【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜

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第1部 - 第2章 勤労令嬢と魔法学院

第20話 魔法動力学

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 王立魔法学院の敷地内には、いくつもの建物がある。大教室のあった棟が、主に学生の授業が行われる建物だ。
 ジリアンが来たのは、研究棟。教授や他の研究員の研究室がある棟で、学生も自由に出入りすることができる。

 ──コンコン。

 その一室の扉をノックする。

「は~い。開いてますよ~」

 やけに間延まのびした声で返事が返ってきた。

「ジリアン・マクリーンです」

 名乗りながら入室すると、部屋の中は真っ暗だった。

(明かりがついていないのかしら?)

 それにしても、昼間だというのに暗すぎる。

「ごめんね~。今そっち行くから~」

 部屋の奥から声がする。やけにくぐもっているというか、なにかの向こうにもれているような声だ。

 ──ガラガラ。

 何かが崩れる音もする。

「大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫。ちょっと埋まってるだけ」
「埋まってる!?」

 慌ててジリアンが魔法で明かりをともすと、室内の状況がようやく見えて。

(確かに、埋まってるわ)

 カイラ・コルケット教授は、確かに埋まっていた。
 大量の『魔石炭コール』の中に──。



「いやぁ。助かったわ~。ちょっと、死を覚悟してたから」

 コルケット先生は、真っ黒に汚れた顔のままで笑った。

(笑い事じゃない)

 内心で思いながらも、ジリアンも笑顔で返す。

「いいタイミングで来ることができてよかったです」

 ジリアンは魔法で準備したおしぼりでコルケット教授の顔を拭いた。同時に、室内で雪崩なだれを起こして窓までふさいでいた『魔石炭コール』を木箱に戻していく。その作業は、あっという間に終わった。

「すごいね。こんな小さいものまで浮かすことができるなんて。しかもこの数を完全に制御している」
「ただの風魔法ですよ」
「いやいやいや。かなりの高等技術でしょ、それ」
「はい、まあ」

 ここまで褒められると、照れくさい。それが伝わったのか、コルケット教授がニヤリと笑った。

「私はちゃんと言ったのよ? 『ジリアン・マクリーンを今更生徒として迎えるだなんて。時間の無駄だ』って」

 これには、いち学生としてなんと答えてよいか分からない。ジリアンは曖昧に笑うことしかできなかった。

「まあ、いいわ。来てくれてありがとう」

 コルケット教授は気にした様子もなく、今度はカラリと笑う。

「いえ」
「早速だけど、ご覧の通り『魔石炭コール』の研究中でさ。手伝ってもらえる?」
「はい。もちろんです」



 ──『魔石炭コール
 それは、新しい魔法のとして注目されている黒い石のことだ。燃やすと、煙と共に『魔力』が発生する。

 そもそも、魔法を使うためには『魔力』が必要だ。ところが、『魔力』は多くの貴族と、ごく一部の平民しか持っていない。いくら便利な魔法や自動機械が開発されようと、『魔力』を持たない大多数の人はそれを使うことができないのだ。
 その解決策として注目されているのが、この『魔石炭コール』だ。
 しかし、これまで活用されてこなかったことには理由がある。

「今は、『魔力炭コール』から発生した魔力を、効率的にとどめる方法を研究してるの」
とどめる?」
「煙と一緒に発生した魔力は、そのまま何もしなければ、すぐに空気に溶けて消えちゃうからね」
「ああ、確かに」
「今は機織はたおり機を動かして1ヤード織るのに、この木箱5個分の『魔力炭コール』が必要なの。効率が悪すぎて、それなら人力でやったほうが早いってところ」

 部屋に積まれている木箱は、ジリアンの身体よりも大きい。これが布1ヤードに対して5個分では、確かに効率が悪すぎる。

「だから、今まで流行らなかったわけだしね」
「そうですね。『魔力炭コール』といえば、『まきよりもよく燃える石』ってイメージが強いですね」
「そう。薪の代わりに使ってる家の方が多いんだよねぇ」
「でも、これで安定的に魔力を生み出すことができるようになれば、繊維せんい業は格段に成長しますね」
「その通り! 自動機械を動かすのに魔法使いを配置する必要がなくなるから、かなり規模を大きくできる! で、私が考えた装置がこれ」

