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16歳になって
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シャルルと出会ったあの夏から6年がたち、私は16歳になった。
あれから、夏になってもシャルルは現れることはなく、隣のお屋敷は違う人が住んでいる。
今、思えば、本当にシャルルは天使だったのかもしれない。
夢みたいだったから。
そんなことを思っていたある日、お母様に呼ばれた。
ずっと私を避けていたお母様が、近頃、私を呼びつけることがある。
それはお茶会のため。
仲がいい親子に見えるように、私を着飾らせてお茶会に連れていくようになったから。
なんで急にと不思議に思ったら、メイドたちがまたまた噂をしていた。
それによると、なんでもお父様と愛人の方に子どもはできなかったよう。
だから、唯一の子どもが私ということになる。
「ご主人様を憎みながらも執着しているのよ、奥様は。だから、ご主人様の子どもを見せびらかして、産んだのは自分だけと愛人に思い知らせようとしているんじゃないの?」
「まあ、ルバーチ子爵家の跡取りはキャロリーヌ様だけだしね。キャロリーヌ様の婿を奥様の気に入った人にしたら、ゆくゆくは、ルバーチ子爵家は奥様の思い通りだからね」
なんて、色々な分析をしていたメイドたち。
私より、余程、この家に興味があるみたい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お呼びでしょうか、お母様」
私の顔でお母様を不快にさせないよう、わずかに視線を外してお母様に聞いた。
「キャロリーヌ、今日は、あなたにいいお話があるの。そこに座って」
お母様の声がいつになく浮かれていたので、驚いて、つい顔を見てしまった。
見たことがないほどの笑顔で私を見ている。
お母様がなんで笑っているのか、とまどいながらも、私は促されるまま椅子にすわり、話の続きを待つ。
「あなたに縁談があるの。なんと相手はミルトン侯爵家のご子息よ! お名前はアルゴ様。次男で、このルバーチ子爵家に婿入りしてもいいって言ってくれているのよ。ライス伯爵夫人の夜会で、私は一度お会いしたことがあるのだけれど、穏やかで優しい印象の方だったわ。あなたにはもったいないほどのご子息だと思うけれど、どうかしら、キャロリーヌ?」
ああ、なるほど……。
だから、お母様は上機嫌なのね。
その時がついに来たんだわ。
私が政略結婚することで、両親に今までの恩を返す日が……。
そう、相手は誰だっていい。
「お母様の思うとおりになさってください。私はお母様のお考えに従いますので」
一瞬、驚いたように目を見開いたお母様。
が、すぐに、満足そうに微笑みながら、うなずいた。
「そんなにキャロリーヌに信頼されていただなんて嬉しいわ! じゃあ、すぐに顔合わせをするわね。いずれ婿入りしていただくのだから、ここにお呼びしたほうがいいわ。早速、キャロリーヌに似合う素敵なドレスをつくらないといけないわね。あなたは美しいんだもの。きっと、気に入られるわ。全部、私にまかせておいて」
「よろしくお願いします、お母様」
そう言うと、私はお母様の部屋をでた。
その途端、胸の奥にしまっていた、シャルルからもらった言葉が飛び出してきた。
「キャロをこの家から解き放ち、好きに生きられるように手伝いたい。だから、がんばって力をつけてくる。それまで、絶対にあきらめないで」
胸がチクリと痛んだ。
私にはできないよ、シャルル。
せっかく私のためを思って言ってくれたのに、ごめんね、シャルル。
心の中でひっそり謝ると、私はシャルルの言葉を大切に胸の奥にしまいこんだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
顔合わせの日は、すぐにやって来た。
やけに張り切っているお母様の指示で、メイドたちによって、派手に飾りたてられた私。
普段のシンプルなドレスのほうがどれだけ楽か……。
そして、ついに、お相手の方が到着された。
特別なお客様の時にだけ使う応接室で、私とお母様が並んですわり、向かい側の席に、豪華な装いのミルトン侯爵夫人と、どこか自信なさげな様子のアルゴ様がすわった。
「ミルトン侯爵家の次男、アルゴです。よろしく……」
「ルバーチ子爵家の娘、キャロリーヌと申します。よろしくお願いたします」
ぎこちない挨拶をしたまま、黙ってしまった私とアルゴ様。
かわりに、ミルトン侯爵夫人が焦れたように話しだした。
「アルゴ、キャロリーヌさんがお美しいから緊張するのもわかるけれど、色々、話してみなさい。ごめんなさいね、キャロリーヌさん。アルゴは次男でしょう? 長男と違って、あまり厳しくしなかったものだから、のんびりしていますの」
「あ、いえ……」
と、口を開いたところを、お母様が遮るように言った。
