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第20話
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※※※ ※※※
ショッパーズモールに集った死者の数は爆発的に今も増えている。熱狂的な支持を集める人物にでもなったかのような気分だ。
アパッチの操縦士は、さきほど見掛けた男に、拭えぬ違和感を抱いていた。M2重機関銃へ弾丸を補充している塔乗員は、鼻唄混じりに首を上げた。
「おい、何を黙りこくってんだよ」
操縦管を握る男は、振り返らずに溜め息をついた。少しばかり、過敏になりすぎているのかもしれない。
「なあ、さっき現れた男って死んだと思うか?」
同乗者は大きく笑い始める。その反応は当然だろう。三十ミリの弾丸を雨霰のごとく浴びせ、生きていられるはずがない。それに、巻き添えを喰った死者の肉塊が一面に広がっている上に、新たに四階へ死者が集まり始めている。そんな中で、生身の人間が生きていたとしても、すぐさま襲われてしまうだけだ。どちらでも良い、そんな意味をこめた笑いだ。
やはり、考えすぎだろうか。操縦士がそんなことを思い、視線をあげると、エレベーターホール内から人影が飛び出し、眼を見開いた。若い自衛官だ。反射的に声を出す。
「嘘だろ......?まだ、生き残りがいるのかよ!」
自衛官の男は、姿を晒しだすと、すぐさま、こちらへ銃撃を開始した。だが、やはりというべきか、四階駐車場にいる死者の大群が男を目指して走り始めた。
「一度、高度をあげる!捕まっていろ!」
「了解!」
プロペラを加速させ、機体を上昇させていく。まさか、駆け込んできた男の他に生存者がいたとは、思いもよらなかった。いや、どちらにしろ、こちらは任務を遂行させるだけだ。自然と操縦管を握る手にも力が入る。そこで、射撃手の男が驚愕のあまりに大声をあげた。咄嗟に目線を下げれば、死者の肉塊に混ざって、さきほどの男が、はっきりとアパッチを見据えている。その目は、間違いなく、生きるものの光を宿していた。チェインガンが攻撃を始める寸前に、運よく倒れたのだろうか。男は死んでいなかった。数多の死体に紛れ、静かに息を殺していたにすぎなかった。
「......マジか、あの野郎......」
考えすぎなどではなかった。遡れば、あれだけの死者に追われながら、生き残る一心で四階まで走ってきた男が、そう簡単に諦めるはずもない。
人間の奥底にある、生きる、という信念は、あらゆる奇跡を起こすのだろう。
操縦士は、感嘆の吐息を洩らす。その数秒後、機内にけたたましい警報音が鳴り響く。
「なんだ!?今度はなんだってんだよ!」
射撃手が慌てて操縦士へ訊くと、一瞬で口を閉ざした。
見えたのは、給水タンクに座る一人の自衛官の姿、そして、構えたカール・グフタフから発射された特大の一発だ。
「なんで、あんなもん持ってんだよ!おい!急げ!高度をあげろ!」
男に意識を奪われすぎた結果、操縦士は、飛来する凶弾への対処が僅かに遅れてしまう。それが、致命的な数瞬となった。急上昇させる機体に迫る一撃は避けようもない。
機体をどうにか転換させ距離をとろうと、必死に操縦管を扱うが、全て徒労に過ぎなかった。操縦士は吼えた。
「ちくしょう!駄目だ!間に合わ......!」
眼界に広がった激しい光と、鼓膜を震わす爆発音、そして、炸裂したのちに、燃え盛った炎は、まるで悪魔の顔を模したかのような凶相を作り出す。
「ああ、任務失敗だ、くそったれ......」
悪魔の顔が崩れていき、やがてアパッチの機体は衝撃に耐えきれず、真っ二つに割れた。朦朧とする意識の中、操縦士は共にいた射撃手が、機体から落下する様を視認する。
きっと、これは、人の命を奪いすぎた天罰なのだろう。助けるという選択もあったはずだ。けれど、そうしなかった。任務だと言い聞かせ、助けを求める声を塞ぎ続けた。
地面へと近づいていく。ふと、気づけば夕陽が操縦士を照らし出していた。毎日のように眺めていた夕陽は、どこにいようと、どこで見ようと全く同じだ。
「ああ、そうか......人の命は......軽くなどなかったな......」
アパッチが轟音をたてて、地面に激突する寸前、操縦士はそう言葉を続け、完全に意識を手離した。
多数の死者を巻き込んだアパッチは、爆発後、中間のショッパーズモール周辺、及び、屋上や店内を徘徊していた死人を呼び寄せていく。盛る豪炎は、再び、邪神の産声を響かせた。
