転生竜騎士は初恋を捧ぐ

仁茂田もに

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第七話 ヴィンターベルクの空 -1

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 シグルドが鐙に引っかけた足で軽くアーベントを蹴った。

 そう思った瞬間、ぐんっと身体に大きな負荷がかかる。後ろに引き倒されるような強さを感じて思わず目を瞑るが、ルインの身体は倒れることはなかった。背後にいる逞しい身体が支えてくれたからだ。

 ごうごうと耳元で唸りを上げる風は刺すように冷たく、ゴーグルをしていなければきっと目も開けられなかっただろう。

 庇うようにシグルドがルインの背に圧し掛かってくる。シグルドに助けられながら、ルインは空気の抵抗を出来るだけ小さくし、強い風から身を守るための体勢をとった。それでも吹き付けてくる風は息を吸うことを許してはくれなかった。

 ――苦しい、息が出来ない。

 これでもルインは、竜師としてフリューゲル種に乗ったことが何度かあった。

 竜が飛び立つ瞬間、強い重力が騎士の身体にかかることも、激しい風が吹きつけることも知っていたのだ。しか し、カタストローフェ種の力強い羽ばたきは、フリューゲル種のそれとは比べ物にならないものだった。

 けれど、その衝撃を感じていたのも一瞬のことだった。

「ルイン! もう大丈夫だ。目を開けて」

 叫ぶように声をかけられ、ルインは思わず顔を上げる。

 気づけば激しい風は幾分か収まり、上体を起こすことが出来るようになっていた。

 上昇する際の激しい羽ばたきは終わり、アーベントはゆっくりと旋回する。黒く艶めく四枚の羽根が風を掴み、フ リューゲル種より短い尾が揺らめいた。

 促されるままに目を開ければ、広がるのは一面の茜色。

 その言葉に出来ない美しさに、ルインは息を飲んだ。

 ゴーグル越しに見えるのは、遠い西の稜線に沈みゆく太陽だ。昼のうちに大地を温め、世界を照らしていたその光 が、今にも暗い山の尾根に飲み込まれようとしている。西の空は赤く染まり、そこからたなびく薄い雲が薄紅に輝い ていた。

「すごい……」
「綺麗だろう。空を飛ぶのはいつだって楽しいし、爽快だけど、やっぱり夕日の中を飛ぶのが俺は一番好きなんだ」

 呆然と呟いたルインに、シグルドが笑った。

 空を飛ぶことに慣れた竜騎士が言うだけあって、目の前の空は本当に美しかった。辺りを包む空気は黄金色に輝いていて、ちらりと振り返ったシグルドの真紅の髪が燃えるようだった。

 眼下に臨むのは見慣れたヴィンターベルクの街並みだ。

 切り立つ岩山と深い渓谷に囲まれた難攻不落の砦には、ひとつの街そのものが中にすっぽりと入っている。東側は ストラナー連邦有するコーレ平原に面しているため、分厚い城壁が築かれていて、北と西は岩山が天然の壁となりヴィンターベルクを守っている。

 ふと視線を西に戻せば、その広大なヴィンターベルク城塞の西の山を大きく迂回して進む、一本の黒い線が見えた。

 黒い煙を吐きながら、するすると山肌を滑るように走っている黒い車体。あれは――。

「……蒸気機関車だ」
「ああ、ここは線路が通ってるんだったな」

 ルインが見つめる先には、夕日に照らされて輝く蒸気機関車があった。

 本来、大勢の人を乗せて走る機関車は、ルインが見上げるほどに大きいものだ。

 けれど、アーベントとシグルドが連れて来てくれた遥か空の上から見下ろせば、機関車とて小さな線のように見え る。これまで横から見たことは何度かあったが、さすがに蒸気機関車を上から見下ろす機会なんてそうそうない。そ れが何だか面白くて、ルインは身体を乗り出すようにしてその機関車を見つめた。

 近年、発見された石炭を利用する蒸気機関は、今では生活に欠かせないものになっている。

 その最たるものが蒸気機関車で、この国境の街が帝国有数の軍事基地になれたのも機関車があったからだ。

 ここヴィンターベルクは元々は辺鄙なただの田舎町だった。

 岩山と渓谷に囲まれ、馬はおろか人の行き来すらままならない。冬になれば深い雪に閉ざされる田舎の産業など羊  くらいしかなくて、人々は危険を承知で山を越え出稼ぎに行かなくてはならなかったらしい。

 そんな不毛の土地を強固な城塞に作り変え、帝国の軍事拠点として生まれ変わらせたのが、現在のヴィンターベルク城塞のアイゼンクロイツ司令官の祖父である当時のアイゼンクロイツ公爵だったのだ。


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