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第三話 出会い -1
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ヴィンターベルク城塞には軍人たちが寝起きするために設けられた兵舎がある。
三つある兵舎はそれぞれ階級によって分けられており、当たり前であるが階級が高いものが使う兵舎は真新しく立派な造りになっている。
ルインが借りているのは、新人兵士たちが使う兵舎で最も古く狭いものだった。ルインの階級を考えればもう少し広くてきれいな部屋が借りられる。けれど、この粗末な兵舎が一番竜舎から近かった。
朝早くから夜遅くまで竜舎で過ごすことが多い竜師だ。部屋には寝に帰るようなもので、あまりゆっくりと過ごすことはない。そうであるならば、窓を開ければ竜たちが見えるこの部屋が良かった。
その日、ルインはいつものように竜舎に向かった。
頻繁に見るあの夢のせいで、いつだって眠りが浅い。けれど、だからこそ誰よりも早く竜に会いに行けるのだ。朝早く、ルインが姿を見せると竜たちはいっせいに鼻を鳴らして甘える仕草をしてくる。これは気高い竜が心を許して いる証拠で、朝もやの中その声を聞くことがルインはいっとう好きだった。
悴む手を擦り合わせながら、ルインは分厚い防寒着の襟をかき合わせた。踏みしめる小路には紅葉した落ち葉が一 面に落ちていて、ヴィンターベルクの短い秋の終わりが近づいてきていることを知る。
――竜舎の中に落ち葉が入らないように、このあたりも掃いておかないとな。
そう思って、竜舎に足を踏み入れたときだった。
「おはよう、みんな……?」
声をかけ、竜舎の中を見たルインは瞬いた。
空いていた竜房のひとつに見慣れない竜がいたからだ。
周囲の竜たちは当然、黒いその竜を警戒するように立ち上がって、鋭い視線を送っている。ギイギイと響く耳障りな鳴き声は、竜が発する威嚇音だ。
しかし、激しく緊張する竜たちとは対照的に、ルインはその黒い竜から視線を外すことが出来なかった。
しなやかな筋肉に覆われた巨大な身体。全身を覆う艶やかな鱗も鋭い爪も、まるで黒曜石のように漆黒に輝いている。
美しい竜だ、と思う。それと同時に目を奪われたのは、その竜の背中だ。
「四枚羽根だ……」
小山のように巨大な竜の背中には、四枚の羽が生えていた。
現在、大陸で確認されているだけでも竜には様々な種がいる。竜騎士の騎竜として最も一般的なのは、気性が穏やかで個体数も多いフリューゲル種と呼ばれる飛竜で、ここヴィンターベルクにいる騎竜のほとんどがフリューゲル種だ。
二枚羽根に艶やかな深緑色の鱗。鋭い爪と牙は全ての竜種に共通するが、フリューゲル種は他の竜に比べると尾が長いのが特徴だ。身体が軽く、しなやかに風に乗る彼らは、空を泳ぐように飛ぶ際にその長い尾でバランスをとる。
それらの点から言っても、目の前の竜はどう見てもフリューゲル種ではない。
「カタストローフェ種……?」
黒竜を見つめたまま、ルインは呆然と呟いた。
黒い鱗を持つ竜は数あれど、四枚羽根の特徴を持っているのは「カタストローフェ種」と呼ばれる竜種しかいない。
フリューゲル種より大きな体躯に、太い脚。周囲のフリューゲル種たちがどれほど警戒しても気に留めないその泰然とした態度。まさに空の王者といった風格は、竜種の中でも最強と名高いカタストローフェ種に相応しいものだった。
カタストローフェ種はその四枚の羽根でどの竜よりも早く空を飛ぶ。吐く炎は鉄をも溶かすほどの高温で、硬い鱗は最高の銃弾の雨すら弾くという。
最強の竜。――賢く、気高く、美しい。
竜騎士であれば一度は騎乗したいと思うカタストローフェ種は、しかし、気性が荒く数も少ない。十三歳で竜騎士に入団してから八年間、ヴィンターベルクで竜師を務めているルインも、カタストローフェ種の竜を見たのは初めてだった。
