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第三章 森の薬師ときこりの勇者
第一話 勇者と薬師と王女
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ニコたちが住む黒の森は、深く広い森である。
鬱蒼と茂る木々が日の光を遮り日中でも薄暗いことと、森を抜ければすぐに魔域に入るため、村人たちは滅多に足を踏み入れない。しかし、生える木々は太くしっかりとした種類のものが多く、木材としての利用価値は高いという。
村にもっと若者がいた頃は多くの木こりがいて、村は木材の産地として少しだけ賑わっていたらしい。ニコの住む小屋もそんな木こりたちが夏の間、よりたくさんの木を切るために作った小屋だった。
しかし、魔族との戦いが激しくなるにつれて若者は兵役にとられるようになり、森には魔獣が頻繁に出るようになった。十年ほど前、村人が魔獣に襲われる事件が起きてからは、村人たちはすっかり森の恵みを得ることを諦めてしまったらしい。
村人たちの森への恐怖は根強く、魔王が倒され魔獣の活動が落ち着いた今でもそれは続いている。
そんな理由もあって、最近、ハロルドはよく村人からの依頼を受けて木を切っている。
村で使う木材だけでも、と村長に相談された結果だ。もともと勇者として人の役に立つことが好きなハロルドは、二つ返事で了承していた。
ニコは変わらず毎日薬草を取っている。季節が進み、フラウの花とスターフラワーは取れなくなった。その代わり、夏に茂る薬草たちを摘むのに忙しい。――おまけに。
「ニコ様、こちらであっていますか?」
「ああ、はい。あっていますよ。それがユールの葉です。葉先が少しぎざぎざしてるのが特徴ですね」
「これが毒消しになるのですね」
「そうですね。村人が狩り用の罠に使う程度の毒なら問題なく消せます。まあ、民間療法なので王宮で暗殺に使われるような毒には効果は薄いですけど」
白い指先に摘ままれた葉を指してニコは言った。それを熱心に聞いているのは、つい先日ハロルドから求婚を断られたメアリー・アンだ。
銀色の髪をしっかりとまとめた彼女は、先日と同じような軽装に身を包んで腰に薬草採取用の籠をつけていた。真剣な顔でニコの話を聞く様子は真面目そのもので、一見薬師見習いのような様相を呈している。
なぜ彼女がここにいるのか。それはニコにもよく分からない。
メアリー・アンは初めて顔を合わせた次の日――つまり、ハロルドが求婚を断った翌日に、何食わぬ顔でニコとハロルドの小屋を訪れた。そして、ごくごく真面目な顔をしてニコとハロルドに告げたのだ。
曰く、自分の立場としては勇者との結婚を諦めるわけにはいかない。なので、ハロルドに好きになってもらえるように努力したい。だから、結婚を了承してもらうまで村に滞在することにした。
突然そんなことを言われて、もちろんニコとハロルドは大いに戸惑った。
おまけに、毎日ハロルドに会うためにこの小屋を訪れるという。王女の無鉄砲とも言えるその行動力に呆れつつも、ニコはメアリー・アンのその行動を受け入れるしかなかった。
相手は王女殿下なのだ。しがない薬師でしかないニコが、下手に逆らって不敬罪にでも問われたらたまらない。
もちろんハロルドはいい顔はしなかった。しかし、勇者として人々のために戦って来たハロルドは、少女であるメアリー・アンに対して強い態度を取ることが出来なかった。その上、ニコが小屋に来ることを許可したものだから、なおさら追い返すわけにはいかなくなったのだろう。メアリー・アンは今ではすっかり見習い薬師のような顔をして、ニコの作業を手伝っている。
そうニコの作業を手伝っているのだ。なにせハロルドが主に担当しているのは、木の切り出しや小屋の増築といった力仕事ばかりだ。非力な彼女に手伝えることはほとんどなく、必然的にハロルドよりも、ニコと一緒にいる時間の方が長くなってしまう。
「先日、教えていただいた煎じ薬の作り方、とても興味深かったです。あれは何の薬ですか?」
ユールの葉を腰の籠に大切そうに仕舞いながらメアリー・アンが訊ねた。
