転生竜騎士は初恋を捧ぐ

仁茂田もに

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最終話 転生竜騎士は初恋を捧ぐ -1

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 蒸気機関車を降りたら、そこは茹だるような暑さだった。
 照り付ける太陽と肌を蒸す湿度。眩しすぎる光に思わず目を眇めて、ルインはその地に降り立った。

 南部ズゥーデンシュタット。南方司令部のある南部最大の都市だ。
 つい最近まで続いていた南部戦線のせいで、かつて常夏の楽園と呼ばれた大都市にはいたるところに戦闘の爪痕があった。美しい白亜の協会には銃弾の痕があったし、市民広場の噴水は大きく崩れていた。しかし、行き交う人々の顔は明るかった。

 それは南方三国との停戦条約が締結され、事実上の終戦を迎えたことが大きいだろう。これ以上の戦闘がないという事実が、市民たちの表情を明るくさせるのだ。

 よく日に焼けた人々が大きな声で笑い合い、楽しげに道を歩いていく。そこかしこから聞こえてくる音楽や、市民が纏う南国風の色鮮やかな衣装が、ズゥーデンシュタットの街を華やかに彩っていた。

 しかし、である。
 長いこと北部であるヴィンターベルクで過ごしたルインには、どうにも耐え難い暑さだった。帝国の最北に位置するヴィンターベルクは、冬の厳しさはもちろん、夏も長袖で過ごすほどに涼しい日しかない。太陽の日射しは穏やかで、吹く風は乾いていた。

 元々は温暖な王都育ちとはいえ、王都は一年を通して過ごしやすい気候なのだ。ここまで暑いのは正直初めての体験だ。
 南部戦線に参加したことのある兵士に、覚悟しておけと言われたとおりだった。

 ルインの今回の南部行きを聞いたヴィンターベルクの同僚たち全員が、ルインに同情した理由を体感して、ルイン自身も強く思う。
 ――なんでよりによって、真夏のこの時期に異動なんだよ……。



 ルインにズゥーデンシュタット南方司令部配属の辞令が降りたのは先週のことだ。
 軍人の異動というのは、大抵の場合急を要することが多い。辞令を受けて次の日には汽車の中、というのはよくあることで、ルイン自身も辞令を受け取って三日後には汽車に乗っていた。

 広大な帝国の最北端から最南端へ。当然直通の便など存在せず、数度の乗り換えを経て遠路はるばるやって来たのだ。八日間の行程だった。

 これをたったひとり、アーベントに騎乗し飛びきったという件の竜騎士は化け物か何かか、と移動の三日目あたりで思い始めたが、到着して確信した。化け物だ。主に体力の。
 硬い座面に長時間腰かけていたせいで、ルインの臀部と腰は死にかけていた。

 きっちりと着込んだ軍服が暑苦しく、蒸し暑さと疲労で眩暈がしていたが、そうゆっくりもしていられなかった。
 街の中心部にある駅から、郊外にある南方司令部本部まではかなり距離が離れているのだ。まだ日が高いとはいえ、今日中に本部には顔を見せる必要があった。

 ――乗合馬車とか、あるのかな……。

 復興中とはいえ、これだけ立派な街だ。移動手段だって色々あるだろう。

 一般的なものは庶民が多く利用する乗合馬車であるが、王都ではここ最近蒸気機関を利用した蒸気自動車なるものが貴族の間で流行っているらしい。ルインも乗り換えで王都に立ち寄ったときちらりと目にしたが、なかなか面白そうな乗り物だった。とはいえ、あれは豊かな王都ならではのものだ。

 ルインは強い日差しの中、駅を出て移動手段を探す。駅前にはいくつかの馬車乗り場があって、それぞれに行先を書いた看板が立ててあった。
 
 その中のひとつは軍司令部行きのものもあるだろう。そう思って、日射しの中に足を踏み出したときだった。

「ルイン!」

 懐かしい声に呼ばれて、ルインは振り向いた。
 目に飛び込んで来た予想どおりの人物を見て、驚きに目を見開く。
 まさか迎えに来るとは思わなかった。

「シグルド……」

 そこには、先ほど思い出した化け物――もとい、赤い髪をした竜騎士がいた。
 眩いばかりの光の中駆け寄ってくるのは、つい半年前までルインと同じヴィンターベルク所属だったシグルドだ。見慣れない半袖の軍服はおそらく南方司令部で採用されている南部専用の軍服だろう。

 砂色の開襟シャツと黒いボトムスを纏った彼は、別れたときよりも日に焼けた顔で微笑んでいる。

「長旅お疲れ。ヴィンターベルクに比べると、あんまり暑いんで驚いただろう」

 荷物はこれだけか、と持っていたトランクケースを示され素直に頷く。常に死と隣り合わせの職業である軍人は、基本的に私物が少ないものだ。
 ルインの荷物を当たり前のように持とうとするシグルドが、自然な動作でルインの顔に頬を寄せる。そのまま、暑さで乾いた唇同士が触れ合いそうになった瞬間。

「何してるんですか?」

 唇と唇の間に素早くルインは自らの手を差し入れた。手のひらに触れた感触に思わず眉を寄せる。

「こんな人前で」
「ああ、すまない。久しぶりに顔を見たから、つい」
「ついじゃないです、ちょっと、あんまり近寄らないで」

 暑い、と唇を尖らせると、シグルドはさらに嬉しそうに笑う。
 けれども、その細められた青い瞳はひとつしかなかった。あの日、怪我をしたシグルドの右目は、今では黒い眼帯の下に隠されている。シャツから覗く右腕は元通りに治ったが、眼球が傷ついていた右目は見えるようにはならなかったのだ。


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