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Episode4 勇者、故郷に帰る。 オムニバスホラー3品

Episode4-A 勇者トリスタン ※鳥注意!

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 爽やかな空はどこまでも青く澄み渡り、揺れる馬車はトリスタンを乗せ、彼の生まれ故郷への一本道を軽やかに進んでいた。

 今や、”勇者トリスタン”の名は彼自身の帰郷よりも早く、彼の故郷にも届けられているだろう。
 民たちからの感謝と尊敬、讃美を一心に集める存在となったトリスタン。

 いや、何よりも彼の胸には国王陛下から直々に授けられた勲章が光っている。
 男に生まれて、これほどの名誉があろうか。
 さらに、一生楽に暮らしていけるほどの報奨金の入った袋が、彼の腰に剣とともに提げられ、優秀な幾人もの護衛たちが彼の乗る馬車を四方から守らんと馬に乗って並走している。

 胸に光る勲章を撫でながら、トリスタンは思い出していた。 
 数年前、魔王を倒すと決意し、同郷の友人フィンレーとともに生まれ故郷を旅立った。
 その旅の途中、自分たち2人と志を同じくする数人の男たちに出会った。
 そして、彼らとともに魔王の城へと向かった。
 けれども、自分以外の者は皆(もちろんフィンレーも)、魔王の城の玄関にて魔王の配下たちにあっけなく敗れ、命を落とした。
 だが、自分だけは配下たちを打ち負かし、勇敢にもたった1人で魔王が待ち構えていた応接間(?)にまで辿り着くことができた。
 そして、死闘を繰り広げたすえ、見事この手で魔王を倒した、とトリスタンは報告していた。

 しかし、トリスタンには一つだけ気にかかっていることがあった。
 魔王の応接間には、おそらく魔王が飼っていたと思われる、4フィート(約1.2192m)程度の背丈の漆黒の鳥がいたのだ。
 あの鳥は”全て”を見ていた。
 鳥をも始末せんとしたトリスタンであったも、逃がしてしまった。
 カカカカカカカカカカ、とトリスタンを嘲笑するがごとき声で鳴いた不気味な鳥は、夜空の向こうに飛び去っていったのだ。

 魔王の鳥を殺せなかったのは、まずかった。
 しかし、いくらあいつがそこら辺でピーチクパーチク鳴いている普通の鳥でないのは明らかとはいえ、たかが鳥だ。
 たかが鳥一羽に何ができるというんだ。

 トリスタンの頭の中は、殺し損ねた魔王の鳥のことよりも、犠牲となった仲間たちのことよりも、とりわけ同郷のフィンレーもどれほどこの地に戻ってきたかったかということよりも、故郷の者たちが自分をどれだけ温かく迎え……いや、”勇者トリスタン”をちやほやして、至れり尽くせりの歓迎をしてくれるのであろうか、という期待に胸がいっぱいであった。

 ちっぽけな田舎の村から、後世に残る英雄が誕生したのだ。
 それに、故フィンレーの妹・フラヴィアは、フィンレーと同じく綺麗な金色の髪の、田舎の村娘にしてはなかなかに見られる顔をした娘でもあった。
 あのフラヴィアなら、この俺の嫁にしてやってもいい。
 勇者からの求婚を断る女なんて、いないだろう。
 ”勇者の嫁”という最高の称号を手に入れることができるんだから。

 馬車は進み、故郷は近づく。
 村の者たちには、”勇者トリスタン”の名だけでなく、帰郷の知らせもすでに届いているはずだ。
 村の入り口には歓迎の花が飾られ、家族を含め村人全員が”勇者トリスタン”の帰りを今か今かと待っているに違いないと……


 しかし――
 村はシーンと静まり返っていた。
 昔、村の家に不幸があった時ですら、これほどに陰鬱な空気が漂っていたことはなかった。
 いや、完全なる静寂ではない。
 よくよく耳を澄ますと、微かな話し声と土を踏む足音はどこからか聞こえてくる。

 馬車を下りたトリスタンの背後にて、護衛たちも「これは……?」と、勇者が帰郷したにしては、村の様子がおかしいことを悟り始めていた。

 その時、野菜を積んだ籠を引いている顔馴染みのおじさんの姿にトリスタンは気づいた。
 トリスタンは彼に手を振った。「おじさん、俺だよ、俺」と。

 しかし、彼はトリスタンに手を振り返しはしなかった。
 トリスタンに気付かなかったわけではない。そして、トリスタンの顔を覚えていなかったわけでもない。
 
「おめえ! よくものこのこと、この村に帰ってこれたもんだなあ! おめえに売る野菜なんてねえ! 出てけ!!」

 トリスタンがかつて見たこともないぐらい怖い顔で怒鳴り散らしてきた彼は、そのままプイと踵を返した。

 トリスタンの顔がカッと熱く火照る。
 おい、城からの護衛たちの前で恥をかかすなよ。
 それに、せっかく勇者の俺が帰ってきてやったというのに、その態度はないだろう? 
 ただの田舎の野菜売りのくせに、何様のつもりだってんだ。