「あれは咳止めですね。この辺りは冬になると北から季節風が吹きます。それに瘴気が含まれているので、ここの村人はどうしても冬は咳に悩まされる。だから、夏の間たくさん作っておくんです」
「瘴気で咳が出るのですね」
「風に乗ってくる瘴気の場合はそうですね」
魔族がいるから瘴気が生まれるのか。それとも瘴気から魔族が生まれるのかは分からないが、魔族と瘴気は密接な関係にある。魔族の住む魔域には濃い瘴気が立ち込めていて、それだけで人の侵入を拒んだ。
瘴気は猛毒というわけではないけれど、生物にはそれなりに悪影響だ。吸い込めば咳が出るし、土壌に沁み込めば作物の育成を阻害する。水に溶けた瘴気を長年摂取し続けると、子どもが出来にくくなるという話も聞いたことがあった。
北方諸国は瘴気の影響で貧しいと言っても過言ではないのだ。
「瘴気を防ぐ方法はないのでしょうか」
メアリー・アンは持参の羊皮紙と羽ペンを使ってニコの説明を熱心に書きつけていく。澄んだ薄青の瞳は真剣で、本当に見習い薬師のようだ。
「その地域に住む魔族を殺せば瘴気が薄まるとも聞きますが、魔域に近い土地では現実的ではないでしょうね」
「そうなのですね……」
瘴気を防ぐ手立てがあれば、きっと国のお偉いさんたちがこぞって対策をしているだろう。対症療法しかない現状が、根本的な解決策がないことを示しているのだ。
「ああ、でも神樹がたくさんあれば話は別かもしれません」
「神樹が?」
神樹というのは、王宮の中庭に植えられた一本の木だ。
世界樹とも呼ばれるその木は美しい銀色の幹と葉をしており、まだ世界を創造した女神が人とともに暮らしていた神代の時代、女神は大地に数本の神樹を植えたという。そのうちの一本が王国にある神樹であり、神樹は女神の持つ聖なる力を宿している。その聖なる力が魔族を退け、瘴気を払う力があるのだ。
メアリー・アン自身も王宮で育ち、神樹には慣れ親しんでいるはずだ。
馴染みすぎて失念していたらしい神樹の効果を思い出して、彼女は目を輝かせた。しかし、話はそう単純ではない。
「でもまぁ、神樹は挿し木は出来ないし、実も付けませんからね。増やすのは無理です」
ニコの言葉通り、神樹は実をつけない上にその枝は手折ればすぐに枯れてしまうので挿し木すら出来ない。つまり、普通の木々と同じ方法では神樹を増やすことは不可能なのだ。
世界に数本植えられたと伝えられる神樹であるが、長い年月の間にその多くが失われてしまった。現在、確認出来るのはもう王都にあるものだけで、各国からの要請を受けて長年神樹を増やす研究は行われているが、結果は芳しくない。
大地を汚す瘴気は無限に湧き出て来るのに、それを浄化する神樹は世界にたった一本しかないのだ。貧しい北方の国々が神樹目当てに攻め入ってくる可能性も十分にある状況だった。
「おまけに神樹の力は女神さまからの恵みではありますが、瘴気を浄化出来る範囲もそう広くはない。植え替えが可能かすら不明ですから、神樹頼みの瘴気対策は、あまり期待出来ないのが現状です」
「そうなのですね」
羽ペンを持ったまま神妙な顔で俯いてしまったメアリー・アンにニコは微笑んだ。
「王女殿下は勉強熱心ですね」
「そうでしょうか」
「そうです。俺がまだ軍にいた頃、同じように薬草学と神樹と瘴気の関係についての講義を新兵にしたことがありましたけど、みんなこんなに真剣に考えてくれたことはなかったです」
「まぁ、大変興味深いお話ですのに」
そう言って小首を傾げる様子は小鳥のようでたいそう愛らしい。メアリー・アンは素直で真面目だ。ハロルド――否、「勇者」への妙な執着さえなければ、ニコにとってはよい生徒と言えるだろう。
「何をしているんですか?」
「ハロルド様」
ふたりで寄り添って話をしていたからか、ハロルドがニコとメアリー・アンの間に割り込むようにして声をかけてきた。穏やかな口調で微笑むハロルドであるが、その態度はとても分かりやすい。焼きもちを焼いているのだ。ニコとメアリー・アンに。
「神樹のお話を聞いておりました。瘴気による毒を浄化するにはどうすればいいのかと」
