48 / 125
番外編
挿話 王太子の受難 9
しおりを挟む
「でね、ウルスが調べてきた中に、すごーくおもしろいことがあったんだ。
君、薬草に詳しいんだってね?
しかも、いくつか畑を持ち、実際に薬草を育てているんだね。そう言われれば、指先、ほんの少し緑色に染まってるもんね? よほど、好きなんだね。すごいねー」
と、ぼくが言うと、女はさっと、手をひいて、テーブルの下に隠した。
そして言った。
「それが、何か? 薬草学に興味があるだけです」
と、女は、完全に外面用の顔を外し、冷たいまなざしで、ぼくを見ている。
「確かに、薬草学、興味深いよね? でも、ひとつだけ、偽名で畑を所有してるよね。
ウルス、実際、見てきたんでしょ?」
ぼくがそう言ったら、女の表情が、がらりと動いた。
怒りと焦りがごちゃまぜになった表情だ。
ウルスが、そこで口をひらいた。
「ええ、探すのが大変でした。が、ボラージュ伯爵令嬢の元婚約者、ブリント侯爵家の次男アラン殿から教えていただきました」
ウルスがそう言った途端、バンっと机をたたいて、女は立ちあがった。
そして、
「そんなことあるはずない! アランは、死んでるもの!」
と、叫んだ。
その豹変ぶりに、ブルーノ伯爵夫妻も目をむいている。
「いえ、亡くなってません。アラン殿は、侯爵家の親戚の領地にある療養所で、最近まで、ずっと療養されていました」
と、淡々と説明するウルス。
「うそだわ! アランが、生きてるわけがない。だって、私、お葬式にも行ったもの!」
「それは、侯爵家が、ボラージュ伯爵令嬢からアラン殿を引き離すために、死んだことにしたのです。
でないと、当時のアラン殿は、完全にあなたに依存し、正常な判断もできず、まわりが何をいっても聞かなくなっていたから」
と、ウルスが、冷たい声で言った。
「そんな、まさか…」
と、茫然とする女。
「何言ってるの? まさか、は、こっちのセリフだよ? ルイスに近づいてきたから調べてみたら、びっくりするほど、真っ黒なんだもん。ぼくって、本当、あたりをひいちゃうよねー? ね、ウルス」
と、ウルスに微笑みかけると、ウルスが眉間にしわをよせた。
「なんで、こんな面倒なことばかり、引き当てるんだろうな…。俺の仕事が増える一方だ。ほんと、やめてくれ…」
と、ぶつぶつ言うと、ため息をつき、仕事モードに戻った。
「幸い、アラン殿は、療養で心身の体調をとりもどし、正常な判断ができるようになっていました。
それで、あなたのことを、詳しく聞いたんです。偽名で持っている畑で、ローアンという植物をそだてていることもね。
まあ、アラン殿は、ローアンは、貴重な薬なので、盗難にあわないよう、あなたが、秘密の畑で育てているという嘘の情報を信じてましたがね」
「そのローアンって、なあに?」
ぼくは、お疲れのウルスをなごますように、かわいく聞いてみた。
ウルスの眉間のしわが更に深くなる。失礼だね?
「もともと、別の大陸で栽培されていた植物です。が、その土地では、今や育てることは禁止されています。
というのも、乾燥して粉末にして吸引すると、強い幻覚をおこし、極度に依存してしまうからです。
もちろん、健康も害される、危険な植物です」
と、ウルスが説明する。
「へえ、そんな物騒な植物を育ててたんだ?! で、その植物をどうしてたの?」
と、女のほうを向いて聞く。
女は、
「…興味があって、育ててみただけです。使用はしていません。それくらいで、違う国の王太子が、罪に問うことはできませんよね?」
と、ぼくをにらみながら、答えた。
もう、おっとりした美人の伯爵令嬢という役柄は、完全に放り出したようだ。
うん、その顔、いいね。悪役にぴったりだ!
「確かに、それだけじゃあ、ぼくは君を罪には問えないねえ。
…でもね、状況がかわったみたいだよ? ウルス、ロンダ国で、その後、何をしてきたか、話してあげて?」
そう言うと、ぼくは、にっこり笑った。
「アラン殿の心身の体調が戻り、ボラージュ伯爵令嬢への依存も完全に消えたので、ブリント侯爵家は、被害届をだしました。元婚約者、べラレーヌ・ボラージュ伯爵令嬢に、薬物に依存させられ、薬物を渡す代金として、多額の金をとられ、心身を害されたことに対してです。
もちろん、アラン殿は、ローアンの薬物中毒だったということも証明されました」
「…なんですって…?!」
そう言うと、女は表情が抜け落ちた顔で、固まった。
「あら、不思議。没落貴族だった、ボラージュ伯爵がワインの事業をはじめたのは、その頃とぴったりあうねー?
