チャラ男に囚われた忌み子の僕は

蓮恭

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38. 仕事の誘いと初めての宗次郎の家

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「伊織が良ければ、暫く俺の店を手伝ってくれない? もちろんいつかまた看護師の仕事に戻りたい時にはそうしてくれて構わないから」

 澄んだ笑顔で首をかしげながらそう誘う宗次郎に、もう随分とその整った顔にも慣れたつもりの僕でもどきりとした。

 まさかそんな事言われるとは思ってもみなかったから。

「え……、でも僕美容師の仕事は何にも知らないよ」
「美容師の仕事じゃなくて、受付で電話対応とか会計とか、あとはお茶出しとかしてくれたらいいんだけど」

 宗次郎の店は宗次郎一人でやっているから、そういう雑用の手が足りないんだろうか。

 どちらにせよ、僕はきっと今の職場には戻らない方がいいんだ。
 他の職員や利用者の混乱を招くようなことはあってはならないんだから。

 そんなのは僕の本意じゃない。

「分かった。早めに職場に退職願を出すよ」

 僕が心を決めてそう答えると、頼んで来たはずの宗次郎の方が一瞬虚をつかれた顔になって、それから花が綻ぶような笑顔を浮かべた。

「ダメ元で聞いてみて良かった。伊織が店で居てくれたら俺も安心だし、一緒に居られる時間も増えるから嬉しい」
「ダメ元だったの? 何で?」
「だって、伊織は看護師の仕事が天職なんだと思ったから。断られるかなと思ったけど、僥倖ぎょうこうだったな。もし、この先また看護師の仕事がしたくなったらその時は戻ってくれたらいいから」

 そんな僕にだけ都合の良いことをサラリと言ってしまっていいのかな?
 ばあちゃんのこともあるし、今回の事情を分かってくれている宗次郎のところで働けるなら助かる。

「何だか僕にだけ随分と都合の良い話だけど、本当に良いの?」

 何だか申し訳ない気持ちと、宗次郎の気持ちが嬉しいのとがせめぎ合っていた。

「いいんだ。伊織がまた危ない目に遭うんじゃないかと思いながら仕事してたら全然ダメだからさ。目に付くところで居てくれたらもっと仕事頑張れそう」
「それなら良いけど」

 僕はそんなにあけすけな事を言われて照れ臭くなって、つい素っ気ない風に答えてしまう。
 それでも宗次郎は嬉しそうに僕の方を見ていたから、きっと僕の本心は伝わっているんだろう。

 僕も宗次郎と一緒に居られるのは安心するし、嬉しいって。

「はい、お待ちどおさま! 二人ともニヤニヤ見つめ合ってないでさ、早く食べな!」

 宗次郎の友人のガチムチ系の店長が僕らの料理を運んで来て、パチンとウインクをした。
  
 こんな時にウインクをする人なんてまるで漫画みたいだ。
 僕はそんな事を思いながら、美味しそうなハンバーグの匂いに思わず唾液が溢れそうになった。
 それこそ漫画みたいだなと自嘲しながら、久しぶりの味に舌鼓を打った。

 グッドネイバーズでの食事を終えて、客が少し減った隙に近寄って来た店長からの質問責めに遭いながらも、久しぶりに楽しい時間を過ごせた。

 そして僕は再び宗次郎の車に乗って街中を走っている。
 今から宗次郎のマンションに行くらしいんだけど、それってもしかしてこないだみたいな事するのかな……?

 僕は一人で頬を熱くさせながら、紅潮した顔に気付かれないほどに車内が薄暗くて良かったとホッとした。

「着いたよ」
「ここに住んでるの? 凄いね」

 広々とした地下駐車場のあるマンションは、いかにも家賃が高そうだ。

「若い時に勢いで借りたっきりで、今更引っ越すのも面倒でさ」

 そう言って苦笑いした宗次郎は、慣れた運転さばきで駐車場に車を停めて、僕らはエレベーターで十三階へと上がった。

「ここに来たのは家族と、伊織だけだよ」

 そう言って降りたエレベーターホールと廊下はものすごく重厚感のある雰囲気で、わざと薄暗くてそこを照らす様々な間接照明がまるで高級なホテルみたいだと思った。

 ふわふわの絨毯と、ところどころに施された装飾が僕の知っているマンションのイメージとは全然違う。

 ここ、本当に土足でいいのかな?
 とんでもなく場違いなところに来てしまった気がして、僕はすごく緊張していた。

 でっかい木目の玄関扉を開けると、玄関のたたきというにはあまりに綺麗なホールがあって、宗次郎は圧倒される僕をグイグイ引っ張りながら靴を脱いだ。

「中も凄いね。高級ホテルみたい」
「え、誰と行ったの?」
「いや、テレビとかで見ただけだけど」
「良かったー。伊織が誰かと行った事あるのかと思った」
「何言ってんの」

 そんな馬鹿みたいな話をしながら、僕は広々としたリビングへ案内された。
 全体的にシックな色使いのモダンなインテリアは、宗次郎にぴったりだなと思った。

「そこに座って。何か飲む? 酒もあるけど」
「え、何でもいいよ」
「じゃあ、今日は伊織が俺んちに初めて来た記念でシャンパン開けちゃおう」

 宗次郎はリビングの奥にあるキッチンへと向かった。
 僕はグレーのソファーに腰掛けて、ついキョロキョロと周りを見渡してしまった。
 畳敷きで殺風景な僕の部屋とは雲泥の差だ。

「はい、じゃあ飲もう!」

 二個の細長いグラスと冷えたシャンパンを持って来た宗次郎は、さっさと大理石みたいな白い石で出来たテーブルに置かれたグラスにシャンパンを注いだ。
 





 


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