ハロルドの問いにてらいなく答えるメアリー・アンに、ハロルドは微かに眉を下げた。
彼女の無垢な態度に、悋気を起こした自分が情けなくなったのだろう。ふたりのやり取りにニコは思わず吹き出しそうだった。
熱心に薬草について学ぼうとするメアリー・アンとニコは、日々薬草学の師匠と弟子として距離が縮まっている。その仲のいい様子に、ハロルドは心中穏やかではないらしい。なんとも面白い構図である。
メアリー・アンが森に通うようになった当初、彼女は目的通りハロルドについて回っていた。ハロルドの作業を手伝い、ハロルドとの距離を詰めようと努力していたように思う。
けれど、メアリー・アンはその聡明さからハロルドの行っている力作業は、自分が手伝うよりも護衛の騎士が手伝った方が効率がいいと判断したのだろう。騎士にハロルドを手伝うように命じた彼女は、何故かニコの仕事を手伝いだしたのだ。
作業効率を重視した結果、メアリー・アンは恋敵であるはずのニコとずっと一緒に過ごしているし、目的の勇者ハロルドは王女の護衛騎士と仲良くなっている。おまけに、真面目で賢い彼女は着実に薬師としての知識を蓄えつつあり、もうすでに市井にいる下手な薬師よりも薬草について詳しいかもしれない。「王女」にとってはまったく必要のない知識であるけれども。
このあたりが、ニコがメアリー・アンを興味深いと思う所以である。
メアリー・アンはハロルドに恋をしているわけではない。しかし、「勇者」と結婚はしたいと言う。
「ハロルド、作業の区切りがついたのか?」
「うん。ウィルが運んでる木で、今回の注文分は揃うよ」
ウィルというのは、メアリー・アンの護衛騎士の名前だ。王女の専属護衛騎士という立場は明らかに貴族出身であるのに、平民のニコやハロルド相手にも偉ぶる様子もない気さくな男だった。今もハロルドに頼まれたであろう木を汗みずくになって運んでいる。
「じゃあ、休憩しようか」
ニコの提案にハロルドは嬉しそうに笑って頷いた。
今日は小屋から少し離れた場所に木を切りに来ているから、昼食は包んできている。といっても、ニコが簡単に作ったサンドイッチであるが。しかし、ハロルドは朝からそれを食べるのをとても楽しみにしていたのだ。
鬱蒼と茂る木々が日の光を遮り日中でも薄暗いことと、森を抜ければすぐに魔域に入るため、村人たちは滅多に足を踏み入れない。しかし、生える木々は太くしっかりとした種類のものが多く、木材としての利用価値は高いという。
村にもっと若者がいた頃は多くの木こりがいて、村は木材の産地として少しだけ賑わっていたらしい。ニコの住む小屋もそんな木こりたちが夏の間、よりたくさんの木を切るために作った小屋だった。
しかし、魔族との戦いが激しくなるにつれて若者は兵役にとられるようになり、森には魔獣が頻繁に出るようになった。十年ほど前、村人が魔獣に襲われる事件が起きてからは、村人たちはすっかり森の恵みを得ることを諦めてしまったらしい。
村人たちの森への恐怖は根強く、魔王が倒され魔獣の活動が落ち着いた今でもそれは続いている。
そんな理由もあって、最近、ハロルドはよく村人からの依頼を受けて木を切っている。
村で使う木材だけでも、と村長に相談された結果だ。もともと勇者として人の役に立つことが好きなハロルドは、二つ返事で了承していた。
ニコは変わらず毎日薬草を取っている。季節が進み、フラウの花とスターフラワーは取れなくなった。その代わり、夏に茂る薬草たちを摘むのに忙しい。――おまけに。
「ニコ様、こちらであっていますか?」
「ああ、はい。あっていますよ。それがユールの葉です。葉先が少しぎざぎざしてるのが特徴ですね」
「これが毒消しになるのですね」
「そうですね。村人が狩り用の罠に使う程度の毒なら問題なく消せます。まあ、民間療法なので王宮で暗殺に使われるような毒には効果は薄いですけど」
白い指先に摘ままれた葉を指してニコは言った。それを熱心に聞いているのは、つい先日ハロルドから求婚を断られたメアリー・アンだ。
銀色の髪をしっかりとまとめた彼女は、先日と同じような軽装に身を包んで腰に薬草採取用の籠をつけていた。真剣な顔でニコの話を聞く様子は真面目そのもので、一見薬師見習いのような様相を呈している。
