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第一部  第四章  逃げ妻は自由を満喫し妻に逃げられた魔王はじわじわと追い詰める

2  焔鬼のジークと翆鬼のフィン

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 とん

 可愛らしい音と共にシアはギルド内にある冒険者用受付のカウンターへ小振りの鞄をそっと置いた。

 次にもう一つ……同じ様な造りの鞄だが今し方置いただろう鞄よりも更にそっと、コトリとも音を発する事無く然も出来るだけそれをシア自身の近くに置いたのである。
 

 その様子を実に楽しげに見つめているのはこのヴェルレの街にある唯一のギルドで冒険者担当の受付係。

 へらりとチャラい感じの笑みを浮かべているのは恐らく二十代前半くらいの優男風な青年だ。

 受付係の青年は最初に置かれた荷物なんか関係がないとばかりに、シアの傍近くへ置かれた荷物の方を凝視すると共にキラキラとした、まるで子供がお宝発見とでも言わんばかりの興奮しきった表情で以ってその鞄へ欲望の赴くままに手を伸ばし掛け――――っ⁉


「っあ――――っぶねぇなっ!!」

 青年の伸ばし掛けた手へ迷う事なくサバイバルナイフが秒で振り下ろされた。
 
「ふん、手癖の悪い大きな鼠がおりましたからね。退治ですよ、た・い・じ!!」

 至極当然とばかりにシアはそう言ってのける。

 当然ナイフは青年に刺さってはいない。

 代わりにナイフはカウンターへぐっさり深々と突き立てられていた。

 青年はと言えば間一髪でシアの攻撃を紙一枚でひらりと躱していたのである。


「ったく少しは手加減ってもんくらいしろよシア。俺だからまだお前の攻撃を躱せるけれどもさぁ、他の奴だったら絶対にイチコロだぞ」
「おや、私はあなたを刺す心算でした。またあなた以外の他の方を常に攻撃対象として見てはおりません」

「ほーんとマジでおっかねぇ奴……」

 青年もといジーク、またの名を炎を自在に操る焔鬼えんきのジークと呼ばれるsss級の勇者。

 恐らく冒険者を目指す者、この世界では知らぬ者はきっといないとまで言われるの一人である。



 六芒星とはsss級の冒険者または勇者の中でもトップ6名だけに与えられる称号であり、その者の体内に有する最も強い属性に鬼の名を冠する事が許されている。

 数多いるだろう冒険者達の中で本当に選ばれた凄い奴……らしいのだがどうしてこんな寂れた街の受付係をしているのかは、まーったくの謎……でもないらしい。

 まあジーク曰く単なる気紛れとこのヴェルレのギルドマスターとは古くからの付き合いらしく、約半月前に突然ふらりとここへやって来れば『単なるバイトだよ』と笑うとそれ以降この街へ逗留していた。


 滅多に見ないsss級、然も六芒星の一員でもあるジークは男女問わずに人気がある。

 確かにリーヴァイ程の整った容姿の正統派イケメン……病んでいる部分は公の場では何とか上手く隠しているらしい。
 

 そうリーヴァイ自身の闇を知る者は本当に少ない。


 何と言っても結婚して五年、現在進行形で未だ妻であるヴィヴィアンにも隠し通しているのだから……。

 
 そんな正統派イケメンではないが万人受けしやすいちょいチャラ気味の見た目な優男風。
 一見だけではどう見ても凄腕の冒険者には到底見えない。

 まあそれがジークの魅力の一つでもあるのだ。

 そんなジークのこの数日のお楽しみとはズバリ――――。


「な、早くローズさんの魔道具を見せてくれよっ」


 チート能力を生かしたローズお手製の魅力的な魔道具だったりする。


「何故あなたにローズ様の御手より作り出されし至高の一品を態々わざわざ披露しなければいけないのでしょうか」

 深い嘆息と明らかに不服だと言わんばかりの視線で以ってシアはぽつりと吐き出す様に呟いた。

「それは勿論俺が見たいからに決まっているだろう」

 シアの物言いに全く気にも留めていない様子のジークは性懲りもなくそろ~りと密やかに鞄の方へと再び手を伸ばせばだ。

「しつこいです!!」


 ザシュっ!!


 切れ味の良過ぎるシアの拒絶と同時にジークの伸びてくるだろう手へ目掛けて一切の迷いもなく数秒前までカウンターに突き刺さっていただろうナイフは彼女の手によって素早く振り下ろされる。

「だ、だからそれはヤバいだろうがって!!」

 またしてもジークはひらりと薄皮一枚の差で、シアの繰り出すナイフを躱せば即座に文句を言った。

「当然の行動です」
「だからさ、お前は冗談すら通じないのかよって」
「ふん、本気満々の冗談に付き合う義理等存在しません」
「いやいや本気満々の冗談って……」
「あなたの行動は冗談ではなく本気でローズ様の魔道具を狙っておいでなのでしょう。いえ、はっきり申し上げるのであれば魔道具ではなくローズ様ご本人を……だとすればその様な不埒な者を放逐する訳には参りません。ですので――――」


 ――――と言う言葉を発する前にシアは臨戦態勢へと入ろうとした瞬間⁉


 ぱん


 と小気味よく手を叩く乾いた空気の音そして……。


「はいそこまでよ。ったくシアとジークってば顔を合わせる度に店を何気に破壊するのをやめてくれないかしら」

 二人の間へ割って入ってきたのは光り輝く金色の髪と瞳を持つボン・キュ・ボンのナイスボディーな派手な顔立ちの美人と言うだけではない。

 明らかにギルドには不似合いな、肌の露出の多い奇抜でタイトな衣装を身に纏う。

 でもだからと言ってネジが何本も外れた様なお花畑な顔つきではない。

 明らかに狩人ハンターらしい研ぎ澄まされた瞳と頭脳を併せ持つ魅惑的な女性。


 フィンローダ・アヴリーヌ。


 このヴェルレの街を統括するギルドマスターでありジークと同じく六芒星の翆鬼すいき

 風を自在に操る翆鬼のフィンと呼ばれし女性その人であった。
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