のような紅のつり目がちな双眸、銀糸のような髪、そしてその持ち主が私の涙を拭っているのです。
「曲者……!」
そう叫ぼうとした私の口を一瞬で塞いだのは見知らぬその男の唇でした。
目を見開いたまま、時が止まったように動けなくなってしまったのは致し方ありません。
私は婚約者であるジョシュア様とさえこのような接触はしたことがありませんでしたから。
そして同時に首筋に冷たく硬い刃物の感触を覚えたのです。
私が声を上げた途端にこの刃物は私の喉笛を掻き切るでしょう。
ゆっくりと離れていく男は、私の首筋に刃物を当てたままで自らの唇に指を当て『喋るな』というような身振りをするのです。
私はゆっくりと瞼を動かすことで返事をいたしました。
「大人しくするならば刃物は引くよ。」
その男が紡いだのは思いの外、甘く澄み通った声でした。
再度瞼の動きで肯定した私は首筋の刃物が遠のくのを感じ、いつの間にか小さくなっていた呼吸をしっかりと行うことができたのです。
「何が望みなの?」
囁く程度の小声で尋ねると、男は紅い瞳を細め先程私の口を塞いだ唇は弧を描いています。
「俺はアンタの殺しを依頼された。」
「私を殺すように依頼したのは誰?」
当然答える訳もないと分かってはいても、この理解の追いつかない状況の中では聞かずにいられなかったのです。
「あの女はアンタが邪魔なんだと。婚約者サマをいくら誘惑しようが、王命だからとその一点張りで埒があかないからさっさとアンタを始末しようってわけだ。」
ドロシー嬢がそこまでするとは思いもよらず、そしてこの薄暗い自室で夜着しか纏っていない私に、この刺客を退ける方法はありません。
今更どうにもならぬ思いに臍を噛みました。
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