 そんなトリスタンの瞳に次に映ったのは、子供2人を連れた女性だった。

 彼女も同じくトリスタンに気付いたも、おじさんのように怒鳴りつけてはこなかった。
 だが、遠目でも分かるほどに顔面蒼白となった彼女は、両サイドの子供の手をグイッと引っ張った。

「お散歩はまた今度よ。早く家に帰りましょう。”あの人”と目を合わせちゃダメよ。あの人は……」

 慌てて家へと戻っていく彼女の声は、最後までは良く聞こえなかった。
 しかし、彼女の態度も、勇者に対する”それ”ではない。

 護衛たちのさらに訝しがる視線を受けたトリスタンは「護衛はここまでで結構。この村の者たちは民度が低くて、礼儀すら碌に知らない者たちなので」と、彼らを追い払うような仕草で手を振った。


 トリスタンは、自分の生家へと足を向けた。
 自分の家族なら、さっきの2人のような態度をとるはずがない。
 絶対に”勇者”の帰宅を温かく迎え入れてくれる。
 国王陛下からの勲章だけでなく、俺だけでなく家族の皆が贅沢できる報奨金だってたんまりと貰って帰ってきたんだから。

 けれども、家には誰もいなかった。
 一時的な留守というわけでない。
 家族の気配そのものが完全に消えてしまっている。
 トリスタンの心臓が不吉な音を立てだし、背中を冷たい汗が伝う。
 しかし、家の中には何か争ったような跡や血痕などは残されていなかった。

 トリスタンは家の外も調べた。
 すると、家の外壁に卵か何か、腐った食べ物を投げつけられた痕跡があった。
 村の者が投げつけたのか?
 なぜ、勇者の家族がこんなことをされなければならない?

 
「……おや、あんたはトリスタンじゃないかい?」

 突如、背後からかけられたしゃがれ声に、トリスタンは飛び上がってしまった。

 村の嫌われ者の老婆が――しょっちゅう村を徘徊して村人からの同情と嫌悪を含んだ”施し”で生計を立てている老婆が、杖をついて立っていた。
 老婆の背骨はさらに曲がり、バサバサの髪は地肌が完全に見えるほどに薄くなっていた。
 
 いつものトリスタンなら、”ババア! てめえ、まだ生きてたのか? こっち来るんじゃねえ!”と暴言を吐いていただろう。
 だが、今は違う。
 老婆は、トリスタンの消えてしまった家族について、何か知っているのは明らかであった。


「あんたの家族は皆、この村を出て行ったよ。村八分に遭って暮らしていけなくなったんだろうよ。”あれ”はもはや、私以下の扱いだったねえ」

「村八分? どういうことだよ! 俺は勇者だぞ! 魔王を倒した勇者の家族がなんで村八分になんか遭うんだ!」

 老婆は歯の抜けた口で、ヒャヒャヒャヒャと笑った。

「魔王を倒した? あんたが? どの口が言うんだか。”あんなもの”見せられちゃ、いくら自分だけが可愛い私だってドン引きだよ」

「”あんなもの”って何だよ! おい、ババア、もったいぶってねえで、はっきり言えよ!」

 トリスタンの恫喝にも、老婆は全く動じなかった。
 それどころか、垢じみたシワシワの手をスッと彼に差し出した。
 ”ただで教えるワケにはいかないよ、金か食べる物をよこしな”という意思表示だ。

 チッと舌打ちしたトリスタンは、腰に提げていた報奨金より金貨の一枚を取り出した。
 俺の金をこんな汚ねえクソババアに、と心の中で毒づきながら。

「ありがたいねえ、金貨なんて手にするの何十年ぶりだろうねえ」

 うれしそうに金貨に頬ずりする老婆。

「……フィンレーの妹、フラヴィアの所に行ってみな。あの娘がこの状況の”鍵”を握っているからね………って、向こうからおいでなすったよ」


 ハッと老婆の視線の方向を見たトリスタンの瞳に映ったのは、フラヴィアだった。
 いいや、フラヴィアだけじゃない。
 野菜売りのおじさん含む、村の者たち一同が揃っていた。

「おお、これは怖い。私刑(リンチ)の始まりだ」と老婆が愉快そうに笑う。

 この晴れわたった青空の下を吹き抜けていったのは、爽やかな風などではなく、トリスタンの肌を粟立たせる風であった。
 だが、私刑といっても、手に武器を握っている者は誰一人としていない。

 いや、フラヴィアだけが紐を握っていた。
 氷のごとく冷たい瞳でトリスタンを一瞥したフラヴィアは、手の紐をクイッと引っ張った。
 すると彼女の後ろからは、首に縄をかけられた4フィートもの背丈の漆黒の鳥がヒョコヒョコと歩きながら姿を現した。


 魔王の城から逃がしてしまった鳥だ!
 あの鳥は――”全て”を見ていたあの鳥は、俺とフィンレーの故郷にまで飛んできてやがったのか?
 まさか……あの鳥は人間の言葉を喋ることもできたというのか?
 いや、仮にそうだとしても、俺はしらを切ってやる! しらを切り通してやる!

「……お前ら、何なんだよ! もしかして、俺が一人でこの村に帰ったことを責めているのか?! 魔王との戦いは、本当に熾烈を極めるモンだったんだ! ”途中で”フィンレーが死んだのは、仕方がないことだろう! そもそも、お前らがこの村でのほほんと暮らしている間に、勇者の俺がどれだけ苦労したと思っている! その鳥が何を言ったのかは知らねえけど、勇者ってのは、本当に命懸けの……」

「そうだったのでしょうね。”真の勇者”にとっては……でも、あなたは勇者じゃないでしょ。この人殺し」

「な、何言ってんだよ! フィンレーを殺したのは俺じゃない! あいつは魔王の配下の手にかかって死んだんだ!!」

「……私、まだ、あなたが誰を殺したかなんて言ってないんだけど。なぜ、そこで真っ先に兄さんの名前が出てくるの?」

 グッと言葉に詰まるトリスタン。
 漆黒の鳥の頭をそっと撫でたフラヴィア。

 頭を撫でられた鳥は、カカカカカカカカカカ、と青空へと向かって鳴いた。
 鳥の両目がグインと光った。
 目から放たれた2つの光は、青空に漆黒の染みをポツポツと付けた。
 漆黒の染みは、そのまま青空に広がっていた。
 
 なんと、その一面の漆黒を背景とし、トリスタンが闇へと葬り去ったつもりであった魔王の城での”全て”が映し出されたのだ!


※※※


 魔王の城は炎に包まれていた。
 魔王の前には、トリスタンとフィンレーの仲間たちの物言わぬ血だらけの死体が転がっていった。
 仲間たちは、”トリスタンが報告したように”魔王の城の玄関部で、魔王の配下たちに破れたわけではなかった。
 さすが、魔王を倒し世界を救わんとするだけの勇気と知恵と能力は充分に保持していたため、彼ら全員とも魔王が待つ応接間(?)に辿り着いていたのだ。

 しかし、やはりそこでの最後の戦いは熾烈を極めるものであった。
 仲間たちは次々と犠牲となり、もはや残っている者はトリスタンとフィンレーの2人だけだ。

 フィンレーは目に見えての深手を負っていた……というよりも、この時点で彼はすでに左腕を失っていた。

 比較的、傷の浅いトリスタンが剣を構えたものの、彼はそのままタタタタタと魔王に”背を向けて”走り出した。つまりは逃げた。

 しかし、フィンレーは逃げなかった。
 魔王にもぎ取られた左腕からは血がボタボタと止まることなく流れ続けていたも、彼は残った利き腕にある剣を握りしめ、魔王へと飛び掛かっていた。

 幾度か振り下ろされたフィンレーの剣が、魔王をついに切り裂いた。
 地の底から響いてくるがごとき断末魔とともに、魔王は砕け散った。

 魔王の末期の声と消滅音を聞いたらしきトリスタンが、タタタタタと戻って来た。
 床にドッと倒れ込んだフィンレーを抱き起こすトリスタン。

 魔王の城はもうすぐ崩れ落ちる。
 トリスタンは瀕死のフィンレーを担ぐなり何なりして、一刻も早く脱出しなければならない。

 しかし、トリスタンは、そのまま自身の剣でフィンレーの喉を横一直線に切り裂いた。
 息も絶え絶えに喘いでいたフィンレーの喉を。

 バタバタという鳥の羽音に、トリスタンが――いや、真の勇者を殺したトリスタンが振り返った。
 トリスタンは、勇者殺しを見ていた”唯一の者(鳥)”をも、口封じのために殺害せんとフィンレーの真っ赤な血が滴る剣を向け……


