【本編完結】いらない存在だった私を必要と言ってくれるのは誰ですか?

水無月あん

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宝物

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私の名前はキャロリーヌ。

世間からは、裕福だと思われているルバーチ子爵家のひとりむすめ。
確かにお金はあるのだろうけれど、お金しかない家に育った私。

ものごころついた頃から、お父様を見かけることはあまりなかった。
ほとんど帰ってこないし、たまに屋敷にいる時は自室にこもって仕事をしているし、食事も別だから。

もともと、ルバーチ家はどちらかというと貧しい、細々と続いている子爵家だったそう。
でも、野心家のお父様が事業をひろげ、自分の代で、一気に裕福な家にした。
仕事に関しては誰もが認めるやり手のお父様。

が、仕事ばかりしているから屋敷にいない、というわけじゃない。

学園時代、恋人だった人を愛人として別邸にすまわせているから、この屋敷に帰ってこないだけ。

その愛人のご実家は没落してしまい、その女性は平民になったそう。
そのため、ふたりは結婚できなかった。

そして、事業を拡大したかった野心家のお父様は、資産のある伯爵家の令嬢、つまり私のお母様に目をつけ政略結婚をした。

ということを、幼い頃、屋敷のメイドたちの噂話で知った私。

しかも、メイドたちは、お父様と愛人の方が真実の愛で、「結婚できなかったのがお可哀想」なんだって。

噂のとおりだと、無理やり結婚させられたのでもなく、お母様の実家の資産や縁をあてにして、結婚したのはお父様だ。
不誠実でひどい。とても、真実の愛なんかできる人には思えない。
なのに、メイドたちはみんな、平民になった愛人の方に同情的。

そして、お母様はといえば、政略結婚を狙って結婚の申し込みをした、美形のお父様をひとめで好きになり、おじい様の反対を押し切って、数ある候補者の中からお父様を選んだ。

なのに、いざ結婚して、事業が軌道に乗ったら、いつのまにか別邸を建て、かえってこなくなった。
そこで、長いつきあいの愛人がいることを知ったみたい。

そして、お母様の愛は恨みに変わった。
今、お母様がお父様と離縁しないのは、ただただその愛人が正妻になるのが嫌だという意地だけ。

ということも、屋敷の使用人たちの噂話で知った私。

なぜなら、お母様と顔をあわせることもあまりないから。

「ご主人様にそっくりのキャロリーヌ様を奥様が見るのはおつらいわよねえ。キャロリーヌ様もご主人さまの愛する方とのお子だったら、あちらのお屋敷で、さぞかし、ご主人様から可愛がられたでしょうに」
と、メイドたちが噂をしているのを聞いた。

そうか、私の顔がお父様に似たから、お母様は私を避けるようになったんだ。

それを知ってからは、私のほうでも気をつけるようにした。
お母様にばったり会わないよう、屋敷内では自分の部屋か、お母様が絶対にこない図書室か、裏庭が私の居場所になった。

つまり、私は両親にとっても、この家にとっても、いらない存在ってこと。

私はなんで、生まれたんだろう。誰にも求められていないのに……。
と、悩む時期もあったけれど、今はもう、そんなことで悲しむこともない。

両親への思いはすでに消え去った。

とりあえず、年ごろになれば、政略結婚をさせられるだろうから、家のために役立てればいいと思う。
放っておかれたとはいえ、物質的には、なに不自由なく育ったから、その分の恩はそれで返したことにしてもらいたい。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



