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第三章  過去2年前

20  回顧の術

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 般若となり鼻息荒く捲し立て怒鳴り散らしているアナベルを、横からマックスが文字通り命懸けで彼女を宥めるのだが、そう簡単に怒りが収まる筈がない。
 声を掛けられたアナベルは『ふんっ!!』と鼻を鳴らせば寝台で眠り姫の様に眠るエヴァの傍へひざまずき、今までの顔と打って変わって悲しみを湛えた表情かおで彼女を見つめる。


「エヴァ様……どんなにお辛かったでしょうね」

「あぁまさかここまで仕掛けてくるとは正直思わなかったな」
「えぇ確かにそうですね。実際王妃様は何か仰っておられませんでしたかアナベル」

 ラファエルとチャーリー達はぽつりぽつりと覚醒後のエヴァの様子をそれとなく訊いてきた。

「いえ、何も、ただ怖かった……と恐怖余りまた心を病んでしまわれるかもしれないと思いましたので、眠りの魔法を掛けました」

 だから実際エヴァの身に何が起こったのかはアナベル自身把握出来てはいない。
 それが彼女にはとても口惜しかった。
 常ならば魔の強まる午前0時には必ずエヴァの部屋へ行き安全を確認していたというのにだ。
 何故か今夜に限ってその時間が近づいた頃になると急に睡魔に襲われ、結果エヴァの元へ行くのが遅くなってしまった。

「きっとそれも彼の敵による術の作用に違いないでしょう。兎に角ラファエル……これより王妃様に何があったのかを確認させて貰っても宜しいですね?」

「……許可する」
「あぁ余り気分のいいものでないので別室でアナベルと待ちますか?」

「「同席するに決まっている(います)!!」」

 ラファエルとアナベルはほぼ同時に叫んでいた。

「わかりました」

 マックスは2人の勢いに押されつつも深く眠るエヴァへ『回顧の術』を施していく。

 長い詠唱の後術が発動されると四人それぞれの視界の中に、あの時エヴァが何を聞き何を見てそして彼女の身の上に何が起こったのかを疑似体験するのである。
 それぞれの視界に映し出され脳へ直接聞こえてきたのは、恐怖で震え怯えているエヴァが見て聞いたもの。

 ラファエル達が追っていた人攫い事件の結末だった。

 瞬時にして状況を把握したラファエルは残る一人の娘も最早この世にいないものと判断する。
 そうして術が終了と同時に目の前で眠るエヴァが本当に無事で良かったと安堵した次の瞬間――――。

「恐れながら陛下、王妃様に付けられし印と記憶は完全には消去出来ません」

 マックスは彼へ申し訳なさ気に告げる。
 それに噛みついたのは当然ラファエルだけでなくエヴァ命のアナベルだ。

「お待ち下さい。それはどういう事なのでしょうか?まさか記憶操作が出来ないという訳ではないでしょうね」

 出来ないのであれば自分がするという彼女をマックスは慌てて制止した。

「待って下さいアナベル、如何に貴女であってもこれは無理と言うものです」
「何故?」

「これは……」

「マックス、お前単独だけではなく俺がお前の魔力を増幅しても無理なのか?」

「エル……」

 マックスが言葉を濁していると横からチャーリーが割って入ってきた。

「マックス君は何処までも人が良いというのか、こういう事はきちんと言わなければならないでしょう?」

「チャーリー、君は話すのかい?」
「えぇ話さなければいけないでしょう」

 そんな2人の遣り取りに業を煮やしたのはアナベルである。
 二人に関心があるとかではない。
 ただアナベルにとって今せられたエヴァの恐怖が完全に取り除けるのか、はたまたそうでなければこの先どうなるのかだけが最も重要なのである。


 大切なエヴァにこれ以上不幸になって欲しくはない。
 叶うならばこれより先エヴァには何時も笑顔でいて欲しい。
 そしてアナベルはその可愛い笑顔をずっと見ていたい。
 本当に出来れば自分にだけエヴァの笑顔を向けて欲しい……とは流石アナベルでもこのメンズ達の前で口に出すのははばかられたのだが……。

「お前、結構感情駄々漏れになっているのではないか?」

 ニヤリとラファエルはアナベルを見て底意地悪そうな笑みを湛えている。

「な、何をっ!?」


 エヴァ様へ心酔している事を一番知られたくない相手に知られてしまったのではないのか!?


 アナベルは背中に嫌な汗を掻きつつも努めて平静を保とうとしていたのだがそれも一瞬。
 底意地悪い笑みを湛えているラファエルは直ぐに何時ものポーカーフェイスに戻ると彼女へとんでもない台詞を吐いたのである。

「案ずるなこれでも俺は姫の夫だ。これ以上姫に辛い思いをさせる事はしないしさせはしない。姫には上手い飯だけでなく世話にもなった。もうあいつの好きにさせはしない!!」
「……の間違いです。ただし姫様をお護りしたいというのであれば、協力は惜しみませんわ陛下」

 ですがこれと夫婦仲を取り持つ事は完全に別物ですので……とアナベルは最後に忘れてなるものかと釘をさす。


「あぁ今はそれで良い事にしておいてやろう」
「はぁ?」

「それよりもマックス姫の記憶の消去とアレは消せないのか?」
「は、確かにかなり厳しい状況です。あちらも相当時間を掛けて今回の事を仕掛けてきましたからね」

 マックスは深く嘆息して話を続けたのである。
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