竜師として珍しい竜を見れば当然気分は高揚する。
しかし、朝の冷えた空気にルインは冷静になった。
三つある兵舎はそれぞれ階級によって分けられており、当たり前であるが階級が高いものが使う兵舎は真新しく立派な造りになっている。
ルインが借りているのは、新人兵士たちが使う兵舎で最も古く狭いものだった。ルインの階級を考えればもう少し広くてきれいな部屋が借りられる。けれど、この粗末な兵舎が一番竜舎から近かった。
朝早くから夜遅くまで竜舎で過ごすことが多い竜師だ。部屋には寝に帰るようなもので、あまりゆっくりと過ごすことはない。そうであるならば、窓を開ければ竜たちが見えるこの部屋が良かった。
その日、ルインはいつものように竜舎に向かった。
頻繁に見るあの夢のせいで、いつだって眠りが浅い。けれど、だからこそ誰よりも早く竜に会いに行けるのだ。朝早く、ルインが姿を見せると竜たちはいっせいに鼻を鳴らして甘える仕草をしてくる。これは気高い竜が心を許して いる証拠で、朝もやの中その声を聞くことがルインはいっとう好きだった。
悴む手を擦り合わせながら、ルインは分厚い防寒着の襟をかき合わせた。踏みしめる小路には紅葉した落ち葉が一 面に落ちていて、ヴィンターベルクの短い秋の終わりが近づいてきていることを知る。
――竜舎の中に落ち葉が入らないように、このあたりも掃いておかないとな。
そう思って、竜舎に足を踏み入れたときだった。
「おはよう、みんな……?」
声をかけ、竜舎の中を見たルインは瞬いた。
空いていた竜房のひとつに見慣れない竜がいたからだ。
周囲の竜たちは当然、黒いその竜を警戒するように立ち上がって、鋭い視線を送っている。ギイギイと響く耳障りな鳴き声は、竜が発する威嚇音だ。
しかし、激しく緊張する竜たちとは対照的に、ルインはその黒い竜から視線を外すことが出来なかった。
しなやかな筋肉に覆われた巨大な身体。全身を覆う艶やかな鱗も鋭い爪も、まるで黒曜石のように漆黒に輝いている。
美しい竜だ、と思う。それと同時に目を奪われたのは、その竜の背中だ。
「四枚羽根だ……」
小山のように巨大な竜の背中には、四枚の羽が生えていた。
現在、大陸で確認されているだけでも竜には様々な種がいる。竜騎士の騎竜として最も一般的なのは、気性が穏やかで個体数も多いフリューゲル種と呼ばれる飛竜で、ここヴィンターベルクにいる騎竜のほとんどがフリューゲル種だ。
二枚羽根に艶やかな深緑色の鱗。鋭い爪と牙は全ての竜種に共通するが、フリューゲル種は他の竜に比べると尾が長いのが特徴だ。身体が軽く、しなやかに風に乗る彼らは、空を泳ぐように飛ぶ際にその長い尾でバランスをとる。
それらの点から言っても、目の前の竜はどう見てもフリューゲル種ではない。
「カタストローフェ種……?」
黒竜を見つめたまま、ルインは呆然と呟いた。
黒い鱗を持つ竜は数あれど、四枚羽根の特徴を持っているのは「カタストローフェ種」と呼ばれる竜種しかいない。
フリューゲル種より大きな体躯に、太い脚。周囲のフリューゲル種たちがどれほど警戒しても気に留めないその泰然とした態度。まさに空の王者といった風格は、竜種の中でも最強と名高いカタストローフェ種に相応しいものだった。
カタストローフェ種はその四枚の羽根でどの竜よりも早く空を飛ぶ。吐く炎は鉄をも溶かすほどの高温で、硬い鱗は最高の銃弾の雨すら弾くという。
最強の竜。――賢く、気高く、美しい。
竜騎士であれば一度は騎乗したいと思うカタストローフェ種は、しかし、気性が荒く数も少ない。十三歳で竜騎士に入団してから八年間、ヴィンターベルクで竜師を務めているルインも、カタストローフェ種の竜を見たのは初めてだった。
竜師として珍しい竜を見れば当然気分は高揚する。
しかし、朝の冷えた空気にルインは冷静になった。
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