「キャロリーヌ。私が言ったとおり、アルゴ様はおだやかな方でしょう? ミルトン侯爵夫人、キャロリーヌは大人しくて、従順な子ですから、おだやかなアルゴ様とぴったりですわ」
お母様の言葉に、何故か、ほっとしたような顔をしたミルトン侯爵夫人。
「そう言ってくださると安心だわ。長男と違って、大人しすぎる子で心配していたの」
それから、私たちはふたりだけで話すようにと、お母様によって庭にだされた。
私の居場所である裏庭ではなく、庭師によってきれいに整えられた表の庭を案内しながら歩き出すと、アルゴ様が話しかけてきた。
「キャロリーヌさんは、見合いの相手が僕でがっかりしないの……?」
「え……?」
思いもかけない言葉に、驚いて、アルゴ様を見る。
「今まで婿入りの話がきても、僕がしっかりしてないから、見合いをしても、いつも断れてきたんだ……。僕は兄様みたいに優秀じゃないからね。家でも、誰も僕に期待なんてしていない。次男なんて家は継げないし、ひとりだちするか、婿入りするかだろう? でも、僕はひとりだちするほどの能力はないし、婿入りもことごとく断られる。家では、すっかりお荷物みたいな感じで、父上も兄上も僕を見放しているんだ。母上だけが必死で僕の行き先を探してるから、いまだに、こうやって、見合いをしてるんだけどね……」
そう言って、力なく目をふせたアルゴ様。
自信なさそうに見えたのはそういうことだったのね。
「言いづらいことを私に伝えてくださって、ありがとうございます。アルゴ様は正直なお方なのですね」
アルゴ様が驚いたように私を見た。
「そんな風にいわれたの、初めてだ……。僕にもいいところがあったんだ……」
呆然としたまま、つぶやくアルゴ様。
私を見たまま、アルゴ様の頬が赤くそまっていく。
「ありがとう……、キャロリーヌさん」
そう言うと、アルゴ様は初めて笑顔を見せた。
そして、初めての顔合わせも終え、おふたりが帰ったあと、お母様が私に言った。
「キャロリーヌ、アルゴ様はよい方だったでしょう? 私は、あなたのためを思って、あの方を選んだの。容姿は平凡で、野心もない、おとなしい方をね。しかも、侯爵家で身分も高いのよ。結婚するなら、絶対にそんな方がいいわ。あなたを裏切らないから。アルゴ様もミルトン侯爵夫人もあなたのことを気に入っておられたわ。すぐに婚約の申し込みがくるでしょうから、その時は、お受けなさい。うちに婿入りするのにピッタリの方よ」
私に言い聞かすように、力の入った口調で語ったお母様。
つまり、お母様は、私のために、お父様と真逆のような方を選んであげたって言いたかったのかしら……?
あれから、夏になってもシャルルは現れることはなく、隣のお屋敷は違う人が住んでいる。
今、思えば、本当にシャルルは天使だったのかもしれない。
夢みたいだったから。
そんなことを思っていたある日、お母様に呼ばれた。
ずっと私を避けていたお母様が、近頃、私を呼びつけることがある。
それはお茶会のため。
仲がいい親子に見えるように、私を着飾らせてお茶会に連れていくようになったから。
なんで急にと不思議に思ったら、メイドたちがまたまた噂をしていた。
それによると、なんでもお父様と愛人の方に子どもはできなかったよう。
だから、唯一の子どもが私ということになる。
「ご主人様を憎みながらも執着しているのよ、奥様は。だから、ご主人様の子どもを見せびらかして、産んだのは自分だけと愛人に思い知らせようとしているんじゃないの?」
「まあ、ルバーチ子爵家の跡取りはキャロリーヌ様だけだしね。キャロリーヌ様の婿を奥様の気に入った人にしたら、ゆくゆくは、ルバーチ子爵家は奥様の思い通りだからね」
なんて、色々な分析をしていたメイドたち。
私より、余程、この家に興味があるみたい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お呼びでしょうか、お母様」
私の顔でお母様を不快にさせないよう、わずかに視線を外してお母様に聞いた。
「キャロリーヌ、今日は、あなたにいいお話があるの。そこに座って」
お母様の声がいつになく浮かれていたので、驚いて、つい顔を見てしまった。
見たことがないほどの笑顔で私を見ている。
お母様がなんで笑っているのか、とまどいながらも、私は促されるまま椅子にすわり、話の続きを待つ。
「あなたに縁談があるの。なんと相手はミルトン侯爵家のご子息よ! お名前はアルゴ様。次男で、このルバーチ子爵家に婿入りしてもいいって言ってくれているのよ。ライス伯爵夫人の夜会で、私は一度お会いしたことがあるのだけれど、穏やかで優しい印象の方だったわ。あなたにはもったいないほどのご子息だと思うけれど、どうかしら、キャロリーヌ?」
ああ、なるほど……。
だから、お母様は上機嫌なのね。
その時がついに来たんだわ。
私が政略結婚することで、両親に今までの恩を返す日が……。
そう、相手は誰だっていい。