ショッパーズモールに集った死者の数は爆発的に今も増えている。熱狂的な支持を集める人物にでもなったかのような気分だ。
アパッチの操縦士は、さきほど見掛けた男に、拭えぬ違和感を抱いていた。M2重機関銃へ弾丸を補充している塔乗員は、鼻唄混じりに首を上げた。
「おい、何を黙りこくってんだよ」
操縦管を握る男は、振り返らずに溜め息をついた。少しばかり、過敏になりすぎているのかもしれない。
「なあ、さっき現れた男って死んだと思うか?」
同乗者は大きく笑い始める。その反応は当然だろう。三十ミリの弾丸を雨霰のごとく浴びせ、生きていられるはずがない。それに、巻き添えを喰った死者の肉塊が一面に広がっている上に、新たに四階へ死者が集まり始めている。そんな中で、生身の人間が生きていたとしても、すぐさま襲われてしまうだけだ。どちらでも良い、そんな意味をこめた笑いだ。
やはり、考えすぎだろうか。操縦士がそんなことを思い、視線をあげると、エレベーターホール内から人影が飛び出し、眼を見開いた。若い自衛官だ。反射的に声を出す。
「嘘だろ......?まだ、生き残りがいるのかよ!」
自衛官の男は、姿を晒しだすと、すぐさま、こちらへ銃撃を開始した。だが、やはりというべきか、四階駐車場にいる死者の大群が男を目指して走り始めた。
「一度、高度をあげる!捕まっていろ!」
「了解!」
プロペラを加速させ、機体を上昇させていく。まさか、駆け込んできた男の他に生存者がいたとは、思いもよらなかった。いや、どちらにしろ、こちらは任務を遂行させるだけだ。自然と操縦管を握る手にも力が入る。そこで、射撃手の男が驚愕のあまりに大声をあげた。咄嗟に目線を下げれば、死者の肉塊に混ざって、さきほどの男が、はっきりとアパッチを見据えている。その目は、間違いなく、生きるものの光を宿していた。チェインガンが攻撃を始める寸前に、運よく倒れたのだろうか。男は死んでいなかった。数多の死体に紛れ、静かに息を殺していたにすぎなかった。
「......マジか、あの野郎......」
考えすぎなどではなかった。遡れば、あれだけの死者に追われながら、生き残る一心で四階まで走ってきた男が、そう簡単に諦めるはずもない。
人間の奥底にある、生きる、という信念は、あらゆる奇跡を起こすのだろう。
操縦士は、感嘆の吐息を洩らす。その数秒後、機内にけたたましい警報音が鳴り響く。
「なんだ!?今度はなんだってんだよ!」
射撃手が慌てて操縦士へ訊くと、一瞬で口を閉ざした。
見えたのは、給水タンクに座る一人の自衛官の姿、そして、構えたカール・グフタフから発射された特大の一発だ。
「なんで、あんなもん持ってんだよ!おい!急げ!高度をあげろ!」
男に意識を奪われすぎた結果、操縦士は、飛来する凶弾への対処が僅かに遅れてしまう。それが、致命的な数瞬となった。急上昇させる機体に迫る一撃は避けようもない。
機体をどうにか転換させ距離をとろうと、必死に操縦管を扱うが、全て徒労に過ぎなかった。操縦士は吼えた。
「ちくしょう!駄目だ!間に合わ......!」
眼界に広がった激しい光と、鼓膜を震わす爆発音、そして、炸裂したのちに、燃え盛った炎は、まるで悪魔の顔を模したかのような凶相を作り出す。
「ああ、任務失敗だ、くそったれ......」
悪魔の顔が崩れていき、やがてアパッチの機体は衝撃に耐えきれず、真っ二つに割れた。朦朧とする意識の中、操縦士は共にいた射撃手が、機体から落下する様を視認する。
きっと、これは、人の命を奪いすぎた天罰なのだろう。助けるという選択もあったはずだ。けれど、そうしなかった。任務だと言い聞かせ、助けを求める声を塞ぎ続けた。
地面へと近づいていく。ふと、気づけば夕陽が操縦士を照らし出していた。毎日のように眺めていた夕陽は、どこにいようと、どこで見ようと全く同じだ。
「ああ、そうか......人の命は......軽くなどなかったな......」
アパッチが轟音をたてて、地面に激突する寸前、操縦士はそう言葉を続け、完全に意識を手離した。
多数の死者を巻き込んだアパッチは、爆発後、中間のショッパーズモール周辺、及び、屋上や店内を徘徊していた死人を呼び寄せていく。盛る豪炎は、再び、邪神の産声を響かせた。
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