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第一章  過去から現在へ向かって ~十年前より三年前

7  最初の一歩 Sideエヴァ

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 その日アナベルは何時もの通り――――。

『くれぐれも私がお傍にいない間は気を付けて下さい。そして離宮より外へは決してお出にならないで下さいね』

 と何時もと同じ口調で私へ言い聞かせれば、彼女は隠し通路の向こう側へと消えていく。

 そう今のアナベルは侍女枠ではなく完全なる私の保護者。
 まぁ私が5歳の頃からのお付き合いですものね。
 然もその三年後に人質同然でこの国へ嫁した私へ同伴してくれた唯一の侍女……ではないわね。
 私にしてもアナベルは姉であり母……ではないかしら。
 いえ、一番大切で掛け替えのない友。

 アナベルがいてくれたからこそ今の私はこうして立っている事が出来る。
 物凄く感謝、ううん感謝何て一生しきれない。

 とは言えね。
 アナベルはとても有り難い存在なのは言うまでもないわ。
 でもだからと言はいえ仕事中でも離宮にいる私が余程心配なのかしら。
 彼女ってば仕事を終えれば何時も寄り道もせず速攻で帰宅するの。

 性別が違えばとんだ愛妻家になりかねないわ!!

 ただ今日の私はアナベルが何を言おうと全て笑顔で聞き流すわよ。
 そしてアナベルが無事出勤したのを見計らうと私は綿密に計画していた行動を実行に移したわ。



 先ず完璧なアリバイ工作の為に家事を何時もの倍速で手際よくこなす。
 パンは既に仕込みも済んでいるから後はアナベルが帰宅する前に焼けばいい。
 スープも菜園から根菜類を収穫して下準備を済ませておく。
 洗濯は念の為室内で干す事とした。
 何故なら計画遂行中雨に降られるかもしれないと思ったから……。

 でも空を見上げれば今朝は雲一つない晴天だけれども念の為。
 もし雨に降られてしまえば今日洗った物は明日に洗い直しとなってしまう。
 労力も然る事ながら私は何よりも石鹸が勿体ないと思ったの。

 そうしてお昼前には部屋の掃除も菜園の水やりや手入れも終える事が出来た。
 昼食に軽くパンを食べると私は外出の準備をする。
 外出の準備と言っても髪を整えエプロンを外しただけ。
 それと少しの小銭をドレスのポケットに忍ばせる。
 さぁ準備は万端。

 そう何を隠そう今からほんの少しだけ、アナベルに内緒で街へお買い物に行くのよ。
 アナベルにバレない為にもほんの二、三時間だけのお買い物と言う名の外出。

 でも私にしてみればこれはちょっとした冒険と一緒なの。
 祖国にいた頃……勿論ルガートへ来てからも私は今まで一人で外出をした事がない。
 そこは王女だったからかもしれない。
 だからこの計画を立てた時よりううん、今も胸は希望と興奮でドキドキしっぱなしなの。

 今朝は特にそうね。
 アナベルに感づかれないかと冷や冷やしたわ。
 でも大丈夫だったみたい。
 あ、こんな所でぐずぐずしていたら外出時間がなくなってしまう。
 私はそっと隠し扉を開ける。
 興奮はしているもののなるべく静かに、そっとその先の暗闇へと入って行った。




 はぁ……あれから行動を起こしてニ週間。
 毎日情けない事に隠し通路に入った途端私は直ぐに気分が悪くなり、その場で動けなくなるだけでなく眩暈や吐き気を催し、時間を掛けて引き返していた。

 まるで双六みたい。

 毎日挑んではみるものの、出た目の数だけ進んではまた振り出しに戻るという事を飽きもせず繰り返す。

 そうして現在……。
 真っ暗な通路を這っていけばその先には所々に光が差し込んでいるのがわかった。
 流石に二週間も経てばこの昏い通路にも慣れてきたみたいで気分もそんなに悪くはない。
 そして七年前に一度だけアナベルに教えて貰った秘密の扉の開け方を私は忘れてはいなかった。

 ゴゴゴ……。

 教えて貰った仕掛けを押すと低い音を立てて真っ暗闇の通路に明るいお日様の光が一斉に差し込んでくる。
 余りの眩しさで一瞬目がチカチカとなってしまったけれど、出口より出ればここは紛れもなく自由の大地だ!!

 息を潜めるってそう大して潜めてもいなかったけれど、それでも城外に初めて出る事が出来た喜びは格別だった。
 周囲を見回せばそこは鬱蒼とした木々に囲われているけれど、ここはもう城内ではない!!

 私は興奮の余り叫びたいのをグッと我慢をする。
 それから忘れない様にアナベルから聞いた通り左斜め上の少し窪みのある、僅かに色の変色した石を見つけると力一杯に押した。

 ゴゴゴ……。

 仕掛け扉はまた音を立ててゆっくりと閉まっていく。
 扉が閉まるのを確認した私はくるっと踵を返せばこの森をゆっくりと歩き出したわ。

 一歩一歩草を踏みしめて歩く。
 そんな仏の事さえも新鮮だったわ。
 侍女や騎士達を連れずにたった一人で、然も森の中を歩くなんてこれまでに有り得なかったのだもの。
 お日様の光や緑生い茂る木々に草の匂い、そして時々聞こえる小鳥のさえずり。

 何もかもが新鮮で楽しくて顔に触る風さえも愛おしくて思わずその場でクルクルと回り出してしまった。
 一人で外出というものはもっと恐ろしい事だとばかり思っていたけれど、実際そうではなかったのね。
 

 ふふ……と笑みが自然に零れてしまう。
 今の私はルガートの王妃という立場でも、勿論ライアーンの王女でもない。
 ここに立っているのはエヴァという15歳の少女だわ。
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