なぜ彼女がここにいるのか。それはニコにもよく分からない。
メアリー・アンは初めて顔を合わせた次の日――つまり、ハロルドが求婚を断った翌日に、何食わぬ顔でニコとハロルドの小屋を訪れた。そして、ごくごく真面目な顔をしてニコとハロルドに告げたのだ。
曰く、自分の立場としては勇者との結婚を諦めるわけにはいかない。なので、ハロルドに好きになってもらえるように努力したい。だから、結婚を了承してもらうまで村に滞在することにした。
突然そんなことを言われて、もちろんニコとハロルドは大いに戸惑った。
おまけに、毎日ハロルドに会うためにこの小屋を訪れるという。王女の無鉄砲とも言えるその行動力に呆れつつも、ニコはメアリー・アンのその行動を受け入れるしかなかった。
相手は王女殿下なのだ。しがない薬師でしかないニコが、下手に逆らって不敬罪にでも問われたらたまらない。
もちろんハロルドはいい顔はしなかった。しかし、勇者として人々のために戦って来たハロルドは、少女であるメアリー・アンに対して強い態度を取ることが出来なかった。その上、ニコが小屋に来ることを許可したものだから、なおさら追い返すわけにはいかなくなったのだろう。メアリー・アンは今ではすっかり見習い薬師のような顔をして、ニコの作業を手伝っている。
そうニコの作業を手伝っているのだ。なにせハロルドが主に担当しているのは、木の切り出しや小屋の増築といった力仕事ばかりだ。非力な彼女に手伝えることはほとんどなく、必然的にハロルドよりも、ニコと一緒にいる時間の方が長くなってしまう。
「先日、教えていただいた煎じ薬の作り方、とても興味深かったです。あれは何の薬ですか?」
ユールの葉を腰の籠に大切そうに仕舞いながらメアリー・アンが訊ねた。
「あれは咳止めですね。この辺りは冬になると北から季節風が吹きます。それに瘴気が含まれているので、ここの村人はどうしても冬は咳に悩まされる。だから、夏の間たくさん作っておくんです」
「瘴気で咳が出るのですね」
「風に乗ってくる瘴気の場合はそうですね」
魔族がいるから瘴気が生まれるのか。それとも瘴気から魔族が生まれるのかは分からないが、魔族と瘴気は密接な関係にある。魔族の住む魔域には濃い瘴気が立ち込めていて、それだけで人の侵入を拒んだ。
瘴気は猛毒というわけではないけれど、生物にはそれなりに悪影響だ。吸い込めば咳が出るし、土壌に沁み込めば作物の育成を阻害する。水に溶けた瘴気を長年摂取し続けると、子どもが出来にくくなるという話も聞いたことがあった。
北方諸国は瘴気の影響で貧しいと言っても過言ではないのだ。
「瘴気を防ぐ方法はないのでしょうか」
メアリー・アンは持参の羊皮紙と羽ペンを使ってニコの説明を熱心に書きつけていく。澄んだ薄青の瞳は真剣で、本当に見習い薬師のようだ。
「その地域に住む魔族を殺せば瘴気が薄まるとも聞きますが、魔域に近い土地では現実的ではないでしょうね」
「そうなのですね……」
瘴気を防ぐ手立てがあれば、きっと国のお偉いさんたちがこぞって対策をしているだろう。対症療法しかない現状が、根本的な解決策がないことを示しているのだ。
「ああ、でも神樹がたくさんあれば話は別かもしれません」
「神樹が?」
神樹というのは、王宮の中庭に植えられた一本の木だ。
世界樹とも呼ばれるその木は美しい銀色の幹と葉をしており、まだ世界を創造した女神が人とともに暮らしていた神代の時代、女神は大地に数本の神樹を植えたという。そのうちの一本が王国にある神樹であり、神樹は女神の持つ聖なる力を宿している。その聖なる力が魔族を退け、瘴気を払う力があるのだ。
メアリー・アン自身も王宮で育ち、神樹には慣れ親しんでいるはずだ。
馴染みすぎて失念していたらしい神樹の効果を思い出して、彼女は目を輝かせた。しかし、話はそう単純ではない。
「でもまぁ、神樹は挿し木は出来ないし、実も付けませんからね。増やすのは無理です」
ニコの言葉通り、神樹は実をつけない上にその枝は手折ればすぐに枯れてしまうので挿し木すら出来ない。つまり、普通の木々と同じ方法では神樹を増やすことは不可能なのだ。
