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Episode4 勇者、故郷に帰る。 オムニバスホラー3品

Episode4-B 勇者テオ ※残酷描写、容姿ネタ、幼女注意!

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 勇者、故郷に帰る。
 僻地にある故郷までの道のりを、勇者テオはそれはそれは豪奢な馬車に揺られていた。
 彼の向かいの上座には国王の、そして彼の隣席には第一王女エブリンの姿がある。

「テオよ、浮かぬ顔をしておるものだな。我が娘との結婚は、気が進まぬか?」

「そ、そんな、滅相もないことでございます。ただ……ご無礼を承知で幾度も申し上げますが、やはり私と王女殿下では身分が違い過ぎます。そのうえ、私は財産も教養も何も持ってはおりませぬゆえに……」

「確かに、そなたの言う通りであるな。いや……そなたは、その美貌を持っておるではないか。その生まれ持った美貌こそ、いかほどの財産を積んでも手に入れられぬものだ」

 そう、故郷を旅立ってからというもの、テオは”自身が世の大多数の者にどのような目で見られているのか”を旅の至る場面で自覚せずにはいられなかったのだ。

「だが、テオよ。我が娘とて、美しいであろう。王妃譲りの美貌だ。まあ、”激しい気性も王妃譲り”であるがな」

 正直なところ、テオはエブリン王女をそれほど美しいとは思わなかった。エブリン王女の母である王妃に対しても同様である。
 だが、何やら自分の”美貌”に相当な自信を持っているらしいエブリン王女は、”自慢の笑顔”でテオに微笑みかける。
 
「結婚式の日が今から楽しみですわね。ですが、結婚式に先立ち、私とお父様は、あなたが生まれ育った故郷を見たかったのですわ」

「い、いえ、私の故郷は本当に何もないところです。それに、村の者たちは皆、粗末な身なりのうえ高貴な方々への礼儀も碌になってはおりません。何か失礼があっては……」

 これは紛うことなき事実だ。
 テオの故郷は、僻地にあるばかりか、半ば過疎化しつつある田舎の村だ。ほんの時折、旅人が迷い込んでくることはあったものの、人の出入りは滅多になかった。
 ひっそりと閉じられたがごとき村ではあったが、諍いや村八分などはテオの知る限りなく、テオのたった一人の家族である母親含め村の者たちは皆、清貧の中、助け合って暮らしていた。

 テオ自身も、魔王を制圧した後は住み慣れた懐かしき故郷へと戻り、いずれはそこに骨を埋めるつもりであった。
 しかし、そうはいかなかった。
 勇者としての成功は、彼が微塵も望んでいない運命をも運んできたのだ。
 王女殿下だけでなく国王陛下に逆らえるはずなどない。
 嫌だ、と”はっきり”言おうものなら、母にまで咎が及ぶかもしれない。

 何よりも、貧しいながらも幸せに暮らしている母や村の者たちを、テオは人目に触れさせたくはなかった。
 いや、自分の帰郷が母たちに”取り返しのつかない災い”をもたらすのでは……と、テオの不吉な予感は馬車の車輪が立てる軋み音に後押しされるがごとく大きくなっていった。


※※※


 故郷の懐かしい匂いが、馬車から下りたテオの胸を打つ。
 しかし感傷に浸る間もなく、テオは馬車の中にいるエブリン王女へと恭しく手を伸ばさなければならなかった。
 愛する男に手を引かれ、頬を赤く染めたまま大地にそっと足を下ろしたエブリン王女であったも、辺りを見渡すなり「まあ、本当に何もないうえに、みすぼらしい村ですのね」と笑った。

 その時であった。
 近くの野原より、村の少女・マヤが姿を見せた。
 まだ八才にもなっていない彼女については、少女というよりも幼女と形容すべきかもしれない。

 マヤの手には、ローズゼラニウム(別名ニオイテンジクアオイ。属名のペラルゴニウムはギリシャ語の「コウノトリ」に由来する)の花が握られていた。
 テオも旅に出る前は、家の近所に住んでいる彼女のおままごとによく付き合ってあげていたことを思い出す。
 もともと子供の少ないこの村だ。今日のマヤはきっと一人で花遊びをしていたのだろう。

 テオとマヤの視線が一直線に交わる。
 まだ幼い彼女ではあるも、テオの顔はしっかり覚えていたようであった。

「……お兄ちゃん!? お兄ちゃーん!!!」

 マヤがテオの胸へと飛び込んできた。
 しゃがみ込んだテオの腕の中で、マヤの柔らかさと温かさ、そして胸を締め付ける懐かしさをもが広がりゆく。

 彼女の頭を優しく撫でたテオは、耳元でそっと囁いた。
「マヤ、国王陛下と王女殿下が……俺たちの国の偉い方々がお見えだ。きちんと挨拶をするんだ」

 子供の視界は狭くて低い。
 マヤはテオに言われて、彼の後方にいる国王ならびに王女、そして従者たちの姿にハッと気付いたようであった。

 この村に住む大人たちとは明らかに佇まいが違う者たちを見た、マヤの顔に怯えが走る。
 彼女の怯えの理由は、それだけではなかった。
 あまりにも”無遠慮な視線たち”は、彼女のその小さな身を突き刺さんばかりであったのだから。
 体を震わせ、後ずさったマヤであったも「こ、こんにちは……」と両手でスカートの裾を軽く持ち上げ、ペコリと頭を下げた。
 
「申し訳ございません。何せまだ子供でして……」

 しかし、彼の言葉など誰の耳にも届いていない。
 止まるはずのない時が止まってしまったのではないか、とテオが錯覚するほどに誰もが息を呑み、マヤの顔を見つめていた。 

 テオがマヤを下がらせた時、止まっていた時はやっと動き出した。

「ま、まあ……なんて、美しい子なのでしょう」

 エブリン王女の感嘆混じりの声。
 その声に、嫉妬もが含まれていることをテオは敏感にも感じ取っていた。
 不吉な予感は、さらに色濃くテオの心に影を差す。
 だが、ここまで来て、国王とエブリン王女を自分の生家に案内しないわけにはいかない。
 先ほどマヤの美しさによって止まった時が、この先、他の村人たちによっても幾度も止められるであろうことが火を見るよりも明らかであったとしても……


※※※


 テオの母はすでに家の外に立っていた。
 きっと、村人の誰かが知らせたに違いない。

 数年ぶりとなる親子の再会。
 テオは母の元へと駆けていきたい衝動を必死で押さえざるを得なかった。
 母とて、無事に帰ってきた息子を涙とともに強く優しく抱きしめたかったろう。

 粗末なスカートの裾を両手でつまんだテオの母は、国王陛下と王女殿下へと深々と頭を下げた。
 緊張した面持ちで顔を上げたテオの母。
 村人の誰よりも長く、国王の時を止めてしまったテオの母。

「なんと……この村は”この世のエデン”か? ……美しい者しかおらぬが、中でもそなたは……まさに美の女神の祝福を受けた者、いや、そなたは美の女神そのものか?」

 この世のエデン。
 そう、国王がそう称さずにはいられないほど、テオの故郷は抜きん出た美貌の者たちばかりが奇跡的に生まれ、暮らしている村であった。

 実のところ、テオ自身はこの村で暮らしていた時分は、容姿について特に言及されたことはなく、それほど目立たない存在であった。だから、自身の容姿は贔屓目にみて並程度だと認識していた。 
 しかし、村を発ってからというもの、彼が出会った者たちは皆――特に若い女はテオに見惚れ、口々に彼の美しさを称えた。そう、テオが村を出て初めて自覚することになった”美貌”は、王女殿下の心すら惹きつけ蕩かしたのだ。

 もちろん、この村で暮らす全ての者が若い盛りに――一般的な美貌の絶頂期にいるというわけではない。
 子供もいれば老人だっている。だが、老人たちですら過ぎ去りし日の美の残骸ではなく、美そのものを有していた。 

 四十を過ぎたばかりのテオの母とて、若いとは言えなかった。
 しかし、テオの母は昔から村の中では”ちょっとした美人”と評判であった。
 この村での”ちょっとした美人”は、村外の者たちにとっては”ちょっとした”どころではない。
 それに、テオ自身は母の顔を物心ついた時から誰よりも間近で見ていたためか、美人扱いされているエブリン王女も王妃もそれほど美しいとは思えなかった。


 国王がゴクリと喉を鳴らす音が聞こえた。
 テオの胸がドクン、と嫌な音を立てる。

「テオの母よ、そなたも城へと来るのだ。私の寵姫となれ」 

「……お父様!」
 エブリン王女の悲鳴にも等しい声。
 周りの従者たちも”さすがにそれは……!”と、国王の暴挙を止めようとした。

 バッと土下座したテオ。
「国王陛下! どうか母だけはお許しくださいませ! 下賤な者など、このみすぼらしい村にそのままお捨て置きくださいませ!!」

 彼の必死の懇願が国王に届くはずなどなかった。

「これほどの世に比類なき美女を目にし、”それ”を手に入れられぬということがあってたまるものか! わしはこの国の王だ! 何人たりともわしに逆らうことは許さぬぞ!! ……テオ、たとえ勇者のそなたであっても!!!」


※※※


 城へと戻されたテオは、国王に逆らった廉(かど)で投獄された。
 肩に焼き鏝を押し当てられ、生涯消えることのない罪人の烙印をその身に刻み込まれ、牢屋へと放り込まれた。

 勇者から囚人に。
 いや、最悪の場合は囚人ではなく、死人になっていたかもしれない。
 もしや、エブリン王女の取り計らいで、命だけは助けられたのであろうか?
 それとも「息子は生かしておいてやる。そなたがわしに仕えていれさえすればのう」という、母に対する足枷としてテオは生かされているのであろうか?

 城内にて、針の筵にいるに違いない母を思うテオの胸は、張り裂けんばかりであった。
 薄暗く黴臭い牢獄にて、テオは母のために祈った。
 そして、あの国王の治世が”長く”続くことをも祈っていた。

 しかし、そんなテオの願いも虚しく、国王はテオの母を一番お気に入りの寵姫の座に据えてから半年も経たないうちに、あっけなく死んでしまった。
 テオが看守から聞かされた話では、朝食の席で突然に胸を――心臓を押さえて苦しみ出したかと思うと、卒倒し、そのまま二度と目を開けることはなかったらしい。

 憎い国王ではあったも、奴は生きていなければならなかった。
 絶対にテオの母より一日でも長く生きていなければならなかった。

 自然の中で囀っていた美しき鳥を強引に捕らえて我が物とした国王は、その責任を最後まで果たすことなく死出の旅へと赴いた。
 国王という強力であるも”唯一の後ろ盾”を失ってしまったテオの母はどうなってしまうのだ?!


 城からの使者――国王の崩御の後、支配者となった王妃の息がかかった使者の口より、テオは母が処刑されたことを知らされた。
 しかも、絞首刑や斬首などといった比較的ひと思いの苦痛で済む”処刑”などではなかった。

 裸に剥かれた母は、城内の広場へと引きずり出された。
 王妃だけでなく、王からの寵愛を奪われた他の寵姫ならびに家臣たちから石を投げつけられた母。
 血だらけで息も絶え絶えとなった母の顔を、王妃は家臣に命じて生きたまま炎で焙らせた。
 それでもまだ母は生きていた。
 王妃はさらに家臣に命じ、斧で母の四肢を切断させた。
 顔を焼かれ胴体だけとなった母を、血が滴り落ちている四肢もろとも燃え盛る油壷の中に放り込むように王妃は命じた。
 油壷の中で燃え残った骨は砕かれ、豚の餌に混ぜ込まれた。
 こうして、テオの母はその生涯を終えた。いや、拷問の末に終わらせられたのだ。

 この世にこれほど酷い殺された方をした者がいたであろうか?
 テオの慟哭が牢の中に響き渡った。 

 母を守ることができなかった。
 母を助けることができなかった。
 自分の帰郷が、いや、数年前に故郷を旅立った、まさにその時より、何の罪もない母の無惨な最期へと向かって運命の針は進んでしまっていたのだ。
 
 テオは涙を撒き散らし、獣のように吠え続けていた。
 時を巻き戻すことができぬなら、いっそのこと気が狂ってしまえたなら、いかほどの救いとなったであったろうか。

 その時であった。
 聞き覚えのある女の声が、テオの慟哭に重なり合う。

「……そこをおどきなさい! 私はこの国の王女ですわ! お前たちごときの言葉など聞きませぬ!」

 エブリン王女の声。
 看守たちの制止を振り切った、エブリン王女が屈強な護衛たちとともにテオのいる牢の前へと駆けてきた。

「良かった、テオ! あなたはまだ無事だったのですね!」

 ”母親の仇の血が流れている女”がテオの目の前にいる。
 そのまま手を伸ばして、この女の首を絞めてやろうか、という衝動が湧き上がってきた。
 エブリン王女も復讐の殺意を察したらしく、ビクッと後ずさった。

「私が憎いでしょう。でも、そんな場合ではありません! 母は……いえ、王妃はあなたの故郷へと刺客たちを差し向けたのです! あなたの村の者たちを皆殺しにせよ、と!」

 唇を震わせ、エブリン王女は続ける。

「馬を用意しております! こうして腕の立つ者たちも連れてきました! 早くあなたの故郷へと向かいましょう! 私を信じてください! 私は”あなたのお母様を奪った者たち”とは違うのです!!!」


※※※


 わき目もふらずに故郷へと馬を走らせたテオであったも、彼を待っていたのは地獄すら超えた絶望の光景であった。

 焦土と化した故郷。
 蠅や蛆虫がうれしそうに物言わぬ村人たちにたかっていた。
 顔面を潰された村人の幾人かが木に吊るされ、あるいは物のように放り投げられていた。
 中には顔面を潰されたのではなく、剣で削がれたのだと思われる遺体もあった。
 清貧の中、懸命に生きてきた罪なき者たちの命に対する尊厳など、この地獄には微塵も残されていなかった。

 間に合わなかった。
 テオは自身の母だけでなく、故郷の者たちの誰一人としてこの手で助けることはできなかった。
 
 ともに馬を走らせてきた護衛たちの「なんてもったいない。この世の宝たちが……」「ただの肉の塊になっちまうなんて……」と、無神経にも程がある言葉はテオの耳には届いてはいなかった。


 俺のせいだ。
 俺が皆を殺したんだ。
 ずっとここで暮らしていれば良かった。
 何が勇者だ、成功の旅だ。
 俺はこの村を出るじゃなかった。
 そうしていたら、きっと今というこの時も皆は……


「テオ……あなたには私がいますわ。あなたにはもう私だけ……」
 エブリン王女がテオの背中にギュッとしがみついてきた。
 だが、テオは王女の腕を振り払っていた。

 ”死”だけが今のテオの”救い”であった。
 母もマヤも村の者たちは皆、何の苦しみも痛みもない場所で、幸せに安らかに暮らしているに違いない。
 だから……

 死に場所を探し、フラフラと焼け野原を歩き回るテオ。
 その時であった。
 かすかな声がテオの耳を震わせた。
「……お、お兄ちゃ……ん」と。
 誰かが自分を呼んでいる。いや、これは誰かの声などではない。
 マヤの声だ!!!


「……マヤ!!!」

 マヤは――マヤ”だけ”は生きていた。
 崩れ落ちた家の隙間に挟まれた彼女は、身動きが取れなくなっていたのだ。
 しかし、それが幸いしたのか、彼女は襲撃者たちに見つかることなかったのだろう。

 マヤの手足には血が滲み、髪はもつれその一部は焼け焦げていた。
 だが、テオの胸の中で泣きじゃくるマヤの体のぬくもり、伝わってくる命の鼓動は確かなものだ。
 彼女は死へと向かわんとしていたテオを、生へと引き戻したあたたかな希望の光であった。

 けれども――
「なぜ、生きているのかしら? よりにもよって、その子供が」

 ゾッとするほどに冷たいエブリン王女の声が聞こえるやいなや、テオはいつの間にか近づいてきてた護衛たちによってマヤと引き離され、地面に押さえつけられてしまった。
 仰向けにされたマヤは、屈強な護衛の一人に体の自由を封じられ、泣き叫んだ。

 なぜだ?
 王妃の目をかいぐぐって、助けようとしてくれたはずのエブリン王女が、なぜこんなことを――?

「テオ……私がその護衛たちとともに、牢屋へと向かった時、私のお母様はすでに村の大虐殺を終えていたのです。だから、最初からあなたの助けは間に合いはしなかった……あなたが救える者など一人として残っていないはずだった。母親だけでなく、全てを失ったことを知ったあなたには私だけが残るはずだった。それなのに……」

 エブリン王女は、泣き続けるマヤを一瞥した。
 ”それ”は自身と同じ人間を見る目ではなかった。
 やはり王妃譲りの激しい気性と残虐性を持ち主であったエブリン王女は、近くに転がっていた拳ほどの大きさの石を拾い上げた。マヤの体を押さえつける護衛に向かって顎をしゃくり、合図をする。

「お前……”終わるまで”絶対にその子供を押さえておきなさい。私は”骨が見える”までするつもりですから」

 テオは叫んだ。叫び続けた。
 しかし、テオの叫びもマヤの悲鳴も、マヤの美しい顔に向かって石を振り下ろしたエブリン王女の心には届きはしなかった。 


――fin――
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