 コルケット教授が図面を広げる。
 下側が『魔力炭コール』を燃やす空間になっており、装置の中で煙と魔力を分離して上部のガラス瓶に魔力だけを貯めるシステムらしい。

「この装置を作ってもらいたいのよ」
「ああ、そういうことですか」
「そそ。いつもは新しい図面ができる度にマントイフェル教授に頼んでるんだけど、授業が始まっちゃって忙しくなるから、困ってたんだ」

 図面を見れば複雑な構造であることが分かる。これを何度も修正しながら、完成に近づけていくのだろう。それを手作業でするとなれば、莫大な時間がかかってしまう。

「魔法で作れば、すぐ出来上がるというわけですね」
「そういうこと」

(なるほど。私が呼ばれたのは、こういう事情だったのね)

 ジリアンは図面と隣に並べられた素材を眺めながら、右手の人差指でテーブルを叩いた。

 ──トントン。

 すると、素材がもぞもぞと動き出した。
 図面どおりの装置が下から順に出来上がっていく様を、コルケット教授がキラキラとした瞳で見つめている。

「すごいねぇ。これが逆算の魔法か」
「はい」
「訓練すれば誰でもできるようになるって、ほんと?」
「私の親戚にも、訓練で習得した魔法使いがいますよ」
「なるほどねぇ。私達、ずいぶんと遠回りをしてきたってことか」

 ルズベリー王国の魔法は、四元素の理解から理論を構築して自然現象を操る魔法だ。魔大陸からやってきた魔法使いに言わせれば、『原始的』らしい。とはいえ、その原始的な魔法で魔大陸と対等に戦争をしてきたのだから、その方向では相当な進化をげたと言える。

「コルケット教授は訓練はしないんですか?」
「使えたら便利だろうけど、私が習得するよりも自動機械を発展させた方が早い」
「なるほど」
「だから、早くこの研究を完成させたいのよね~」

 コルケット教授が、再び顔や手を汚しながら装置に『魔力炭コール』を詰めていく。ジリアンも興味津々きょうみしんしんでその様子を観察したのだった。




「調子はどうだ」

 約2時間後、研究室に来たのはマントイフェル教授だった。

「いやぁ、ありがたいよ。研究が進む進む」

 コルケット教授の言う通り、この2時間の間に5回ほど装置を手直ししている。

「そうか。しかし、ジリアン・マクリーンは午後の授業は出ねばなるまい」
「あ、はい。そうですね」

 午後は『魔法戦術実習』がある。

「君は昼食に行きたまえ」
「ありがとうございます」
「時間があれば、またここに来てくれると助かる」
「わかりました。できる限り、お手伝いします」
「うむ」

 ここで、ジリアンにはふとした疑問が浮かんだ。

「マントイフェル教授、質問よろしいでしょうか」
「もちろんだ」
「魔大陸では、我が国よりもずっと魔法技術が進んでいると聞きました。先生が『魔力炭コール』の研究に積極的なのは、どうしてですか?」

 魔大陸には、既に『魔力炭コール』を使う方法が確立されていると思ったのだ。

「魔大陸では、『魔力炭コール』はれない」
「そうなんですか?」

 ジリアンは驚いた。魔大陸が資源が少ない土地だということは知っていたが、まさか『魔力炭コール』が採れないとは。

「他にも、こちらの大陸にしかない資源が数多くある」
「それじゃあ、ここで研究に協力しているのは……」
「うむ。こちらの資源を祖国でも利用できないかと思ってな。……もちろん、対等な貿易を経て、だ」

 そういうことだったのかと、ジリアンは大いに納得した。

「それじゃあ、マントイフェル教授。さっそく……」
「バカを言うな。私は疲れている。休ませろ」
「ええ!」
「ええ、じゃない」
「エルフなのに!?」
「エルフも疲れる」
「ほんとに?」
「……人族ひとぞくの相手は苦手だ」
「ははははは!」

 『魔族』との戦争が終わって約10年。彼らとの関係も、変わりつつあるようだ。
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