「お母様の思うとおりになさってください。私はお母様のお考えに従いますので」
一瞬、驚いたように目を見開いたお母様。
が、すぐに、満足そうに微笑みながら、うなずいた。
「そんなにキャロリーヌに信頼されていただなんて嬉しいわ! じゃあ、すぐに顔合わせをするわね。いずれ婿入りしていただくのだから、ここにお呼びしたほうがいいわ。早速、キャロリーヌに似合う素敵なドレスをつくらないといけないわね。あなたは美しいんだもの。きっと、気に入られるわ。全部、私にまかせておいて」
「よろしくお願いします、お母様」
そう言うと、私はお母様の部屋をでた。
その途端、胸の奥にしまっていた、シャルルからもらった言葉が飛び出してきた。
「キャロをこの家から解き放ち、好きに生きられるように手伝いたい。だから、がんばって力をつけてくる。それまで、絶対にあきらめないで」
胸がチクリと痛んだ。
私にはできないよ、シャルル。
せっかく私のためを思って言ってくれたのに、ごめんね、シャルル。
心の中でひっそり謝ると、私はシャルルの言葉を大切に胸の奥にしまいこんだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
顔合わせの日は、すぐにやって来た。
やけに張り切っているお母様の指示で、メイドたちによって、派手に飾りたてられた私。
普段のシンプルなドレスのほうがどれだけ楽か……。
そして、ついに、お相手の方が到着された。
特別なお客様の時にだけ使う応接室で、私とお母様が並んですわり、向かい側の席に、豪華な装いのミルトン侯爵夫人と、どこか自信なさげな様子のアルゴ様がすわった。
「ミルトン侯爵家の次男、アルゴです。よろしく……」
「ルバーチ子爵家の娘、キャロリーヌと申します。よろしくお願いたします」
ぎこちない挨拶をしたまま、黙ってしまった私とアルゴ様。
かわりに、ミルトン侯爵夫人が焦れたように話しだした。
「アルゴ、キャロリーヌさんがお美しいから緊張するのもわかるけれど、色々、話してみなさい。ごめんなさいね、キャロリーヌさん。アルゴは次男でしょう? 長男と違って、あまり厳しくしなかったものだから、のんびりしていますの」
「あ、いえ……」
と、口を開いたところを、お母様が遮るように言った。
「キャロリーヌ。私が言ったとおり、アルゴ様はおだやかな方でしょう? ミルトン侯爵夫人、キャロリーヌは大人しくて、従順な子ですから、おだやかなアルゴ様とぴったりですわ」
お母様の言葉に、何故か、ほっとしたような顔をしたミルトン侯爵夫人。
「そう言ってくださると安心だわ。長男と違って、大人しすぎる子で心配していたの」
それから、私たちはふたりだけで話すようにと、お母様によって庭にだされた。
私の居場所である裏庭ではなく、庭師によってきれいに整えられた表の庭を案内しながら歩き出すと、アルゴ様が話しかけてきた。
「キャロリーヌさんは、見合いの相手が僕でがっかりしないの……?」
「え……?」
思いもかけない言葉に、驚いて、アルゴ様を見る。
「今まで婿入りの話がきても、僕がしっかりしてないから、見合いをしても、いつも断れてきたんだ……。僕は兄様みたいに優秀じゃないからね。家でも、誰も僕に期待なんてしていない。次男なんて家は継げないし、ひとりだちするか、婿入りするかだろう? でも、僕はひとりだちするほどの能力はないし、婿入りもことごとく断られる。家では、すっかりお荷物みたいな感じで、父上も兄上も僕を見放しているんだ。母上だけが必死で僕の行き先を探してるから、いまだに、こうやって、見合いをしてるんだけどね……」
そう言って、力なく目をふせたアルゴ様。
自信なさそうに見えたのはそういうことだったのね。
「言いづらいことを私に伝えてくださって、ありがとうございます。アルゴ様は正直なお方なのですね」
アルゴ様が驚いたように私を見た。
「そんな風にいわれたの、初めてだ……。僕にもいいところがあったんだ……」
呆然としたまま、つぶやくアルゴ様。
私を見たまま、アルゴ様の頬が赤くそまっていく。
「ありがとう……、キャロリーヌさん」
そう言うと、アルゴ様は初めて笑顔を見せた。
そして、初めての顔合わせも終え、おふたりが帰ったあと、お母様が私に言った。
「キャロリーヌ、アルゴ様はよい方だったでしょう? 私は、あなたのためを思って、あの方を選んだの。容姿は平凡で、野心もない、おとなしい方をね。しかも、侯爵家で身分も高いのよ。結婚するなら、絶対にそんな方がいいわ。あなたを裏切らないから。アルゴ様もミルトン侯爵夫人もあなたのことを気に入っておられたわ。すぐに婚約の申し込みがくるでしょうから、その時は、お受けなさい。うちに婿入りするのにピッタリの方よ」
私に言い聞かすように、力の入った口調で語ったお母様。
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