侯爵家の元婚約者からまきあげた大金をもとでに、薬物つきワインを売りはじめたのかな?
あ、そうそう。ブルーノ伯爵が売っていたワインについてた薬物も分析したら、君が育てたローアンと一致したんだって。言い逃れはできないよね?」
そう言うと、ぼくは、満面の笑みを浮かべた。
と、その時、外の廊下を走ってくる足音が聞こえたと思ったら、部屋の扉がバーンと開け放たれた。
「遅いぞ! フィリップ!」
王妃であり、辺境伯であり、母上が、鬼の形相で飛び込んできた。
君、薬草に詳しいんだってね?
しかも、いくつか畑を持ち、実際に薬草を育てているんだね。そう言われれば、指先、ほんの少し緑色に染まってるもんね? よほど、好きなんだね。すごいねー」
と、ぼくが言うと、女はさっと、手をひいて、テーブルの下に隠した。
そして言った。
「それが、何か? 薬草学に興味があるだけです」
と、女は、完全に外面用の顔を外し、冷たいまなざしで、ぼくを見ている。
「確かに、薬草学、興味深いよね? でも、ひとつだけ、偽名で畑を所有してるよね。
ウルス、実際、見てきたんでしょ?」
ぼくがそう言ったら、女の表情が、がらりと動いた。
怒りと焦りがごちゃまぜになった表情だ。
ウルスが、そこで口をひらいた。
「ええ、探すのが大変でした。が、ボラージュ伯爵令嬢の元婚約者、ブリント侯爵家の次男アラン殿から教えていただきました」
ウルスがそう言った途端、バンっと机をたたいて、女は立ちあがった。
そして、
「そんなことあるはずない! アランは、死んでるもの!」
と、叫んだ。
その豹変ぶりに、ブルーノ伯爵夫妻も目をむいている。
「いえ、亡くなってません。アラン殿は、侯爵家の親戚の領地にある療養所で、最近まで、ずっと療養されていました」
と、淡々と説明するウルス。
「うそだわ! アランが、生きてるわけがない。だって、私、お葬式にも行ったもの!」
「それは、侯爵家が、ボラージュ伯爵令嬢からアラン殿を引き離すために、死んだことにしたのです。
でないと、当時のアラン殿は、完全にあなたに依存し、正常な判断もできず、まわりが何をいっても聞かなくなっていたから」
と、ウルスが、冷たい声で言った。
「そんな、まさか…」
と、茫然とする女。
「何言ってるの? まさか、は、こっちのセリフだよ? ルイスに近づいてきたから調べてみたら、びっくりするほど、真っ黒なんだもん。ぼくって、本当、あたりをひいちゃうよねー? ね、ウルス」
と、ウルスに微笑みかけると、ウルスが眉間にしわをよせた。
「なんで、こんな面倒なことばかり、引き当てるんだろうな…。俺の仕事が増える一方だ。ほんと、やめてくれ…」
と、ぶつぶつ言うと、ため息をつき、仕事モードに戻った。
「幸い、アラン殿は、療養で心身の体調をとりもどし、正常な判断ができるようになっていました。
それで、あなたのことを、詳しく聞いたんです。偽名で持っている畑で、ローアンという植物をそだてていることもね。
まあ、アラン殿は、ローアンは、貴重な薬なので、盗難にあわないよう、あなたが、秘密の畑で育てているという嘘の情報を信じてましたがね」
「そのローアンって、なあに?」
ぼくは、お疲れのウルスをなごますように、かわいく聞いてみた。
ウルスの眉間のしわが更に深くなる。失礼だね?
「もともと、別の大陸で栽培されていた植物です。が、その土地では、今や育てることは禁止されています。
というのも、乾燥して粉末にして吸引すると、強い幻覚をおこし、極度に依存してしまうからです。
もちろん、健康も害される、危険な植物です」
と、ウルスが説明する。
「へえ、そんな物騒な植物を育ててたんだ?! で、その植物をどうしてたの?」
と、女のほうを向いて聞く。
女は、
「…興味があって、育ててみただけです。使用はしていません。それくらいで、違う国の王太子が、罪に問うことはできませんよね?」
と、ぼくをにらみながら、答えた。
もう、おっとりした美人の伯爵令嬢という役柄は、完全に放り出したようだ。
うん、その顔、いいね。悪役にぴったりだ!