※※※


 青空へと映し出された”真実”は、そこで終わった。
 ガクガクと震えるトリスタンの耳に、「あーやっぱり、悪いことはできないもんだねえ。今のまさに”論より証拠”だ」という愉快そうな老婆の笑い声がジンジンと響いてきた。

 なぜ、魔王の鳥はトリスタンとフィンレーの故郷へと飛んできたのか?
 それはフィンレーの無念の思いが――故郷に帰りたかったという無念の思いが乗り移りそうさせてしまったのか、それとも単なる偶然なのかは分からない。
 ただ、真の勇者が誰であったのかを魔王の鳥は証明したのだ。

 頬に流れ続ける涙をぬぐったフラヴィアが言う。

「この鳥が私たちに全てを教えて……ううん、真実を見せてくれたのよ。偽りの英雄物語の真実をね」

「あ、あれは……フィンレーは酷い怪我を負っていたし、あのままだと助かるかどうか分からなかったから……あれ以上、苦しませるよりかはと……」

「ええ、確かに兄さんは瀕死の状態だったわ。でも、あなたが城の外へと兄さんを運でくれていたら、手当を受けることができて、命は助かっていたかもしれない……そもそも、なぜ、あなたが……真の勇者を殺したあなたが国王陛下からいただいた勲章を胸につけているの?」

 トリスタンは何も言い返すことができなかった。
 ただ腰に差した剣の柄へと無意識のうちに手を触れていた。

「私、この鳥を連れて国王陛下の所まで行くわ。国王陛下も、きっと分かってくださる。兄さんの命はもう戻らなくとも……」

「――そうはさせるか!!!」

 トリスタンは目にも止まらぬ速さで、剣を引き抜いた。
 彼が振り下ろした第一の刃は、見事に第一の標的の肉を真っ二つにした。

 ゲエエエエッと嘶いた漆黒の鳥の頭部が、土の上に転がる!

 悲鳴を上げたフラヴィアは、思わず手から紐を離してしまった。
 鳥はそのまま地面に倒れるのかと思いきや、首を失ったまま、トトトトトと走り始めた。

 首無し鳥が血をピューッと吹き出しながら駆け回っている!

 あまりにもおぞましい光景に、村の者たちは呻き声をあげ、中には嘔吐している者までいた。
 いや、首を失った鳥がなおも生きて動いているというおぞましさだけじゃない。

 鳥の口封じを終えたトリスタンの次なる殺意が――”口封じのために”目撃者全てを――この村の者たち全員を殺害せんとする男の殺意が自分たちへと向かってきている!
 あの老婆ですら「ひいいっ! お助け!」と泣き喚いた。

 トリスタンは、獣にも等しい雄叫びをあげながら剣を振り回した。
 ついに追い詰めることができたフラヴィアの細い首をも、トリスタンが真っ二つにせんとしたその時――


 ヒュンヒュンと幾つもの風を切る音とほぼ同時に、トリスタンの背中には幾本もの弓矢が突き刺さった。
 馬に乗った護衛たちが――トリスタンが帰らせたはずの護衛たちが駆けてきた。
 彼らの手には弓が握られていた。
 優秀な護衛たちだけあって、さすがの腕前といったところか?

「村の様子がおかしかったので、私たちは少し隠れて様子をうかがっていたのです。私たちも先ほどに空に映し出された”全て”をこの目で見ておりました」

 そう言った護衛の一人が、すでに事切れているトリスタンの胸で光る勲章をもぎ取った。


※※※


 それからしばらくして、あの護衛たちは”国王陛下からの使者”として、再び村へとやってきた。
 両親はすでに亡く、唯一の兄をも失ったフラヴィアがたった一人で暮らす家の扉を彼らは叩いた。
 彼らの手には、新たに作り直した真の勇者に対する勲章と”小さな壺”があった。

 扉から顔を出したフラヴィアは、真新しい勲章よりも”小さな壺”を見てハッと唇を震わせた。
 それが何であるのかを彼女は一目で察したのだ。
 
「真実を知りました私たち一同は、国王陛下の命令を受け、焼け落ちた魔王の城を調査いたしました。そこで、お兄様の……いえ、真の勇者であるフィンレー様のものだと思われる遺骨の一部を発見し……国王陛下は骨だけでも故郷に帰してやれと……」
 
「ありがとう、ありがとう……」

 やっと故郷へと帰ってきた兄を腕の中に抱きしめ、フラヴィアは泣き続けた。


――fin――
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