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第二十四話 自覚 -2
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うっかり今朝のやり取りを思い出して、ルインは水場に蹲った。
心臓が激しく脈打って、ひどく頬が火照っている。流れる水を覗き込めば、透き通った水面に真っ赤になった自分の顔が映っていた。
元々、ルインは男らしいという言葉とは正反対のところにいる容姿をしていた。それは筋肉が付きにくく痩せた身体というだけではなく、顔の造形にも言えることだった。
白い肌と大きすぎる灰色の瞳。すっと通った鼻梁は細く女性的で、唇も子作りで薄かった。小さな顎とそこから続く首もほっそりとしていて、もっと若い頃はずいぶんと女代わりに貞操を狙われたものだった。
そんな自分の情けない顔が、もっと情けないものになっていた。
身を守るための無表情が崩れて、眉が下がっている。こんな顔でシグルドには絶対に会いたくなかった。
ルインは意識して眉間に力を入れる。唇を引き結べば、多少はいつもの「ルイン・ネルケ」に戻れるような気がしたからだ。けれども、それは無駄な努力でしかなかった。
どれほど表情を取り繕っても、ルインは昨日までの――シグルドに抱かれるまでの自分には戻れなかった。
それはルインの中で、それまで決して認めなかった恐ろしい事実に気づいてしまったからだった。
――ひょっとしたら自分はシグルド・レーヴェという男のことが好きなのかもしれない。いや、きっと好きなのだろう。
そんなことを思ってしまって、ルインの心の中にひやりとしたものが突き刺さった。
抱かれる前から薄っすらと感じていた彼への好意は、肌を重ねたことでより明確なものとなってしまったのだ。
ルインはこれまで誰かを好きになったことはなかった。
幼い頃から人よりも竜に興味があった少年はそのまま成長して、淡い初恋すら知らないままに大人になっていた。
色恋よりも仕事が忙しくて楽しい。
その上、妙な夢まで見るのだから、恋愛なんてものに現を抜かしている場合ではなかった。
フェリの一生を垣間見て、恋というものに恐ろしさも感じていた部分もあるのだろう。積極的に誰かを好きになる気にはなれず、ルインは自分の性的嗜好が女なのか男なのかも自覚していなかった。
だからきっと、自分はこのまま誰とも添い遂げずに生きて死ぬのだろうと思っていた。フェリ・エイデンという大昔に生きた男の初恋を抱えたまま。
そんなルインの元に、憧れとも言える竜騎士がやってきたのだ。
シグルドは客観的に見て非常に魅力的な男だ。その上、その魂はルインの中のフェリが求めていたレオンだったのだから、意識しないはずがなかった。
けれども物語のように出会ってすぐに恋に落ちたわけではない。むしろ、彼がレオンの魂を持っているからこそ、距離を取りたかったし関わりたくはなかった。
頑なだったルインの心を溶かしたのはシグルド自身だ。
少しずつ、少しずつ距離を詰めて、今では唇が触れ合うほど近くにいることを許されている。
それでもシグルドのことを好きだと認められなかったのは、彼のことをレオンではなくシグルドとして好きになりたかったからなのかもしれない。
それが、身体の内側まで触れることを許してしまって、認めざるを得なくなってしまった。
今日が夜番でよかった、とルインは水面を覗き込みながら思った。
通常勤務であったらならば、否が応でも夜はシグルドとふたりで顔をあわせなければならない。今思い返せば、朝はまだ混乱の中にいたのだろう。よくもあれほど、いつも通りの態度で会話が出来たものだと思う。
しかし、通常の業務をこなし、ルインの混乱はどうやら少し落ち着いてきたようだった。だからこそ、これからどんな顔をして彼と向き合えばいいのか分からなかったのだ。
心臓が激しく脈打って、ひどく頬が火照っている。流れる水を覗き込めば、透き通った水面に真っ赤になった自分の顔が映っていた。
元々、ルインは男らしいという言葉とは正反対のところにいる容姿をしていた。それは筋肉が付きにくく痩せた身体というだけではなく、顔の造形にも言えることだった。
白い肌と大きすぎる灰色の瞳。すっと通った鼻梁は細く女性的で、唇も子作りで薄かった。小さな顎とそこから続く首もほっそりとしていて、もっと若い頃はずいぶんと女代わりに貞操を狙われたものだった。
そんな自分の情けない顔が、もっと情けないものになっていた。
身を守るための無表情が崩れて、眉が下がっている。こんな顔でシグルドには絶対に会いたくなかった。
ルインは意識して眉間に力を入れる。唇を引き結べば、多少はいつもの「ルイン・ネルケ」に戻れるような気がしたからだ。けれども、それは無駄な努力でしかなかった。
どれほど表情を取り繕っても、ルインは昨日までの――シグルドに抱かれるまでの自分には戻れなかった。
それはルインの中で、それまで決して認めなかった恐ろしい事実に気づいてしまったからだった。
――ひょっとしたら自分はシグルド・レーヴェという男のことが好きなのかもしれない。いや、きっと好きなのだろう。
そんなことを思ってしまって、ルインの心の中にひやりとしたものが突き刺さった。
抱かれる前から薄っすらと感じていた彼への好意は、肌を重ねたことでより明確なものとなってしまったのだ。
ルインはこれまで誰かを好きになったことはなかった。
幼い頃から人よりも竜に興味があった少年はそのまま成長して、淡い初恋すら知らないままに大人になっていた。
色恋よりも仕事が忙しくて楽しい。
その上、妙な夢まで見るのだから、恋愛なんてものに現を抜かしている場合ではなかった。
フェリの一生を垣間見て、恋というものに恐ろしさも感じていた部分もあるのだろう。積極的に誰かを好きになる気にはなれず、ルインは自分の性的嗜好が女なのか男なのかも自覚していなかった。
だからきっと、自分はこのまま誰とも添い遂げずに生きて死ぬのだろうと思っていた。フェリ・エイデンという大昔に生きた男の初恋を抱えたまま。
そんなルインの元に、憧れとも言える竜騎士がやってきたのだ。
シグルドは客観的に見て非常に魅力的な男だ。その上、その魂はルインの中のフェリが求めていたレオンだったのだから、意識しないはずがなかった。
けれども物語のように出会ってすぐに恋に落ちたわけではない。むしろ、彼がレオンの魂を持っているからこそ、距離を取りたかったし関わりたくはなかった。
頑なだったルインの心を溶かしたのはシグルド自身だ。
少しずつ、少しずつ距離を詰めて、今では唇が触れ合うほど近くにいることを許されている。
それでもシグルドのことを好きだと認められなかったのは、彼のことをレオンではなくシグルドとして好きになりたかったからなのかもしれない。
それが、身体の内側まで触れることを許してしまって、認めざるを得なくなってしまった。
今日が夜番でよかった、とルインは水面を覗き込みながら思った。
通常勤務であったらならば、否が応でも夜はシグルドとふたりで顔をあわせなければならない。今思い返せば、朝はまだ混乱の中にいたのだろう。よくもあれほど、いつも通りの態度で会話が出来たものだと思う。
しかし、通常の業務をこなし、ルインの混乱はどうやら少し落ち着いてきたようだった。だからこそ、これからどんな顔をして彼と向き合えばいいのか分からなかったのだ。
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