世界に数本植えられたと伝えられる神樹であるが、長い年月の間にその多くが失われてしまった。現在、確認出来るのはもう王都にあるものだけで、各国からの要請を受けて長年神樹を増やす研究は行われているが、結果は芳しくない。
大地を汚す瘴気は無限に湧き出て来るのに、それを浄化する神樹は世界にたった一本しかないのだ。貧しい北方の国々が神樹目当てに攻め入ってくる可能性も十分にある状況だった。
「おまけに神樹の力は女神さまからの恵みではありますが、瘴気を浄化出来る範囲もそう広くはない。植え替えが可能かすら不明ですから、神樹頼みの瘴気対策は、あまり期待出来ないのが現状です」
「そうなのですね」
羽ペンを持ったまま神妙な顔で俯いてしまったメアリー・アンにニコは微笑んだ。
「王女殿下は勉強熱心ですね」
「そうでしょうか」
「そうです。俺がまだ軍にいた頃、同じように薬草学と神樹と瘴気の関係についての講義を新兵にしたことがありましたけど、みんなこんなに真剣に考えてくれたことはなかったです」
「まぁ、大変興味深いお話ですのに」
そう言って小首を傾げる様子は小鳥のようでたいそう愛らしい。メアリー・アンは素直で真面目だ。ハロルド――否、「勇者」への妙な執着さえなければ、ニコにとってはよい生徒と言えるだろう。
「何をしているんですか?」
「ハロルド様」
ふたりで寄り添って話をしていたからか、ハロルドがニコとメアリー・アンの間に割り込むようにして声をかけてきた。穏やかな口調で微笑むハロルドであるが、その態度はとても分かりやすい。焼きもちを焼いているのだ。ニコとメアリー・アンに。
「神樹のお話を聞いておりました。瘴気による毒を浄化するにはどうすればいいのかと」
ハロルドの問いにてらいなく答えるメアリー・アンに、ハロルドは微かに眉を下げた。
彼女の無垢な態度に、悋気を起こした自分が情けなくなったのだろう。ふたりのやり取りにニコは思わず吹き出しそうだった。
熱心に薬草について学ぼうとするメアリー・アンとニコは、日々薬草学の師匠と弟子として距離が縮まっている。その仲のいい様子に、ハロルドは心中穏やかではないらしい。なんとも面白い構図である。
メアリー・アンが森に通うようになった当初、彼女は目的通りハロルドについて回っていた。ハロルドの作業を手伝い、ハロルドとの距離を詰めようと努力していたように思う。
けれど、メアリー・アンはその聡明さからハロルドの行っている力作業は、自分が手伝うよりも護衛の騎士が手伝った方が効率がいいと判断したのだろう。騎士にハロルドを手伝うように命じた彼女は、何故かニコの仕事を手伝いだしたのだ。
作業効率を重視した結果、メアリー・アンは恋敵であるはずのニコとずっと一緒に過ごしているし、目的の勇者ハロルドは王女の護衛騎士と仲良くなっている。おまけに、真面目で賢い彼女は着実に薬師としての知識を蓄えつつあり、もうすでに市井にいる下手な薬師よりも薬草について詳しいかもしれない。「王女」にとってはまったく必要のない知識であるけれども。
このあたりが、ニコがメアリー・アンを興味深いと思う所以である。
メアリー・アンはハロルドに恋をしているわけではない。しかし、「勇者」と結婚はしたいと言う。
「ハロルド、作業の区切りがついたのか?」
「うん。ウィルが運んでる木で、今回の注文分は揃うよ」
ウィルというのは、メアリー・アンの護衛騎士の名前だ。王女の専属護衛騎士という立場は明らかに貴族出身であるのに、平民のニコやハロルド相手にも偉ぶる様子もない気さくな男だった。今もハロルドに頼まれたであろう木を汗みずくになって運んでいる。
「じゃあ、休憩しようか」
ニコの提案にハロルドは嬉しそうに笑って頷いた。
今日は小屋から少し離れた場所に木を切りに来ているから、昼食は包んできている。といっても、ニコが簡単に作ったサンドイッチであるが。しかし、ハロルドは朝からそれを食べるのをとても楽しみにしていたのだ。
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