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第一部  第四章  逃げ妻は自由を満喫し妻に逃げられた魔王はじわじわと追い詰める

3  幸せな時間

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「フィン殿」
「あーまた煩いのが出てきたなぁ」


 フィンの登場にシアは幾分か冷静さを取り戻せば、対照的にジークは面白くないとばかりに辟易とした表情かおとなっていく。


「ほぉ、いいんだよジーク。アタシは別にあんたにどうしてもここにいてくれって頼んでいる訳じゃあない。出来る事ならば昔っから鬱陶しいあんたなんざさっさと何処か遠い所へ、そうさねぇ少なくとも後百年はあんたと会いたくはないんだけれどねぇ」

 左足で床をだんだんと打ち鳴らしつつフィンはジークをじっとりと睨みつける。
 
 しかしその睨み付ける表情すらもフィンは周囲を魅了する程に美しい。


 シアが正統派のお嬢様らしい美しさであれば、フィンは実に妖艶で蠱惑的な美しさである。
 そのどちらの美女もジークを威嚇していると言う構図は中々にシュールである。

 
 そして沈黙する事約一分?

「へぇへぇ悪う御座いやしたよ。ちぇ、ちょっとローズさんの魔道具に興味を持っただけじゃねぇか。それがそんなに悪いって言うのかよっ」

「「当たり前だろっ(当然です)」」


 シアとフィンはジークが半ばやけくそで叫べば、その発せられた言葉を抑え込むかの様にほぼ同時に否定する言葉を被せていく。


「大体さぁシアは冒険者用受付で狩ってきた獲物を換金する為にあんたん所へ寄っただけであって、ローズさんの魔道具はこのアタシが受け付けている商用の方へ持ってくる心算だったんだろ」

「ええそうですよ。私はここへ来る途中にある森で魔獣を狩り、魔石はローズ様のモノですがそれ以外の素材はここで換金する為に持ってきたのです。ええ!! 冒険者用への用事はあくまでも私個人のモノであり、ローズ様の魔道具を披露する場所としては全く選んではおりません」

 そう言い切ったシアは心底呆れた様子でジークを睨みつけていた。

「そうだろうと思ったよって言うかさ。最近毎回このやり取りの繰り返しじゃないか。ジークあんたもそろそろ大概にし…・・・」
「いやいやいやいやっ、フィンだっていっつもさぁ俺に負けねぇくらいに目をキラッキラにさせてよぉ、ローズさんの魔道具の素晴らしさを語るだけじゃねぇな。この前何て魔道具の一つを手に持てばさぁすりすりと愛おし気に頬擦りしていたじゃねぇかっ!!」


 人の事なんざ言えた義理じゃあないとばかりにジークは胸を張れば『俺はその現場をしかと見たぞ』とばかりに自信満々で語っている。


「ちょ、やだ、それ何時の間に〰〰〰〰⁉」


 ちらりとシアを見つつフェンは居た堪れないとばかりに、普段では絶対に見せないだろう可愛らしく赤面すればその場で突っ伏してしまった。


「……つまりはお二人共がなのですね」

「「はい、すみません」」

 ジト目で一見怒っている体を装っているシアなのだがしかし、何と言ってもローズの作り出す魔道具の一番のファンは彼女なのである。


 そうジークやフェンの姿は自宅でのシアの姿だと言っても過言ではない。

 目の前で歌を口遊くちずさみながらローズの歌う声に反応して光がシャボンの様に幾つも溢れ出せばだ。

 その歌に反応しキラキラと輝きながら作り出されていく魔道具を一番近くで見ている時の高揚感は半端ないのだ。


 公爵邸内でも時折ローズは魔道具を作ってはいたのだが、それはあくまでも皇族であり公爵夫人としての務めの合間に出来たささやかでほんの少しの製作時間。


 然もその瞬間がシアの勤務時間でなければ決して見る事の出来ない素晴らしいひと時だったのがである。


 公爵家より逃走?

 若しくは逃亡または家出?

 そうシアにしてみればそれは些末ではないのだけれどもだ。

 今はまだ深く考えたくはないと言うのが彼女の本音である。


 毎日身体が幾つあっても足りないくらいに仕事で忙殺されていたローズがである。

 今は森の向こうにある家でひっそりと毎日を時間に拘束されずに、全ての時間がローズ自身思うまま自由に使いそうして穏やかに過ごす事が出来ているのだ。


 確かにその自由な時間は永遠に続く事はないと、そこはローズだけでなくシアも十分理解は出来ている。


 いやローズ本人は出来れば穏便にリーヴァイと円満離婚をしたい。

 皇族でありまた公爵夫人としての務めを自身の我儘で放り出した者に戻る資格と場所はないと、そう捉えていると言うのか普通にその覚悟での逃走なのだから……。

 だからこそ何時かは、そうきっとリーヴァイの気の向いた頃……出来ればいっそ生涯放置のままでも構わない。


 サブリーナとの間に子まで生した間柄なのだ。

 きっと彼女が近い内に、多分出産を終えた頃かお腹が大きくなる前にでも公爵夫人としてリーヴァイの隣に立てばである。

 親子三人若しくは四人でローズの存在をしっかりと忘れ幸せになって欲しいと、今のローズは切実にそう願っている。


 何と言ってもローズの此度の行動は、あくまでシアと自身の未来を変えたいが為のもの。


 一方シアはそんなローズの考えを知ってか知らずと言うのだろうか。

 穏やかに毎日を楽しく過ごしている彼女の幸せが一日でも長く続けばいいと願っている。
 

 まあ相手はローズ……ヴィヴィアンへ何処までも病みまくっているとんでもない化け物の様な執着性、いやもうそこはねちゃねちゃと粘着しきっていると言ってもいい。
 

 妻であるヴィヴィアンに恋し焦がれ過ぎ、最早丸焦げ状態の夫リーヴァイがこの平和な日常へ、何処までも深い闇で以って一部の隙もなく覆い尽すのはもう時間の問題なのだと、今も目の前で言い争っているジークとフィンを眺めながらシアはこの平和な時間が少しでも長く続けばいいと願うばかりであった。
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