「確かに、それだけじゃあ、ぼくは君を罪には問えないねえ。
…でもね、状況がかわったみたいだよ? ウルス、ロンダ国で、その後、何をしてきたか、話してあげて?」
そう言うと、ぼくは、にっこり笑った。
「アラン殿の心身の体調が戻り、ボラージュ伯爵令嬢への依存も完全に消えたので、ブリント侯爵家は、被害届をだしました。元婚約者、べラレーヌ・ボラージュ伯爵令嬢に、薬物に依存させられ、薬物を渡す代金として、多額の金をとられ、心身を害されたことに対してです。
もちろん、アラン殿は、ローアンの薬物中毒だったということも証明されました」
「…なんですって…?!」
そう言うと、女は表情が抜け落ちた顔で、固まった。
「あら、不思議。没落貴族だった、ボラージュ伯爵がワインの事業をはじめたのは、その頃とぴったりあうねー?
侯爵家の元婚約者からまきあげた大金をもとでに、薬物つきワインを売りはじめたのかな?
あ、そうそう。ブルーノ伯爵が売っていたワインについてた薬物も分析したら、君が育てたローアンと一致したんだって。言い逃れはできないよね?」
そう言うと、ぼくは、満面の笑みを浮かべた。
と、その時、外の廊下を走ってくる足音が聞こえたと思ったら、部屋の扉がバーンと開け放たれた。
「遅いぞ! フィリップ!」
王妃であり、辺境伯であり、母上が、鬼の形相で飛び込んできた。
55
お気に入りに追加
1,780
あなたにおすすめの小説

わたしにはもうこの子がいるので、いまさら愛してもらわなくても結構です。
ふまさ
恋愛
伯爵令嬢のリネットは、婚約者のハワードを、盲目的に愛していた。友人に、他の令嬢と親しげに歩いていたと言われても信じず、暴言を吐かれても、彼は子どものように純粋無垢だから仕方ないと自分を納得させていた。
けれど。
「──なんか、こうして改めて見ると猿みたいだし、不細工だなあ。本当に、ぼくときみの子?」
他でもない。二人の子ども──ルシアンへの暴言をきっかけに、ハワードへの絶対的な愛が、リネットの中で確かに崩れていく音がした。

婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。
アトラス
恋愛
公爵令嬢のリリア・カーテノイドは婚約者である王太子殿下が側室を持ったことを知らされる。側室となったガーネット子爵令嬢は殿下の寵愛を盾にリリアに度重なる嫌がらせをしていた。
いやになったリリアは王城からの逃亡を決意する。
だがその途端に、王太子殿下の態度が豹変して・・・
「いつわたしが婚約破棄すると言った?」
私に飽きたんじゃなかったんですか!?
……………………………
たくさんの方々に読んで頂き、大変嬉しく思っています。お気に入り、しおりありがとうございます。とても励みになっています。今後ともどうぞよろしくお願いします!

公爵令息は妹を選ぶらしいので私は旅に出ます
ネコ
恋愛
公爵令息ラウルの婚約者だったエリンは、なぜかいつも“愛らしい妹”に優先順位を奪われていた。正当な抗議も「ただの嫉妬だろう」と取り合われず、遂に婚約破棄へ。放り出されても涙は出ない。ならば持ち前の治癒魔法を活かして自由に生きよう――そう決めたエリンの旅立ち先で、運命は大きく動き出す。

本日より他人として生きさせていただきます
ネコ
恋愛
伯爵令嬢のアルマは、愛のない婚約者レオナードに尽くし続けてきた。しかし、彼の隣にはいつも「運命の相手」を自称する美女の姿が。家族も周囲もレオナードの一方的なわがままを容認するばかり。ある夜会で二人の逢瀬を目撃したアルマは、今さら怒る気力も失せてしまう。「それなら私は他人として過ごしましょう」そう告げて婚約破棄に踏み切る。だが、彼女が去った瞬間からレオナードの人生には不穏なほつれが生じ始めるのだった。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。
ふまさ
恋愛
いつものように屋敷まで迎えにきてくれた、幼馴染みであり、婚約者でもある伯爵令息──ミックに、フィオナが微笑む。
「おはよう、ミック。毎朝迎えに来なくても、学園ですぐに会えるのに」
「駄目だよ。もし学園に向かう途中できみに何かあったら、ぼくは悔やんでも悔やみきれない。傍にいれば、いつでも守ってあげられるからね」
ミックがフィオナを抱き締める。それはそれは、愛おしそうに。その様子に、フィオナの両親が見守るように穏やかに笑う。
──対して。
傍に控える使用人たちに、笑顔はなかった。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる