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三話
しおりを挟む「あなたは、りょうしゅさまの……むすこ?」
(──まっずい、向こうから話し掛けてキタァァァァァァ! 俺の脳よ、捻り出せ、思い出せ……幼馴染ジャンルのエ〇漫画主人公の行動を!)
シセルは脳内に……いや、魂に刻まれている数万冊程の漫画知識を呼び起こし、無駄な数式と共に脳裏を駆け巡るそれらの中から、この状況を打開する為の最善手を捻り出す。わざわざエ〇漫画である必要などないのだが、彼は”変態”である為……通常ジャンルからの知識を取り入れようという考えは頭に無い。
「う、うん。そうだよ、僕の名前はシセル。シセル・ユーナス。君の名前は何ていうの?」
「わたしは……るーな! るーな……るーな・まりうす」
──あ、この世界……貴族じゃなくてもラストネームがあるんだぁ。
などと……前世の記憶が戻る以前から、この身体は今まで平民の名を聞いたことが無かったが故に、その事を知らなかったシセルは……今の所は大して重要にはならないであろうその無駄な情報で脳内が圧迫される。
「ルーナは今何してるの?」
「わたしはね、いまは……まほうのれんしゅうをしてるの」
「え? 凄いじゃないか! こんなに小さい頃から魔法の練習なんて……努力家なんだね!」
ルーナは少し考える様な仕草をして身体を硬直させた後……思考が纏まったのか、続けて話し始める。
「ううんちがうの……いえにいても、おかあさんがしらないおとこのひととなかよくしないといけないから、そとであそんできなさいっていうの。それで、ひとりでもやれることないかなっておもってたらね? できるようになったの!」
シセルは──これはもしや……俺の苦手な”あのジャンル”か? という様な、訝しげな表情を浮かべる。
「えっと……お父さんはその事を知ってるの?」
「……おとうさんは、ずっとまえにしんじゃったんだって」
”あのジャンル”では無かった為、ホッと安心したのも束の間──。
(──ただちっちゃい子の事を褒めただけなのに、気付いたらクッソ重い話飛んできてたアァ!)
と……先程、ルーナに初めて話し掛けられた時と同様に心で叫び声をあげるシセル。
「しせる……さまは」
「あ、シセルでいいよ?」
「しせるは、いまなにしてるの?」
「僕は……そうだなぁ。友達になってくれる子を探してるんだ。ルーナが良かったらなんだけど、僕と友達にならない?」
「え? ……なる! わたし、しせるとともだちになる!」
「やった! これから宜しくね!」
「うん! よろしくね!」
(ふ……俺レベルになると、道端の赤の他人とも友達になる事ができてしまう。……え、これガチ? 相手は子供なのにこの幸福感は何だ!? 暫く友達という友達が居なかったせいで、身体がビックリしているのか!?)
知り合いと呼べる相手は幾らでも……いや、相手側は彼の事を友達と思っていても、陰の者寄りの考えを持っている彼には……『友達になろう!』と明言でもしない限りは分からなかった。前世の幼少期では、まだ思った事を素直に口にできていた為……”子供の頃なら友達は居た”と本人は自信を持っている。たった数度だけ経験していたソレを、死後生まれ変わって……再びこの幼少期という期間で経験する事となり、多幸感を味わうシセル。
「そう言えば、ルーナは魔法の練習をしてたんだよね。ちょっと見せて貰えたりする?」
「ん、いいよ? みてて!」
直後、ルーナの掌に空気中の水分が集まる様に水が形成される。正確には、空気中の水分が集まっているという訳ではなく……周囲の魔素が、ルーナの手に集まると同時に水へと変換されているのだが──それにしても。
「凄いな! これだけの水を一度に生成出来る人は僕でもあまり見たことがないよ!」
「……えへへ、そうかなぁ」
実際は……魔法を使える人間自体との交流がないから、そもそも見る機会が無いというだけである。まぁ、本当の事ではあるので別に問題はないだろう。
恐らく、このルーナという少女は……天才の部類に入るような人間だ。シセルは故意的に『頑張り屋さん』ではなく『努力家』と言ったり……『作る』ではなく『生成』と言った様に……一般的に見れば、この歳の少女にとっては難しい言葉をちょくちょく使っていた。その証拠に……彼がその様な言葉を使う度に、一度思考が長引いているような仕草をする。だが、いざ喋ると……その意味を完全に理解した返答をしてくるのだ。
(──この歳で文脈や雰囲気から言葉の意味を察してるなんてしゅごいッ! では突然ですが、そんな凄い君に試練を与えます。文脈も雰囲気も関係なくて、君も知らない言葉を急に教えた時──君はその言葉の意味を理解できるのカナ?)
そして彼はゲス笑いを浮かべ、問う。
「ルーナは……『すきすきちゅっちゅ』って、知ってる?」
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