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第三章 過去2年前
21 封呪の術
しおりを挟む「例の件は此度に必要とされる贄の確保と見て間違いではないでしょう。王妃様に似た特徴のある生娘五人分の命を用い彼の敵は十五年に一度訪れる朔の夜、然も星回りは丁度王妃様の誕生された年と重なっている故に術者本来の力よりもより強力な術を引き出す事が可能になったと思われます。また本来ならば不可能である直接干渉も可能となったのです」
「それだけの為に何も罪のない娘の命五人も奪ったのか!!」
「いえ、王妃様を呼び寄せる為ならば五人もの命は対価として多過ぎます。一番の目的は王妃様へ印を刻む事。それにより敵は今まで以上に王妃様の行動を把握も出来るのと同時に彼女が敵の許へ呼び寄せられる可能性も今となっては否定出来ません」
沈痛な面持ちでマックスは答えた。
「ではこのまま黙って敵の思うまま指を銜えて見ているだけではないですわよね!!エヴァ様は漸く、これまで時間は掛かりましたが病より立ち直られたのです。ライアーンの百合と称えられし眩しい笑顔のエヴァ様へと戻られたのに何も解決する手立てはないのですか!!」
アナベルは怒りのままマックスへと詰め寄る。
だが当のマックスは何も言わず厳しい表情をするのみ。
「マックス完全には無理でしょうからあくまで一時的な応急処置として記憶とアレを消去しましょう。何少々骨は折れますがこれも我が国の大切な御方故です。なのでエルは可能な限り私達へ魔力を送って下さい。これはかなり魔力を消費しますからね」
記憶や印を完全に消せないのであれば記憶を、見てしまった夢を別の違うものへと上書きする。
印も簡単に言えば薄いフィルターの様なものを幾重にも重ね、通常の者にはわからない様にするという処置。
ただこれはあくまでも一時凌ぎでしか過ぎない。
エヴァの経験した恐怖を違う夢へと上書きするだけで、何時何処で術が解呪されるかもわからない。
幾らルガート両翼を担う魔法師の資格を持つ二人でもこればかりは賭けでしかない。
また一旦解呪された記憶は反動でエヴァの心へ恐怖倍増となって精神に過剰な負荷が掛けてしまう。
即ちそれは彼女の精神の崩壊も懸念されるかもしれない。
「それを行おうと行わざるを得ようともだ。姫が目覚めれば姫の心は激しく苛まれるのは間違いない。だとすれば我々は出来る事をするまでだ!!」
ラファエルは厳しい表情のままマックス達へ言う。
マックスもそんなラファエルの心を慮ると意を決した様にエヴァの前へと進み出る。
「そうですねどうかしていましたエル。この術を行使しても今直ぐ解ける訳でもないのです。だから術が解ける前に彼の敵の息の根を今度こそしっかりと止めて下さいね」
「あぁ今度こそ奴の息の根をこの手で止めてみせるさ」
「それを聞いて安心しました。ではチャーリー僕は記憶を君は……」
「私は目障りなアレを担当しますよマックス」
二人は並び立つと両手で印を結びそれぞれの対象へと詠唱を唱え始めた。
ラファエルは二人の背後に立ち、それぞれの肩へ手を置くとそこから魔力を送り始める。
アナベルは反対側でエヴァの柔らかい手を握りしめていた。
エヴァがアーロンと恐怖の対面をしたのは時間にして僅か一時間足らず。
だがその時間分の夢を上塗りする条件として術者は対象者と記憶の接点がなくてはならない。
夢を上塗りするにしても偽物では直ぐに剥がれ落ちてしまう。
だからマックスはエヴァと共有する記憶の糸を精密に織り込み、ほんの少しの綻びもなく様にゆっくりとそして丁寧に織り上げていく。
一方チャーリーも厚さ約オブラートの1/1000程の魔法で作られた膜を、何層にもエヴァの項に刻まれた印の上へ綿密に重ねていく様は常人には出来ない神業である。
ラファエルは己が身の内にある魔力を惜しむ事無く二人へ注ぎ続けた。
大の男三人が疲労困憊となり、汗だく状態で作業を終えたのは朝の5時頃だった。
約三時間掛けて行われた封呪の術は完璧な出来である。
本当ならばもう腕一本も動かす事すら出来ない程の魔力だけでなく体力や諸々が失われている。
だが悲しい事に三人は休憩をする暇も与えられる事なくアナベルによって早々に離宮より追い立てられる。
アナベル曰く……。
何時間もエヴァの寝顔を必要以上に見るのは絶対に許されないし、またそのエヴァが眠りより目覚める時間であったが為である。
程なくして何も知らないエヴァは何時もの様に気持ちよく目覚めればだ。
寝不足で目の下に隈が薄っすら居座っているアナベルへ『無理はしないでね』と言葉を掛ければ、バスケットに荷物を詰めて診療所へと出勤した。
ラファエルはそのまま王宮へと戻り今回の事件をシャロンの裏組織からのものであると断言し、なお一層シャロンの残党を追う手を緩める事はなかった。
内政にもこれまで以上に力を注ぎシャロンと繋がりのある関係者を捕まえていくのだが、アーロンは依然として掴む事は出来なかったのである。
それぞれに忙しい日々を過ごしつつもほんの少しだけ変化が見られたのだ。
王宮へ戻り半年が経過した頃よりラファエルは時々ではあるのだが、エヴァのいる時にマックスの診療所へと足を運ぶ様になったのである。
ただマックスとエヴァの三人で食事を楽しむだけなのかもしれない。
でもマックスにしてみればこれはかなりの進歩だと大いに喜んでいる。
それでも変わらずエヴァはラファエルを元患者さんと言う認識しかないのは言わずもがなだろう。
そうしてまた時は流れ、エヴァがルガートへ来て十回目の春が訪れたのである。
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