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36. ばあちゃんとの時間

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 退院の日には、わざわざ休みを取った明が迎えに来てくれた。

「ごめんね、急に休み取らせて」
「いいや、事務長や橋下さんとかに『高羽さんにはおばあちゃんしか居ないんだから、貴方が迎えに行きなさい!』って言われてさっさと有給休暇の届け受理されたからさ。俺も今日は休めてラッキー」

 そう言って笑う明は、まだリュックも財布も返ってきていない僕の代わりに支払いをしてくれた。

「家に帰ったらすぐ返すから」
「いつでもいいよ。気にすんな」
「……鈴木さん、どうしてあんな事したんだろうね」

 僕は突然豹変した鈴木さんのことを思い出して、少し背中がゾクっとした。

「なんか、相田とか今井に聞いたんだけどさ。鈴木さんってちょっと変わった性癖があって、介護士仲間にも色々妄想話をしたりしてたんだと。その相手役がいつも伊織で、みんなは引いてたらしいけど。まさかそんな強硬手段に出るなんて想像もしてなかったからさ」
「なんか僕に恋人が出来たとか噂になってる? 宗次郎のことバレたのかな?」

 今の職場で利用者の家族とそういう関係になるのはあまり褒められたものじゃないかも知れない。

「いいや。単に伊織が最近垢抜けたから彼女でも出来たんじゃないかって、単なる世間話程度の話だよ」
「そうなんだ」
「いいか、伊織。鈴木さんのは伊織が悪い訳じゃなくて、鈴木さんが一方的に妄執してただけだ。だから自分のせいだとかそんな風に思うなよ」

 明は本当にいい奴だ。
 僕が悩んでいる事を的確に理解して答えてくれる。

「分かった。ありがとう、明」

 僕は明に付き添われてアパートに帰って、お金を返してから明を帰らせた。
 せっかく有給休暇を取ったのに、長い時間僕に付き合わせるのはやっぱり申し訳ない。
 それに、きっと宗次郎がヤキモチ妬くから。

 明が帰った後、僕はアパートの鍵という鍵を全部確認した。

 そうこうしていたら桜台警察署の刑事さんが来て、また日を改めて事情聴取と実況見分の立ち会いをすることになった。

 鈴木さんは僕を誘拐して監禁、そして睡眠薬を飲ませた事や軽い切り傷と打撲などの外傷もあることから、起訴されて重い罪になる可能性があると言う。

 これから裁判とかにもなるだろうし、改めて大変なことになったんだと実感した。

 それにしても、スマホがないと不便だ。
 僕は財布とその中身だけは返してもらったので、新しいスマホを買うことにした。

『スマホ新しくしたよ。家に帰ってちゃんと戸締りしてる』

 スマホを買ってすぐに宗次郎にLIMEした。
 ちゃんと戸締りしてるよって知らさないと、仕事中に心配しそうだから。

 数時間後に宗次郎からLIMEが来た。
 案の定心配してたみたいだ。

『ちゃんと戸締りしたのはエライ! 今日、仕事終わったら行くから待ってて』
『ばあちゃんのとこだけ行って、それから家で待ってるね』

 僕は入院中にもずっと気になっていたばあちゃんのところへ行くことにした。
 自転車で走る街並みは、たった数日離れていただけなのに前と違って見えた。

 病室に着いて同室の患者に会釈をしたりして奥に進むと、ばあちゃんは窓際のベッドで相変わらずテレビを観ている。

「ばあちゃん、どう?」
「えーっと……あなたはどなた?」
「……伊織だよ。ばあちゃんの孫の」

 ばあちゃんは随分とまた認知症が悪化しているように感じる。

「ああ! そういえば生まれたんだったねぇ。おいで、こっちへおいで」

 ばあちゃんには僕が小さい子どもに思えるんだろうか?
 僕はばあちゃんの枕元に寄った。

「ばあちゃん、早く帰りたいね」
「そうねぇ、どこに帰るの?」
「……家だよ、僕らの家」
「ふうん……ああ、お腹空いたわねぇ……」

 ばあちゃんはえらくニコニコしてるけど、僕は鼻の奥がツンとして涙の膜が目の前を覆った。

 病院からの帰り道に自転車のペダルを踏みしめながら、僕はもうばあちゃんと暮らすことはないのかもしれないと考えた。
 認知症がひどければ、たとえ骨折が治って退院しても施設に入ることになるだろう。

 まだ少し先の話だけれど、ばあちゃんのこれからを考える時が来ていた。

 アパートに帰った僕は、とりあえず冷蔵庫の中を片付けた。
 突然入院する事になったから、中には傷んだものもあったから。
 片付けを終えると、冷蔵庫の中は随分と寂しくなってしまった。

 買い物に行こうか悩んでいると、宗次郎からLIMEが届く。

『仕事終わったよ。今から行く』
『お疲れ様。気をつけてね』

 出掛ける暇はないみたいだ。
 とりあえず宗次郎が来てから考えよう。

 そう時間のかからないうちに宗次郎がアパートの呼び鈴を鳴らした。
 僕はすぐに開けようとして、はたと気づいてスコープを覗く。
 やっぱり宗次郎だ。

「お疲れ様」

 僕が鍵を外して扉を開けると、宗次郎は相変わらず男前な顔でニッコリと笑った。

「ありがとう。今日はちゃんとスコープ覗いたね」
「あの、ごめんね。冷蔵庫が空で、何もないんだけど夕食どうする?」
「じゃあさ、グッドネイバーズ行こう」

 そう誘われて、僕は初めてグッドネイバーズに行くことになる。
 あの店長に何か言われそうだなぁと考えながら、僕は初めて宗次郎の車に乗ることになった。

 






 



 

 

 











 





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