勉強の合間に、いつものように裏庭のベンチで本を読んでいたら、垣根の隙間から、少年が入ってきた。

つやつやと輝く金色の髪はクルクルとして、大きなブルーの目がきらきらと輝いている。
背中に羽でもあったら天使かと思うような、きれいな少年。

「ねえ、きみ、誰?」

少年が私に聞いてきた。

「あなたこそ、誰なの……? ここはうちの裏庭よ。勝手にはいってきたのは、そっちでしょう?」

「あ、そうか。ごめん。僕はシャルル!」

そう言って、にこにこと笑った。
こんなまぶしい笑顔を見たのは生まれて初めてで、思わず、固まってしまった。

固まったままの私に向かって、シャルルは自分のことを話し出した。

あまりに無邪気だから、てっきり年下かと思ったら、私よりひとつ年上だったシャルル。
隣国のアサラ国に住んでいること。
シャルルのお父様が、夏の間だけ、この国で仕事があるので、シャルルも一緒にきたこと。
空き家だったうちの隣のお屋敷を借りて、ご家族で滞在していること。
自分が好きなアサラ国のお菓子のこと、などなど……。
楽しそうに、沢山しゃべって帰っていった。

翌日も、垣根の隙間から、やってきたシャルル。

「あ、いた。良かった! 昨日言った、僕の大好きなアサラ国のお菓子を持ってきたよ! 一緒に食べようよ」

そう言って、焼き菓子をくれた。
人懐っこいシャルルは、キャロリーヌと名乗った私のことを、すぐに、キャロと呼び始めた。

次の日も、その次の日も、シャルルはやってきた。
私は、いつもひとりで過ごしていたから、正直、人と話すことに慣れていない。

だから、最初は、ただただ、シャルルの話すことを聞いていたけれど、気が付くと、せかされるまま、私もぽつぽつとしゃべりはじめた。

シャルルは、わくわくするようなアサラ国の話を沢山してくれるのに、私が話すことといえば、本で読んだことばかり。
私の知っている世界はそれだけだから……。

なのに、シャルルは私の話を、目を輝かせて聞いてくれる。

「キャロは、ほんと、何でも知ってるよね」
「その本のキャロの感想を聞きたいな」
「キャロのおすすめの本を教えてよ、簡単なのね」
「キャロのしゃべりかた、落ち着いてるよね。聞いてて安心する」
「キャロ、そのお話、読んでみてよ。僕、キャロの声が好きなんだ」

シャルルからもらう言葉は、まっすぐに私の心に届いてくる。
何も感じないほど冷たかった私の心が、少しずつ、あたたまって、とけていくような感じがした。

だれかと話すことは、こんなに楽しいんだ。
だれかに話を聞いてもらうことは、こんなに嬉しいんだ。

誰にも必要とされていない私は、ずっと、この屋敷でいないもののように過ごしてきた。
そんな自分が、シャルルに名前を呼んでもらえて、初めて、キャロリーヌとして息づいた気がする。

私は、シャルルと過ごす時間が待ち遠しくてたまらなくなった。

でも、夢のような時間も夏とともに終わる。
ついにシャルルのお父様の仕事が終わり、シャルルが隣国のアサラ国に帰る時がやってきた。

私は、物心ついた時から、ひとりで何度も何度も読んできた、挿絵の美しい絵本をシャルルに渡した。
自分の一番大事にしているものを、シャルルに持っていてもらいたかったから……。

「ありがとう、キャロ。キャロにまた会える時まで、僕が大事にしてるから」

シャルルは大事そうに私の贈った絵本を胸に抱えると、いつになく真剣な顔で言った。

「キャロ。今の僕は、ただの子どもで何の力もない。でも、待ってて、キャロ。キャロをこの家から解き放ち、キャロが好きに生きられるように僕は手伝いたい。だから、がんばって力をつけてくる。それまで、何があっても絶対にあきらめないで、キャロ」

「ありがとう、シャルル……。シャルルに出会えてよかった」

私は涙をこらえて、微笑んだ。

シャルルの言葉を宝物として心の奥にしまいこみ、私は、また空虚な毎日に戻った。




※ 読んでくださって、ありがとうございます。
本編は、キャロリーヌ視点のみの9話で、予定では5日間ほどで最終話になります。
その後、ヒーロー視点のお話を番外編で書く予定にしています。
いつもながら、ゆるい設定ですが、よろしければ、お暇なときにでも気楽に読んでくださったら幸いです。
よろしくお願いします。
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